前々から書いていたのですが、何故か話の路線がずれて当初の予定より全然違う方向になった作品。恐らくつい最近はまった海外ドラマ「プライミーバル」が少なからず影響してそうです(爆
時空の亀裂とかは出ないですが、今回は所謂時間系のお話です。
イカッネク Ykcutnek
M 僕 黄色いナーガ ギラン Guillan
M 私 ホエリアン ディーブス Deebs
M 俺 オルカン ローバル Lobal
モーターボートに乗り、遙か遠く離れた島へと向かう一人の茶色いナーガ。しばらくすると、山の手前の岸に、小さな町並みが見えた。
「あれが噂の……!」
ぐらりと揺れたモーターボート。どうしたんだと船長の方を向こうとすると、ジャポンという何かが落ちる音が聞こえ、そして視線の先には船長の姿はなかった。
慌てたナーガは、辺りを見回した。すると先の海の方で、何やらクルクルと巻き始めていた——渦潮だ! しかもその渦潮はあちこちに発生し、彼の乗るモーターボートは袋の鼠となった。
「クソ、どうすればいいんだ!?」
困惑するナーガを尻目に、モーターボートはずるずると、渦潮の中心へと呑み込まれていく。やがてそれは海底へと沈み、為す術のない彼も、一緒に海中へと引き摺り込まれた。
踠 いても踠いても、それに逆らうことは出来なかった。ああ、これで俺の人生は終わりなんだと、最後の苦しみの中でナーガは、ゆっくりと目を閉じた。
『ようこそ、イカッネクへ!』
大多数の島民達に盛大に出迎えられた、トランクを引く一人の黄色いナーガ。ここに住むのは皆海洋族で、外部から来たナーガは一人だけ疎外されてしまうのではと憂慮していたが、それは単なる取り越し苦労のようで、逆にその持て成しぶりに、彼は思わず腰を抜かしそうになった。
しかしそれにしても、海洋族にしては全員体が細めだなと、ナーガは第一印象で思った。その彼のもとに、先の方から大柄のホエリアンが近付いて来た。しかしそれは身長的な意味で、
畝須 の部分は綺麗な丸みを帯びず、確かにナーガ的には普通な体型かも知れないが、海洋族的には肉付きが悪かった。「お待ちしていましたよ、ギランさん。私はこの島で
島長 をしておりますディーブスです」
恭 しく挨拶をしたそのホエリアン。「あの……どうも、初めまして」と、黄色ナーガことギランは答えた。
「失礼。少々驚かせ過ぎたかも知れませんね」
「いえいえ、そんな。ここまで感激されるなんて、嬉しい限りです」
「それは良かった。では早速、あなたの研究所をご案内します」
ギランは島長のディーブスに従い、町中を歩き始めた。
辺りは、二階のない平屋ばかりで、その殆どが木造である。一部煉瓦式やコンクリ式のもあるが、どれも錆びや苔が元気に住み着いている。煙突はどの家にも備わっているが、煙は上がるどころか、出て来る気配さえ感じない。
唯一、そんな寂れた町の株価を上げているのが、所々に生える椰子の木である。常夏の島と呼ばれるだけあり、植物に関してはそれらしい風貌を守っている。だがその植物は、舗装されていない地面にも気ままに生えているので、ホイールが壊れやしないかとヒヤヒヤするほどトランクがガタガタガタガタ揺れるだけじゃなく、ガサガサと、時折何かの虫がトランクに引っ付いてしまった。
ふと、ディーブスが足を止めた。右手には監視小屋があり、駐在中の海洋族が、手で止まれの合図をしている。
「これは、この島唯一の線路です。山から鉄鉱石を運ぶためのもので、今から列車が通るようです。なので通過するまで、少し待ってて下さい」
ギランは頷き、そして静かに目を閉じた。
海から吹く風は、心地の良い潮の香り。遠くで聞こえる波音も、癒される
バックグラウンドミュージック の代名詞だ。こうやって目をつぶれば、ここが非常に安らぐ島のように感じるのに、両目を開けた途端、辺りの景色にイメージが一瞬で崩壊する、失礼ながら、ここはそんな島なのだ。数分後、ガタンゴトンと荷台にたっぷりと鉱石を乗せ、列車が目の前を通過すると、ディーブスが再び歩き始めた。ギランも再びそうした。
十分ほど歩くと、少し向こうにボロの平屋が見えた。線路を跨いだということで、少しばかし町から離れており、しかし今までのどの家よりも広く、恐らくこれが研究所なんだろうなと、ギランは心の底で悟った。
