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  School 4 - 高校生〜成人:出会い、そして卒業 -

 

 イッリ市の街並みを見て、僕の桃源郷説は確定された。近代的な建物のあいだには、前の施設長が見せてくれた写真のように至るところで太った市民を見かけ、また僕以上に太った人達も幾分かいたのだ。それどころか、もはや普通に歩けず、時折家族のサポートを受ける人までいたのだ。

 もちろん、割合としては痩せているというか、普通の体型の人の方が多い。でも彼らは先のような太った人達を、誰一人として侮辱しない。お店などでもそのような人達を快く受け入れ、体格に合わせた様式で何事にも対応していた。これが定常化されているから、オクセーヌも僕の状態をちゃんと弁えて行動してくれるのは、非常に理に適っていた。

「着いたわ、これが私達の高校よ。今日は歩いてきたけど、施設から直接バスが出てるから、大変そうだったらそれを利用すればいいわ」

 間近で見なくとも、ここが近代都市だと明白させる校舎。これが僕の新しい高校……良くある角張った学校じゃなく、半球状に丸みを帯びた中央の大きな建物から、同様の形の小型の建物と幾つも繋がっている、正にアーティスティックな学校だ。

 近くで、大層に太った男のミツバチが、同じく学校を眺めていた。ただ僕の方が数十センチほど身長は高く、オクセーヌ数人分もの重量差があったが、こちらに気付いた彼は、その体格に臆することなく近寄り、声をかけてきた。

「君らもこの高校に入るのか?」

「ええ」とオクセーヌが答えた。

「そうかそうか! 俺はガンボ(=Gambo)、俺もこの高校に入るんだ」

「私はオクセーヌ、そしてこっちが……」

 僕は、全体的に体が自分より小さいミツバチに、寄生木(=やどりぎ)の如く植え付けられたトラウマから、声が詰まってしまった。

「……ん、名前は?」

「彼はフヨッタ。ごめんね、私達児童養護施設のなんだけど、彼、昔ちょっと色々あったみたいだから」

「あーなるほど、それは大変だな。だがよ、俺がいるからにはもう安心だぜ!」

 ガンボは、強引に僕の肩に腕を回そうとしたが、お互いの大きなお腹ないし脇腹(もちろん身長差もあったが)のため、肩の手前を叩くだけに終わった。

「あっ……」

 僕は声を振り絞った。昔は確かに、色々とあった。でもここはそうじゃない。ここで僕は、少しでも変わりたい。その思いから、喉に詰まっていた何かを意固地になって飲み下し、僕はとうとう声を吐き出した。

「あの、ありがとうございます! その、これからも、よろ、よろしくね」

「おうおうもちろんさ! なんなら今から、一緒に飯でも食うか? お前となら気があいそーだぜ!」とガンボは、自身の黄色と黒の縞々でふさふさなでかっ腹をボンボン豪快に叩いた。

「う、うん!」

 

 学校含め、ここでの生活はすぐに馴染めた。小学生の頃のように毎日が楽しく、あれから体型も大きく変わってしまったが、それはこのイッリ市の至れり尽くせりな設備のおかげでさほど問題にはならなかった。

「おーいフヨッタぁ、早くしないと唐揚げ売り切れちまうぞ!」

「ま、待ってよぉ〜、はぁ、ふぅ!」

 ガンボはその見た目とは裏腹に、せっかちで動きも早い。食堂に着いてぜぃぜぃ息を切らす僕とは対照的に、彼は既にカウンターの列に並んでいた。そこには僕達のように太った学生らが半分弱いたが、種族間を考慮しなくともガンボの体は明らかに大きかった。となると僕が、恐らくこの高校で一番のデブだということにもなる。

「あら、相変わらず早いわね」

 後ろからオクセーヌがやって来た。彼女はいつものようにテーブルを確保し、手作り弁当を広げると、列に並ぶ僕達を待った。近くにはすぐに購入できるパンや弁当売り場もあったが、当然一個の量は普通のため、僕やガンボが満腹になるには何個も買う必要があった。そのため量の調整が利く食堂が、僕達にとって唯一の学食なのである。

