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  著者  :fim-Delta

 作成日 :2009/01/17

第一完成日:2009/03/04

 

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 人族のベネディクトは、総合宇宙センター中央部、宇警オフィスに連れて来た犬族のゴードンが気を変えないよう努めた。まず彼をここに来させた時、既に夜遅かった為、その日は用意した居住エリアの一室を使わせた。上層階の広い部屋だ。更には、ルームサービスを無料で使わせたりし、何不自由なく彼を持て成した。それはたった一人の、惑星ドーガンへのスパイの稀薄な適者だからであり、しかしそれを糧に、相手が図に乗って高望みをしたり、宇警達を玩んだりされては困るので、余り過度に相手を満足させないよう、ベネディクトは二重に精を出した。

 ゴードンがセンターに来た翌日の朝、ベネディクトは彼の部屋まで迎えに行き、彼を宇警オフィス内の会議室へと連れて、そこで彼にスパイ活動の内容を説明した。

「――つまりだ、君は犬族で、ドーガンと混じり易い。そして俳優を目指し、その際に君は自分の実力を誇示した。芝居が出来、容姿も似た君は、正にスパイとして打って付けなわけだ」

「ですが警視、それは昔の話ですし、俺は今じゃこんな太り身だ。本当に大丈夫なのか?」

「もし君が、自らの太った体をマイナスに捉えているのだとしたら、それは大きな誤解だ。寧ろ相手の意表を突ける。そんなスパイがいるとは思わないだろうし、統合的に見れば確率的が低いと向こうでは捉えられ、怪しまれずに済むわけだ」

「なるほどな。それで、さっき話してた潜入中のスパイなんだが、どんな奴なんだ?」

「蜥蜴族の女性で、名前はマグダレンと言う。二十代前半の若いスパイだが、彼女の適応力は群を抜いている」

「ほう、そのマグダレンと一緒に仕事が出来るとなると、最高だな」ゴードンは顔をにやけさせた。

「だが接触期間は僅かで、最初に会合するだけだ。他種族同士の関係性に気付かれては、折角の犬族という特徴を損ねることになるからな」

 するとゴードンは、表情を一転させ残念な面持ちになった。

「そうか……でもまっ、どうやらこの仕事は俺にとっちゃいい機会かも知れないな。食っちゃ寝を繰り返す日々、楽と言えば楽かも知れないが、それ程暇な人生も無い。是非ともその仕事、俺に任せて貰いたいな」

「ありがとうゴードン、協力に感謝する。それでは君を、このセンターに歓迎し、翌日には宇宙船に乗って貰おう」

「そんなに早くにか?」

「説明したが、惑星ドーガンでの問題は隠密(=おんみつ)に進行している。どれ程早くそれが浮上して来るかは分からない、だから出来る限り早い方がいいんだ。しかしもし君が、ここで何かやり残した事があれば、なんなりと言ってくれ。出来る限りは善処する」

「……いや、今のこの地球に、俺の大切なもの(=・・)なんてないからな。出来るだけ早く俺をドーガンまで運んでってくれ」

「よし、そうでないとな。それじゃあ明日の出発までは、ここでのんびりとしていてくれ。それとあと、これも渡しておこう」

 ベネディクトが差し出したのは、無地の透明なカードだった。

「これは期間限定用の特別カードだ。来訪者用に使う奴なんだが、今日はこれを君に渡しておく。これがあれば、センター内のどの店でも買い物が出来、その代金は全てこっちが負担する。自由に使ってくれ」

「そ、それは本当なのか? ならつまり、どんな高級料理も食べ放題ってわけか?」

「勿論だ。それに服も買えるし、娯楽施設にだって行ける。もし惑星ドーガンへ行ったら、そういう待遇を受けられる保障は無いし、もしかしたらひもじいな生活を強いられるかも知れない。だから今日一日は、たっぷりと美味しい物を食べ、自分の好きな事をして精を付けて欲しいんだ」

「なるほど、それはありがたい」

「そういうわけで、話はこれで終わりだ。詳細や今後の日程は、あとで君の部屋にメモとして届けておく」

「了解」

 ゴードンは腰を上げると、出口に向かった。そしてベネディクトの「良い一日を」という言葉に、彼は手を上げながら会議室を出て行った。

 

 翌日。身支度を済ませ、荷を(=まと)めたゴードンが指定の宇宙港搭乗口にやって来た。そこには既に、ベネディクトと彼の妻、そして何人もの部下達が待機していた。

「もしかして待たせてたのか?」

「いいや、時間はぴったしだ。それより随分と、昨日は楽しんで来たようだな」

 ベネディクトがそう言うように、今のゴードンは昨日とはかなり違っていた。上機嫌なのか、耳は初対面時よりも確りと立ち、鱈腹に食事をしたのか、太った体が微妙に膨れていた。だが前のようなだらしのない格好が、ショッピングで購入した服により、それなりに決まった風采になっていた。更にエステを受けてスパにも行ったに違いない、毛並みが素晴らしく整っていた。なるほど思った以上に、ゴードンは身形を整える事が出来るようだ。