「お待たせしました、あれがギラン研究所となります。見栄えが悪くて、正直申し訳ないですが」
「気にしないで下さい。僕にして見れば、研究所を用意してくれただけで大助かりです」
「そういって貰えると有り難いです。ではこれが、研究所の鍵となります」
そう言ってギランに手渡されたのは、これまた木製の、
黴 の生えた鍵だった。ギランは一瞬、受け取るのを躊躇 ったが、初日で気まずくなるのは嫌だったので、彼はどうにか鍵を手にした。それは少し、湿っていた。「あとはご自由にどうぞ。食べ物も用意してあります。あそこはもう、あなたの研究所ですよ」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」
島長のディーブスと別れると、ギランは研究所に向かい、そしてあの鍵を使って中へと入った。するとすぐ、埃が宙に舞い、そしてテーブルには何十個もの缶詰が置かれていた。
「……これが食べ物、かぁ」
しかし、町並みを見てこれは仕方ないと、ギランは手始めに、研究所内の掃除を始める事にした。
表からの様相は未だ古びた感じだが、その内側はギランの努力の甲斐もあり、研究所はかなり様になってきた。そんなダイニングで、用意された缶詰をちびちびと摘むギラン。味は濃く、甘いものに関してはとことん甘かった。食糧難を極力前提とした缶詰なのかも知れないが、その味付けが得意でない彼は、水道からの水でそれを流し込んだ。
それにしても、あの町の風情を見ると、この缶詰だけでも相当良い食品かも知れない。そんな代物をこんなにたんまりと……恐らくこの研究所が、外部から色んなもの、それこそ人以外の物流もやって来るのではと、島長ならず島民達が期待しているのかも知れない。
しかし実際、ギランの仕事は文献の少ないこの島、イカッネクの資料を作るだけのことで、
見窄 らしい場所の研究結果に、誰が興味を抱くのだろうか。そう考えれば、本当に島の人達には申し訳ないが、経済効果は零に等しいだろう。だが勤める施設の上からの命令には逆らえない。後ろめたさと先行きの不安を感じつつ、ギランは明日の仕事に備え、早めに就寝することにした。
暗い。何も見えない。何かゆらゆらと波打っているようにも見えるが、暗すぎて何も見えない。んん、これは夢?
(……ギラン、とか言ったな)
突如声がした。四方八方からそれは聞こえ、方向が分からない。
(だ、誰?)とギランは、しどろもどろに答えた。
(ここに来たのは、何かの縁なのかも知れない)
(縁?)
(そうだ。私と同じ種族が、この島に来るとは思いもしなかった)
(僕と同じ種族ってことは、あなたもナーガなんですか?)
(ああ)
(それで、僕になんの用です?)
(私の肉体は、死につつある。魂も分離してしまい、時期に消えるだろうだ。そしてその体が今、イカッネクにあるのだ)
(イカッネク? てことは、僕と同じ場所ですね)
(いや違う。時が違うんだ。私の魂はもはや力を無くし、元には戻れない。即ち私の肉体は、今抜け殻状態なのだ。だからそれを、君に託す)
(えっ、ど、どういうことです?)
(助けて欲しいんだ。このイカッネクという島を)
(助ける? でもどうやって——)
ギランの意識は、すぅっと遠のいた。
目覚めると、木製の天井が目に入った。随分と今日は変な夢を見たなと、ギランは体を起こした。
「……あれ、随分と綺麗だな。あっ、そうか、僕が掃除したんだっけ」
昨日の事を思い出したギランは、ゆっくりと体を起こした。そして足のない胴体を、静かに床に下ろした。だが何やら、様子がおかしい。体が何か変なのだが、しかし暗くて良く分からない。壁の隙間から木漏れ日はあるが、大した補助にはならない程度。
それもそのはず、この島には電気というものが無い。蝋燭はあるが、寝る前にそれは消していた。ならば外に出て確かめてみよう。
寝室を出ると、そこはダイニングルーム。窓の隙間から漏れる陽光が、微々たるものだが室内を明るくしていたが、それでも状態を知るにはほど遠い。
ギランは、窓をがらりと開けた。光が差し込み、それに一瞬目を
眩 ませた彼は、たまらず手を翳した。「……!?」
彼は自分の手を見て驚いた。黄色いナーガは、勿論全身も黄色い。なのに今の彼の手は、それが濃くなった茶色に変色していた。まさか、何かの病気!?
