惑星クレイザー Planet Hcraeser
M シャーカン Sharkan 私 船長ヴィロック Captain Veloc
F ホエリアン Whalian わたし 操作者レンズ Operator Lens
F オルカン Orcan 自分 パル Pal
M 子ドルフィニアン Child Dolphinian 僕 アーニー Earny
M 中年フォールスオルカン Middle Age False Orcan 俺 コウフ Cofe
惑星クレイザーが発見されてから、ヴィロックとレンズは、一児の母親として息子アーニーを育てるパルに会ったのはたったの一度切りである。彼らは新惑星発見で受け取った厖大なお金を生活には充てず、そのお金で新たな船員を雇って新惑星の探索に乗り出そうとしていた。
「やあ、パル。調子はどうだい?」
「船長! お久しぶりです」
一方で一生の生活に大金を割り当てたパルは、海洋星でもっとものんびりとした、先代の船長も暮らす、老後の定住地として有名な場所に邸宅を建てていた。そんなところに態々やって来てくれたヴィロックに、パルは大歓迎だ。
「レンズは今、どうしてます?」
「私と同じように、調査に参加することになっている。それで、アーニーの方はどうだ?」
「ええ、もうそりゃあ元気で」
すると家の中から、えーんえーんという泣き声が聞こえて来た。
「あらら、すみません。船長、中に入っててください」そういってパルは、どたどたと奥の部屋に入っていった。その後姿を見て、この地域の生活でもとりあえず体型は維持してるんだな、とヴィロックは思った。子供を宿していたから、あの時はかなり太ってるように見えただけかと思っていただが、いざアーニーを産んで見ると、大きな太鼓腹がへこんだだけで、全体的にはかなりむちむちとしていた。
ヴィロックは、彼女の大きな新居に足を踏み入れ、そして彼女が入っていった部屋に彼も入った。するとそこでは、パルがホエリアン用の、海洋族としては一番大きな哺乳瓶で、揺り籠に座るアーニーにミルクを与えていた。しかもミルクは見る見ると減り、確かに大きなドルフィニアンの赤ちゃんだが、にしては立派な飲みっぷりだなとヴィロックは目を瞠った。
「随分と食欲旺盛だな」
「そうなんですよ。数時間おきに泣くものですから、大変です」
「その度に、これだけのミルクを与えているのか?」
「はい」
そして、アーニーはミルクを全部飲み終えると、大きなげっぷをして、赤ん坊ながら満足そうな顔をした。その純粋な笑顔に、普段はポーカーフェイスなヴィロックも、思わずそれにやられて顔を綻ばせた。
「おー、随分とぽんぽんが大きくなったな。美味かったか?」と彼は、アーニーの球体なお腹を優しくたたいてあげた。だがまだ言葉が分からないアーニーは、彼の顔をじぃーっと見つめるだけだった。
「それじゃあアーニー、いっぱいミルク飲んだら、今度はねんねしましょうねぇ」
パルはアーニーを横にすると、布団をかけて、お腹を優しく、ゆっくりとリズム良くたたいてあげた。すると早くも、赤ん坊はうとうととし始め、そしてそのままぐっすりと眠ってしまった。
「これでまた、数時間すると起きるんだな」
「そうです。だから子育ては、本当に大変です」
「しかし、お前が幸せそうで良かった」
するとヴィロックは、一歩退いて、どうやらもう帰ろうという仕草をした。
「パル。これから私たちは、再び調査に向かう。今度はもっと遠くに行く予定だ」
「そうなると、かなり長い旅になるんですね?」
「そうだ。だからもう、二度と会えないかも知れない」
「船長、どうして先代の船長のように安住しないんですか? ヴィロック船長なら、その方たちよりもっと、貰ったお金で平穏に暮らせるはずなのに」
「分からない。だがどうやら私は、この仕事が好きなようだ」
「そうですか……それではレンズにも、よろしく伝えてください」
「ああ。それじゃあな、パル」
「はい、お疲れ様です、船長」
そしてヴィロックは、パルの家を去って行った。彼女はそれを見送ると、家に戻り、アーニーのために次の準備を始めた。正直なところ、彼女はあの時の罪悪感を未だに拭えていない。だからせめて、あのアーニーに色々と瓜二つな息子にはつらい思いをさせないよう、パルはたっぷりの愛情を注いでいるのだ。
