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  著者  :fim-Delta

 作成日 :2009/01/17

第一完成日:2009/02/06

 

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 総合宇宙センターは、初めて異星人との外交を行った、記念すべき場所である。緑豊かで広大な庭先にある、何百ヘクタールもの広さを誇る建物がそれであり、その向こう側には宇宙港がある。更に、幾種もの種族や異星人達が交わるここは、海や砂漠、森や岩場など、特殊な環境をベースにしたドーム、種族別待機室などもあり、宇宙関連施設の中では、地球最大の規模と機能を有している。

 そんな中、一人の獺族の女が、庭を通り抜ける幅広のメインストリートを自動駆動車で進んでいた。ここら一帯では、免許が不要の自動駆動車しか乗る事は許されていない、それは彼女にとって好都合であった。それには、大多数がこれに頼っている理由の一つ、事故時の補償金が皆無である事も含まれていた。もし手動の場合、事故の責任は全て過失を犯した手動運転者に(=こうむ)られる事になるが、自動の場合は車自体に事故原因があるとして、罪を(=かぶ)る事は無いのだ。寧ろ、車のせいで事故にあった被害者として、補償金を車会社から受け取る事が出来、メリットは存分にある。勿論それを偽って補償金詐欺を犯した時には、手動時よりも何倍も重い刑が科せられるので、故意な事故も少なくて安全だ。

 そんな自動駆動車で、彼女は目的地である総合宇宙センターのロータリーに着くと、中央の花壇を回り込んだエントランスで降りた。すると車は、自動で東にある駐車場へと向かい、彼女はそのままセンター内に入る事が出来た。

 中に入ると、左右には広大な通路があり、そして先には、中央部へと続く職員専用の通路がある。そこにはセキュリティーロードが敷かれており、一般客は通れない。だが彼女は、その道を堂々と進んだ。すると頭上に付けられたランプが緑に点灯し、ここの職員だと認められ、彼女は更に先へと歩んだ。

 中央部に着き、彼女はそのまま居住エリア内に入ると、中央にあるエレベーターに乗り込んだ。そしてエレベーターが指定の階に着くと、行き先である宇警オフィスに向かう為、彼女は倉庫エリアを直進し、そしてオフィス内に入ると、左向かいのデスクにいた人族の男に声を掛けた。

「おはようございます、ベネディクト警視」

「やあパメラ、おはよう。もう気を緩めてもいいぞ」

 人族ことベネディクトの言葉に、獺族のパメラは全身の力を抜いた。

「ふぅ、この感覚、未だに慣れないわ」

「まあ夫婦とは言え、階級があるからな。さてと、それじゃあ今日の業務内容なんだが――」

「いつも通りじゃないの?」

「ああ。実は今朝早く、惑星ドーガンに潜むスパイから、ドーガン達が何やら法外な宇宙兵器を開発しているという情報を得たんだ」

「まーた問題を起こしたのね、あいつら」

「そうだ。それで緊急に、全地球宇警局から宇警警視監達が収集され、ここで会議をする事になったんだ」

「……まさか、フォ・ロラ宇警警視監のビリーも来るの?」

「その通り」

「なるほどね、また彼のお守りってわけね」

「まあいいじゃないか、中々可愛い奴だし」

「幾ら宇警警視監の子供とは言ってもねぇ……海洋族のあの図体は、私達のような種族には厳しいわよ」

「確かにそうかも知れないが、あれからもう五年は経ってるんだ、少しは(=わきま)えが付いてるだろ」

「そうだといいんだけどね。とりあえず、ストレスで毛が乱れないよう最善を尽くすわ」

「頼む。それじゃ、今からフォ・ロラ宇警警視監を迎えに行くから、それまでは通常通りの業務をしててくれ」

「分かったわ」

 ベネディクトはデスクから立ち上がると、オフィスを出て行った。妻のパメラは、夫である警視の命令通り、普段の作業を開始した。

 オフィスを出て一階へと降りたベネディクトは、そのまま北に真っ直ぐ宇宙港へと向かい、そこに設けられた種族別待機室の一つ、砂漠・海エリアに向かった。彼が出迎えるフォ・ロラ宇警警視監は、海洋星に住むオルカンで、海豚族の妻との間に出来たドルフィニアンの息子をいつも連れている。それは、妻の命と引き換えに授かった子である為、大切に、そして溺愛しているからである。だから宇警警視監は、誰にも息子の面倒を見させず、こういう会議などの時だけは、特別信頼を置いているベネディクトとパメラに預けるのだ(信頼している理由は、過去に一度、危機に晒された息子を救った事に始まるが、詳しい話はここでは無用だろう)。

