やや荒いですが、イカッネク完結! あとはムープ、ナアム、マザー・クライシス、Gameの4つです。
イカッネク エピローグ
町 イカッネク Ykcutnek
M 僕 ナーガ ギラン Guillan
M 私 ホエリアン ディーブス Deebs
M 俺 オルカン ローバル Lobal
F 私 ホエリアン テフス Tefth
M おいら 川獺 パジィ Pudgy
〜xxxx年yy月zz日〜
僕は、ゆっくりと眠りから覚めた。冷房が効いて涼しく、心地よい環境だと思った。しかしすぐ、それが普通ではないことに気付いた。目を静かに開け、そして左右に瞳を動かすと、視界には見慣れない、白塗りされた綺麗な部屋が入った。
「こ、ここは……」
明らかに寝る前とは違う場所。もしやパジィを連れたため、研究施設と関連した組織にでも捕まったのか、などと僕は様々な憶測を立てた。
しばらく戸惑っていた僕だが、とりあえず窓のないこの部屋に一つだけある扉へと、忍びながら近寄った。そしてドアノブを密かに右に
捻 ると、それは問題なく回って扉が開いた。ドアの向こうは、広々としたロビーだった。カウンターがあり、カウチがあり、そして先の左手側からは、仄かな明かりが漏れているのが確認出来た。
あそこは出口だろうか。胴体をくねらせながら進むと、そこは自動ドアのようで、勝手に両開きのドアが開いた。僕は恐る恐る、外を見定めた。
見慣れた景色と町並み。以前と然程変わらない様相であることを知った僕だが、昨日と比べ、心なしか建物が立派になっているように思えた。単なる思い込みだろうか。それにしても一体全体どうなっているのだろうか。
あれこれと考えを巡らせていると、向こうの方から誰かが声を掛けて来た。
「ギラン! おはよう。ここの研究所の居心地はどうだい?」
近づいてくるその人物は、かなりの恰幅さを誇るホエリアンだった。ローバルよりも太く、締まった体ではないその彼に、僕はどことなく親近感というか、面識がある感覚を覚えた。そんな様子の僕を見て、苦笑しながら相手は言った。
「何です、もう忘れてしまったのですか? 私ですよ、ディーブスです」
ディーブス……どこかで聞いた名前だと、僕は記憶の中を遡ってみた。
初めてこの島に来た時、激励される中、かなりの痩身ホエリアンが出迎えていた。その人物が、確かそんな名前を名乗っていたような——
「——え、ええっ!? で、でももう少し細かったような」
あまりの衝撃に、思わず本音をぽろりと本人の目の前で漏らしてしまった。これはさすがに失礼だったと、すぐにハッとした僕を見て、ディーブスは笑いながら答えた。
「ははは、何を言ってますか。私は前からこの体ですよ。それより、歓迎パーティーがまもなく始まるのでお迎えに来たのですが、準備は宜しいですか?」
「歓迎、パーティー?」
「昨日来訪された際、ご挨拶と共にお伝えしませんでしたっけ?」
うーん、と首を傾げながら思いだそうとする僕。けれどもそんな話、全くもって無かったような……
「まぁきっと、ここへ来るまででお疲れになったのでしょう。良ければ今から私が会場にご案内しますが、いかがでしょう?」
「そ、そうですね。でしたらお願いします」
僕はその足(ナーガだから足は無いけど)で、会場へと向かった。そこに着くやいなや、海洋族らしく肉付いた島民達が、盛大に僕を祝福してくれた。
ここに到着するまでの間、僕はあれこれと考えを巡らし、そして結論に至っていた。つまりは、あの過去の世界での作戦。きっとそれが奏功し、未来が変わったのだと。そしてそれを決定付ける証拠が、思わぬ形でパーティー途中に現れた。
「よお、君がギランか」
後ろから声を掛けられ振り向いた僕。そこには、ディーブスを凌ぐ遙かに太ったオルカンが立っていた。
「俺はローバル、ディーブスの父親だ。宜しくな」