「もう充分に満足して来たさ、これ以上は何もいらないってぐらいに」

「ははは、それは良かった。それじゃあゴードン、今から君は惑星ドーガンへと向かう。準備は大丈夫か?」

「勿論さ」

 そしてベネディクトとその一行は、ゴードンを連れて搭乗口を先へと進み、用意された一隻の宇宙船に乗り込んだ。その中は、最新のハイテク技術が集約されており、陋巷(=ろうこう)に住んでいたゴードンは目を輝かせた。きっと俳優の夢を断たれたその瞬間から、彼の人生はずっと暗雲の中にあったのだろう。そしてそれがたった今、完全に晴れたわけだ。彼の顔には、太陽のような明るい兆しが現れていた。

 それから、搭乗員達はそれぞれの持ち場に移動に、ベネディクトはゴードンを部屋へと案内した。そして去り際に、彼はこう説明した。

「惑星ゴードンに向かう為、まずは時空点へと向かう。そして相手側に私達の存在が知られないよう、君は小型船に乗り換えてワームホールを通過し、惑星ドーガンへと向かう。それまではここで、最終検査及び予防接種を幾つかして貰い、あとはのんびりと待ってれば大丈夫だ」

「予防接種って、そんなに何個もする必要があるのか?」

「ああ。向こうじゃ、どんな感染病に掛かる分からないからな、知る限りの予防はしておくべきだろう」

「なるほど。それと俺が小型船に乗り換えると言ったが、まさか俺が運転するわけじゃないよな?」

「当然だ。専用のパイロット二人と一緒に、君がその船に乗るんだ」

「そりゃそうだよな。オッケー、分かった」

「それじゃあ何かあり次第、放送で君を呼ぶから、それまではさっき言った通りゆっくりとしていてくれ」

「了解」とゴードンが答えると、ベネディクトは部屋を出て行った。それからゴードンは、最後の身体検査を行い、そして幾つもの予防接種を受けた。こんなに多くはした事がなく、彼は自分が向かう場所が安全ではないと改めて実感し、気を引き締めた。

 そのあとは、特に何をするわけでもなく、最後になるかも知れない安息の一時を静かに送った。

 暫くして、宇宙船が動きを止めると、ゴードンの室内にアナウンスが流れた。どうやら到着したようで、小型宇宙船がある格納庫へ赴くよう、経路も一緒に伝えられた。彼は「ついに来たか」と、荷物を持って部屋を出ると、放送に従って通路を進んだ。つい先程までは、一歩歩く度にこのハイテクな宇宙船の内部構造に好奇心が湧いていたが、今ではすっかりその感覚は消え失せ、緊張と多少の憂慮が彼の心を支配していた。やはりいざその時になると、予想以上に胸が高鳴るなと彼は思いつつ、それが過去の俳優業の仕事場と似た雰囲気に、懐旧の情にも駆られた。

 格納庫に着くと、搭乗員全員がゴードンを待ち受けていた。

「ゴードン、無理はしないで気を付けてね」そう言ったのは、獺族のパメラだった。彼女がベネディクトの妻である事は、既にゴードンも話に聞いていたので、気軽に言葉を返した。

「大丈夫ですよ、俺に任せて下さい」

「ゴードン、君には感謝してるよ。是非とも今回の作戦を成功に導いてくれ」

 ベネディクトの言葉にゴードンは、余裕綽々だとでも言うように明るく「勿論さ」と答えた。昨日(=さくじつ)までは、古びた家に住んでいる太った犬族でしかなかった彼が、今ではとても逞しく見え、その体も力強さを表しているようであった。

 彼はベネディクトに従い、小型宇宙船へと乗り込んだ。既にパイロット二名が準備しており、軽く会釈をして彼を出迎えた。やがて彼が、荷物をしまって後部座席に着いたのを確認すると、安全地帯に戻った搭乗員達が見守る中、ハッチが開いて一瞬気圧の変化による風が起きると、小型宇宙船は宇宙へと出で、時空点によって開かれたワームホールに飛び込んだ。小型宇宙船は、そこに呑み込まれるとやがて、その姿を消した。

 

 

 

 小型宇宙船は、数時間のワームホールによる高速移動を終えると、開けた広大な宇宙へと再び躍り出た。辺りの景色は一変し、目の前には見た事もない惑星が出現した――そう、それが惑星ドーガンであった。緑がある地球とは違い、茶と灰で覆われた惑星。工業都市を全面配備したような、一見環境の悪そうな惑星だが、周囲に幾多の宇宙船が飛び交う様子から、高度な文明を持っている事は確かだった。

 ゴードンは少し身を乗り出し、分かっていつつも、前窓から見える景色を見詰めながらパイロットに尋ねた。

「あれが、ドーガンか?」

「ええ。惑星ドーガンは、数少ない宇宙連合未所属の惑星です」

「思ったんだが、言葉はちゃんと通じるのか? 向こう独自の言葉が公共的に使われてたりしないのか?」

「大丈夫、宇宙共通語は幅広く使われています。未監視惑星とは言え、宇宙港を所持し、あらゆる種族達を招くには、やはりその言語が一般的に使われていないと」

「なるほど」とゴードンは、再び座席に背を(=もた)れた。そして、段々と近付く惑星ドーガンを傍観した。

 それから何時間かして、大気圏突入を果たし、ようやく地表の景観が現れた。小型宇宙船はそのまま宇宙港区域内に入り、管制塔からの指示に従ってエプロンへと着陸した。そして「ぷしゅっ」という空気音と共に、宇宙船のハッチが開けられた。とうとう異星の地に乗り込むのだ。

