普通Mシャーカン 私 船長ヴィロック Captain Veloc
普通Fホエリアン わたし 操作者レンズ Operator Lens
太いMドルフィニアン 俺 船員アーニー Crew Earny
細いFオルカン 自分 船員パル Crew Pal
ヴィロックとレンズは、可能な限り早くクレイザーを動かして、助けを呼びに行っていた。だがその間に、アーニーの症状は着実に悪くなっていた。
「アーニー、お願いだから、食事を取って頂戴よ」
パルは、投函口から差し出した弁当を、そこから眺めていた。確かにアーニーは、手足が縛られているが、そもそも食欲自体が衰えていた。そしてそれに伴い、とうとうアーニーの体は骨張り始めていた。
「うへへ……あは、腹は減ってねえよぉ」
地面に横たわり、彼は不気味な笑みを浮かべていた。今では彼は、一切何も口にすることはなく、海洋族特有の全身の張りも、水分不足から無くなっていた。
とうとう、パルは見かね、部屋の扉をあけた。そして手足を縛っていたものを解いてあげた。
「ほら、これでもう自由よ。だからお願い、何か食べて」と彼女は、水分だけでもと、コップに水を汲んで、それをアーニーの口に充てがった。すると彼は、ちびちびとそれを飲み始めた——が、
「ごぼっ!」
アーニーは、飲んだ水以上のものを、口から吐き出してしまった。パルが慌てて「大丈夫!?」と声をかけた。
「……げほ……はははへへへ、大丈夫だあ〜」
「ごめんね、アーニー……でも、あなたのためなのよ。頑張って飲んで頂戴」
彼女はもう一度、彼に水を飲ませようとした——だが、少し飲んでは、それ以上を戻してしまい、これでは悪化の一途だわと考えた。
「——そうだわ、点滴をすれば!」
パルは急いで部屋を出て、医療区画から、点滴用のパックとカテーテルを持って来た。そしてそれを、アーニーに取り付けた。
「これで大丈夫よ」
「あは、うへ……へへへ、ぱーるぅ……ぱーる——!」
突然の出来事だった。今度はアーニーは、水や胃液ではなく、血を吐いてしまったのだ。しかも、一回や二回ではなく、その量たるや凄まじいもの、全然止まる気配がないのだ。
もしかしてこれは、点滴のせいかと、パルは慌ててカテーテルを抜いた。すると何秒かして、ようやくアーニーの吐血は収まった。だが、衰弱した体に大量の血を吐いたがために、アーニーはぐったりとし、意識が朦朧とし始めていた。
「ごめんね、ごめんね!」
「へ、あは、うへへ……はは、あは……」
明らかにアーニーは、弱っている。口周りも乾燥し、罅割れが起きていた。パルは、もはや手立てはないのかと思案に暮れた。そして、最終手段として、彼女は思い切った行動に出た。
なんと彼女は、アーニーの体をぎゅっと抱きしめたのだ。せめて、自分の体から常に微量に蒸発している水分だけでも与えようとしたのだ。そして口も、と彼女は、唇まで交わしたのだ。海洋族ではありえない異様なかさかさの感触、血の味、胃液の異臭、だがそれでも、彼女はアーニーと口を合わせ続けた。
しかしながら、その努力も空しく、徐々に彼の呼吸ha弱まり、やがてそれは、ぱたりと止まってしまった。
「……アーニー?」
パルは頭を離して、彼の顔を見た。目が、遠くを向いて、口は硬直してあいたままになっていた。
「……ごめんね、アーニー……」
その時、彼の腕が少しだけ動き、そして彼女の腕を、そっとなぞった。それからぱたりと、彼の腕は床に自然落下した。
パルは、アーニーの部屋で泣き崩れていた。あとまだ、半月以上も救助を待たなくてはならない。その間、一人ぼっちで居続けなければならず、彼女には悲しさや罪悪感だけでなく、寂しさも襲って来ていた。しかも施設の場所が場所だけに、物音一つしない、無音の中でだ。
淋しさのあまり、彼女は独り言を言って、気を紛らわそうとした。
「……アーニー、ダメじゃない。また今日も、弁当を残してるわよ」
アーニーの骸のそばには、一口も手をつけていない弁当が置かれていた。
「しょうがないわね。今日も自分が食べてあげるわよ」と、少し前まで常だった昼食を、彼女は一人で再現し、この虚空の世界に、出来る限りの飾り気を作り出そうとした。
だが時折、彼女の脳裏には「あの時、無理矢理水を与えていなければ、カテーテルをつけなければ、生きていたかも」と、痛悔の念が幾度も蘇った。その度に彼女は、それから逃避すべく、飯事で気を紛らわし続けた。