それから時は流れ、アーニーはそろそろ、学校という教育機関に行く時期となった。その準備は既にパルは完了していたが、息子が学校に行くとなると、親元を少なからず離れる時間が出てくる。彼女は色々と心配になって、それまでの間に、出来る限り息子を満足させてあげようと考えた。嫌は話、いつ同僚だったアーニーのような急死が訪れるか分からない。だったら、少しでも幸せなひと時を、一日一日でも送らせてあげたいと彼女は思っているのだ。
「ママー、お昼まだー?」
既にテーブルの席に着いていたアーニー。大人のオルカンと同サイズの椅子に、ぴったしと座っていた。
「はいはい、ちょっと待っててねー」
そしてパルは、テーブルへと料理を運んだ。そこには、彼女の傷が未だ癒えてないことを証明していた。ステーキ、スクランブルエッグ、ホットドッグ、ハンバーガ、ドーナッツ、コーラ、これらは全て、過去のアーニーの大好物だったのだ。それらは大人一人前と、一品はまあ普通の量ではあるが、これを6歳にも満たない子供に出すというのは、かなりの贅沢というか溺愛っぷりというか。
しかしアーニーは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、ホットドッグを手にとってがぶりと齧りついた。さすがに口の大きさは、体のように個体差は殆ど出ず、一口の量は子供並みだった。だが食べる勢いは、正に大人顔負けだ。
「美味しい、アーニー?」
「うん、美味しいよ! ママは食べないの?」
「ううん、食べるわよ」
そしてパルも、昼食を食べ始めた。二人で五人前ほどの量。どう考えても多い。しかも一人は子供だ。けど彼女は、息子を昔のアーニーと重ね合わせることで、あの時の彼に対して罪を償うように、とことん満足させるため、好きなものを全種類出したりするのだ。そのおかげで、残ったものは彼女自身が無理矢理食べなければならず、息子と同じようにして彼女も、食べ過ぎでついに太り過ぎになってしまっていた。今船長がやって来たら、その変化ぶりに、惑星クレイザーの時以上に驚くことであろう。
五人前の料理は、二人で奇麗に食べ切った。3.5人分はパルが、残りの1.5人分はアーニーが平らげた。
「ごちそうさま!」とアーニーが、げっぷを出して言った。
「それじゃあママは、少し部屋のお掃除をするから、自分の部屋で遊んでなさい」
「はーい」
アーニーは、どたどたとテーブルを去って行った。
「さてと、掃除掃除と……」
パルは、重い腰を持ち上げると、用具棚から掃除機を手にした。
そして彼女は、掃除機の電源を入れようとした——が、その直後、どたんという大きな音とともに、アーニーの大泣きが聞こえて来た。
「アーニー!」
彼女は血相を変え、声がした方に駆けて行った。もしアーニーに何かあったらどうしよう! そんな不安が逸早く彼女を襲う。
アーニーがいたのはキッチンだった。冷蔵庫の前で倒れて、わーわー泣いている。
「どうしたの、怪我をしたのアーニー!?」と彼女は、心配にしゃがみこんだ。
アーニーは、首を横に振った。彼女は少しだけ安心した。
「何があったの?」
「ぼくね、ぼくね……アイスが食べたかったの。だけど、落ちちゃったの——うわーん!」
ふと息子の背後を見ると、そこには踏み台があって、上を見上げると、冷凍室の扉が開いたままになっていた。どうやらそこにあるアイスを取ろうとしたら、バランスを崩して落ちてしまったようだ。
「まったく、なんで一人で取ろうとしたの?」
「だって、ママが掃除するから……迷惑をかけたくなかったから……」
「ふふ、もうアーニーったら」
するとパルは、ゆっくりと立ち上がり、そこからバスケットサイズのアイスとそれ用のスプーンを取り出すと、扉を閉めて再び屈みこんだ。
「ほら、食べなさい。今度からは、危険なことはしないで、ちゃんとママに言うのよ?」
アーニーは、手の甲で両目の涙を拭き取りと、まだ少しうるうるしながらも、うんと答えた。
「ありがとうママ……ねえ、これ全部、食べていい?」
「勿論よ。足りなかったら、ママに言って頂戴」
「うん!」
すっかり涙は止み、明るい笑顔でアーニーは、自分の半分ぐらいの大きさもあるアイスを抱き抱えて、自室へと向かった。パルはそれを微笑ましく見送ると、掃除を始めた。
数時間かけ、ようやく掃除が終わった。かなり大きな家なので、床を掃除するだけでそれだけかかり、パルは汗をぽたぽたと垂らしながら、大きくため息をもらした。