「ゴードンさん、これからあなたは、スパイとしてこの惑星ドーガンに住む事になります。こちらからの連絡は月に一度、不定日に行われます。それだけは決して忘れないで下さい。それとこれが、合流地点を示した地図と携帯端末機です。残りの細かい情報は、これから対面するマグダレンさんが教えてくれますので、疑問などは全てその時にお願いします。それでは、出来る限り早い下船をお願いします」

 ゴードンはパイロットから地図を受け取ると、座席から立ち上がり、しまって置いた荷物を取り出すと、こう口を開いた。

「不定日と言ったが、どうやって実際の日時を知るんだ?」

「それも彼女からお願いします」

「そうか……分かった、運んでくれてありがとな」

「いえ。それではお気を付けて」

 パイロットの言葉に、ゴードンは笑顔で頷くと、荷物を持ってハッチに向かった。そしてスロープを降りて地に足を付けると、彼は生まれて始めての異星の地の感触に、また好奇心が疼き出した。だが彼は、ふとある事を思い出し、瞬時にして不安という情に苛まれた。

 今この時から、彼はこの惑星で一人、潜入捜査をしなくてはならない。同業者がいても、このあとに一回会うだけだ。即ち完全なる(=・・・・)一匹狼として、犬族である彼はここに住むのだ。そう考えると、ここは助けを得られない環境と知れて、彼の脚は思わず(=すく)んでしまった。

「馬鹿馬鹿しい。今まで俺はずっと、独りで生きて来たじゃないか」

 彼はそう自分に言い聞かせ、背筋を伸ばして突き出た腹を出すと、宇宙港の建物へと向かった。

 中に入ると、彼は見慣れない光景に思わず驚いた。地球では、昔のような肥満における問題視は薄れ、彼のような肥満体型が増え初めてはいたが、ここではその問題軽薄が随分と前から起きているようだった――つまりは、地球人であるゴードンから見て太った異星人達が(勿論その多くがドーガンで)空港内に大多数いたのだ。痩せている人達もいるが、割合的にはかなり少ない。しかも、痩身には限度があるが、肥満には限度がないと言わんばかりに、肥えりに肥えたドーガン達も結構な数でいた。

「ちょっと、早く進んで貰えないか?」

 宇宙共通語で言われた言葉に、ゴードンは後ろを振り向いた。そこには、先程までに見た中でも最大級の、超肥満体のドーガンがいた。身長はゴードンよりやや高いが、体型は彼の四倍近く、およそ四百キロはありそうだった。そんな体が何故動けているのか、彼には不思議でたまらなかった。だがその時、その巨漢の後ろで声が上がり、彼は驚愕の余り立ち尽くし、ゲートをつかえさせていた事をようやく知った。慌てて脇にのいた彼は「すみません」と言うと、あの巨漢から順にぞろぞろとゲートから流れ出てくる異星人達を、物珍しげに見詰めた。やはりそこにいる全員も、大概が太り過ぎの領域であった――いや、もしかしたらゴードンのような地球人の感覚ではそうで、この惑星ドーガンでは普通なのかも知れない。

 ゴードンはそんな事を考えながら、先程の巨躯のドーガンに再び目を遣った。彼は背を反らし、突き出た腹を持ち上げながら歩いているが、これはきっと腹の重さもありつつ、大きく垂れ下がった腹が地面に付かないようにしている為でもあろう。そして左右にゆっさゆっさと全身の肉が揺蕩(=たゆた)い、少し動くのが辛そうだった。例え幾ら太れても、動くのに限度があるのは地球と同じだなとゴードンは思った。それを決定付けるかのように、その後そのドーガンは、近くのカウチにどすりと座り込みんで息を荒げていた。ようく見ると、その隣に座っていたドーガンも、どうやら似たような状態であった。ゴードンはふと、周囲を見回すと、辺りには沢山のカウチが備え付けられていた。なるほどドーガンやここに住む人達は、太り過ぎて歩行に弱いんだなと、彼は理解した。しかし弱いとは言っても、この惑星自体は宇宙兵器を開発している身、侮れない事は確かだ。

 ゴードンはしばし宇宙港内を見物すると、自分がやるべき事を思い出して、地図に描かれた目的に向けて再び歩を進めた。

 

 宇宙港周辺は、活気に溢れてざわめいていた。商店街や大通りが隣接し、しかもそこを行き交う多くがドーガンである事から、ゴードンは少し気持ちが楽になった。容姿が似ているだけの関係とは言え、親近感が湧いたのだ。感情表現も似ている所が多々ある。

 そんな事を確認しながら、彼は合流地点へと向かった。手渡された紙面の地図を見て、迷わないよう定期的に確認しながら、マグダレンという蜥蜴族のスパイと対面する場所へと向かった。徐々に人数(=ひとかず)が減り、気が付けば騒がしい音も静まり、少し悪臭が漂う裏路地に来ていた。人目には完全に付きにくく、そこを更に奥へと進むと、彼は少しだけ開けた場所にやって来た。地図を今一度確かめると、彼は紙をしまってその場で待った。