 そういったわけで、宇警警視監とその息子の二人が今ここに来ており、共に海洋族である故、待機中は海などで遊泳しているのだ。そんな彼らに会うべく、ベネディクトは砂漠・海エリアに入ると、周りにいた十人ほどの海洋族達を見て、今日は珍しく海洋族が多いなと思った。

 その時、海から二人の海洋族が姿を現した。一人は、黒と白の体色を持つずんぐりとした、ベネディクトよりも身長が一.五倍高いオルカンで、もう一人は、そのオルカンよりも身長は半分ほどだが、ころころと丸い空色の体をしている、太った子ドルフィニアンだった。その子供はベネディクトを見つけるや否や、素早く彼の元へと駆け寄った。

「ベネディクト小父(=おじ)さん!」

「おお、久しぶりだなビリー。随分と大きくなったね」

「いやいや、単に太っただけさ」

 ビリーのあとに付いて来たオルカンがそう述べた。ベネディクトは、見上げる形でそのオルカンに返答した。

「そうですか? でも私達からしたら、海洋族は体の大きいイメージがありますから」

「そうかも知れんが、こいつは息子とは言え、少々甘やかし過ぎたようだ」とオルカンは、それでも我が子の頭を愛しく撫でた。

「それでは、フォ・ロラ宇警警視監。会議室に今からご案内致します」

「いや、君は(=わし)の子をオフィスに連れて、面倒を見てくれれば良い。君の事をすっかり気に入ってるようだしな」

「しかし宇警警視監、見た所護衛が見当たりませんが……」

「安心しろ」

 オルカンことフォ・ロラは、軽く手を挙げ、小さく何かの合図をした。すると、一般客だと思っていた周りの海洋族達が一斉に集まり出した。驚くべき事に、周りにいた全員がフォ・ロラの護衛だったのだ。これにはさすがのベネディクトも、感服するに至った。

「それではベネディクト、息子を頼んだぞ」

「はい、畏まりました」

 伸ばした手を額に当てて敬礼すると、ベネディクトはフォ・ロラ宇警警視監を見送った。そしてこのエリアには、二人だけが残った。

「それじゃあビリー、いつものように私のオフィスに行こうか」

「うん!」

 ビリーは嬉しそうに頷いた。確かにフォ・ロラが愛するように、この子は純粋で可愛い。しかし心の片隅では、この子のとある問題に悩みを馳せていた。五年振りの今日、それが改善されていれば良いのだが。

 

 ベネディクトは、ビリーをオフィスに連れて来て、妻のパメラと一緒に面倒を見る事にした。

「いらっしゃいビリー」

「お久しぶりです、パメラ小母(=おば)さん」

 この返答に、パメラは彼の頭を優しく撫でてやった。

「さてと、それじゃあ今日は何をする? のんびりとパパの帰りを待つ?」

「それじゃあつまんない」

「じゃあ、何がしたい?」

「ここのセンター内は全部見ちゃったし、僕、このオフィスの中を見て回りたい」

「それって、楽しいの?」

「だってパパのお仕事とおんなじなんだもん。僕ね、将来パパのような立派な宇警になるんだ! だから一生懸命、ここで宇警の勉強をするんだ」

「そう……分かったわ。でも前見たいに、物を落としたりして、お仕事の邪魔にはならないよう注意してね」

「うん!」

 

 

 