「ふぅー……やっと終わったわ」
すると、それを見計らったのか、アーニーがとことこと近づいてきた。
「ママ、お掃除終わった?」
「ええ、終わったわよ。どうかしたの?」
「お腹空いちゃった。もうおやつの時間でしょ?」
時計を見やると、時刻は15時。今日は少し掃除が終わるのが遅かったようだ。
「あらごめんねアーニー! 今すぐ準備するわ」
大惨事でも起きたかのように、てんてこまいしまながら彼女は、掃除機を片付けてカバンを手にした。そして息子と一緒に、外出をした。
やって来たのは、とあるピザ屋。実はここは、宇宙船クレイザーの先代の船長が経営しているのだ。その前の、初代船長も近くで塾を構えていたが、今では故人となっている。
「こんにちは」とパルが、店内に入って行った。中には、あらゆるピザのサンプルが陳列されたカウンターケースと、その向こうに体の大きな、中年のフォールスオルカンが立っていた。彼こそ、先代クレイザーの船長なのである。船長継承時に、メンバー四人(新三代目船長も含めて)がいて、パルも居合わせていたので、彼のことは知っていた。その時の船長は、今の船長ヴィロックと同じような体型で、高めの身長がトレードマークとなっていた。しかし今では、ここでののんびりな生活に従順したのか、肉付きつつ立派な四肢になったのに加え、大きな太鼓腹がトレードマークになっていた。
「よおパル。相変わらずありがとな」
「いえ、こちらこそ、いつもおまけしてくださってありがとうございます」
「そりゃ、アーニーのためだからな」
そして彼は、アーニーをカウンター越しに見下ろした。
「やあ坊や、こんにちは」
「こんにちは、コウフおじさん」
「さて、今日のおやつは何がいい?」
アーニーは、カウンターケースの中を一通り見回した。そしてじっくりと考えたあと、こう注文した。
「デリシャスピザとパイナップルピザ!」
「ぶははは! 相変わらず食いしん坊だなあ」
そう言ってコウフは、厨房でごそごそと何かを取り出し、そしてそれを専用のレンジに入れた。すると一瞬にして、ピザが出来上がったのだ。それをもう一度繰り返し、注文された料理二品を空きテーブルへと置いた。そこへアーニーは真っ先に向かって座り、早速ピザに手を付けた。
「アーニー、美味しい?」とパルも、席に着きながらいった。
「うん。コウフおじさんのピザは最高!」
しかしアーニー一人で全てを食べきるのは、さすがに無理がある。だが、最低二つは味を堪能したいアーニーのわがままを聞くため、余ったものは、勿論母親のパルが残飯処理役として全部食すのだ。
こうして、アーニーは二つのピザをそれぞれ半分ずつ、計大人二人分を平らげ、それと同等の量をパルも平らげた。しかもこれは、あくまでおやつなのである。それだけ食べれば、パルのお腹は当然の如くいい感じに膨れたが、子供としては大きくとも、まだ体高の小さなアーニーは、それ以上に真ん丸と膨れた。
「おお、良く食べた食べた。ぽんぽんも見事に膨れたな」とコウフが、玩ぶようにアーニーのお腹をつっついた。
「あーん、やめてよおじさあん」
「がはは! 困った顔も可愛い奴だな」
「今日もありがとうございます、コウフさん。それじゃあ代金は——」
「いや、パル、今日は大丈夫だ。いつも食べてもらってるからな、今回はおまけだ」
「そ、そんな……ただでさえ、いつも半額にしてくださってるのに、それは悪いですよ」
「気にするなって。何より俺は、このアーニーが喜んでくれるだけで充分なのさ」
「本当に、ありがとうございます、コウフさん」
するとアーニーが、椅子を降りて、彼女に言った。
「ママ、お家帰る」
「もういいの? 他に何か食べない?」
アーニーはうんとした。今日はピザをいつもより二枚多く食べたから、デザートを食べる余裕がないのだろう。そしてコウフが、さびしそうに言った。
「そうか、もう行っちゃうのか……それじゃあアーニー、また明日な」
「うん」
パルは、コウフにお礼を言いながら、アーニーと共に自宅へと帰った。
それから、18時になって夕食を食べ終えると、パルはアーニーを連れて、脱衣所で服を脱がせたりすると、大きな浴室に入った。そしてシャワーを流しながら、親子仲良く体を洗い始めた。
