School 2 - 小学〜中学生:入学、そして退学 -
幸せな日常は、突如として崩壊した。それは皮肉にも、この国に発展を齎した資源、石油による内紛が原因だった。それが僕の住む町の付近で採取できると判明したのだが、奇しくもその場所が国境に面しており、両国のあいだで資源紛争が勃発したのだ。そしてそれが齎したのは、不運にもこの町の破滅だった。
『逃げろフヨッタ!』
『でも——』
『お前は足が遅いんだ、先に行け!』
『う、うん!』
僕は走った。だがこの重い体では、男友達よりも何倍、何十倍と走るのが遅かった。しかもなぜか、前に進もうと足を踏み出すたび、体が鉛のように鈍重化し、やがて僕の足は、地面に突き刺さった鉄柱のように身動ぎしなくなっていた。
(ズゴゴォゥンッ!)
『——っ!』
がばっと上体を持ち上げようとした。だが何かの抵抗で僕は、思い切りベッドに押し倒されてしまった。
「っうう……はぁー、またやっちゃった」
そう独りごちた僕は、まだぼんやりとする双眸で目の前の真ん丸を見た。それは僕自身の、成長し過ぎてしまったお腹。給食が変わってからも毎日、他の人よりも多く食べ続けた影響で、僕の体は通常の数倍にまで大きくなってしまった。なのに身長はドラゴン平均とさほど変わらず、つまり横、そして前後にだけ、僕の体は成長していた。
結果、先程のように僕は、いわゆる腹筋という動作ができないでいた。そのせいでベッドから起きるのも労力を要し、しかもそのような子供は周りに——いや、僕がいるこの都市に誰一人としていなかった。周りの子供達からはのけ者にされ、例えここが肉親を失った子供のための児童養護施設であっても、それは変わらなかった。良識を持って働く大人達がいる、それだけが僕の、自分を維持できるたった一つの救いであった。
……いや、正確には少し違うかも知れない。この施設に来るほとんどの子供達は精神障害を患うと聞いていたが、大半は戦争神経症などであり、僕のような重度の過食症で今尚太り続ける者は、誰一人としていなかった。
そして今、僕はあることに悩んでいた。それは、中学校のことである。この施設内でさえ異端児扱いされているというのに、その同い年達がもっといる集団に入るなど、恐怖以外のなにものでもなかった。しかも国法に則れば、否が応でも入学しなければならない。
幸いにも、この都市には通信学校というものがあるそうで、僕はそこへの入学を希望した。だが発展途上国では見慣れぬ学校に、施設長は将来と個人の尊重に板挟みとなりながら、
「とりあえず、一日だけでも良いから通常の中学校に行ってみなさい。それでもダメだと感じたら、君の言う通りにしよう」と渋々、了承してくれた。正直僕だって、小学校の頃のような楽しい日常なら、是が非でも学校生活を送りたい。ただ現状を見越せば、僕は偏見の目で見られ、蔑まされることだろう。
あれやこれやと考えるも、とにかく一度は学校に行かないといけない。それを翌日に控えた今晩、僕はまるで、命を賭けて戦場に赴くのを決心したかのように、これが最後の晩餐であるかのように、食堂の料理を片っ端からかっ食らった。
中学校の校舎は、木造ではなくコンクリートで固められ、この国が如何に経済的に成長したかが窺える、模範的な建築物の一つだった。
だがその内部は、まるで以前の、悪夢の戦場と変わらない世界だった。
「おい、あっちにすげーデブがいるってよ!」
遠くでそんな声が聞こえる中、僕は大きな体を極限まで縮め込んでおり、それを新しい同級生達が
蜂球 の如く囲っていた。「なあ、どーやったらそんなに太れるんだよ」
「ドラゴンのくせに空を飛べないなんて、どうせその体型のせいだろ、ダッセー」
「にしてもよ、お前の車椅子はどこにあるんだ?」
「ばーか、車椅子にこいつが収まるわけねーって」
「ていうかさ、家の玄関通れたのかよ?」
「ちげーよ。こいつには親がいねえから、家もないのさ!」
僕は自身の机から動けず、無言で相手の罵倒や嘲笑に耐えていた。学校側が僕専用に誂えたこの特注の机も、たった一度の使い切りになってしまうことが、中学校生活初日で確定してしまった。
しばらくして担任の先生が、教室に入ってくるなり団子状態の新中学生達をかき分け、早足で僕を教室の外に連れ出すと、職員専用通路にある個室へと運んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「すまないフヨッタ君、少々速すぎたか」
僕は前の壁に手を付き体重を預け、床を見つめながらどうにか答えた。
「い、いえ……あの、先生……その、す、すみません……」
「いや、悪いのはこちらだ。ああいう生徒を
窘 められない私達に、責任がある」息切れを静めるため、僕はしばし呼吸を繰り返した。ある程度落ち着くと、それを見計らった先生がおもむろに尋ねた。
「やはり、学校は厳しいか?」
「……はい……もう、来たくない……」
既に気息は整っていたが、それでも僕は前傾姿勢をやめず、止めどない涙の痕跡を目の前に残していた。