 すると突如、横から声がし、その方向から一人の人影が現れた。

「ゴードン、ね」

 人影は尚もこちらへと歩み寄り、やがて薄暗い中で姿がはっきりし始めた。ゴードンよりもやや高い身長、そして体格も良さげな蜥蜴族の女性だった。彼女が例のマグダレンだと確信したゴードンは、言葉を返した。

「君がマグダレンか」

「そうよ」

 この頃には、お互い手が届く範囲にまで近付いており、二人は握手を交わした。

「用件は手身近に済ませるのがスパイの掟よ」

「ならどうするんだ?」

「話は全て記憶媒体でって事。これを受け取って」と、蜥蜴族のスパイことマグダレンは、爪程のサイズの記憶媒体をゴードンに手渡した。

「携帯端末機を渡されたと思うけど、これはそれにだけ適合する記憶媒体よ。細かい質問は一切不要、分からない事は全てそれに入ってるはずだから。それじゃまた」

 マグダレンが颯爽とその場を立ち去ろうとしたので、ゴードンは慌てて彼女を引き止めた。

「ちょっと待ってくれ! 俺はこういうの初めてなんだ、少しぐらいは質問させてくれ」

「なら二つまで。早くして」

「……その、地球とは一ヶ月置きに交信をするんだろ? だが疑問があって、即座に返答を求めたい時はどうすればいいんだ?」

「我慢して一月待つ事ね。最悪緊急連絡として、ベネディクトと通信は出来るけど、余りお勧めはしないわ」

「な、なるほど。それとあともう一つなんだが、その交信する日は不定日なんだろ? 不定日って事は、実際の所どうやって日にちを決めて知るんだ?」

「適当な時、携帯端末機に非通知のメールが入るわ。それを見て頂戴」

「分かった。それじゃあ――」

「自分達は余りこういう所でも長居は出来ないわ、事は迅速に運ばないと。初めての仕事で右往左往するかも知れないけど、慣れれば大丈夫。それじゃ次は、地球で会いましょ」

 ゴードンは「あ、あぁ」と、流れの早い話に戸惑いながら彼女と別れた。ちょっとばかし彼は、自分が本当にスパイをやっていけるのかと心配になり始めた。

 少し、その場で佇んだ彼は、受け取った記憶媒体を見て、それを携帯端末機に挿し込んだ。すると、スパイやこの惑星の地理などといったグループ情報が現れ、その中にはスパイの基本から細やかな手口の説明、また周辺の地図と売ってる商品な店舗の一覧など、ありとあらゆる情報が詰め込まれていた。その中で彼は「初めての人へ:これからやるべき事」というグループを選択し「始めに」という情報を開いた。

『<カーフェラッファ(=Karphelaffa)>という集合住宅は、あなたにとって最適な隠れ蓑となれる場所よ。既に部屋は貸与済みだから、地図で確認しながらそこにまずは向かって、それから――』

 マグダレンの声で、これからやるべき事柄が列挙されていた。初月(=しょげつ)という事もあってか、内容的にはそれ程難しかったり危なかったりする作戦はなかった。寧ろ、この惑星に馴染む為の行動ばかりで、ゴードンは「なるほど、まずはその土地に溶け込むのが優先なのか」と頷きながら納得した。

 それから彼は、携帯端末機で地図を表示させると、<カーフェラッファ>という名の場所へ向かった。

 

 目的の場所に着いたゴードンは、堂々と掲げられた看板を読み上げた。

「カーフェラッファにようこそ、女将のフレッキ(=Flekkae)より……ここか」

 宿舎のような看板だが、実際の建物の大きさは逆に小さく、十何人しか泊まれないような集合住宅だった。彼のその建物内に、一度深呼吸をしてから、意を決して入り込んだ。

「あら、いらっしゃい」

 カウンター兼受け付けには、驚愕の域を超えた超弩級の肥満ドーガンがいた。少し前に宇宙港で見たあの巨漢よりもでかく、しかも身長は彼よりも小さい、ゴードンと同じぐらいであった。そんな彼女は、太り過ぎて着れる服がないのだろう、身に何も纏っておらず、そして軽々と数人は入れるカウンター内を、たった一人でみっちり占領していた。この一階には、レストランのようにテーブルが並べられ、そこにいる食事中のドーガン達もかなり肥えていたが、それを地球人で言う「普通」の体型と見て取っても、彼女は完全に脂肪の塊であった。

「あんた、今日はここで夕食かい? それにしては随分と遅いようだけど」そう言って彼女は、カウンターの下から肉片を取り出すと、豪快に一口で頬張り、噛み締めて飲み下した。どうやら夕食は終わってしまったようだが、それでも彼女や周りの人達は、つまみなどを(=たしな)み食事を続けていた。

「あの、ここの部屋を借りたいんですが」

「あら、ごめんね。実は少し前に満室になったのよ」

「それなんですが、既に借りられているはずなんですが」

「そうなの? じゃあちょっと、ここに手を当てて頂戴」

 彼女が差し出したのは、タッチパネル式液晶モニターだった。画面には「認証モード」と表示されている事から、店用と混合して使っているコンピューターのようだ。

 ゴードンは、そのモニターに手を(=かざ)した。指紋や静脈、血液などの細かい個人情報を取り出し、登録情報と比較するようだ。暫くして、認証チェック終了という画面が出ると、彼は手を離し、彼女は手元にある端末機で何やら操作し出した。すると画面に、認証完了という報告と同時に、登録された名前などの個人情報が列挙された。

