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町 イカッネク Ykcutnek

M 僕   ナーガ     ギラン   Guillan 

M 私   ホエリアン   ディーブス Deebs

M 俺   オルカン    ローバル  Lobal

F 私   ホエリアン   テフス   Tefth

M おいら 川獺      パジィ   Pudgy

 

 


 防壁の中は、静かだった。元々人通りがあったわけではないが、それにしては機械の駆動音なども聞こえない。まるで、全ての活動が停止してしまったかのように静寂していた。

「んー、誰もいないのか?」とローバル。ギランは異変に気付いた。まさか、時間指定をしたのは逃げるため? 何か怪しい提案だとは思っていたが……

「とりあえず、先に行きましょう」とギランはローバルを引き連れて、あの船が舫われたところへ繋がる建物に入った。

 暫く進むと、あの十字路があった。先には、船がない。まさかと思いつつ、まずは左手の食堂を覗いた——が、誰も居ない。さすがのローバルも、眉を(=ひそ)め始めた。

 次にギランは、前回行けなかった倉庫へと向かうことにした。扉横にはスイッチがあり、それを押すと何なりと扉が重々しく開いた。

「す、すげぇ……なんだここはあ?」

 ローバルが唖然とする中、ギランも息を呑んだ。まるで船が3隻も入りそうなほど巨大な施設で、あらゆるところにピストンやらカプセルやら丸い何かの物体が配置されている——と、ここで初めて誰かの声が聞こえて来た。

「おいパジィ! 早くしろよ!」

「ひぃー、ま、待ってくれよぉ……」

「のろま! だから前もって準備しとけっていったんだよ」

 ギランとローバルは、さっそく声のする方に向かった。あらゆる機械の森をくぐりぬけると、上のキャットウォークに二人の川獺の姿が見えた。一人はでっぷりとし、それを追うように階段で齷齪するもう一人は更に太っていた。その組み合わせを見て、検問所で警備をしていた二人に違いなかった。

「なぁ、ここで何してるんだ?」

 そのローバルの言葉に、ギランは度肝を抜かれてしまった。明らかに相手の状況は、この場を去ろうとしている。折角ばれないようにその相手を追おうとしたのに、声を出してはその作戦が台無しである。

「や、やべ! おいパジィ、俺は先に行くからな!」

「まま、待ってくれよぉ、ふぅー! 置いてかないでくれよぉ!」

 だがその言葉も虚しく、パジィという川獺の相方は、足早に奥の通路に行ってしまった。

「何やってるんだ、あいつら?」

「ローバルさん! あの二人はここを逃げようとしてるんですよ! 早く追わないと!」

 ギランが急かしたことで、ようやくローバルも状況が掴めたようだ。そしてキャットウォークにいるパジィという川獺を追い始めた。

 ここで意外だったのが、ローバルの足が予想以上に早かったことだ。持久力は無いが、瞬発的なものは漁師としての鍛えがあったのだろう。上でひぃひぃ階段を上るパジィに追いつくのも、そう時間はかからなかった。

「お、おい! ふぅ、ふぅ、お前、なんで逃げようとしたんだ!?」とローバル。

「ひぃ、す、すみません!」

 パジィは降参の態で、階段でばたんと仰向けになった。息は荒々しく、大きなお腹が頻繁に伸縮を繰り返しており、全身の毛が汗でぐっしょりだ。

 遠くで、汽笛の音が聞こえた。それを聞いたパジィは「嘘!?」ともらし、体を捻って階段から奥の通路を見つめた。するとそこから、船の乗降口が見え、それが段々と遠ざかるのが分かった。

「パジィだったね、なんで逃げようとしたの?」

 だがギランの言葉に、パジィは惚けたように言った。

「おいら、置いてかれた……」

「パジィ、理由を言え!」

 横にいたギランも吃驚するぐらいのローバルの声。さすがにかなりの形相で怒っていた。オルカンのぞろりと並ぶ(=おぞ)ましい牙をちらつかせながら。

「ち、違うんだ、おいらは悪くない! おいらは——」

「理由を言え! さもないとこの牙で、お前を食い千切るぞ!」

 パジィもびびったが、ギランもこれには恐れ(=おのの)いた。まさかローバルの中に、こんな鬼の面があったとは思いもしなかったからだ。

「じじ、実はおいら達の本拠地で爆発が起きて、それで、それで……」

「それでなんだ?」

「それでそこから、毒ガスが漏れたんだ! ガスはやがて周りの空気に中和されて消えるんだけど、この島にはそれが届くんだ!」

「ってことはなんだ、この島はどうなるんだ?」

「分からない。けれど人的な被害は起きないはず」

「じゃあどんな被害が起きるんだ?」

「……作物が、育たなくなる。土が、死んじゃうんだ」

 ローバルは、パジィの肩を壊さんばかりに掴んだ。パジィは呻き、ギランが慌てて止めた。

「お、落ち着いてローバルさん!」

「落ち着けるか! 土が死んだらどうなると思う? 羊や牛はやがて死に、海にもその被害が広がるんじゃないのか? そうなったら俺達の生活はどうなる!?」

「そ、それは……」

 反論出来なかったギラン。島全体の命がかかっているとも過言ではない状況。そんな中で島長のローバルが、平常でいられるはずはない。

「おいパジィ、どうすればその毒ガスとやらを防げる?」

「そんな事を知らないよぉ……」

「答えろ!」

 大きなパジィと豪快に揺らすローバルの両腕は、筋肉が盛り上がっていた。

「おいらは単なる警備員なんだよぉー……そんな技術的なこと、分からないよぉ!」

「なら他の奴らは!?」

「さっき船が出て行ったので、全員いなくなった——おいらを除いて」

 パジィの体が、ゆっくりと階段に降ろされた。ローバルの表情は、絶望一色だった。ギランは、ここであらゆる接点を結びつけた。これ以降毒ガスが島を襲ったのち、あの自分が元いた世界の廃れた島に、ここはなってしまう。そしてそれを防ぐためにギランは、この体の持ち主であるサルバに任務を託されたのだ。

 

 

 しばらくして、ローバルはパジィを連れ、ギランと共にイカッネクの町へと戻ることにした。

 

 

    続


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