「残念だなフヨッタ、唐揚げ売り切れたぞ」

「もぅ、ガンボが買いすぎなんだよぉ」

 ガンボは唐揚げを、普通の皿ではなくどんぶりに——しかもご飯とか無しで——並々と盛っていた。ご飯はまた別のどんぶりで山盛りにし、更にミツバチの中脚(=なかあし)を利用して二皿のおかずを手にしていた。

「へへ、わりぃな。んじゃ先に行ってるぜ」

 彼はオクセーヌの待つテーブルへと向かった。列が動き、僕もカウンターで注文をした。

「若鶏の照り焼きと味噌だれ豚焼きセットの超特盛り、お願いします」

「デザートは要らないのかい? あんたの好きなチョコレートムースケーキがあるよ」

 調理師のおばちゃんの言葉に、僕は脇の什器(=じゅうき)にあるケーキに目をやった。

「あっ! すみません、それもお願いします」

「じゃ、ちょっと待っててね」

 そして僕は、何も持たずにオクセーヌのところへ向かった。嬉しいことにさっきのおばちゃんが、気を利かせていつも料理を運んで来てくれるのだ。

「お前は羨ましいな、何でも持って来てくれるんだもんな」

 ガンボが口をもごもごさせて言った。いつも通り彼は僕達を待ちきれず、胸毛に食べ滓を零すほど食事にがっついていた。

 不意に、オクセーヌがこんなことを口にした。

「それにしてもフヨッタって、ここに来てから随分と太ったわよね」

「そ、そう? オクセーヌもそう思う?」

「でもお前なんてまだまださ」

 ガンボが口の中の物を、無料のジュースディスペンサーからついだコーラで飲み下し、続けた。

「俺のお袋なんか、体重が五〇〇キロ近くあるからな」

『え、そうだったの!?』

 僕とオクセーヌは思わず叫んだ。僕のようなドラゴンとか、種族によってはそこまで太れることは知っていたが、まさか昆虫でその領域に行けるなんて思いも寄らなかった。

「こっちに越してきてよ、無茶苦茶太ったサメが近所にいてな。ママ友になって毎日のように井戸端会議してたら、そうなっちまったのさ。親父も目を瞠ってたよ、こんなミツバチ見たことないって」

「さすがイッリ市ね。でも五〇〇ならフヨッタでも行けそうよね」

「確かに確かに。もし行ったらよ、その時は祝賀会開こうぜ♪」

「いいわねそれ! じゃあフヨッタ、五〇〇目指して頑張ってね」

「あ、はは……まあ、何とか頑張ってみるよ」

 今思えば不思議な話だ。太ることを誰しもが否定する世の中、ここではそれも個人の自由であるかのよう。だがそれこそこのイッリ市の真骨頂であり、僕がこうして毎日平和に過ごせるのも、そのおかげだった。

 

 気付けば、僕はこの高校という枠を飛び出し、世界で最も重い未成年(学生じゃなく未成年というところがミソ)としてギネスブックに掲載されるまで成長した。もちろん周りも、体重どうこう関係なく年相応の成長を遂げていた。

 オクセーヌは、ワシとして女性らしい魅力的な体付きになり、空を飛ぶ美しさは他の追随を許さなかった。

 一方、僕と同じく空を飛べない体——こちらは単純に自重のせい——のガンボも、昆虫界では最重量との呼び声が高く、あの華奢な脚が支える、巨大ゴムボールに毛が生えたような縞々の腹部が、誰しもの人目を(=さら)っていた。

 僕は、そんな二人に出会えて本当に良かった。おかげで充分過ぎるほど満ち足りた学生生活を送れ、僕は心身とも幸せいっぱいに膨れ上がった。

 

 

 

第五章


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