手を差し伸べられ、それを上の空で握った僕。あれから30年、当時筋肉デブ的がっちり体型の島長ローバルは、年老い、いまやディーブスと同じ、だぼだぼに脂肪を身に付けた体型になっていた。その変貌ぶりに呆気にとられながらも、顔にはしっかりと名残があるのを僕は確認した。
「君とは是非、話がしたかった」
「どうしてです?」
「君は民俗学者なんだろ? この島の歴史とかについて研究するためにここへ来た」
僕が頷くと、彼は言葉を続けた。
「丁度それに合う、伝説の救世主の話があるんだ。是非俺の家に来てくれ」
まさかと思いつつ、僕はディーブスのあとに付いて行くことにした。体の巨大化と筋肉量の低下で、彼の動きは以前にも増してノロく、鼻息も常に荒々しかった。正直彼の後ろに従う僕の姿は、完全に彼の体で隠れていた。
やがて到着したのは、島長の家から更に先へと進んだ所にある広大な平屋だった。案内されて中に入ると、そこにはまたもや見覚えがあり、ローバルのように激変した川獺がソファーで寛いでいた。
「あっ、お帰りローバル」
「パジィ、お前また太ったな?」
「出てく時もそう言ったじゃないですかぁ。そんな短期間で太ったらおいらの体、今頃この家目一杯に広がってますよ」
二人の爆笑が室内に谺した。どうやら万事、うまく問題が解決したようだ。
ローバルに指示されソファーに僕が座ると、向かいに彼がヒップドロップのように豪快に座った。
「さて、それじゃあ君に話したいことなんだが……」
もったいぶるローバル。僕は予想しつつも聞いた。
「それは、なんなんですか?」
「まずその救世主の名前なんだが、偶然か、同じギランという名前だったんだ。色は君と違って茶色だったが、この島にナーガが来るのは彼以来なんだ。連続して同じ名前のナーガがここにやって来るなんて、運命の巡り合わせとしか思えない。
まあともかく、俺が話したいのは、その救世主ギランに関する話なんだが——」
ローバルが語りだすと、それは僕の思った通り、過去の世界で体験したことそっくりそのままであった。しかし途中から、僕の知らない話の展開に入った。それは、過去の世界で最後に眠ったあとのことである。
「——次の日、なかなかギランが現れないから、俺はそいつの家に向かったんだ。するとギランは眠っていた……永遠にな」
唐突な衝撃の内容に、僕は唖然とした。
「……し、死んだ、んですか?」と生唾を飲み込んだ。
「そうだ。なんの兆候も無しに、ギランは息を引き取っていた。だが確かにあの日の前夜、あいつは疲弊し切っていたように思える。きっと俺達にそれを隠しながら、必死に策を練って頑張っていたんだろうな」
更に言い伝えを聞くと、のちほど僕の推測どおり、島はあの作戦で見事に助かったそうだ。おかげで奥さんのテフスも、今じゃすっかり成長し切っているとのこと。
それと、ちゃっかり影響が無かったことを確認した研究所の職員達が、ひっそりとこの島に舞い戻って来たらしい。だが言わずもがな、すぐに島民達が追い返したのは言うまでもない。因みにその職員の一人だったパジィは、作戦を手助けしたりと島のために尽力したため、すぐに島民達と仲良くなり、そしてこの島の風土にあっさりと溶け込んだそうだ。
余談だが、パジィは元々の体型が大肥満ゆえ、この島と親しくなるのは時間の問題ですらなかっただろうし、さほど驚くことはない。だが何よりも一番驚くのは、僕自身も簡単にこの島に溶け込んでいるという事実である。
「ギランさん! 昼食を持って来ました」
「おお、ありがとう」
「どうですか、資料は纏まりましたか?」
「まだまだ。ここらの島嶼の歴史は奥深いからね」
ギランは、自分の記憶を辿って書き記した過去の日記を読み返しながら、新たに取り込んでいる隣島の歴史と齟齬しないかを見比べる作業を中断し、助手の持って来た昼食を受け取った。
特別、ここから何かあるわけではない。いつものように平和な一日が、この島をマイペースに流れるだけ。その一番の幸せを昼ご飯と共に噛み締めるギランの体は、堆積する研究資料と見事にシンクロしていた。そしてその成果は、世界を股に掛けるものとなった。
完