「ゴードン、あなたは最後の一室を借りた人ね!」

 突如声を大きくした彼女にゴードンは吃驚した。何か良からぬ事でも起きるのかと思ったが、瞬時にその杞憂は消え失せた。何故なら彼女が、部屋の鍵を差し出しこう言ったからだ。

「これが部屋の鍵よ。それと夕食、まだ食べてないわよね?」

「え、ええ」

「よし、それじゃあこれから、入居兼最後の居住者歓迎パーティーをするわよ。あ、そうそう、あたいはフレッキ。ここで女将をしてるのよ、看板に載ってたでしょ?」

 ゴードンは「は、はい」と困惑の色を浮かべながら答えた。早過ぎる展開に、付いていけてないのだ。

 そんな中、<カーフェラッファ>の女将であるフレッキは手を叩き、周囲の注目を集めると「みんな、新しい入居者が来たわ。彼がその人で、名前はゴードン。丁度良い事に、彼が最後の部屋の居住者ってわけ。だから今日はいつもの倍、豪快に振舞うわよ」と叫んだ。すると周りにいた一同は、盛大な歓声を上げるとテーブルを並べ替え始めた。どうやらパーティー仕様にするようだが、このような持て成しがここでのならわしなのだろうかと、ゴードンは益々たじろぎ、成人の犬族に取り囲まれた子犬のように、身を小さく(=すぼ)めて五里霧中となった。

 だがそうこうする内に、事は彼らの体以上に素早く進み、見ず知らずのドーガンから「ゴードン、こっちだ」と空けられたテーブルに招かれた。ゴードンはもはや上の空で、そのドーガンに従い席に着いた。そして、目の前で次々と料理が並べられるのを見詰めながら、どうにか我に返ったゴードンは、隣に座る彼を招いたドーガンに尋ねた。

「これは、その、どういう事なんだ?」

「この<カーフェラッフェ>のやり方さ。新しい入居者が来る度、パーティーを開くんだ。だが今日は、最後の部屋が埋まったっていう事もあって、料理もいつも以上にたんまりと出るだろうから、楽しみにしてな」

 暫くして、それは壮大で莫大な料理が、あちこちのテーブルに並べられた。豪勢なんてものじゃない、その計り知れない料理群に、ゴードンは予め心構えをしていたとはいえ、度肝を抜かざるを得なかった。

 それを細かく説明するのならば、まるで海獺(=らっこ)族のようである。海獺族は、体構造上の理由で一日体重の五、六分の一の食事を取る。痩せの大食いという奴で、初めて出会うと彼らの食欲に吃驚してしまう。だがここにいるドーガン達は、彼らとは違い元がかなりのデブだ。それでも驚く程の大食漢ならば、彼らがここまで太っていていてもおかしくはない。そう考えると、果たしてフレッキに至っては、一体何処まで太るつもりなのか。それは完全に、未知の領域であった。

 そんな事を考えていると、周りは既にパーティー用の食事に手を付け始めていた。夕食など充分に食べたろうに、彼らはそれでも食い意地を張って料理を貪っていた。更に女将のフレッキも、その巨体をカウンターから出して、彼女専用であろう長椅子に向かっていた。節々で垂れる脂肪を揺らし、地面にまで垂れ下がった腹を擦るようにゆっさゆっさと、まるで(=ふくろ)のように振り動かす彼女は、全身を豪快に揺さ振って歩いていた。それは、太り過ぎで動けない地球人が動く、奇跡の姿だった。

 この惑星ドーガンに来て、ゴードンは少しだけ心が和んでいた。異星とは言え、似た者同士のドーガン達の中に紛れ、彼と同じように太った人達が多いこの地では、親近感というものが沸々と起きていたからだ。だが彼らの大食家ぶりを見せられ、やはり犬族とは違うと知らしめられたゴードンは、地球出発時のような不安に襲われ、下手をしたら自分の存在がばれてしまう、そうならない為にもなんとか彼らと馴染まなくてはと、強く肝に銘じた。そして彼は、周りがフレッキの豊満なボディーに拍手喝采となる中、目の前にある山盛りの料理を、静かに食べ始めた。意外にも、味は申し分なかった。

 

「んふぅー! 今日は久々に、満足いくまで食べれそうだわ」

「おいおいフレッキ、そろそろその椅子にも体が収まらなくなって来てるぞ。このままじゃここから出られなくなるんじゃないか?」

「それはそれでいいじゃない」

「ははは、そしたら食料の搬入は誰がするんだよ」

「あんた達がしなさいよ。折角部屋を貸してるんだから、少しはあたいに奉仕しなさい」

「これ以上奉仕したら、あんたは俺達の部屋にまでその体を膨らますだろうよ」

 住民の冗談にフレッキは大笑いしながらも、数キロの肉をまるで一本饂飩(=うどん)のように頬張り、たった一回の開口でそれを食べ切ってしまった。そんな様子にゴードンは、食べ過ぎの苦しさも相俟(=あいま)って吐き気がして来た。着ている服も、風船の如く膨らんだお腹に突き破られそうなぐらいで、限界の超過していた。しかし周りのドーガン達と必死に合わせようと、何とか四皿目の最後の一口に手を伸ばし、彼はそれを辛そうに飲み込んだ。同時に、冷や汗が額からぽたりと垂れ、彼は参ったという態で背凭れに全体重を預けた。

