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M ドルフィニアン Dolphinian 僕 アーニー Earny

M 熟年フォールスオルカン Middle Age False Orcan 俺 コウフ Cofe

M 中年シャーカン Middle Age Sharkan 私 ウィスフィ Wisphe

エンテヨ Enteyo


F 中年オルカン Middle Age Orcan 自分 パル Pal


 アーニーを動かすのは、容易ではなかった。何せ新惑星降り立つ前に一度、精密検査を行なったのだが、その時の体重が1.5tもあったからだ。まだ子供でありながら、コウフの丁度倍の体重では、何人ものウィスフィの部下達が手を貸そうとも、本人の立つ力がなければ不動に終わってしまう。つまりアーニーが疲れてしまえば、床几でしばらく休ませなくてはならず、しかもそのたびコーラを1リットルも飲んでいたので、動くたびに彼の体重は逓増し、微々たるものだが動きがのろくなり、宇宙船が着陸した目と鼻の先に施設があり、更にそこまでの彼の脚となるスクーターがスロープを降りたところにあるのに、そこまでに一時間とかかってしまった。

「ご苦労さん、良く頑張った。コウフもだ。君はしばらく、部下達とここで休みたまえ。アーニーは私が運ぶ」

「あ、ああ……分かった……」

「ねえ、教授さん?」

「教授という言い方は、もうやめていいぞ。今日からはウィスフィと呼びなさい」

「じゃあ、ウィスフィさん。今からどこに行くの?」

「地下世界、とでも言おうかな」

「ここの施設じゃないの?」

「これは見かけだけさ。本当の施設は地下にある」

 建物内に入ると、そこには一見工場のような内装だが、奥へと進むと、大きな昇降機が現れた。宇宙船丸々一隻は乗れそうなやつだ。

 ウィスフィはアーニーとともにそこにのると、昇降機を下ろした。大きいとは言え、文明が格段に進歩している現在、目的地の地下一万メートルまでは、数分とかからなかった。

 昇降機がとまると、目の前にはとてつもなく大きな扉が現れ、それがゆっくりと、横に開いた。

「うわぁ……」

 アーニーは思わず感嘆をもらした。先が暗くて見えないほど広いが、洞窟ではない。全てにしっかりと頑丈な壁と天井があるようで(天井も見えないのだが、恐らくそうだろう)。施設というより、一つの街のようだ。

「ここが、これからアーニーの住む街だ」

「えっ、僕が住む?」

 アーニーはキョトンとした。何せコウフからは、美味しい料理が食べられる旅行だと聞いていた。誰も引越しするとは言っていない。

「実はな、君を一人暮らしさせようとしていたんだよ」

「ひ、一人ぐらし?」

「お母さんが、とても君を甘やかしているだろう? なんでもかんでも君のために寄り添って、たまには一人になりたいって君は言ってただろ?」

「そ、それは……確かに、そうだけど……」

「そんなにママが心配か?」

「だって、ママ、心配性だから」

「大丈夫だ。コウフがちゃんと伝えていたはずだ。寧ろ君が心配するかも知れないと、あえて一人暮らしさせるとはコウフに言わせなかったんだ」

 しかしアーニーは戸惑っていた。確かにたまには母親と離れてみたいとは思っていたが、一人暮らしまでもはと、心の準備が出来ていなかった。そのため、少し目が赤くなり始めていた。

「おいおい、ここで泣かないでくれよ」

「だって……だって、ママと離れるなんて……」

「正直、君と母親は一度離れるべきだ。甘やかされ過ぎてる。だが安心しろ、ここには君の大好きな食べ物だってある。それに、君の大好きな父親代わりのコウフだっているじゃないか」

