著者 :fim-Delta
作成日 :2007/10/04
第一完成日:2007/10/07
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「ラレック、最近調子はどうだ?」
「んー、腹はやっぱ減るな。けど疲れは全然。ディルの方は何もないのか?」
「ああ。……ふぅむ……やはりこの村には、何かあるのかも知れないな……」
イルの村での調査の進捗具合は、思った程芳しくはなかった。それどころか、また新たな謎が出現した。
何故かは知らないが、ラレックの体力が以前よりも良くなっているのだ。息切れし易いのは変わらないが、それでも前程ではない。
しかしながら、彼の並みじゃない食欲は相変わらず、日に日にその体格を変貌させていった。
「そういえば、洞窟周辺で何か見つかったか?」ディルが聞いた。
「いいや。全く何もない。この計器に異常は出なかったし、周辺の土壌や植物を分析器にかけても、出るのは例のバクテリアのみ」
「そうか……。ただの豊饒や早生じゃないのに、こうも違う結果が出ないとはなぁ……」
「……結構徹底的にやってるんだが、ここまでやっても何も出ないとなると……」
「……計器の貧弱さか……」
「……はたまた、本当に何も無いのか……」
ここでラレックは、このおやつタイムで三十個目になるドーナッツを食べ始めた。そんな彼の腹を、ディルは軽く叩いた。
「いや、何も無いってことはないだろう」
「はは、まあそうだな」
「……ラレック。本当にお前の腹、日に日に大きくなってるよな。マジで大丈夫なのか?」
「それがさ、マジで大丈夫なんだよ。不思議だが、考えてみれば村人全員がそうなんだよな」
「そうなんだよ……やはり、この村の”何か”が原因なんだろうな。恐らく、前に話した実験のせいなんだろうが――」
「分からない、と」
「そう。途中でデータが破損してるのが、正直惜しいところだ」
「……もう一度、その宇宙船とかを調査してみたらどうだ?」
ラレックは次のドーナッツをパクリと食べ、言った。
「……だな。序でに分析器を持って行って、宇宙船周辺も調べてみるか」
「それが一番の検案かも知れないな。んなら俺はまた、ここでのんびり待ってるわ」
「その間、お前がどれほど成長したか楽しみだな」
「おいおい、そんな短時間でデブり続けたら、それこそギルを越えちまうよ」
「はは、確かにそうだな。……んじゃ、行ってくるぞ」
「おう、頑張れよ」
ラレックは三十二個目のドーナッツを食べ始め、それを頬張りながらディルに向かって手を上げた。
ディルも同じく手を上げ、ラレックに合図を返した。そしてディルは、この村の異常現象の元であろう洞窟へと向かって行った。
ディルが洞窟内に入ると、そこはひんやりとしており、だが周辺の光苔のおかげで、明るくほんのりと暖かかった。
彼は洞窟の崖縁まで行き、その手前で軽く準備体操をした後、そこから飛び立った。
最近色々と緻密に調査をし続けて疲労したせいか、今回の飛翔は以前と比べ、少々疲れるものであった。
だが彼は、特に何の支障もなく洞窟の最奥底に辿り付いた。そしてそこには、例の宇宙船がひっそりと、その異様な姿を曝け出していた。
彼はまず、周辺にある石塊を分析器にかけた。しかしながら、出てくる結果は全く変哲もなかった。
他の石塊も同様で、光苔までもが、何ら異常も無かった。周辺の調査は諦め、彼は次に、宇宙船内を調査することにした。
今回彼は、同じ内装の部屋も、全て丹念に調べ上げた。
それは彼が、この村の異常現象を解明し、ラレックを正常に戻そうと一意専心になっていたからだ。
しかしながらそんな彼の努力も空しく、部屋からは何の異常も見つからず、結局操縦室と、そこへ繋がる部屋のみが後に残った。
彼はその部屋へと入り、何も無いベッド、机、異常なサイズの衣服が入った抽斗を一本一本隈なく分析器にかけた。
だがまたしても、結果は上がらなかった。そしてついに、残るは操縦室だけとなった。
「頼む……何か、何か見つかってくれ……」
ディルはそう願いを込めながら、操縦室へと入った。中心には突出した操縦席。壁沿いには、登熟した野菜果物が生る花壇が並んでいた。
彼はまず、花壇から土塊を手に取り、それを分析器にかけた。が、出て来たのは例のバクテリアのみ。野菜果物も、同様の結果だった。
