調査宇宙船 ネオクレイザー Neo-Hcraeser
F 中年オルカン Middle Age Orcan 自分 パル Pal
M ドルフィニアン Dolphinian 僕 アーニー Earny
M 熟年フォールスオルカン Middle Age False Orcan 俺 コウフ Cofe
F ホエリアン Whalian 私 カドル Kador
万能機器
教授は、ハッとした。
(——捕まえるんだ……あいつを、捕まえるんだ……)
天からの声を聞いたのか、壁に入っていて十字架の木彫に深々とお辞儀をした教授は、金庫用のパスワード入力パネルをいじり、壁を元に戻した。
「……ふは、はははは! くく、なぜ私は気が付かなかったのか。態々、亡き骸を捜さなくてもいいのか……」
教授は早速、どこから手に入れたのか、あらゆる調査船とそれに関連したデータベースを、コンピュータで調べた。
そして彼は、ある何人かの名前をそこで確認すると、それぞれの詳細が載ったものをプリントアウトして、部屋を出た。そしてその内の一枚を、途中にある助手の部屋——彼に報告をして来た人物——に手渡し、何か言葉を交わすと、どこかへと二人で向かい始めた。
「ただいまー!」
アーニーは家に着いたのだが、そこには誰も居ない——まだ買い物かなと、彼は、母親パルが特注してくれたテーブルに座った。
少しして、ただいまという声とともに、リビングに彼女が帰ってきた。
「ふぅー……ごめんねアーニー。少し遅れちゃったわ」
「大丈夫だよ。それに、ごめんねママ。僕のために」
「あなたのためだもの。さっ、早く食べましょ」
パルは、アーニー——そして亡き父アーニー——の大好物であるステーキ、スクランブルエッグ、ホットドッグ、ピザ、ドーナッツ、コーラを、それぞれ5キロずつ並べた。これを一人で作るのはもはや不可能で、彼女は常連のファストフード店で事前に料理を作ってもらい、それを持ってくるのだ。しかしこれら全てを運ぶのは、土木作業員などをする人たちでもかなりの重労働である。彼女はここのところ、一番太っていた時期よりも痩せた上に、かなり腕や足の筋肉が発達してしまった。今なら、女プロレスに入っても相当強いかも知れない。
しかしそれも、全て息子アーニーのため。彼女はどんな苦労も、昔から厭わない。これは彼女が、小さかったアーニーの食事の残りを全て平らげるのに代わる、彼女の献身さを象徴するものなのだ。
アーニーは、並べられた料理を早速食べ始めた。ばくばくと、つい数時間前にピザを五枚丸々食べたとは思えない勢いで、ぼろぼろと床に食べ滓を零す豪快さも、それを象徴していた。
彼女は、その光景を嬉しそうに見つめながら、彼女自身も少しずつ、夕食を食べ始めた。
*ピンポーン……*
「あら、誰かしら」と彼女は、疲れた体を持ち上げると、玄関に向かい、扉をあけた。
「どうも、こんばんは。パルさんですか?」
やって来たのは、どうやら警官のようだ。彼は警察手帳を翳し、そしてそれを戻した。
「えっ……なんの、ようですか?」
「実はですね、行方不明になった調査宇宙船クレイザーの捜索しているのですが——ご存知の通り、未だに手がかりはありません。そこで是非、あなたにも協力して欲しいのです」
「今頃、ですか?」
「やはり初めは、あなた方に迷惑はかけたくなかったのです。しかしこうなってしまっては……」
するとパルは、左を振り向いた。そこには壁があるだけだが、その先にはリビングがあって、アーニーもいる。
「……ごめんなさい。自分には、大切な息子がいますから。一人にはしておけません」
「それでしたら、息子さんを一緒に連れていっても構いませんよ」
「とんでもない! そんな危険な目に、息子を会わせるわけにはいきません」
「そうですか……分かりました。それでは、大事な時間を使わしていただいてありがとうございます」
「いえ、こちらもすみません。あの、頑張ってください」
「はい。クレイザーの捜索に全力を尽くします」
そして彼は、パルの家を去って行った。車に乗り込み、そのまま走り去ると、彼は適当なところで停車して、どこかへ連絡をした。
「もしもし?」
『おっ、どうだった? 彼女は協力したか?』
「いえ。やはり無理でしたね」
『そうか、予想したとおりの溺愛っぷりのようだな。まあいい、メインの作戦に移るぞ』
「はい」