「うーん……でもママが……」

「心配するな。いざとなったら、コウフが伝言役になってくれるさ。ついさっきも彼は、パルに連絡をしたからな」勿論これは嘘だ。

「えっ? それで、ママはなんて言ってたの?」

「『心配だけど、しばらくは我慢するわ。学校側にも連絡しておいたから、だからアーニーも頑張って』と言っていたそうだ。君の言うとおり、少し心配がってはいたがね」

「じゃあ、一応ママも、これに賛成なんだね」

「そうだ。だから、お母さんも頑張って君を一人暮らしさせたんだから、君も頑張って一人暮らししないとな」

「……分かった。じゃあ、僕、頑張る」

「良し、それじゃあ君の新居を案内しよう」

「アーニーを一人にさせるなんて、考えられないわ全く。誰がこんなことを」

 我慢していたものの、考えると再び沸き起こる怒り。あのパスタの寄り道で、少しは気分転換されたが、長らく宇宙船に閉じこもっているので、彼女の気持ちは再び乱れ始めた。

「だからってパルさん、そんなにがっつかなくても……」

 護衛の警官が呆れながらにいった。

「やることがないんだもの、他に何しろっていうのよ?」

 彼女にとって今は、大きな体を満足させる食事しか楽しみ、というよりストレスを解消させるものはなかった。元々その筋肉質は、運動好きではなく、大好きなアーニーのために一生懸命になって出来た体だ。しかしアーニーのいない今、彼女の運動量は急降下し、すっかり怠けていた。そのことも、警官は心配していたが、彼女に反論は出来ない。

「げふぅ……ねえ、デザートを持って来てくれない?」

「私がですか?」

「あんたは、自分の護衛なんでしょ?」

「けど、使用人じゃないんだけどなぁ……」

 そうぶつぶつ呟きながらも、警官は彼女のためにいつものデザートを持って来た。それはチョコたっぷりのショコラだが、大きさがケーキ丸々一台の大きさもあった。だが彼女は、別腹にそれを、フォークで大きな一塊でばくばくと食べ終えた。

 食事が終わると、彼女は自室に再び籠った。そこには、段ボール何十箱もあるスナック菓子が置かれていた。部屋にいてテレビを見たりして、どうにか常に襲ってくる憂いを抑えようとするが、それでもアーニーへの思いが強い。しかしながらそればかり考えても、今はどうすることも出来ず、それを完全に消すためには、全ての感情において最優先される食事——つまりぽりぽりと常時何かを摘むことで解消された。

 彼女はベッドでごろりと横になり、まるで平日のぐうたらな主婦のように、出発前までの忙しさはどこへやら、ここに来てからの彼女は徹底的に怠けるようになっていた。

 コウフは、もう戻っても捕まるだけだなと、新惑星の地下街に居座ることにした。カドルには、幸せであって欲しいという願いもあった。

「ウィスフィ。宇宙船でずっとアーニーを検査していたのなら、何か分かってるんだろう?」

 彼用の家に案内してくれているウィスフィに尋ねた。宇宙船の時とは違い、アーニーにはこの広い地下街の中央にある、特別大きな平屋が家となっており、コウフのは地下街の隅っこだった。ただ建物自体、中央(勿論アーニーの家だ)と四隅にしかないため、それが普通であった。

「ああ。まず亡きアーニーだが、アメーバが部分的に脳を食い荒らし、食欲を無くさせるらしい。だから食事もできなくなり、体も拒否反応するまでに至り、餓死したってわけだ」

「ちょっと待て。お前は遺体のアーニーを安置所から盗んだのか?」

「そんな風に思われたのは侵害だな。盗んだのは上の奴らさ」

「上だと?」

「そう、上だ。だが幸いにも、そこには私の部下が働いていてな、裏話を聞いたのだ。おかげで、ようやく子アーニーのことも分かったよ」

「それで、なんなんだ?」

「あのアメーバは、十億年という太古の昔にパンデミックとなった病気らしい。今となっちゃありきたりだが、当時では文明が進歩していたとはいえ、それは未知の脅威だった。何せ脳内を完全に弄るのは、今でも完全ではないからな」

「そんなんで、奴らは不死を完成させたというのか?」

「違う。不死は偶然の産物だ。当時の人たちは、この脅威のアメーバにどう対抗するかを考えた。薬もうまくいかず、手術も危険すぎる。その結果、食欲を増大させる物質を実験中に偶然作り出し、彼らはそれで餓死を免れると考えた——その物質が、<エンテヨ>だ」

「エンテヨ……」

「だが、バランスを取るために作り出したエンテヨは、大きな災いを齎した。それが不死だ」

「何故災いなんだ?」

「今のアーニーを見れば分かるだろう。新たに作り出した物質が、私たちの体内でどのような挙動を取るのかは、正確にはわからなかった。だがエンテヨを最初に取り込んだ被験者が、アメーバを持ってして生き続けることが出来、しかも一週間たっても二週間たっても、普段どおりの姿でいられ、この時既に、惑星クレイザーのほぼ全ての生物がアメーバに侵されており、みな我先にとエンテヨを体内に入れた。