「あら、ゴードンの皿が空っぽじゃない。誰か彼に追加を入れてあげなさい」そのフレッキの言葉に、ゴードンは慌てて止めに掛かった。

「も、もういいです! さすがにもう、腹いっぱいで食えませんよ」

「あらそう? でもここじゃ、出された料理を全部食べ切るのが持て成しを受ける最低限の習わしよ。他の場所でもそうでしょ?」

「そう、なんですか?」

 思わず問い返してしまったゴードン。彼は咄嗟(=とっさ)に、胸の中で舌打ちをした。何故なら、彼はドーガンとしてここに潜んでいるわけで、彼らの常識を知らないと胡乱者(=うろんもの)に思われてしまうからだ。案の定彼は、周りからの衆目を浴びる事となった。

「……知らないのか?」と、隣のドーガンが尋ねて来た。まずい、このままでばれてしまうと、ゴードンの内心はこんがらかり始めた。

 するとその時、フレッキが何かを思い出したかのように「あっ」と漏らした。

「フレッキ、何か心当たりでもあるのか?」

「ええ。彼はきっと、<スラム>出身なんだわ」

「<スラム>だって? 街から外れた、あのならず者の住み家の事か?」

「そうよ。ねっ、ゴードン、そうなんでしょ? なあに、心配しないで、別に恥ずかしい事じゃ無いわよ」

 どうやらフレッキは、まごつくゴードンが秘密を隠していると思ったようだ。だが当の本人は、彼女が考えている<スラム>とは違い、スパイという秘密を隠そうとしているわけで、この彼女の勘違いに、彼はチャンスだと言わんばかりに調子を合わせた。

「そ、そう、そうなんだ」

「やっぱりね。別にいいのよ、<スラム>出身を隠さなくても。ここはみんな平等に思ってるから」

「なあフレッキ、<スラム>出身がどう関係してるんだ?」先程疑問を投げ掛けたドーガンが尋ねた。

「知らないの? <スラム>はこことは違って、宇宙港とかが無いから食べ物の支給を直接受けられないのよ。だから運び屋に任せるわけだけど、場所も遠いし、一度に多くの量を送れないのよ。だから向こうじゃ、食事の量がきっかり決まってて、鱈腹食べようものなら仲間を飢え死にさせるようなものなの」

「へぇ、それは知らなかったな。フレッキはどうして、そんな事を知ってるんだ?」

「実はね、あたいも<スラム>出身なの」その彼女の言葉に、周りにいた一同は口をあんぐりと開けた。どうやら<スラム>とは、余り良い印象を持たない場所らしい。

「ごめんねみんな、ずっと黙ってて」

「……いや、全然いい。何せフレッキがいなかったら、俺達はここにはいなかったんだから。なあみんな、みんなもそう思うだろ?」

 すると周りの全員は、ぽかんと開いた口から同意の言葉を発し、「そうだそうだ!」と連呼し始めた。それを聞いたフレッキは、嬉しさの余り涙を湛え始めた。

「ありがとうみんな――ようし、今日は特別大奮発! もう一回パーティーを開くわよ、みんな、いい!?」

 一丸となった住民達は、鬨の声を上げるかのような唱和をし、一階は益々騒がしくなった。同時に、ゴードンに対する疑念は一挙に霧消した。

 やがて、先程と同じ量の料理がテーブルに運び込まれた。不思議とゴードンは、安堵したせいか、やって来た料理を見て興奮してしまった。実に美味そうだと舌舐めずりをし、少し前までの膨満感は何処へやら、まるで別腹でも出来たかのように、彼は周りと同じくして二回目の食事を開始した。

 

 

 

 あれからおよそ一ヶ月、ゴードンは<カーフェラッファ>に住みながら、渡された記憶媒体に入っている仕事内容に従い任務を遂行した。普通に町中を歩き、耳を(=そばだ)てるぐらいなので、別段危ない所はなく、彼にとっては環境的にも非常にやり易かった。そして毎日のように、<カーフェラッファ>では朝昼晩大量の料理が振舞われ、食事の準備が不要な点では楽だったが、おかげで彼の体は自然と肥えり、あっという間に持参した服が着れなくなってしまった。だがそれは、さすが肥満が多いこの惑星ドーガンだけあり、近くの百貨店に赴けばどんなサイズの新服も購入出来、その(=つい)でに彼は、店内での話題に聞き耳を立てる事で、この惑星の知識と情報を得た。

 そして今日、彼の携帯端末機に一通の非通知メールが入った。中身を見ると、どうやらこの日、初めて地球と交信を行うようだ。彼は惑星ドーガンの環境に馴染んでから、久しぶりに緊迫感を覚えつつ、最近になってようやく食べ切れるようになった食事を――それでもパーティー時は残してしまうが――完食した。そして満腹になった腹を、彼は優しく撫でながら部屋で休みを取ると、再度メールの中身を確認し、そして所定の時間に通信を密かに繋いだ。