(……やはり、このバクテリアが原因なのか? だが、これが生物の体に影響することは確認されていない……。
じゃあなぜ、皆はあそこまで太れて、しかもさも健康そうにいられるのか? ……いや、きっと何かあるはずだ……)
ディルは最後の望み、操縦席にある操作パネルを弄った。その中から、唯一使えるコマンド、個人ファイルの表示を行った。
すると画面に、動画の記録ファイルリストがツリー状に展開され、表示された。前回来た時は、一つしかファイルを再生出来なかったが、
恐らくそれは、今気付いたことなのだが、一番新しいファイルであったが故だからかも知れない。
どちらにせよ、結局今回もそれは変わらないだろうが、とりあえず一つ一つファイルを開いていった。
DATA DAMAGE
前回のファイル一つを除き、残ったファイルは全て、やはりこの警告メッセージによって弾き返された。
データ破損……破損していないファイルは一つ――だがこれも、実際は途中から破損している。
……これで、おしまいか……
ディルは俯き、そして操作パネルに前のめりで凭れ掛かった。
『――私は――』
突如流れ出した映像に、ディルは戸惑った。何か変なキーでも押したのだろうか、それとも――
だが彼には悩んでいる余地など無かった。数少ない動画が流れているのだ。これを逃すなど、今更ありえない。
彼は体を起こし、画面を見つめた。……不思議なことに、画面には誰も映っておらず、音声のみが流れて出ていた。
『――正直、私は大きなミスを仕出かしたに違いない。皆を裏切り、私だけが生き延びようと、自らを実験体にしてしまったことは、
完全なる愚行だったに違いない。もはや私の脳は、<気体>によって一部が支配されようとしているのだ……』
(<気体>だって? 何処かで聞いたことがあるようなフレーズだな……)
ディルは記憶の中の抽斗を探り、そこから答え見つけ出そうとしつつ、映像の方にも意識を集中させた。
『……私達が宇宙から持って来た未知の気体生物は、私達にとって圧巻であり、また悪漢であった。
彼らの望みは唯一つ。その体構造を維持するための莫大なエネルギーを手に入れることだ。そしてそれを補うための知識を、
私達は彼らに与えてしまったのだ。……その結果が、これだ――』
映像の横端から、とある男竜が姿を現した。その竜は、ギルほどでは無いが、ラレックより遥かに醜く肥え太っていた。
――あの研究者か!? ディルは、それとなく面影を残すその竜の正体に気が付いた。
それは、以前動画を再生した時に映っていた研究者であった。その時の映像では、彼は遥かに痩身だったはずだが……。
『私達は宇宙で、初めて彼らのコンタクトに成功した。長い月日を得て、単純な翻訳機も開発した。
だがさらに驚くべきことに、彼らの記憶領域は無限大なのか、私達の言語をほぼ完全に習得してしまったのだ。
片言だったり、言葉の乱れが見られるが、それは単なる、彼らと私達の発声法と言語システムの齟齬によるものに他ならない。
さらに月日を得て、私達は彼らの内、二匹の夫妻を地球に住まわすことにした。
そしてそこで、私達は彼らに、地球に関するあらゆる知識を与えた。
……だが、それと同時に彼らは、如何にしてこの地球で多くのエネルギーを取り込むかを、完全に熟知してしまったのだ。
そしてそれを施行することなど私達は露知らず、知識を与えたことの見返りを素直に受けてしまったのだ。
その見返りとは、彼らが新たなバクテリアを作り出し、それを土壌に放つことで、瞬時にして植物が育つという代物だった。
その時私達はどれほど感涙したか、言うまでも無い。そのバクテリアさえあれば、地球全土の飢饉問題を一挙に解決出来るからだ。
しかしながら、私達は完全に騙されていた。初めてバクテリアを使用した食物を食べる際、幾人かが被験者となってくれた。
被験者は始め、何ら問題も無くその食物を食べていた。だが日に日に彼らは、食への執着心が強まっていった。
やがて、彼らは食という存在から離れられなくなってしまった。日夜何かを貪る彼らの体は、ついに脂肪の塊と化したのだ……』
(……そうか! <気体>っていうのは、恐らくギルが言っていたやつのことに違いない!)
