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  著者  :fim-Delta

 作成日 :2009/02/11

第一完成日:2009/04/04

 

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 犬族のゴードンからの連絡は、三ヶ月経ってもやって来なかった。(=つい)に痺れを切らした人族のベネディクトは、蜥蜴族のスパイ、マグダレンとの交信日に、止むを得ず彼の調査を依頼する事にした。するとその数日後、思いの他早く彼女から、緊急連絡として通信が入った。

『こちらマグダレン。ベネディクト警視、聞こえます?』

 だがデスクで作業中のベネディクトは、光ディスプレイに表示されていた緊急シグナルに気づかず、ヘッドセットから唐突に流れ出たその声を聞いて、慌てて返答をした。

「あ、ああ。こちらベネディクト。マグダレン、どうだゴードンは見つかったか?」

『それが、いないのよ』

「いないって、それはどういう事だ?」

『<カーフェラッファ>にゴードンがいないの。それどころか、賃貸借契約も切れていたわ』

「何だって? つまりあいつは、勝手に何処かへ引っ越したってわけか?」

『女将のフレッキ曰く、そうらしいわ。だけど行き先は不明なのよ。彼女からも何の手掛かりは得られなかったし』

「クソ、それじゃあ何かあったのかも知れない――やはり素人にやらせたのが間違いだったか」

『……どうします? このままゴードンを放置するわけにもいかないですよね?』

「当然だ。へまをしてスパイの事を口に出された日にゃ、彼自身も、それに私達にも危害が及ぶ」

『でも、居場所を突き止めるのは簡単じゃなさそうよ。何せ自分はドーガンじゃないから、得られる情報は限られるわ』

 するとベネディクトは、思い詰めたように考え始め、そして大きく溜め息を漏らした。

「仕方がない、あれを使う時が来たか」

『あれ? あれってなんですか、警視?』

「ゴードンを惑星ドーガンに送る前、彼には幾つかの予防接種を受けて貰ったんだが、その内の一つで、秘密裏にナノ発信器を注入したんだ」

『ナノ発信器? つまり、ゴードンの居場所が分かるって事?』

「ああ。ただワームホールを通して通信をしている以上、位置の特定にはやや乱れが入るし、補正などにも時間がかかる。それに常時発信器と通信を行えば、惑星ドーガンにそれを探知され兼ねない。だからマグダレン、君の携帯端末機に、受信用アプリケーションを送るから、それを使い君の方で彼の位置を特定してくれ。それで詳しく分かったら、また緊急連絡がこちらに情報提供を頼む」

『分かったわ警視』

「それでは今からデータを転送する。頼んだぞ」

『了解』

 

 

 

 マグダレンは、人影すらないひっそりとした路地裏で、受信して得た携帯端末機アプリケーションを起動した。端末機からの光ディスプレイには、惑星ドーガンの立体的な地形図と共に、赤い明滅する球体が表示された。それこそ、ゴードンがいる位置を示している物だった。

「ここは何処かしら、余り見た事ない場所だけど」そう言いながら彼女は、表示倍率を下げ、地形図を広く表示させ始めた。すると段々、下部に見覚えのある地形が現れ、それが彼女のいる、惑星ドーガンの空港周辺の街だと分かった。どうやらゴードンのいる場所は、ここからかなり北へと離れているようだ。

 マグダレンは、端末機の地形図を頼りに、赤い球体が示す場所にある街――モージ(=Mozae)まで向かう事にした。路地を出て、人が行き交う大通りに出ると、端末機からタクシーの呼び出しを行った。そしてタクシーがやって来ると、彼女は開いた後部座席の扉から、中に乗り込んだ。

「行き先は何処だ?」と運転手。無愛想な問いだが、まあここはドーガンの世界だから仕方がないと、彼女は渋々答えた。

「モージまでお願い」

「モージだって? 異星人達があそこに、何のようがあるって言うんだ?」

「自分の友達がどっかへ行っちゃってね。話ではモージに向かったらしいわ」

「ふん、風変わりな奴がいるもんだ。あそこはここ以上に、異星人には厳しいぞ。まああんたは女だから、少しは多めに見て貰えるだろうが、あんたの言う友達が男なら、どうなってるか知ったこっちゃないな」

「とりあえず行って」

 運転手は返答もせず、タクシーを発進させた。こんな差別には慣れっこと思いつつ、やっぱりストレスが溜まるわと彼女は静かに思った。

 それから何時間かして、タクシーは目的地であるモージに到着した。運賃を払い、別段運転手から何を言われる事もなく、マグダレンはタクシーから降りた。そして辺りを見回すと、そこは空港周辺の街とは違い、工業地区そのものと言った感じ――パイプやらが入り乱れ、所々蒸気が噴き出している、そんな場所だった。もはやここも、どんよりとした鉛色の空が相俟(=あいま)って、既に工場の中にいるのではと錯覚してしまう程だ。

 そんなモージの街中を、彼女は歩き始めた。ちょくちょくドーガン達とすれ違うが、誰もが皆つなぎを着ており、でっぷりとした太鼓腹を抱えながら彼女を物珍しげに見ていた。するとそんな中の一人が、彼女に声を掛けて来た。周りよりも結構太目で、身長はマグダレンと同じ、しかし体重は二百キロ近くありそうな男のドーガンだ。