慌てて自身の体を見回すと、上から下までが完璧に真っ茶色だった。
「は、早く診療所に行かないと!」
そして彼は、バンと扉をあけて外に出た。
「んん? おお、目覚めたか! 良かった良かった、体調の方はどうだい?」
目の前にいたのは、大きなお腹をしたオルカン。イカッネクでは珍しい体型だなと思った彼。しかし辺りを見回すと、そんな海洋族達が道を行き交っている。太ってるんじゃない、これが普通の海洋族。
けれど、昨日イカッネクで見たのは、侘びたような体付きの海洋族しかいなかった。たったの一夜で、まるで町が別世界に一転したかのようだ。
「……違う……町が、変わってる!」
木造の家。だがそれらは全て、艶のある綺麗な建物。煙突からは煙がポクポクと出て、周囲は活気に満ち溢れている。
「あ、あの……ここは、何処なんですか?」と、先ほど声をかけてくれたオルカンに尋ねた。
「ここはイカッネクさ。元気になって良かったよ」
「げ、元気ですか? でも、少し僕、変わってませんか?」
「変わってる?」
「あの、僕、こんな色でした?」
「……ふははは! 安心しろ、お前の体色は変わってないさ。ただここらは日差しが強いからな、反射とかでそう見えるのかも。
そうそう、俺はローバル。宜しくな」
「あ、ど、どうも。僕はその、ギランです」
「ギランか。昨日浜辺に打ち上げられていて、本当に心配したよ。死の淵を彷徨っていたらしくて、医者が言うには昨日が峠だっつってたからな」
「浜辺、ですか?」
「覚えてないのか? 多分船か何かが沈没したんだろう。島周辺の海は良く渦潮が発生するんだ。原因は不明だから、誰もここに近寄らない。なのに何故、態々危険を
冒 してまでここへ来たんだ?」「……それは……」
「覚えてないのか?」
覚えてないと言うより、身に覚えのないことである。ギランはどう答えて良いか分からず、答えに手こずった。
「……まぁいい。どうだ、腹は減ってないか?」
「お腹、ですか? うーん、まぁ、少しは減ってるかも」
「なら一緒に来い。ここの飯は美味いぞぉ」
とりあえず、この人は悪い人じゃなさそうだと、ギランはこのオルカン、ローバルと共に町中を歩いた。
そこは、屋台も数多くあり、町中大変賑わっていた。本当に別世界である。遠くから聞こえる
漣 の音もちゃんとあり、そこからの潮の香りが、様々な食べ物の香りと相俟 って、目覚めの空腹を引き立たせ、困惑の現状でも食欲を湧き立たせた。そんな中、ローバルはとある屋台に足を運び、大皿に盛りに持った焼きそばを二つ購入した。それぞれに木製の箸がついている。
「ほら食え」
「こ、こんなにですか?」
「なあに気にするな、残したら俺が食う。お前のガリった体型じゃ、食べきれないのは目に見えてるさ」
「は、はは、そうですね」
「さっ、食おうぜ。水はあそこだ」とローバルが指を指したのは、中央広場にある噴水。
「あれを、飲むんですか?」
「ぶっはははは! お前、面白い奴だな。噴水の水を飲む奴はいないだろ。その横だよ」
「あ」
見れば、噴水の奥には給水場があった。しかも幾つもあり、色んな海洋族達がそこで、水を汲んだり、直接飲んだり、はたまた食器類を洗浄したりしていた。
「んじゃ、早く食おうぜ」
ローバルに促され、ギランは箸を手にし——これには黴も生えていなければ湿気ってもいない。当然と言えば当然だろうが——焼きそばをズズズっと啜った。味は、昨日の缶詰とは違い丁度良い塩梅。しかも非常に美味しい。自然と空腹のギランは、食が進んだ。
結局、全ては食べきれないにせよ、半分弱は平らげた。残りはローバルが食べてくれて、使用済みの皿と箸は
香具師 に返した。なるほど、使い捨てじゃないところはエコである。それからギランは、給水場で水分を補給して、ローバルに町を案内して貰うことにした。
続