「――というわけで、今回のドーガン達は、新たな宇宙兵器を開発している模様です」

「元々監視惑星ではないからな、こうなる事は予測出来たんだが」

「しかし管理下にない故、物言いは出来ないと」

「宇宙法が改正されたら楽なんですけどね」

「だが<文明の祖>以来、宇宙法が改正されたのはたったの一万回だ。つまりは単純計算で、三万五千年に一度――我々が生きてる間にそれが行われるのは、皆無に等しい」

「どうにかして、奴らを止めなくてはならないな」

「今回は安易には出来ないぞ。何せ所持しているのは目下(=もっか)開発中の宇宙兵器、どんなエネルギーを使っているのか分からないからな」

「慎重に、とは言っても時間があるわけじゃない。だがスパイからの情報によると、まだ表に大きな動きはないようだ」

「水面下で物事が進行しているのか、それとも我々に対する単なるデマか」

「奴らの話だ、デマで終わるわけがない。もっとスパイを、深い位置に潜入させる事は出来ないのか?」

「ドーガンらの警戒心は半端じゃない。自分達と同じ種族以外には、厳しく区画制限を設けている。それ故、公共の建造物にすらまともに入れないんだ」

「そうか……もっと惑星ドーガンに適したスパイはいないのか?」

「それなら犬族しかないですね、ドーガンと同じ容姿ですから。しかし皮肉な事に、犬族は何処の地球宇警局にも事務官までしかいません」

「スパイは宇警の業務とは一味違うからな、事務官では適した人材とは言えん。民間から呼び寄せた方が、下手をしたらいいかも知れんな」

「だとしても、秘密裏に事を進めなければ。不完全な情報で市民の混乱を招くわけには行かないからな」

「ふむ。この話、部下達にやらせて置いては? 儂らが話し合うのは、これからドーガン達をどうするか、それが重要だ。スパイ集めは警視辺りに任せ、儂達は彼らへの対処法を考えるべきだと思うんだが」

 この意見は、フォ・ロラ宇警警視監の物だった。一同はそれに、賛成の(=てい)で頷き、再び会議を進めた。

 

 

 

「可愛い、とは言ってもねぇ」

 パメラは、夫ベネディクトの言葉が腑に落ちなかった。

「仕方がないさ、あの子もまだ子供なんだし」とベネディクト。

「だけどこれじゃ、五年前と殆ど変わらないじゃない」

「そうだなぁ……せめて、自分の体の大きさだけは把握して欲しいものだな」

 すると、この休憩所の後ろにある宇警オフィスから、物が崩れ落ちる音と同時に、宇警達の慌てふためく声が聞こえて来た。それにベネディクトは苦笑し、パメラはハァーっと溜め息をついた。

「ベネディクト、何処か案内してない場所とか無いの?」

「いやぁ、この総合宇宙センター内とその周辺は、もう全て案内したからな」

「……早くフォ・ロラ宇警警視監、戻って来ないかしら」

「ああ。早くしないと、体型感覚が掴めてない大きな子供に、オフィスごと破壊されそうだ」と彼は、更に苦笑いをした。

 暫くして、オフィス内を散策し終えたのか、ビリーがこの休憩所にやって来た。

「ベネディクト小父さん」

「んっ、なんだい? もうオフィス内の探索は終わったのかい?」

「うん。それで、お腹減っちゃった」

「ははは、君は今じゃ大食らいのようだからな」

「ねぇねぇ、何か食べる物無い?」

 ここでベネディクトは、妻のパメラから何かの視線を感じ取った。彼女をちらりと見遣ると、目を外へ逸らすような仕草をしたので、彼はその意味を汲み取った。

「よし、それじゃあ食堂にでも行こうか」

「わーい!」

 ビリーは喜んで、その大きな体を豪快に揺らした。確かにこの無垢な姿は愛くるしいが、その体をもう少しちゃんと扱ってくれればなと、ベネディクトは心の中で静かに思いながら、彼を食堂へと連れてった。

 食堂に着くと、昼過ぎのせいか、人が誰もおらず閑散としていた。夕食に向けての準備の音だけが響くこの食堂に、ベネディクトとビリーは入って行くと、調理をしていた一人の鷲族がこちらに気付き、声を掛けて来た。

「ベネディクト警視、こんな時間に珍しいわね」

「ああ。ビリーが腹減ったって言ってな」

 でっぷりと太ったその鷲族の女は、彼の隣にいた真ん丸のドルフィニアンに視線を遣り、半ば驚いた面持ちで口を開いた。

「あらま、あんたビリー?」

「お久しぶりです、ヴィーラ小母さん」

「随分とまあ大きくなったのね。前に会った時より倍になったんじゃない?」と、鷲族ことヴィーラの視線はビリーに釘付けだった。

「私も初めは吃驚(=びっくり)したよ。それにこのお腹、正にぽんぽこりんって奴だな」そう言ってベネディクトは、ビリーの大きく膨らんだお腹をポンポンと叩いた。海に住む海洋族の特徴のせいか、脂肪は陸上生物程には弛まず、パンパンに膨らんだそのお腹からは、気持ちの良い軽快な音が鳴った。