「なああんた、場所を間違えてるんじゃないのか?」

「いいえ、ここはモージでしょ?」

「モージはあんたのような異星人が来る所じゃない。特に、地球人であるあんた見たいな奴はな」

「自分はただ、友達を探してるだけなのよ」

「友達だって? あんたの周りはどれだけ愚かなんだ」

「どういう事?」

「ここはあらゆる実験が取り行われる研究用地区なんだ。地表ではこうやって工場っぽく――実際俺達はここで製品開発をしてるんだが、地下では違法実験の巣窟さ」

「なんですって? そんな話、聞いた事がないわよ」

「まあとにかく、あんた見たいな奴がここらでうろうろしてたら、地下から研究員達が出て来て、あんたを材料にしちまうかも知れないぞ」

 するとその時、近くにいた別のドーガンが、この男に注意を促した。

「あんまりべらべらと喋るな。そんなんじゃ俺達が材料にされちまう」

「そ、そうだったな……まあ、そういう事なんだよあんた。その魅力的なボディーは愛おしいが、そんなの、地下の奴らには効きやしないぞ」そう助言した男は、再び歩き始めた。マグダレンは、この情報を確りと覚え、あとでベネディクトに伝えようと心に刻み込んだ。

 それから何十分か、彼女は端末機の地形図を元に、徐々にゴードンがいる場所へと近付いて行った。だがある地点に着くと、高い防壁に遭遇し、先には進めなくなってしまった。何処かに入り口はないかと、彼女は壁沿いを歩いては見たが、一時間程歩くと元の場所に戻ってしまった。

 どうしたものかと、マグダレンはその場に立って悩んだ。すると後ろの方から誰かの呼ぶ声が聞こえ、彼女は身を翻した。するとそこには、先程会話をした、太り身のドーガンが立っていた。

「どうした?」

「ここから先に行けないのかなって」

「その中は、さっき俺が言った研究用の施設なんだ。先には俺達ドーガンですら入れない」

「そう……」

「あんたは確か、友達を探してるんだろ? その中には絶対にいないはずだぜ」

「そうね。ありがとう、とりあえず今日は一旦帰る事にするわ」

「何処から来たんだ?」

「ドーガン空港の街からよ」

「随分と遠いな。今からじゃ遅いし……その、良かったら俺ん所で泊まってかないか?」

 その言葉に、マグダレンは思わず拍子抜けしてしまった。特に地球人とは一線を置くドーガンが、地球人と知っていながら誘いをするとは、信じがたい事だった。

「その、随分と珍しい事があるものね、確かドーガン達は、余り自分達のような種族を歓迎しないと思ってたけど」

「中には違う奴もいるのさ」

 マグダレンは悩んだ。太鼓腹以上の物を持つ、太った彼と一夜を過ごす事にも悩む所があるが、何より彼を信じる事が出来なかった。これまでのドーガンの、地球人などに対するあしらい方を見て来れば、誰だってそう警戒してしまう。だが実際の所、彼が言うように辺りの空は暗くなり始め――太陽がないので、陽が落ちるわけではない――何処かに寝泊りするのが無難に思えた。

 彼女は、細心の注意を払いつつ、彼の案を受け入れる事にした。

「そうね、それじゃあお願いしようかしら」

「良かった。ささ、付いて来てくれ」と彼は、マグダレンを自宅へ案内し始めた。

 

 マグダレンが連れて来られた場所は、工業地区そのままの鉄、コンクリート、トタン、真鍮などがベースの家――というより部屋だった。どうやら工場で働く人達用の社宅らしく、中に入るとそこには、計十畳程度の狭い空間があった。勿論床や壁などは全て鉄臭く、体の大きなドーガンには明らかに見合わない部屋のサイズに、マグダレンは空港周辺とは違う初めての雰囲気に目を行ったり来たりさせた。なるほど、こういう場所も惑星ドーガンにはあるのね、と思いながら彼女は、男に勧められ席に着いた。対面する位置には、その彼が座った。

「随分と狭い家なのね」と彼女はつい零してしまった。しかし相手の男は、別段気にする様子もなかった。

「空港周辺のような発展した場所とは違い、ここは廃れた場所見たいなもんだ。<スラム>同然と言っても過言じゃない。唯一違うと言えば、食料がすぐ届くって事ぐらいだな」

「どうして? ここは工業地区なんでしょ、工場も沢山あるし、発展してそうに思えるけど」

「見かけだけさ。昔はここらも活発だったんだが、基本零細工場の集まり。少しの経済変化が、時には(=)がり、時には喘ぐ事になる。そして今となっちゃ、うむがしい日々はもうないんだ」

「そう……じゃああなたは、仕事とかどうしてるの?」

「幾ら廃頽(=はいたい)したとは言え、少なからず一部の工場は稼動してる。収入こそ少ないが、そこで働けばこうやって家も充てがわれるし、俺はそれで満足だ。そんな事より、腹でも空かないか?」

「別に自分は大丈夫よ」

「夕飯はもう食ったのか」

「いいえ、別にまだだけど」

「なら一緒に、食悦を堪能しようじゃないか」

 マグダレンは悩んだ。ドーガンでは、基本差し出された料理を完食しなくてはならないらしい――これはゴードンが教えてくれた風習だった。彼女の場合、ゴードンとは違って宿舎の主が大食いではないので、ドーガンの一般的な量でも確りと食べる事が出来、今までその習わしは知らなかった。だが今、目の前には明らかにそれよりも食べそうなドーガンがどっかりと腰を据えている。果たして彼女に、食事を食べ切る事など出来るだろうか。

