School 3 - 中学〜高校生:転機
あれ以来、僕は引き籠りになってしまった。そこで通信制の中学校に入学した際、国が認めた特別な方法——教師が出向いてスクーリングを行なってくれるというもの——で、どうにか中学卒業資格は得られた。だが日がな一日屋内にいる僕は、幾ら施設のお手伝いをしていても、過食症と相俟って肥満が進行し続けていた。健康のためにと施設長が遠国のあらゆる体重計を購入しても、それら全てが計測不能になるという悲惨な状態であった。
その時、僕はあることを思い出していた。小学生時代、友達が言っていたあの台詞、
『なんか俺、聞いたんだけど、海外じゃ太り過ぎて動けない人とか、いるらしいぜ』
まさしく僕も、そうなってしまうんじゃないかと不安で不安でたまらなく、それがまた僕の食欲を暴走させていた。
ある日、僕は施設長室に呼び出された。ただならぬ雰囲気に、ソファーに座らされてもなお、いつものように掻いている汗とは異なったものが、額や背中や脇下などから大量に噴き出していた。施設長と対向してこうも緊張したのは、初対面以来であった。
「唐突で申し訳ないが、君には別の施設に移ってもらうことにした」
「——っ!」
一瞬、彼の言葉を理解できなかった僕。それが分かった時、僕は口をあけたまま、何も言い出せずに硬直してしまった。
彼は言葉を続けた。
「ただこれは、フヨッタのためなのだ。中学を卒業し、義務教育は果たしたとは言え、君には是非、高校で学生生活を楽しんでもらいたいんだ」
僕は、詰まりそうな言葉をどうにか振り絞り、答えた。
「……で、でも……ぼ、僕、学校は……」
「分かっている。いじめのことだろう? 確かに中学の時、私は君にとてもつらい思いをさせてしまった。だが今回だけは、信じて欲しいのだ。実は、君にも学校生活が送れそうな場所が、近くで見つかったのだ」
施設長は優しいし、僕は彼のことをいつでも信頼している。だけど中学時代の出来事があるゆえ、学校のことについてだけは、心身の根底が信じてくれないのだ。
「……肥満差別禁止条例。それがその場所に、しっかと存在するのだ」
「えっ?」僕は聞き返した。
「この法律は、まだまだ新しいものでな、うわべだけの場所も多い。だがそれを確立し、差別を根底から無くそうと努めた国がある。そしてその国の
イッリ 市という所が、世界で最も差別の少ない市として、近年国際的な認定を受けたのだ」「じゃ、じゃあ、こんな体でも僕、大丈夫なんですか?」
「正直その体で大丈夫とは言いたくないが、君がこのまま殻に閉じ籠り続けるよりは、断然良いと思っている。それにこの写真を見てみなさい」
施設長が用意したいくつもの写真を眺ると、そこには僕のように、普通の肥満以上に太った人達が沢山と写っていた。
「これは私が、その市を訪れて現地調査をしてみたものなのだが、君にも住みやすそうな場所だと思う。それにインターネットの情報では、学校の生徒の四割近くが肥満だという調査結果も出ているそうだ」
僕は写真を、まじまじと見つめていた。三年間ずっと引き籠ってはいたものの、本音は色んな人とお喋りしたかったし、同級生との戯言も交わしたいと思っていた。この施設での先輩達はみんな巣立ったため、僕を毛嫌いする人はいなくなったものの、トラウマから新しい入居者達とは未だに喋れずにいた。
「だから心配しなくて良い。フヨッタでもきっと、イッリ市の人達は温かく迎え入れてくれるさ」
「……僕、行ってみたいです」
この言葉に施設長は、今まで見せたことのない満面の笑みを、初めて僕に見せてくれた。
「それに、もう決まったことなんですよね? でしたら拒否はできませんもの」
そう漏らした僕の顔には、自然と微笑みが零れていたと、別れ際に施設長が語っていた。
大きいワゴン車に乗り、僕は二つ隣の国にあるイッリ市へとやって来た。専用駐車場からそのまま新しい児童養護施設に入ったので街中の様子は窺えなかったが、それでもここが、僕の最後の楽園なのではと彷彿させられた。
「いらっしゃい! あなたがフヨッタね」
若い女性、細身のワシが明るい表情でこちらにやって来た。
「あ、あの、どうして分かったんです?」
「凄くおっきなドラゴンが来るって聞いてたから。じゃあまず、この施設のことを教えてあげるね」
笑顔で彼女は先導を始めた。驚いたことに、ちゃんと僕の様子を把握しているのか、通路の所々に設置された頑丈なベンチで節々に休ませてくれた。
最後に、新しい自分の部屋へと案内されると、僕はあることに気が付いた。
「この部屋、広いですね。それに扉も……そういえば——あ、あの、玄関も、広いですよね」
ワシを見て話そうとすると、一瞬吃音になってしまうが、それでも自ら話しかけるなんて、何年ぶりのことだろうか。
「ええ。だってあなた以上に太った人達もいるからね」
「そ、そうなんですか?」
「外を見れば一目瞭然じゃない」
「いえ……あの、その、実はまだ、この辺りは写真でしか見たことなくて」
「なんだそういうこと! じゃあ一緒に外へ行きましょうよ」
「えっ?」
僕は固まってしまった。こんな僕と一緒に、外へ? 彼女と比べたら、僕はその何倍も醜いのに?
そんな、僕の思考回路に存在しない答えが、どうやら脳をショートさせてしまったようだ。
「ねえ、大丈夫?」その言葉でようやく、脳が再起動した。
「……え? あ、そ、そうですね、大丈夫です」
「じゃあ、あとはここの職員に任せて早速行きましょ。高校も案内できるし、一石二鳥ね」
「で、でも、僕の荷物を搬入したりとか、書類を書いたりとか、作業はないんですか?」
「だって私、ここの職員じゃないもの。フヨッタと同じ学校に入学する、この施設の入居者だから」
「え! そうだったんですか?」
彼女は頷くと、思い出したように口を開いた。
「そうだ、自己紹介忘れてたわね。私は
オクセーヌ 。フヨッタの隣の部屋だから、これからも宜しくね♪」