教授は、何処かへと向かっていた。やがてついたのは、とあるピザ屋だった。
「……ふぅー、いらっしゃい」
奥のカウンターから、のっそりと体を持ち上げた巨躯のフォールスオルカン。
「あんたが、コウフか?」と、教授は尋ねた。
「ああ、そうだが」
「是非とも、あなたに協力してもらいたい」
「何を?」
「アーニーの誘拐をだ」
「……おい、冷やかしは帰ってくれ」
「冷やかしじゃない。本気だぞ」
すると教授は、胸ポケットから畳んだ一枚の紙を取り出し、それを開いて相手に見せながら言った。
「アーニーは、調査宇宙船クレイザーで亡くなった父アーニーと母パルとの間に出来た子だ。しかし父アーニーは何らかの原因で、新発見した惑星クレイザーにて死亡。一方、そんな夫の突然の死を忘れられずにいるパルは、同じ名前を息子に託した」
「おい、お前何者だ?」とコウフの顔が険しくなった。自分が機敏に動けないことも忘れ、既に細身の相手に挑もうとカウンターから出ようとした。
「喧嘩は止した方がいいぞ。もしそうなったら、カドルの身に何かが起きるかも知れない」
「——! 娘に何をするつもりだ!」
「落ち着け。私は、平穏に物事を進めたいんだ。もしあんたが、アーニーをかどわかしてくれれば、娘は安全でいられる」
「……ふ、ふん。お前の脅しには乗らないぞ。俺の娘はな、今——」
「調査宇宙船ネオクレイザーに乗船中。彼女は消息を絶った調査宇宙船クレイザーを探すチームに配属され、あの惑星クレイザーへと向かっている」
「う、嘘だ! 俺はそこまで詳しく知らないんだぞ。娘は俺に、調査宇宙船に乗るとしか言っていなかった」
「だろうな。だがここには、ちゃんと記録も残っている」と教授が、胸ポケットからまた別の紙を取り出し、それを相手に渡した。コウフはおそるおそる、それを見た。するとそこには、確かにそのような記録が残っていた。乗組員の一覧もあって、そこには娘のカドルの写真と、そして細かな情報も……
「さあて、問題はあんたの娘だ。もし私たちに協力しないと、彼女の身に何かが起きる……そして、あんたの過去もばらしてもいいんだぞ?」
「か、過去だと?」
「あんたは、娘に母は他界したと言っているようだが——私は知ってるぞ。あんたは他の国で、風俗の店に入って〝やった〟ようだな? へへ、なんて哀れな娘だ。そこで産まれた彼女の親権問題で、あんたは娘を強奪。自ら産んだ娘を奪われた女性は、悲しみのあまり自殺。様々な問題を引き起こしたあんたは、そこから逃げるべくここへと逃げ込んだ」
そして教授は、その時の新聞記事の切り取りを、相手に見せつけた。
「や、やめてくれ! そんなことをしたら、俺は娘に嫌われちまう!」
「だったら、私たちに協力しろ。そうしなかったら、もっともっと悪いことが娘に起きるぞ」
「う……」
コウフは、苦悶の表情を浮かべ、善悪の葛藤を心の中で繰り広げていた。
長らくそれを続けていたので、教授は痺れを切らし、最後にこう拍車をかけた。
「コウフ。あんた実は、アーニーのことも随分と好きなようじゃないか。まるで自分の孫のように思ってるんだろ? だったら、今は不在の娘の代わりにもなってくれるんじゃないのかい?」
「……だ、だが、俺は……」
「心配するな。このことは一切外部には漏らさない。それにあんたを、安全な場所に匿ってやろう。私たちはな、ただアーニーのことを調べたいだけなのだ。それが終わったら、彼はあんたの物になる」
コウフは、項垂れると、遂に教授に敗北を帰してしまった。
翌日。アーニーがいつものように、ピザ屋におやつを食べにやって来た。
「やあアーニー。おやつは何にする?」
「えっとね、今日はパイナップルピザを五枚!」
「がははは! ついに五枚も食べれるようになったか! よし、それじゃあ待ってろ」
いつものようにコウフは、四苦八苦しながら厨房に入り、ピザを五枚作ると、アーニーの専用テーブルにそれらを並べた。
ばくばくと、豪快にピザを貪るアーニー。いつもは家と同じように、零したり、胸に落とした食べ滓は最後に自分が拭き取って、届かないところや床に落ちたものは、家では母親が拭き取ったりする代わりにここではコウフがやる。しかし今日は、満足に食べ終わったアーニーを、そのままじっとコウフが見つめていた。アーニーは、甘やかされたというか、それが普通であるように育てられたため、体を拭いてもらうのを当然のように待っている。
