只今アクセルがかってますが、そろそろブレーキが入ります。というのも、実はここまでが、この小説で考えていた話。勿論亡きアーニーの行方も決めてました。しかしこれ以降の事は、まだ何も考えていません。とりあえず予告みたいな感じでどうぞ。
F 中年オルカン Middle Age Orcan 自分 パル Pal
M ドルフィニアン Dolphinian 僕 アーニー Earny
M 熟年フォールスオルカン Middle Age False Orcan 俺 コウフ Cofe
F ホエリアン Whalian 私 カドル Kador
「……再調査、ですか?」職員は尋ねた。
「はい」
やって来た男は、警察手帳を差し出した。
「実はですね、惑星クレイザーで死亡したアーニーが、何らかの細菌感染などと称して他殺されたのではと、議論があがっているのです。実際彼の体には、カテーテルを挿した痕もあるとのことで、それを調査したいのです」
「分かりました」
遺体安置所の職員は、警官をつれて、そのアーニーが安置されている部屋へと向かった。そこには、いくつもの棚があり、その中から一つを、職員は引き出した。
「……おい、空っぽじゃないか」
「あれ、間違えたかな?」と職員は、引き出し部分のプレートを見た。しかしそこには、確かに死亡日付と共に「惑星クレイザーにて没 アーニー」と記されていた。
「いや、間違いではないですね。ここにアーニーの遺体があるはずなのですが……」
職員が横に立っていた警官の方を向いた。だがそこには、すでに警官の姿はなかった。
「よっ、こらせっ、と」
椅子から体をゆっくりと持ち上げながら、カウンターケースを支え立ち上がるコウフ。おんとし五十代後半と、以前より重量の増した体がやや堪えはじめている。
「もう、少しは痩せたらどうなの?」
厨房からカウンターにいるコウフに声をかけたのは、彼ほどではないにしろ、かなり脹よかな体格をしたホエリアンの女性だった。
「なあに言ってるんだ、俺の大好きな食事をやめろっていうのか?」
「運動すればいいじゃない」
「面倒くさい」
そしてコウフは、のっそりと歩き出した。少し厨房への道に体をつかえさせながら中に入り、そしてそこで、ピザを作ると、再びいつもの、カウンターケースの内側の定位置にどすんと座り、ピザを食べ始めた。
「それにしてもカドル。お前、本当に宇宙調査船に乗るのか?」
「ええ。最近、十万年ぶりに体重制限がなくなったでしょ? まさか私が生きてるうちに、そんなことになるなんて思わなかったもの」
「確かにお前は、昔から乗ってみたいと言っていたな」
「勿論よ。父さんの過去を聞いて、すんごく興味があったもの。だけどこの体だったし、半ば諦めてたんだけどね」
「……そうか。本当に、行くのか?」
「そんなに淋しい?」
「そりゃそうだ。たった一人の俺の娘だぞ。母さんも他界して、俺は一人身になっちまう。それに……」
「……宇宙船クレイザーのことね」
「ああ。あれが行方不明になってから、調査船の数は激減した。何せ惑星クレイザーを見つけた有名船だからな」
「でもだから、体重制限とかをなくして、船員を集めようと制限を減らしたんじゃない」
「それが心配なんだ。充分な問題解決も終えず、そのまま調査を行なおうとするのは危険だ」
「大丈夫よ。……それじゃあ父さん、いってきます」
「……ああ、気をつけてな」
しばらく、カウンター内でピザを食べていたコウフ。一人になるのがこんなに寂しかったのかと、痛く実感した。
その時、店の扉が開いて、お客が入って来た。コウフは、ゆっくりと重い腰を、カウンターケースを支えに持ち上げた。
「おっ、アーニーじゃないか!」
そこにいたのは、見事な成長を遂げたアーニーだった。母親パルの愛情をたっぷり受け、その体は、普通のドルフィニアンの十倍にもなってしまっていた。体重の単位も疾うにトンの領域に達していた。そのため、一度このピザ店の入り口に入れなくなってしまったのだが、コウフの計らいで、そこを大きくしてもらったのだ。
「こんにちは、おじさん」
「今日も何か食うか? たっぷりとおやつを作ってやるぞ——しかもタダだ!」
「本当ですか!? じゃあね……ソーセージピザとミックスピザとクォーターピザとミートピザ!」
「がはは! 相変わらず大食いだなあ」とコウフは、嬉しそうに厨房へ齷齪と入り、そしてピザを四枚作り上げると、特大のテーブルにそれらを並べた。そこに、コウフがアーニー用に誂えた椅子——というより長椅子にアーニーがどすんと座った。
アーニーは、切れ目のないピザの両方を手に持つと、その円い形のままがぶりと豪快にかぶりついた。胸にチーズなどがこぼれ落ちても、両頬に具がくっついても、彼はお構いなしに頬張り、それが終わると、即座に次のピザに移った。
長い時間をかけ、昼食や夕食を跨ぐようにピザを何枚も食べ続けるコウフとは違い、アーニーはおやつとして、この四枚のピザをきっかりと平らげる。もはやこの地域一体では、有名な巨漢となっていた。
「げぷぅ……あー、美味しかった! 本当にタダでいいんですか?」
「勿論さ。なんなら、もう少し食うか?」
「うーんと……じゃあ、パイナップルピザを貰おうかな?」
「はは! よっしゃ、じゃあ少し待ってな」
そしてアーニーは、このおやつ時のピザを五枚、計大人十人分を優に平らげた。ぶっくらと膨れたお腹を揺らして去る彼にさよならを告げると、コウフは、再び、しんみりとした気持ちになった。
「今の俺には、アーニーぐらいしかいないか」
そして再び、カウンター内の席につくと、自分用のピザの残りを、のんびりと食べ始めた。
どこかの教授の部屋に、一人の研究員が報告をしていた。
「遺体が、なくなっていただと? 死人が動いたってわけか?」
「いえ、それはありえないことです。きっと誰かが、既に〝あの存在〟を知っていたのかも知れません」
「だろうな」
「……どういうことですか、教授?」
「上が動いたんだ。奴らの目的は分からん。利用か、破壊か。とにかく、我々の手中に収めなければ意味がない」
「分かりました」
研究員は、一礼すると、教授の部屋をあとにした。
教授は、一人になったことを確認すると、後ろを振り向いた。そこは単なる壁だが、その横にある、金庫用のパスワード入力パネルで、それとは違う数字を入力すると、その壁が下へと下がった。
そこに現れたのは、十字架に全種の海洋族が磔殺された
木彫 で、かなり古いのか、所々腐っていた。それに向かい、教授は合掌すると、目を瞑ってこうべを垂らし、黙祷を始めた。