「無理にとは言わない。でも食事は確り取った方が良いと思うぞ」

「そ、それもそうね……分かったわ、折角ここに来たんだし、お願いするわ」

「そうこないとな!」

 男は嬉しそうに手を合掌のようにして叩くと、ポケットから携帯端末機を取り出し、電話を掛け始めた。どうやら出前を頼んでいるようだが、一見すると普通よりもやや大目な量、だがいざ料理が届くと、ドーガンらしい大量の料理が届く事は間違いない。注文内容を聞くにつれ、マグダレンは溜め息をついた。

 やがて注文を終えた男は、端末機をつなぎのポケットに戻した。

「すぐに料理は届くから、それまで少し話でもしようか」

「そうね。それにしてもあなた、よっぽどお腹が空いてたのね。口の端からちょっと涎が出てるわよ」

「うへ、マジか? いやはや垂涎の的とはこの事だな」と彼は、手の甲で涎を拭うと、言葉を続けた。

「そういえばさ、あんたの名前なんて言うんだ?」

「自分? 自分はマグダレンよ」

「マグダレンか――可愛らしい名前だ。俺はオーベイテム(=O'Batem)、ベイテムって呼んでくれ」

「分かったわ、ベイテム。今日は一日宜しくね」

「こちらこそ」

 それからほんの少しして、男ことベイテムが注文した料理が早くも届いた。予想通り一品の量は半端ないものだったが、マグダレンは既に慣れていた。そして二人は、食事を堪能しつつ、共に会話を交わしながら、徐々に間柄を深めて行った。それに混じって彼女は、この惑星ドーガンの近況及び周辺の情報を、スパイである事がばれないよう聞き挑んだ。運良く彼は、本当に気前が良いのか優しいのか、地球人である彼女に対してその多弁さを見せ、未知の情報が沸騰時のあぶくの如く、ぼこぼこと湧き出て来た。

 そんな中彼女は、一番気になったあの「場所」について、彼に尋ねて見た。

「そういえばベイテム。自分が行こうとしてたあの研究施設だけど、あそこって実際どんな所なの? 知る限りじゃ、あんな施設はパンフレットにも載ってなかったわ」

「人体実験だ。そういうのが行われているから、表向きは工場の一つのように見せてる。だからパンフレットには載ってないのさ」

「なるほど、ね……」マグダレンは、拳を顎に当てて思案気になった。

「まっ、そういうこった。そういや少し話したい事があるんだが、俺のようなドーガンには――」

 マグダレンは、適当に頷きながら彼の会話を聞き流していた。研究施設、そして人体実験という言葉が脳裏に引っかかっていたのだ。明らかにゴードンがいる場所はそこの中。普通のドーガンですら入れないのに、彼が矢庭に入れるわけがない。それが意味する所は、ベイテムが冗談のように言っていた「材料」として(=かどわ)かされたというのが打倒だろう。そしてその事を、ベネディクトに逸早く伝えなくてはならないのに、彼女は少し躊躇(=ためら)いを覚えていた。もしゴードンの身にそのような事が起きていた場合、彼を起用したベネディクトが譴責(=けんせき)されてしまうからだ。

「――マグダレン、聞いてるか?」

「えっ? あ、ああごめんなさい。ちょっと気を取られていたわ」

「何にだ? もしかして服を着ない俺の彼女の事か?」

「え、ええ」と彼女はあやふやに返した。奇しくも話が噛み合い、相手は言葉を詰まらせずに喋り続けた。

「気にするな。亡くなったのは(=)うに昔の話だ。だがその余韻は、今でもこうやって体に残ってはいるがな」

 ベイテムが苦笑しながらこちらを見たので、マグダレンも忍び笑いを漏らしながら、それっぽい仕草をした。どうやら小さな危機は通り過ぎたようだ。

 それから二人は、段々と話を明るい方へと持って行き、笑談を交わしながら食事を続けた。しかしマグダレンは、遂に胃袋の限界を迎え、とうとう食事の手を休めてしまった。それでもまだ沢山の料理が残っており、それをベイテムが止まらぬ勢いで平らげて行った。

「ごめんなさい、全部食べ切れなかったわ」

「気にするな。俺達とは体の構造が違うんだからな」

「けど、ちゃんと完食するのがここのマナー見たいなものなんでしょ?」

「へっ?」と彼は、(=とぼ)けたような表情で彼女を見詰めた。

「だから、ここの習慣なんでしょ?」

「全部平らげる事がか? 馬鹿な、そしたら食事量が少ない異星人達はどうするんだ。地球や他の諸惑星には、確かにここの情報をある程度隠密(=おんみつ)にはしているが、そんなわけの分からん浮言が流れていたのか」

 マグダレンは、彼の言葉が今一呑み込めず、目をしばたたいた。

「てっきり俺は、風習とか土地柄とかについては正しく伝えられてると思ったんだがな」

「そ、そう……そうなの」と彼女は、ホッと胸を撫で下ろしながら(=うそぶ)いたが、内心はかなり動揺していた。つまりゴードンは、周囲のドーガン達に虚偽の情報を教え込まれたわけだ。となると彼らは、ゴードンがドーガンでない事を予め知っていた可能性がある。でないと、何ゆえ同族に嘘を言う必要がある?