「ねぇ小母さん、ステーキ十キログラムに唐揚げ五十個、それにね、豚の丸焼きとケーキ丸々一つ欲しいな」

「あはははは! あんた、おやつ時にそんな食べるのかい?」とヴィーラは思わず大笑い。

「だってお腹が空いちゃったんだもん」

「よし、あたしもこんな体だし、あんたの気持ちはようく分かるわ。特別に今回は、スペシャルパフェも追加してあげるわ」

 このヴィーラのご好意に、ビリーは歓喜雀躍(=かんきじゃくやく)とした。そしてすぐ近くのテーブルに向かうと、二人用の席にその巨体を落ち着けた。ベネディクトも、彼と対面する席に腰を下ろした。

 少しして、まずは唐揚げ五十個がテーブルに運ばれて来た。他は量が量だけに、調理に時間が掛かったのだろう、次にやって来たのがステーキ十キロとケーキ一台であった。まだ料理が全品来てない中、途中のデザートが一般的な食事の流れを完全に乱していたが、ビリーはそんな事気にもせず、目の前に出された料理を一心不乱に食べ続け、幼稚ながら大人張り……いや、海洋族の大人さえ通り越した厖大(=ぼうだい)な食欲を、まざまざとベネディクトやヴィーラに見せつけた。

 そして最後に、豚の丸焼き――これもヴィーラの意図なのか、普段出てくる物よりも数倍は大きかった――とスペシャルパフェがやって来た。ビリーはそれらも同じくして、豪快に貪り始めた。

「しかしまあ、良くもこんなに食べられるもんだ。夕食はちゃんと食べてるのかい、ビリー?」

「うん。パパもいつも言ってるよ、『良く儂よりも沢山食べれるな』って」

「そりゃあ君のお父さんはオルカンで、君がドルフィニアンだからだよ。この二種は体型が何倍も違うからね。だからそれだけ食べられる事自体、お父さんには信じられないんだよ」

「ふーん」ビリーはそう言って、海洋族の特徴である大きな口を目一杯開けると、スペシャルパフェの中身を丸ごと頬張り、そして呑み込んだ。これでビリーは、地球人の大人およそ三、四十人分、同族の大人として見ても数人分以上の量を、子供であるビリーはそれを間食として平らげ、海洋族らしい張ったお腹は更に膨れた。加えてテーブルの下から彼の下半身を見ると、膨らんだお腹によって脚が左右に広げられ、如何に彼の食欲が莫大なものであったのかを目に見えて知る事が出来た。

「ビリー、大丈夫か?」

「うん、でもちょっと食べ過ぎちゃった――ごぉうふっ!」

「ははは、良く食べた食べた」ベネディクトはそう言いながら、テーブル越しにビリーのお腹を摩ってあげた。すると、ヴィーラとの会話中に触った時よりも遥かに張っており、どれ程彼のお腹が大きくなったのか、それが手の感触でも分かった。

「少し休んでから、オフィスに戻るかい?」

「ううん、大丈夫」

「お腹は苦しくないのかい?」

「うん」

「分かった、それじゃあ行こうか」とベネディクトは、席から立ち上がった。そして念の為、彼はビリーに手を差し伸べた。しかしビリーは、両手をテーブルに置くと、少しの力み声でその巨体を持ち上げ、大きなお腹を揺らしながら横移動をすると、椅子とテーブルの間から難なく出た。異星人のこの強堅(=きょうけん)な体と動きを(=)の当たりにしたベネディクトは、彼らの凄さを改めて再認識した。そしてそのまま、ベネディクトはビリーを従えてオフィスへと戻って行った。

 