「あー、あー、聞こえるか?」

 暫くはぶつぶつと破断音が聞こえていたが、やがて携帯端末機のスピーカーから、知人の声が出て来た。

『こちらベネディクト。君か、ゴードン?』

「ああ俺だ」

『マグダレンから記憶媒体を渡されたと思うんだが、ちゃんとその中の指示通り、仕事をこなせたか?』

「ばっちしだ。やっぱ容姿が功を奏してるようだ」

『それは良かった。それで、記憶媒体にもあったと思うが、こちらに情報を纏めたデータの送信と、その間にある程度の補足を頼む』

「了解」

 ゴードンはまず、纏めたデータをベネディクトの方へと送った。ワームホールを通した完全転送――普通の転送では、様々な遮障によりデータが破壊される為、復元機能やハッシュ関数を用いた破損チェックを行う必要がある――には、やや時間が掛かるので、その合間にデータの一部を彼は口頭で説明した。今まで訪れた店や街中で小耳に挟んだ、宇宙兵器と関わりのありそうな噂話など、兎に角小さな事でもベネディクトに報告した。しかしまだ初めての任務のせいか、それ程情報は持っていなかったようで、データ転送終了までにまだ時間を残して、ゴードンの通達は終わってしまった。

 少しの間無言状態が続き、するとベネディクトが、彼に雑談を持ち掛けて来た。

『そういえばゴードン、実際の所どんな風に見られてるんだ? 容姿が似てるだけでも、雰囲気が違ったり考えが違かったりして、怪しまれたりはしなかったか?』

「それなら、なんとか大丈夫だ。初めはちょっと、ここの習慣を知らなくて一瞬ひやりとしたが、俺が部屋を借りてる集合住宅の女将が、偶然にもフォローしてくれたんだ」

『どんなフォローだ?』

「ここらではまず、出された料理を完食する習慣があるそうだ。それを知らなかった俺に、女将が<スラム>から来たと勘違いしてくれたおかげで、なんとかその場を持ち越したんだ」

『なるほど。それにしても食べ切るなんて習わし、聞いた事がないぞ』

「そうなのか? ……もしかして、同族に対しての仕来たりなのかも知れないな」

『確かに。ドーガンらは基礎代謝が高いし、食事の量も地球よりかなり多いはずだ。それを異星の人達に強制するのは、難儀かも知れないな』

「そういう事だったのか! どうりで料理が多過ぎると思ったんだ。お蔭様で俺なんか、ぶっくらと太っちまったよ」

『それは大丈夫なのか?』

「まあ問題はない、常日頃食っちゃ寝してるわけじゃないからな」

『そうか。しかし今回、君をそっちへ派遣して正解だった。今まで犬族のスパイはいなかったから、おかげで同族しか分かり得ない情報も得られ、色々と助かる』

「お安い御用さ」

 すると、携帯端末機から転送完了の通知が来た。どうやらこれで、母星との通信は終わりのようだ。

『データが届いた、ありがとうゴードン。それとメールに、今後の活動が書かれていたと思うが、出来ればそちらの方に手を伸ばして貰いたい』

「星営の施設に行って、少し奥深く観察する奴だな」

『ああ。だが余り無理はしないでくれ、捕まったら元も子もないからな』

「了解」

『それじゃあゴードン、今日はお疲れ。来月にまた』

「ああ、それじゃあまた」

 ゴードンはそう答え、通信を断った。

 

 それからもゴードンは、メールに書かれた指示通り、自分の実力の範囲内でスパイ活動を行った。そしてデータを纏め終えると、一日の仕事で疲労困憊し、それを彼は<カーフェラッファ>の豪華な食事で紛らわした。

 そして早くも、次の交信日がやって来ていた。非通知のメールが携帯端末機入り、そこには新たな課題と、そして交信する時間が書かれていた。その時間は今から二時間後。随分と早いんだなとゴードンは思いながら、今日は<カーフェラッファ>のとある住人の居住一年目の祝賀パーティーを楽しむ為、心を弾ませながら下へと降りた。

 一階では、既に大々と盛られた料理が隙間なくテーブルに敷き詰められ、住人達はがっつりとそれらに食らい付いていた。祝賀という言葉は、ここでは単なる名目に過ぎず、全員ただ食べ物を貪りたいだけなのだ。かと言うゴードン自身も同じであり、食事風景を目にした途端彼は、すぐに空いた席へと座り込んだ。そこは丁度、フレッキの隣席だった。

「ゴードン、遅かったじゃない。早くしないとあたいが全部食べちゃうわよ」

「ははは、勘弁して下さいよフレッキさん。あなたならやり兼ねないんですから」

「何言ってるの、あたいは本来、ここにある料理全部食べたいんだから」

 その言葉に、以前は虫唾が走ったゴードンだったが、今ではそれを完全に笑い飛ばせていた。

「それとゴードン、あたいの事は『フレッキ』って呼んでいいのよ。そろそろ覚えてくれないと気持ちが悪いわ」

「ああ、分かったよ、フレッキさ――んじゃなくて、フレッキ」

「そうそうその調子。じゃゴードン、一緒に(=ほしいまま)食べ(=)くりましょ」そう言って彼女は、直径一メートルはある取り皿をゴードンの目の前に置き、どさどさと肉やらスパゲティやらポテトやらをそこに載せ始めた。地球では十人前に匹敵する量だったが、今のゴードンには軽い軽食であった。彼はそこから、食べ物を両手で豪快に鷲掴(=わしづか)むと、口を大きく開けて目一杯頬に詰め込んだ。はしたなく食む音を鳴らし、所々でぼろぼろと食べ(=かす)を零していたが、周りがそうなので彼もそうした。そしていつしか、彼にもこれが当たり前の作法となっていた。