 ――なるほど、そういう事だったのね、とマグダレンはようやく理解した。(=でっ)ち上げた話を見ず知らずの人に与える事で、もし同じドーガンであれば「そんなわけないだろ」と冗談を突っ込みで返す。別段おかしくない流れだ。だがもし、ドーガンではない部外者だったら「そうなんですか?」とつい尋ねてしまう。きっとゴードンもそう答え、その時点で彼は異星人だと悟られたに違いない。しかも彼はドーガンの振りをし、それを怪しいと睨んだ周囲が、彼を静かに消そうと――若しくは実験の材料にしてやろうと目論んだ結果、このような事態になったのであろう。

「どうしたマグダレン、何を考えてる?」

「いや、ちょっとね。気にしないで、こっちの話だから」

「そうか。そういえば今夜、ここで泊まるんだろ? 俺と二人で一緒に寝るのは、やっぱり嫌か?」

「うーん、まあ異性同士だと、ちょっと抵抗があるかしら?」

「なら少し待っててくれないか。部屋を掃除して、二人が別々で寝れるよう場所を確保しておくから」気が付くと彼は、有りっ丈の料理を見事に平らげていた。それらが全て入った彼の胃袋は、ファスナーを破壊せんと言わんばかりにぼっこりとつなぎを盛り上がらせていた。

「ありがとね、ベイテム。それじゃあその間、少し外の空気を吸っててもいいかしら?」

「勿論だ。準備が終わったら教えるよ」

「分かったわ」

 マグダレンは、大きな体で大儀そうに部屋を片付けるベイテムを背に、玄関口へと向かい外へと出た。そして、一度後ろを振り向いて様子を確認すると、携帯端末機を取り出し、誰かと通信を繋いだ。

 

 

 

 デスクで作業中のベネディクトは、光ディスプレイに表示されている緊急シグナルを見て、手元に置いてあるヘッドセットをさっと取り付けた。それからすぐに、ヘッドセットから女の声が聞こえて来た。

『こちらマグダレン。ベネディクト警視、応答願います』

「こちらベネディクト。マグダレン、何か情報は掴めたのか?」

『はい。けど大変な事になってるわ。今ゴードンがいる場所は、そんじょそこらの公共施設とは全く違うわ』

「何? それは何処なんだ?」

『モージという街にある、一見工場の一つ見える場所なんだけど、地下では違法な人体実験が執り行われているらしいわ』その彼女の言葉に、ベネディクト思わず身を硬直させた。そんな施設、一度も耳にした事がなく、隠れ蓑の軍事施設なのかとベネディクトには不安が募った。だが次の彼女の言葉で、彼の心配は一挙にピークを迎えた。

『それともう一つ、ゴードンから聞いた、惑星ドーガンの「出された料理は完食する」っていう習慣だけど、あれはどうやら嘘らしいわ』

「何だって?」

『自分は今日、とあるドーガンの家に泊まる事になったの。それでそこに住む人から聞いたのよ』

 ベネディクトは言葉を失った。明らかに今、ゴードンは途轍もなく悪い状態にあり、更に彼は、ドーガンを訪れた時から既にその存在を見破られていた可能性があった。もしや彼は、初めからドーガンらの作戦の掌中(=しょうちゅう)にいたというのか!?

『どうします、警視?』

 彼女の質問に、ベネディクトはどう返せば良いか言い(=よど)んだ。

「……分からない。とりあえず、少し考えさせてくれ」

『了解。自分からの報告は以上です』

「ありがとうマグダレン。通信はこれで終わりにしよう」

『はい』

 そしてベネディクトは、マグダレンとの交信を断った。

 それから暫く、ベネディクトは自分のデスクで(=うつむ)き、物思いに耽った。こうなった以上、責任を取り、ゴードンの件をなんとかしなくてはならない。しかし果たして、どうやったら例の実験施設に乗り込めばいいのか。普通のドーガンですら入れない場所に。

 その時、目の前から「ベネディクト?」という呼び掛けが聞こえて来た。ベネディクトは頭を(=もた)げ、どうにか相手の顔と面を合わせた。そこにいたのは、彼の妻である獺族のパメラだった。彼女は、(=ひど)い顔をする夫にもう一度言葉を掛けた。

「どうしたの、あなた?」

「その、だな。ゴードンの居場所が分かってな」

「それは良かったじゃない」

 ベネディクトは首を横に振った。そして彼女に、先程マグダレンから聞いた情報を一期一句漏らさず語った。

「そう、なの。ドーガンにそんな場所があったなんてね」

「私もだ。これはかなり、やっかいな事になってしまったようだ」と彼は溜め息を漏らした。

「……そういえばパメラ、私に何か用か?」

「え? あっ、えっと、そうね。実は今日、ここで地球宇警局の宇警警視監達が会議をする事になったの。それと私、そこの助手として今回は働く必要がある見たいなの」

「なるほど。つまりそれは、ビリーの御守(=おもり)をしろって事か」

「そういう事。でも忙しかったら、今日は私が面倒を見るわ。助手の代わりなんて別に、誰でもいいんだから」

「いや、お前の方が手馴れてるだろうし、みんなも安心するだろ」

「けどゴードンの事と比べたらマシでしょ?」

「これは私自身の問題なんだ。彼を起用した私のミスだ。だからその事で、何かとお前に迷惑はかけたくない」

「そ、そう。だけどもし、大変だったら、構わず私に言ってよね?」

「分かった」

 そしてパメラは、自分のやるべき仕事へと戻って行った。ベネディクトは、ふと卓上にある光ディスプレイの時計を見た。時刻は昼を過ぎ、午後一時半。すっかり昼食を逃していた。

 彼は、重い腰を上げると、食堂へと向かった。そして食堂に着くと、時間的にもう人がおらず、中はがらんとしていた。ただ鷲族のヴィーラが作る調理の音は、いつも通り絶え間なく流れていた。