 オフィスに着くと、そこには既にビリーの父、海洋星地球宇警局の宇警警視監であるフォ・ロラが待機していた。

「パパ!」

「ビリー、良い子にしてたか? おや、少し体が大きくなったようだな」

「うん、さっき食堂で、いっぱいご飯食べて来たの」

「もう少ししたら夕食だっていうのに、そんなに食べて来たのか?」

「だってお腹が空いたんだもん」

「こりゃどうしようもない大食いだな」と笑いながら、フォ・ロラは息子のビリーの頭を優しく叩き、そしてこうお礼を言った。

「悪かったなベネディクト。この子は見ての通りの大食家で、大変だったろう?」

「いえいえ、食べる事以外は別段、何もしてませんから」

「それは良かった。さてと、面倒を見てくれてありがとな。儂はもう海洋星に戻らなくてはならない」

「分かりました。今日はお疲れ様です、フォ・ロラ宇警警視監」

「ああ、お疲れ」

 ベネディクトは額に伸ばした手を当てて敬礼し、フォ・ロラを見送った。そして半分ほど視点を下げ、ビリーの方を見遣ると、後ろを振り向きながら手を振っていたので、ベネディクトは笑みを浮かべて「ばいばい」と手を振り返した。その笑みには実は、ビリーが首を後ろに回した際、首や肩回りについた脂肪が頬を持ち上げており、その姿が絶妙に愛くるしかった事も含まれていた。

 目送が終わると、後ろから妻のパメラが声を掛けて来た。

「助かったわ、ベネディクト。食堂に行ってくれたおかげで、こっちの事務仕事は順調に(=はかど)ったわよ」

「それは良かった」

「そうそう、それでね、あなたに伝言があるわ」

「誰からだい?」

「上層部の人達よ。さっきの会議で、今後のドーガン達に対して色々と取り決めをしたらしいんだけど、今情報を得るスパイが不足してるらしいの。まあ普通のスパイなら沢山いるけど、ドーガン達は意外と警戒心が強くて、同族じゃない人達には厳格な区画制限を設けてるんだって」

「ほう、用心深いんだな」

「それで、スパイとして適しているのが、ドーガンと容姿が似ている犬族なんだけど、どの地球宇警局にも、犬族の宇警は事務までしかいないんだって」

「ふぅむ……つまりあれか、外部から、スパイに適している人材を探して来いと、そういう事なのか?」

「その通り。それをここの警視達に委ねたのよ」

「資料漁りか、一番厄介な仕事だな」

 ベネディクトは溜め息を漏らし、自分のデスクに向かうと、ゆっくりと腰を下ろしてコンピュータをいじり始めた。手の空いた他の警視達も、既にその作業を開始していた。

 

 

 

 幾らコンピュータの処理能力が向上したとは言え、全地球市民を詳細なデータで比較するには、それなりの人手が必要である。それはコンピュータに(=ふるい)を掛けさせても、その人の経歴、特技、これまでの実績など、固定されない情報に関してだけは、経験を積んだ脳を持つ宇警の目に頼るしかないからだ。

 ベネディクトは、最低限の固定条件――犬族、成人以上還暦未満、重犯罪を犯してない者等で出力された大量の地球市民データを、他の警視達と分割して隈なく調べ上げた。そして作業が終わると、彼は最終的なフィルターに掛けたデータをリスト化して記憶媒体に保存し、やがて他の警視達も作業を終えると、同様にして記憶媒体にリストを保存した。そしてそれを持ち、警視一同は一ヶ所に集まった。

「俺はこれから、隣町で起きた事件を調査しなくてはならない。俺が見つけた候補は一人、誰かこれを処理してくれないか?」

「僕の所はゼロだから、代わりに僕が引き受けよう」

「いや待て」

 ベネディクトが制止すると、周りの警視達が彼の方に視線を注いだ。

「君はまだ、隣国で起きた異星人の事件を調査する必要があったんじゃないのか?」

「しかし、下手をしたら地球にも影響が及ぶ今回のドーガンの事件は、それよりも重大かと」

「他の仕事で手が空いてない人は、出来る限りそれに従事した方が良いだろう。この中で最も時間を持てると言ったら、この私だ。データの数もそれ程多くはないだろうし、全ては私が受け持とう」

「本当か、ベネディクト?」

「ああ。ドーガンの事件も大事だが、この地球の治安を守るのも重要な仕事だしな」

 周りの警視達は、礼を言いながらベネディクトに、それぞれの記憶媒体を手渡した。それを受け取った彼は、自分のデスクに戻るとそれらを一括し、コンピュータにそのリストのデータを列挙させた。するとそこには、全部で十名の地球市民データが出力されていた。これなら一人でも巡る事は出来るなと、彼は荷物を手早く(=まと)めると、統合したリストを携帯端末機にコピーし、それと共にこの宇警オフィスを出て行った。

 