「……アーニー。実はな、話があるんだ」
ついにコウフが切り出した。
「げぷ——なに、おじさん?」
「実はな、一緒に旅行へ行かないかと思って」
「旅行?」
「ああ。それも今からだ」
「え、い、今? でも、ママがなんていうか……」
「大丈夫。パルにはもう言ってある。一泊だけだから良いってさ」
「本当?」
「ほら、お前も言ってただろ? たまには一日ぐらい、パルとは離れたいって」
「うん。だってママ、いっつも僕になんでもしちゃうから——だから一日ぐらいは、自分で何かしたいなあって」
「それじゃあさ、行こう。実はな、そこにはうんまい飯がたっぷりとあるんだ」
「そんなに美味しいの? おじさんのより美味しいの?」と、アーニーはかなり惹かれているようだ。
「はは! それには答えづらいが、まあ美味しいぞ」
「それじゃあ早速家で準備しないと——」
「いや、それは大丈夫だ。一泊だけだし、日帰りツアーだと思えばいいんだ」
「でも、大丈夫かな? 服とか汚れたらどうしよう」
「それだったら、ホテル側が用意してくれるさ」
「でも、僕の体って大きいでしょ? 僕に合う服、あるかなぁ」
「ぶはは! 確かにそうだな。けどな、宇宙にはお前よりも体のおっきな奴はたくさんといる。海洋族仕様ではないにしろ、アーニーに合う服はちゃんとあるさ」
「良かったー。じゃあ早く行こうよ。僕、一人でたくさんご飯食べたかったんだ」
「相変わらずだな。よし、それじゃあ行こうか」
コウフは笑いながら、アーニーを外へと連れ出した。そして店の裏に回ると、そこには車が用意されていた。コウフも横幅が一般人よりかなり大きく、身長も高いので、車は彼仕様になっていた。そのため後部座席には、二人分を軽く占領しつつも、アーニーの体がちゃんと中に入っていた。
車は、発進し、そして宇宙港へと向かった。そして用意された宇宙船に乗るのだが、それは連盟が運用しているものではなく、ステッカーの貼られていないプライベート船であった。
「凄いねおじさん。宇宙船持ってるんだ」
「いや、さすがに俺にはそんな金はない。これは知人の船なんだ」
「へぇ〜、でも凄いよ」
「はは……ありがとな」
コウフは、ここで後ろめたくなったものの、車を降り、そしてアーニーの下車も手助けしてあげると、既に待機していた教授の部下達に、八人乗りの電動カートに乗せられて宇宙船へと運んでもらった。そしてエプロンに出ると、用意された宇宙船から下ろされたエレベータにそのまま乗り込み、とうとう乗船してしまった。二人が乗って来た車もしっかりとこの宇宙船に格納され、もう、後戻りは出来なかった。
パルは家に着くと、大量の食べ物を手にしながらいつものテーブルに向かった。しかしそこには、いつも待っているはずのアーニーがいなかった。
「トイレにでもいったのかしら」と彼女は、食事を全てテーブルに用意すると、トイレに向かった。しかし電気はついていない——彼女は突如、不安になりだした。いるはずのない息子が少しでもいないと、すぐに心配してしまうほど、彼女は息子を溺愛しているのだ。それは過保護で甘やかす要因にもなるのだが、今回はそれが吉と出る。
パルは、アーニーの名前を叫びながら部屋中を探し回った。しかしどこにもおらず、彼女は即座に万能機器で警察に電話をし、旨を伝えた。
しばらくして、彼女に警察から電話が返って来た。
「あ、あの! アーニーはどこにいるんですか!?」
「落ち着いてください奥さん。調査をしたところ、ピザ屋で働くコウフというフォールスオルカンと息子さんのアーニーが、宇宙港をプライベート船で飛び立ったとの報告があります。目的は旅行一泊で、あなたと既に相談済みとのことですが」
「そ、そんな! 自分はそんなこと、一言も言ってませんよ!」
「本当ですか?」
「息子を自分無しに旅行に行かせるわけがないでしょ! 自分の大切な息子なのよ、そんな危険なこと!」
「わ、分かりました! これは誘拐事件ですね、早速増員をし、捜索活動を開始します」
「……お願いします……」
電話が切れると、パルはしばらく、万能機器をしまおうとはしなかった。心配と不安で、胸が張り裂けそうになり、涙もこぼれた。だが一番彼女の心を痛めたのは、最も信頼していた、宇宙船クレイザーの先代船長コウフのことであった。