「ヴィーラ、いつものを頼めるか?」

「あらベネディクト警視。今日は来ないから、どうしたのかと思っちゃったわ」

「悪い、色々と忙しくてな」

「警視も大変ね。分かったわ、それじゃ席に座って待ってて」

「持って来てくれるのか?」

「お疲れの警視さんには、少しでも多くの休息が必要でしょ?」

 ベネディクトは彼女の言葉に甘え、外窓側の席に着いた。そこからは、この総合宇宙センターの西側の景色が見える。だがそこにあるのは、芝生と森林、そして右手の北側にある滑走路が映るだけで、それら全てはこのセンターの敷地であった。広大なその敷地から離れた姿は、このセンター内からでは、人間の視野では確認出来ない。

 そんな外を眺めていると、ヴィーラがその大きな腹にお盆を載せながら、料理を運んで来た。

「御待ち遠様、警視」

「あ、ああ悪い。……そういやヴィーラ、君はここから、このセンター外の景色は見えるか?」

「どうして?」

「君は鷲族だから、私達よりも目が良いだろ?」

「そうねぇ」と彼女は、窓越しに外の景色を凝視した。だが首を横に振ると、こう口を開いた。

「駄目ね、あたしにはあんまり見えないわ」

「そうなのか?」

「鷲族だからって、人間のように土地や環境に合わせて体は変わるものよ。あたしはずっとここに勤めていて、それ程遠くの景色を意識する事なんてなかったから、そのせいで視力が衰えちゃったようね」

「なるほど。意外だったな」

「もっと広い視野で考えて貰わないとね、それに客観的にも。警視さんの目線じゃ、種族の違うあたし達の事なんて全部は分からないでしょ?」

「確かにその通りだ」

「それじゃ、あたしはそろそろ厨房の方に戻りますけど――余り苛々するのも駄目よ」

「それは、どういう意味だ?」

 するとヴィーラは、片翼で彼の指先を示した。彼はそこに目を向けると、その指は激しくテーブルを叩いていた。全くの無意識であった。

「これからあのビリーが来るんでしょ? 宇警警視監のあの子をあやしたりするのは、色々と荷が重いからね。それが切っ掛けであの子に八つ当たりでもされちゃ、あなたもそうだけどあの子も可哀想でしょ?」

「わ、悪い。ついうっかりしてたな」と彼は、テーブルに載せた手を膝の上に載せた。

「警視も大変でしょうから、余り無理はしないで下さいよ」

「分かった。ありがとうヴィーラ」

 ヴィーラは会釈すると、再び調理場へと戻って行った。ベネディクトは、運ばれて来た遅めの昼食に手を付け始めた。心にゆとりを持たせようと、彼はそれをなるべくゆっくりと味わった。

 

 食堂で、ある程度気持ちを落ち着かせたベネディクトは、いつもの通り彼の携帯端末機に連絡が入り、フォ・ロラ宇警警視監からビリーのお迎えを依頼された。ベネディクトは席を離れ、食堂を出ると、そのままエレベーターで一階に降りた。そして北にある宇宙港の砂漠・海エリアへと向かった。

 砂漠・海エリアに入ると、周りには御馴染みの体の大きな海洋族がおり――勿論彼らはフォ・ロラの護衛である――暫くそこで待っていると、海からフォ・ロラとその息子、ビリーが岸に上がって来た。そしてビリーは、その巨体をどしどし言わせながらベネディクトの方に駆け寄って来た。

「ベネディクト小父(=おじ)さん!」

「やあビリー、また体が大きくなったな」

「えへへ、そう?」と胸を張るビリー。身長はほんの僅かに伸びただけだが、体の方は明らかに膨れ、完全な球型になっていた。そんなビリーを愛でしく思う父親のフォ・ロラが、あとからやって来てベネディクトと握手を交わした。

「ベネディクト、(=わし)は君が忙しいと聞き、パメラに御守を依頼しようとしたんだが。本当の所、お前は大丈夫なのか?」

「はい、ご心配要りません」

「ならいつも通り、ビリーを頼んだぞ」そう言ってフォ・ロラは、息子のビリーを優しく撫でた。そしてベネディクトが「(=かしこ)まりました」と伸ばした手を額に当てて敬礼すると、周りにいた海洋族を引き連れ、フォ・ロラはこの場所を去って行った。それを(=しか)と見届けたベネディクトは、ビリーと共に宇宙港からセンター内へと戻り、そこからエレベーターに乗って宇警オフィスに向かった。

 その道中、ビリーが何やらそわそわとしながら、ベネディクトに尋ねた。

「ベネディクト小父さん?」

「なんだいビリー?」

「小父さん、今忙しいんでしょ?」

「まあ、な。だが君の面倒ぐらいは見れるぞ」

「でももし、小父さんが忙しいのなら、僕一人でセンターの中をうろつくよ」

「それは危険だ。君はそれでも、宇警警視監の息子なんだから」

「じゃあ、護衛か誰かを付けたら?」

「うーむ……まあ、君が大丈夫って言うのなら問題はないな。それにしてもビリー、君は本当は、センター内を歩きたいだけじゃないのかい?」

「へへ、ばれちゃった? だってまた新しくなってるかも知れないし、センターの中は最近歩いてないから、ちょっと見回って見たいんだ」

「なるほどな。良し、それじゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな?」

 宇警オフィスに着くと、ベネディクトは適当な護衛三人を呼び寄せた。そしてビリーの護衛に当たらせる命を出し、彼らとビリーは一階へと降りて行った。それを見送ったベネディクトは、彼らが下を散策している間に今後の作戦を練る事にした。如何にしてゴードンを見つけ、助け出すかを。

 