 オフィスを出たベネディクトは、総合宇宙センターから自動駆動車に乗り込むと、十人の適者を順に訪問した。そして、内密なスパイ活動を(実際には迂曲な言い方で)頼み込んだ。しかしながら、命の危険が伴う可能性がある事を伝えると、誰もが安定した生活の方を選び、軽犯罪者達も、苦境の中でようやく見つけた仕事を捨てられないでいた。当然だと分かっていながら、(=ことごと)く依頼を断られると、ベネディクトは段々と不安になり始めた。このまま誰も見つからないのでは……そう考えながら車を走らせるのち、適者はとうとう最後の一人となっていた。彼はその人物の詳細を、移動中の車内で携帯端末機を使って調べた。

 名前はゴードン、元俳優。俳優の夢を断たしたロボットに深怨(=しんえん)を抱き、幾度もロボット損壊罪で逮捕されている。しかしどれもが財産刑に終わっており、ロボットのいない惑星ドーガンのスパイとしては、特に問題はなさそうだった。

 数時間が経ち、ようやくベネディクトは、最後の適者であるゴードンの住家(=じゅうか)にやって来た。そこは、倒壊しかけのビルなどが立ち並ぶ廃れた町の一画で、辺りにはしじま(=・・・)が漂っていた。

 自動駆動車から降りたベネディクトは、目の前にある建物に歩み寄ると、そこの玄関に立った。呼び出し用のベルが無く、彼は仕方無しに扉をノックすると、中に呼び掛けた。暫くして、返事は無かったものの、奥から足音が聞こえて始め、やがて扉のノブが回って扉が開いた。

 ――そこから現れたのは、元俳優とは信じ難いほどに大きな太鼓腹を持つ、扉の横幅いっぱいに体が膨れた中年の犬族だった。ここの扉が元々狭いという事もあるが、太り過ぎや病的肥満とまでは行かないかも知れないが、それでも彼はかなりの肥満体であった。ベネディクトよりも少しだけ身長が高いだけなので、対比すればそれは一目瞭然である。

「何用だ?」出て来た犬族は、そう問い掛けた。

「君が、ゴードンだな?」とベネディクト。すると犬族ことゴードンは、突き出て少し垂れ下がったお腹を、みっともなくぼりぼりと掻いた。

「ああそうだが」

「君は元俳優事務所にいた。しかし一年目で、ロボットに仕事を奪われて解雇。それ以来君は、ロボットに対して多大なる怨恨を覚えている」

「一体何が言いたいんだ?」

 ベネディクトは、胸ポケットから宇警手帳を取り出すと、相手にそれを見せて再びしまった。

「最近また、ロボット損壊事件を起こしたそうじゃないか。そしてその科料は未だ、支払われていない」

「ちょっと待て、その件についてはさっき示談が成立したはずだ」

「そうなのか? でも他に、未払いの罰金があるそうじゃないか」

「そ、それは……」と、ゴードンは口を噤んだ。

「まあ今は気にしなくていい、正直言って今回は、その件とは違うんだ」

「何? それじゃあなんなんだ?」

「実は君に、ちょっとした潜入捜査をして貰いたい。もし受けてくれるのなら、君の未払いの罰金を全て帳消しにしよう」

「潜入捜査、だと?」

「ああ。但し、命の危険が伴うかも知れない。その代わりそれが成功すれば、君には更に、多大な報酬を与える」

「報酬? どのくらいだ?」

「そうだな、旨く行けば、普通の家で一生暮らせる程の金額だな」

「ほ、本当か! それは嘘じゃないよな?」ゴードンの目が見開き、耳がぴんと立った。

「たださっきも言ったが、命に関わる危険性がある。それを承知の上で、今回の依頼の応否を願いたい」

 ゴードンは、暫くの間沈思黙考した。そして、決断を下したのか、彼はこう口を開いた。

「分かった、やるよ。今の俺にはもう後ろは無いし、ある意味死んだも同然の生活だしな」

「ありがとうゴードン、協力に感謝する。それでは出発の準備を済ませてくれ、私はここで待ってる」

「そんなの必要無い。俺の家にはもう何もないからな」

「そうか、それなら手っ取り早い。では私に付いて来てくれ」

 ベネディクトはゴードンを自動駆動車へと連れ立つと、後部座席に座らせた。体型的にもその方が楽だろうと判断したからで、それから彼は、車を総合宇宙センターに向けて走らせ始めた。

 

 

 

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