「うーん、うーん……」とアーニーは、一生懸命タオルを、下腹部へと伸ばした。胸や真ん丸のお腹の上部分は普通に洗えるのだが、彼の大きなお腹は既に、下腹部まで手が届かないほど大きくなっていたのだ。子供だから腕が短いということもあるが、大人の海洋族では結構ありえることだが、まだ6歳の内でそうなるのは、今まで聞いたことがない。
パルは、自分自身も同じ境遇に今ではあるので、その場所の洗い方を教えた。タオルの両端を両手で持ち、それを縄跳びのように前に送り出し、お腹の下に回しこむ。それから、腕を左右に動かしながらゆっくりと持ち上げ、下腹部から上に向けて洗うのだ。
しかし、子供のアーニーには、まだそれがうまく出来ないでいた。
「ママぁ……」とアーニーは、とうとう涙目になってしまった。
「出来ない?」
「うん……」
「しょうがないわね、じゃあママが洗ってあげるわ」
パルは、アーニーのお腹の下腹部を、タオルで洗ってあげた。それから、脇腹などにもう出来てしまった溝も、息子が洗い残したのでしっかりと洗い込み、そして尻尾まで奇麗に洗ってあげた。
体を洗い終えると、二人は脱衣所に出て、乾いたタオルで体を拭いた。ここでもパルは、アーニーの体拭きを手伝い、そして服も着させてあげた。
「あら、また少し大きくなったわね」
アーニーの服は、既に大人サイズなのに、両腕をあげさせ服を着させてあげて見ると、下腹部がちらりと見えてしまっていた。腕を下ろすと見えなくなるが、もうそこまで成長したのねと、パルは不思議と嬉しくなった。
「ねえ、ママ?」
「どうしたの?」
「お腹空いた。何か食べてもいい?」
「うふ……もちろんよ。何食べる?」
「ドーナッツとホットドッグ!」
「それじゃ、テーブルで待ちなさい」
「うん!」
そしてパルは、ドーナッツ四個とホットドッグをニつもテーブルに用意した。彼女は夜食でも、アーニーが確りと満腹になってくれるよう、普通の倍という換算で態と多めに量を出すのだが、確かに残せば彼女が食べればいつものことだが、こういうことが定常化してしまうと、いつしかアーニーもどんどんと食べて行ってしまい、そして今回、ついに用意されたものを、全部平らげてしまった。
「げぷ!」
「あら、全部食べちゃったのね。まだいるかしら?」
「うーんとね……ぼく、クレープが食べたい!」
こんな無茶な要求も、パルには楽勝だ。息子の食べたい物は殆ど決まっている。だから彼女は、冷蔵庫に事前に買っておいたクレープを取り出し、息子に渡した。
「食べられなかったら、残していいわよ」
しかしながらアーニーは、デザートは別腹というように、全部平らげて、最後の締めにコーラをごぶごぶと喇叭飲みした。
「ぐぇっぷ! ありがとうママ、もうお腹いっぱい」
「良かったわ。それじゃあアーニー、もうお休みなさいね」
「うん。おやすみなさい、ママ」
そしてアーニーは、自室のベッドでぐっすりと床についた。その笑顔を嬉しそうに見守ったパルも、明日の食事の準備を済ませて、自室で同じく熟睡した。
一見、過保護過ぎるのではと謳われるかも知れない。だが彼女の住む地域は、海洋星のあらゆる場所から、残りの畢生を楽しむためにやってくる。つまり、あらゆる種族や概念、性格がここに集っているのだ。なので一つ一つを差別するわけにはいかない。だから当然、比較もしない。あれはあれ、これはこれ、である。だから太っている人がいても痩せてる人がいても、それは一個人の個性なんだと、ここでは認識するのだ。そのため、宇宙船にいた時の様なあらゆる制限を受けず(最も制限を受けないからこそ、ここが安住の地として利用されるのだが)彼女も心置きなく、今の体型を人前に晒せるのだ。
それからアーニーは、すくすくと成長した。縦にも横にも。パルもパルで太ってはいったが、アーニーが一人でちゃんと一皿を完食できるようになると、彼女の体重増加はようやく治まった。決して彼女は大食いなわけではなく、単に息子に献身的なだけなのである。だから、アーニーが食べ物を残さなくなれば、彼女は充分な食事だけで済まし、あとは息子のために色々と尽くしてあげるのだ。
パルは、それで幸せいっぱいだった。アーニーが幸せであれば、彼女にはなんだって最高の幸せなのだ。
がたん、と何かの物音がした。どこかの職員室で、一人の職員が耳を澄ませた。
「今、何か聞こえなかったか?」
「なあに言ってんだ、ここは遺体安置所だぞ。それに交代はまだ先だろう——ほら、お前の番だ」
職員達は、何事もなかったかのように、トランプを再開した。
完