 何時間も経ち、しかしこれと言って良案が浮かぶわけでもなかった。データベースにある資料は漁り尽くし、その為デスクの横には繙閲(=はんえつ)用の資料が積み上げられていたが、今の所進捗度はゼロであった。正に机上の空論をえがいているだけで、そんな自分にベネディクトはかなり(=)れていた。知らずの内に貧乏揺すりをし、そして食堂でヴィーラに注意された指の挙動まで起こし、苛々を露呈させ始めていた。

 そんな時、ビリーとその護衛達が宇警オフィスに戻って来た。そして護衛の一人が、気が立っているベネディクトの元に歩み寄ると、様子を見ながらこう告げた。

「お忙しい所すみません、警視。只今ビリーを連れ、ここに戻って来ました」

「もう散歩は終わったのか?」

「はい。ビリーはあとは、ここで待っていたいと言っています」

「分かった。じゃあ彼には、休憩所で待っているよう伝えて置いてくれ。こっちは今忙しいからな」

 護衛は、しゃっと敬礼姿勢を取ると「はっ、失礼しました!」と言ってその場を退いた。ベネディクトはなんの反応もせず、再び迷宮入りの模索に入った。それはまるで、(=おり)のない液体から(=かす)を取るかのように、成果が一向に挙がる気配すらなかった。

 やがてベネディクトは、とうとう怒りが声にまで(=あらわ)になり、独り言が出始めた。

「クソ、どうして見つからないんだ? きっと、きっと何か宇宙法の抜け穴でもあるはずだ」

 そう言ってベネディクトは、読破した資料を机の上へ投げ捨て、横にある新たな資料を手に取った。しかし関係のない物だと分かると、彼はすぐさまそれを乱雑に置いて、資料を嵩上げした。

 するとその時、休憩所で待ち(=)きたのか、ビリーがオフィス内に入って来た。この緊迫した雰囲気の中、何か問題を起こしやしないかと周りの宇警達は、胸をハラハラさせながら彼と警視のベネディクトを黙視した。

 一歩、また一歩と、ビリーはベネディクトに歩み寄って行く。近くにいた宇警達はビリーに待ったを掛けたが、彼が「小父さんと話したい」と言うと、宇警警視監の息子に逆らえず口を閉ざしてしまい、そしてとうとう、ビリーは頭を抱えるベネディクトのデスク付近にまで近付いた。

「ベネディクト小父さん?」と彼は更に歩み寄った。だがそれが悪かったのか、机から(=)み出した資料に、案の定彼の巨体がぶつかってしまった。そして幾重(=いくえ)にも重なったそれらはばさばさと床に散らばり、悪くもそれらの一部は、次の資料を取ろうしていたベネディクトに当たった。

「あ! ご、ごめんなさい」

 だがベネディクトは、ビリーの方を見遣ると、鋭い目付きでキッと睨んだ。今までになかった(=おぞ)ましい表情にビリーは、鬼気迫る感じに体を硬直させた。

「毎回毎回そうだが、少しは学習したらどうなんだ?」ベネディクトが静かに言った。

「えっ……そ、その……」と、普段は怒らないベネディクトの様子にビリーはまごついた。

「なんでお前は、こういう時にもトラブルを招くんだ? 何度やったら気が済むんだ!」

 ベネディクトは激昂し、デスクを激しく叩いた。肝を潰したビリーは、全身を強張(=こわば)らせると、薄っすらと目を赤く潤ませ始めた。ぽかんと開いた口は、鋸歯状(=きょしじょう)の羅列する牙と共にがたがたと震えていた。

 周りの宇警達は、声を殺したまま作業を続けていた。中には彼らの様子を窺ったり、ビリーを慰めようと渋る者もいたが、誰もが警視の怒号に怯え、オフィス内は静寂に包まれていた。

 短く、同時に長い沈黙が過ぎ去った。ふと我に帰ったベネディクトは、強面(=こわおもて)な顔を一転させ、申し訳なさそうな顔をした。そして自らの愚かさを、心の底で(=とが)めた。これはヴィーラが言っていた状況――なんの罪もないビリーに、自分の怒りをぶつけるのと同じであった。これはビリーが警視監の息子だからどうこうではなく、怒りをぶちまけたという倫理的問題であり、非常に情けない事だった。

「……悪い、ビリー。つい君に当たってしまった」

 ビリーは、一度両目をギュッとつぶると、(=たた)えていた涙を流した。そして「ごめんなさい」と、蚊の鳴くような声で再度謝った。そんな彼にベネディクトは、大きな感慨を覚えた。

「いや、悪いのは私だよ。君はなんにも悪くはない。それに不甲斐無い私に何一つ文句を言わないなんて、私が言えた義理じゃないが、君は偉いよ」

「そ、そう?」とビリーは、ベネディクトの顔を見据えた。

 上司や上層部の子供というのは、結構甘やかされていたりし、存在が大きな父の背中で傍若無人になる者が多い。それはベネディクト本人が幾度も経験している事なのだが、このビリーは違った。もしそんな子供達にこんな態度を取ったら、たちまち父親に報告され、誹毀(=ひき)と同時に警視という座を剥奪されたに違いない。ベネディクトはそれとは違うビリーの心持ちに、安堵以上の感情でいっぱいになり、顔を綻ばせた。そしてビリーの頭を、優しく撫でてやった。