 ゴードンは、取り皿に盛られた大量の混ぜこぜ料理を満遍なく食べ切った。腹部と共に服が張り、ズボンのベルトが彼を拘束し始めた。

「苦しいな、ベルトを外すか」

 彼はベルトを外そうと、大きく膨らんだ腹の下に手を伸ばし、ベルトに被さった腹を持ち上げながらバックルを外した。そしてズボンのフックを外した途端、彼のお腹は縛りから解放され、ぼいんとビックリ箱のように飛び出た。すると締め付けられていた胃袋が膨らみ、新たに出来た胃の隙間によって彼は、強い空腹感に襲われ始めた。

「ほらゴードン、お代わりよ。それにしても、ベルトなんてやめちゃったら?」とフレッキは、彼の取り皿に先程と同量の食べ物を追加した。

「うーむ、でもなんか、ベルトをしないといけない感じがするんだよな」

「何言ってるの、あたいなんかなーんにも着てないんだから」

「着てないんじゃなくて、着れる物がないのでは」

「全くゴードンったら、段々とここに馴染んで来ちゃって。そんな事言うんなら、罰としてこれ全部食べなさい」

 彼女は彼の取り皿に、更に倍量の食べ物を追加した。さすがの彼も、三十人前を食べるのは酷だった。

「こんなに食べれませんよ」

「だったらその減らず口を閉じなさい」

「じゃあ食べます」

「あははは! そう来ないとゴードン。ささ、じゃんじゃんと食べて」

 彼女は既に、二メートルの取り皿で五杯目のお代わりをしていた。全く彼女には恐れ入るよと思いながらも、ゴードンは盛大に盛られた自分の皿に手を付け始めた。

 

 周りと談笑しながら食事をするのは、なんとも楽しい。相対性理論を説明する一節のように、その時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けばゴードンの皿の上の物は、綺麗さっぱり彼の胃の中に収まっていた。

 

 

 

『げふ、っと失礼。こちらゴードン、聞こえるか?』

「こちらベネディクト。どうしたんだ、遅れ過ぎだぞ』

『悪い悪い、ちょっとパーティーがあってな』

「……そこの環境に馴染むのも良いが、程々にしてくれよな」

『分かってるって。けどこっちにだって、ばれないよう協調性を出さないといけないんだ』

「まあいい。とりあえずデータの転送と、いつもの補足を頼む」

『了解』

 二回目ともなれば、俳優時代に培った適応力で、ゴードンは以前にも増して繊細、そして的確な情報だけを抜粋して述べる事が出来ていた。しかもあらゆる所を訪れたのであろう、彼の情報量は前回の倍にもなり、データ転送完了後、ベネディクトは相手の仕事振りを評価し、今回の失態を軽く(=たしな)めるに留めた。

「データは受け取った。それとゴードン、一つだけ苦言を呈したいんだが、遅刻だけはくれぐれも注意してくれ」

『悪い悪い、次からは注意するよ――ごふぅ』

「体の方、大丈夫なのか?」

 ベネディクトの問いに、ゴードンは少し間を空け、そして返答した。

『何とか、だな』

「そうか。まあくれぐれも、体には気を付けてな」

『了解』

 交信はこれで終わった。明らかにゴードンは、何かを隠している。彼は(=おくび)を漏らす程たんまりと飯を食ったわけだが、それがどうもベネディクトには気掛かりで、憂慮に思い始めた。何処まで彼の姿形が変化したのかは分からない、だがこのまま行っては、太り過ぎで身動きが取れなくなるかも知れない。ベネディクトはどうしたものかと、物思いに(=ふけ)り始めた。

 そんな思案投げ首の彼に、妻のパメラが近寄って来た。

「どうだった?」

「色々と、問題はありそうだ」

「やっぱりゴードンには、ちょっと難しかったようね」

「とりあえずもう少しだけ、様子を見て見よう。無作為に行動は出来ないからな」

「そうね。けど早めに、プランBでも立てて置けば?」

「そうだな」

 

 それから一ヶ月後、ゴードンからの連絡はなく、二ヶ月目にしてようやく通信が入った。その時もまた、彼は遅刻をし、そして交信中にはゲップを漏らした。彼の(=あまね)く情報は確かに為にはなったがは、それでも彼には徐々に、怠けと卑しさが出始め、とうとう三ヶ月目以降、彼からの通信は途絶えてしまった。これは何かあったのではと心配になったベネディクトだったが、今ここでそれが知られ、惑星ドーガンへの強制突入の引き金になったら、最悪宇宙戦争が起き兼ねない。なので彼は、前回ゴードンが一月遅れで返信したのを根拠に、もう数ヶ月通信を待つ事にした。

 それからベネディクトは、頼むから事態がややこしくならないでくれと、心底祈り続けた。だがそう旨く事が運ぶ(=はず)もなく……

 

 

 

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