 だが一ヶ月ほど経ち、第一被験者に少し変化が訪れた。それは少しふっくらとし始めたことだ。栄養が吸収できないため、なんとか体が持ちこたえられるよう栄養を凝縮した奴をバランスに合うよう食べていた彼だったが、何故だか太り始めたのだ。

 やがて、それがエンテヨによるものだと彼らは知った。食欲を増進させると、大量の栄養を摂取することになるが、その殆どがアメーバの仕業で流れ出るのが常だった。しかしそれらを、今度はエンテヨが吸収しだしたのだ」

「ふぅ、つまり、どういうことだ?」

「あれは脂肪なんかじゃない。それに模したエンテヨそのものなんだ。エンテヨは排泄されていた栄養素を吸収、そして分裂し、増殖していったのだ」

「なあ、確か脂肪は、ある種の蓄えだよな? 飢餓状態にある時、そこから栄養を貰ったりはできないのか?」

「脂肪に模したエンテヨだ。だから脂肪と同じようで違う。彼らの細胞は膜が覆われ、そこに栄養を閉じ込めるんだ」

「……つまり、エンテヨを体にいれ、大量に食事や栄養を取らないと、充分な栄養は吸収出来ず餓死する。だが食べれば、その分アメーバによって栄養が排泄されようとし、それをエンテヨが食べることで、分裂を繰り返すってことか?」

「さすが、だてに二代目クレイザー船長をやってないな。しかもやっかいなことに、脂肪に模したということは、つまりエンテヨは体のあらゆる場所に住み着いているわけだ。こいつらを排除しようにも、それは体脂肪率を0%にするようなもので、それは知っての通り、現代医学でも不可能なことだ。その結果昔の人たちは、少しでも生き長らえるようぶくぶくぶくぶくと太り続け、そして息絶えた」

「そこは、不死じゃないのか?」

「エンテヨは、脂肪のようなもので、ほかにもあらゆるところになりすます。いわば昔で言うiPS細胞とかに近いものだ。それが分裂して新しく生まれ代わり続けることで、永遠の細胞——つまり命を得る。さらに必要ならば、強靱な体も適材適所で自然と作り上げられる。だが外部から心臓を貫かれたりしたらもちろん死ぬし、そして彼らの場合は、肉の塊のようにへんげした脂肪の重圧で、人工の呼吸器などでも息ができなくなったりしたのだ」

「まさに、息絶えた、ってことか」

「ふふ、面白いことを言う」

「つまりは、エンテヨを一度摂取したら、もう二度と、そいつらの増殖を止められないってことか」

「そうだ。だがエンテヨを摂取しなければ、アメーバの魔の手からは逃れられない」

 エンテヨ、その存在を初めて知ったコウフは、ごくりと息をのんだ。ただそれは、どうやら疲労からも来ているようで、話に夢中になっていた彼は、知らぬ内に息が上がっていた。

「座るか?」

「あ、ああ……」

 ウィスフィが持っていた床几にコウフは座らせてもらい、ここで息を整えた。

「……ふぅー。そういえばウィスフィ、アメーバは脳内を食らうとか言っていたが、パルに聞けば、亡きアーニーは最後、頭がおかしくなっていたと言っていたが、それも関係があるのか?」

「それは違う。脳に充分な栄養がいかず、脳細胞がやられただけだ。だから今のアーニーはしゃんとしてるだろ?」

「そういえば確かに……よかった、ならアーニーはいかれないのか」

「ああ、そこは安心しろ」

 いろいろと驚かされることばかりで、コウフはウィスフィの言葉を反芻しながら、休息をとった。

 何分かして、息が整ったコウフは、再びウィスフィの手を借りて立ち上がり、自分の家へと向かった。そこは、お世辞にも綺麗とは言えないが、最低限の衣食住は揃っていた。宇宙船と同じくデリバリーが可能で、嬉しいことに、コウフの着る特注サイズもしっかりとあった。きっとアーニーのところも同じようになっているのだろう。ウィスフィの心遣いに、彼は感謝した。


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