「本当に悪かった」

 するとビリーにも、少しだけ笑顔が戻って来た。そして、少し声をつかえさせながらも、彼はこう言葉を出した。

「あの――あの僕、片します!」

「そうかい? だけど君の体じゃ、結構大変だと思うぞ。前の食事の時なんか、床に落としたスプーンを取ろうとして転がってたじゃないか」

「お、小父さん! それはもう言わないって約束したじゃないですかぁ」とビリーは赤面した。だがそこにはもう、哀感の様子は無かった。

「ははは、悪い悪い。それじゃあそうだな、とりあえず一緒に片付けようか」

 そうして二人は、床に落ちた資料を拾い始めた。同時に心の和んだ警視を見て、周りからは少しずつ雑談や囁き声が聞こえ始め、再び温和なオフィスの雰囲気が漂い始めた。

 ビリーは、大きな体で一生懸命下にある物を取ろうと、デスクで片手を支えながら齷齪(=あくせく)した。その姿に顔を綻ばせていたベネディクトだったが、ふと自分が手にした資料「未解決事件のリスト」を見た時、無性にそれが気になり出した。作業の途中ではあったが、ベネディクトはそれを机の上に開くと、中身を熟読し始めた。その様子にビリーは、不思議そうに彼を尋ねた。

「どうしたの、ベネディクト小父さん?」

 しかしベネディクトは、本の内容に意識が集中しているのか、彼の言葉に気が付かなかった。

 暫くして、唐突にベネディクトが「分かったぞ!」と叫び声を上げたので、オフィス内にいた一同は思いも掛けず心臓を飛び上がらせた。

「そうか、この手があったか。ああヴィーラ、君が言っていた通りだったよ。第三者の目線で考える、これは非常に重要な事なんだな」

 宇警と同じくして吃驚(=びっくり)していたビリーは、彼に「どうしたんですか」と聞いた。するとベネディクトは、嬉しそうに答えた。

「分かったんだよ、答えが」

「答え?」

「そうだ。悪いなビリー、私はこれから忙しくなりそうだ。ここに居ればお父さんがちゃんと迎えに来てくれるから、ここで大人しく待っててくれるかな?」

「何処に行くの?」

「ちょっと遠くにな。戻るには暫く時間が掛かりそうだ」

「そうなんだ……うん、分かった。僕、大人しくここで待ってるよ」

「良し、いい子だ」そう言ってベネディクトは、ビリーのお腹を優しくぽんぽんと叩くと、荷物をさっさと(=まと)め、足早にオフィスをあとにした。向かったのは、妻のパメラがいる会議室だ。

 

 ベネディクトが会議室に着いた時、まだ中では話し合いが続いており、彼は少しの間外で待つ事にした。そして長丁場の会合に幕が下りると、宇警警視監達が順繰りに部屋から出て来た。出口付近に立っていたベネディクトは、それぞれに深々とお辞儀をし、フォ・ロラ宇警警視監にはビリーの旨を伝えた。

 最後に、後片付けをし終えたパメラが会議室から現れ、ベネディクトは声を掛けた。

「パメラ」

「あらベネディクト、どうしたの?」

「実は、ゴードンを救う手立てがやっと見つかったんだ」

「本当!? 良かったじゃないベネディクト。それじゃあ私は、何をすればいいかしら?」

「その前にまず、幾つか伝えて置くべき事がある。ゴードンは今、惑星ドーガンのモージにある秘密の研究施設――表向きは工場の所にいるらしい。そこでは、違法な人体実験が実施されているようなんだ」

「なんですって? そんな場所聞いた事もないわ。けど、そうだとしたらどうやってそこに入るの? そういう所は同族のドーガンでも厳しいでしょ」

「だから私は、この宇警という立場を利用し、行方不明のゴードンを捜索するという事にしたんだ」

「ちょっと待って。彼がそのモージで行方不明になったっていう証拠はないし、下手したら彼がスパイだってばれちゃうじゃない」

「それは違う。私は彼を捜索する為の、二つの節穴を見つけた」

「それって?」

「一つ、私達はゴードンをスパイとして捉えているが、彼は単なる旅人の一人として惑星ドーガンを訪れている。行方不明の彼を探した所で、特別おかしくはないだろ?」

「そう言えば……私って馬鹿だわ、すっかりその事を忘れてた。でも、モージで彼を探す根拠はどうするの?」

「昔の資料を漁ってたんだが、未解決事件の一つに、惑星ドーガンで起きた物があった。被害者は行方不明で、どうやらモージの工場で働いていたらしいんだが、詳細は不明。つまりゴードンを探すのと同時に、彼も捜索すればいいわけさ」

「それと研究施設に入る事が、どう関係してるの?」

「それが二つ目の節穴さ。私達は研究施設にどう潜入するかを考えているが、その施設は秘密裏に存在し、表では工場として稼動しているとの事だ。未解決事件の被害者はモージの工場に勤めていた、それなら彼を探す一環として、その施設がある工場に入ってもおかしくはないだろ? そこは『工場である』と名目を出してるんだから、関係がないとは言えないわけさ」

 彼の説明に、パメラは開いた片手を拳で叩いた。

「なるほど! 相手の隠蔽工作を逆手に取ったわけね」

「そういう事だ。私達はこれから、惑星ドーガンに二人の行方不明者を捜索する目的で向かう。だから君には、最低限の船員を集めて欲しいんだ」

「警部や捜査官は?」

「私達が探すゴードンや工場の従業員は、有名人とかではない普通の一般人だ。大勢で調査を行えばそれこそ怪しまれ、我が刀で首切るようなものだ。だから地表での捜査は一人で行い、残りは緊急時などに備え、惑星ドーガンの大気圏外で待機して貰う」

「じゃあ誰が地上に?」

「言うまでもない。今回の件は全て私に責任があるのだからな」

「了解。なら早速、私は船員を手配して来るわね」

「ありがとうパメラ。私は捜査依頼を申請したあとすぐに宇宙港へ直行するから、準備が出来たらメールを入れてくれ」

 パメラは頷くと、全身の毛を(=なび)かせる様にその場を去って行った。ベネディクトも手続き済ませるべく、出来る限りの速さで駆け出した。

 

 

 

 ベネディクトに情報を伝え終えたマグダレンは、通信を切ると、ベイテムの家に戻ろうと身を翻した。すると目の前には一人の巨漢ドーガン、ベイテムが立っており、彼女は思わず飛び上がった。

「なあ、今の話って?」

「そ、それは……その――」と、彼女は浮き腰になった。どうやら彼には話が筒抜けのようで、どうこの状況を遣り過ごすか、彼女の頭の中は完全に混濁していた。

「君は、単なる地球人かと思っていたんだが。警官、つまり地球宇警かその辺りなのか」

「ごめんなさい、別に騙すつもりはなかったの。でも調査をする事は私の仕事だから」

「俺とこうやって一緒にいたのは、何か情報を得る為だったのか?」

「最初は違ったわ。けど、話す内に少しは……」

「そうか」ベイテムはあっさりと答えたものの、肩は残念そうに落ちていた。その様子にマグダレンは、ふと何か感じる物を覚えた。彼は、本当に自分に気があったのではと。

「本当にごめんなさい。自分は別に、あなたを利用しようと思ってたわけじゃないわ」

「分かってる。俺達が出会ったのは、偶然なんだからな」

 それから、暫しの沈黙。なんとかこの重い空気を打破しようと、マグダレンは口を開いた。

「ねえ、どうして自分に声なんか掛けたの? 初めは注意を促してくれたけど、二回目は態々(=わざわざ)自分の所にまで来てくれて」

「地球人ってのは、ここには中々来ない。物珍しかったのかもな。それにここらじゃ女は余りいないし、俺達と違ってあんたはスタイルが良くて逞しく、魅力的だ」

「つまりそれは、ナンパと受け取って良いのかしら?」

「はは、まあ恥ずかしながら、そんな所だな。だがこんな俺みたいな、地球人から見てデブの俺には、好感なんて持てないよな」そう言って彼は、後ろめたく彼女に背を向けると、玄関へとぼとぼと戻り始めた。マグダレンはその哀愁漂う彼の後姿を見詰めながら、長い事ここで味わえなかった(=いたわ)りを、ようやく実感し始めた。久々の感覚に、それが麻痺していたのかも知れない。

 優しさ――彼女はそれに飢えていたのか、もっとベイテムにその感情を求め始めた。更に彼しかそれをくれないと思うと、余計にそれが欲して、彼女は扉を開けて中に入ろうとする彼の片腕をがっしりと(=つか)んだ。

「ベイテム。自分の事、許してはくれないわよね?」

「いや、君は悪くないさ。兎に角今日は、俺の家で泊まってけよ」

「……ねえ、一つ聞かせて。自分は今まで、あなたのようなドーガンには出会わなかったわ。いつもみんな、私に(=さげす)みだけをくれてた。でもどうしてあなたは違うの?」

「さっき言った通りさ。君が魅力的だったんだ。それに俺はここらじゃ存在が薄い方だし、こんなにも太ってる。だから君が一緒に来てくれた時は、凄く嬉しかった」

「じゃあ、もしあなたが自分の事を許してくれるなら、その、あなたの望みをなんでも聞くわ」

「なら俺と、一緒にベッドで寝るってのはどうだ? 別に嫌らしい意味じゃない、ただ横で寝てくれるだけでいいんだ。だがむさ苦しい異性の俺と寝るのは嫌だろ?」

「ううん。もしあなたが、自分の事を許してくれるのなら」と彼女は、掴んだベイテムの片腕を更にギュッと握り締めた。その行為に彼は、慣れていないのか狼狽してしまった。

「そ、それは、その……ほん、本当にこんな俺でいいのか?」

「勿論よ。それになんだか、あなたと一緒に居たくなったの」

「じゃ、じゃあ早速中に入ろう! それで俺のベッドに入っててくれ。その、俺は体を綺麗にしてくるから」

 しかしマグダレンは、慌てて中に入ろうとする彼の腕を、放そうとはしなかった。

「別に気にしないわ。実は自分、凄く嬉しかったの、あなたのような優しいドーガンと出会えて。しかも裏切った自分をも許してくれるなんて。だから今日は何があってもあなたを裏切ったりはしないし、自分をあなたの自由にしていいわ」

「け、けど汗臭くないか? ここらは男達が集う場所だから、体を洗う事は余りしないんだ」

「どうだっていい」そう彼女は、ベイテムの腕をぐっと引き寄せた。がたいの良い彼女だからか、二百キロはあろう彼の体はすっと持って行かれ、彼の突き出たお腹が彼女を押すようにして触れ合った。そして彼女は、彼のその大きな体躯に腕を回すと、少しだけ体重を前に倒し、相手のお腹に凭れ掛かった。

「柔らかい体に突き出たお腹。温かくて気持ちいいわ。太ってるのも、案外悪くはないわね」

「そ、そうか? そう言って貰えると光栄だな」と彼は、既に顔を赤々とさせながらも、彼女の腰に腕を回していた。

 それから二人は、家の中に入ると、共にベイテムのベッドで横たわった。掛け布団を頭からかぶり、他人のいないこの部屋で、誰にも見られない二人だけの空間を作り上げた。そこでは決して破廉恥な事はしなかったものの――それはこの世界で、そのような行為が全面的に禁止されているからだ――それでも彼らは、その小さな世界でお互いを充分に堪能し合った。

 

 

 

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