ここでディルは、ようやく記憶の中から答えを見つけ出し、そしてそれを確信した。それから彼は、この映像に意識を一心させた。
『一ヶ月が過ぎ、太り過ぎて動けなくなった被験者達は、何と<気体>達に飲み込まれてしまったのだ! そして、霧消した……
<気体>の一匹は、このことに関してこう説明した。「我 生キルタメ エネルギー 必要ダ」と。さらに、こうも言った。
「故ニ 我ハ バクテリア ヲ作リ出シタ。ソレハ 我ガ一部 デアリ 新タナ 子孫。満腹中枢ヲ 操リ 生命ヲモ 操ル存在。
ソウスレバ 皆 巨大ナ エネルギー体ト ナリ 我ラ 生キルタメノ エネルギー 確保 出来ル」
私達は彼らの存在が怖くなり、何とかして<気体>の片方をカプセルに収めること成功した。
だがもう片方の<気体>は、どうにもこうにも捕まらず、ついにはどこかに隠れてしまったため、結局野放しにすることにした。
このことは実際、それほど大きな問題ではないはずだった。宇宙船内の食物を食べなければ、何も問題は無いのだから……
私達は、宇宙船を洞窟から出し、ステーションへと戻ることを決意した――が、宇宙船は動かなかった。
どうやら逃げ遂せた<気体>が、宇宙船のシステムの殆どを破壊してしまったらしい……』
『私達はあれから一ヶ月間、洞窟内からの脱出を試みたが、とうとうそれは不可能であることが最終的に判明した。
それは、私達研究者が空を飛ぶことを必要としないため、完全に翼が退化してしまったのが原因だった。
……もう、船内の”正常な”食料は尽きてしまった。残るは、”異常な”食物のみ……
私達は、船内のそれを食べ、<気体>達に飲み込まれた者達同様の実験体となるのか、それとも餓死するのか、二択に責められた。
……結果は、皆、餓死を選択した。……そして皆、そのまま息を引き取った。だが、私だけは、死が怖くなり、
ひっそりと食物を食べて一人生き延びたのだ。勿論、最終的には逃げ延びた<気体>に飲み込まれるかも知れない。
……けど、少しでも、私は生きたかったのだ……』
映像はここで終わっていた。ディルは、イルの超常現象の原因を理解したが、重要な問題、異常現象を治す方法は分からなかった。
ひとまず動画の表示を終わらせると、ツリービューには、この動画の他に、先ほどまで無かった動画がもう一つあった。
(こ、これは……)
どうやってこのようになったのかは分からないが、とにかくこれはチャンスだと、ディルは考えた。
彼は、この動画のデータが破損しておらず、また、異常現象を治める方法が入っていることを祈りながら、動画を再生させた。
……映像が流れ始めた。ひとまずこれで、データの破損の心配はほぼ無くなった。
映像には、以前よりも増して肥え太った研究者の姿が映し出されていた。
『わ、私はもう腹が減って死にそうだ……。小一時間食事を抑えただけで、こうも空腹の絶頂に立たされるとは、
正にあの気体生物は脅威である……。だが、ついにその気体生物が生み出した分身、これを破滅させる手段を見つけた!
分身は、気体生物によって生み出されたものであるから故に、彼らの生得である<赤い糸>を確りと引き継いでいるのだ。
<赤い糸>とは、私が独自に名づけた、気体生物達が互いに、生命を一つの糸の様な物で結ぶという稟質だ。
勿論糸というからには、その長さにも制限があり、それは結び先の体積に関係している。
生まれてから婚約するまでは、彼らは自分達の親とその命を接続し、やがて夫婦仲になると、彼らは自らの親との命の接続を断ち、
自分達が住む新たな惑星を見つけ、そこにある大地と命を接続するのだ。そしてここで、ある重要な事柄が一つ分かった……
それは、ある<気体>が生み出した子孫は、新たな婚約者を見つけるまで、その親と命を繋いでいるということだ。
赤子から婚約可能な成人になるには二十年を要する――これは、気体生物とのコンタクトによって明証されている。
即ち、今からおよそ二十年間の間に、どうにかして親との命の接続、<赤い糸>を断ち切ってやれば、
それに繋がる全ての子孫の存在を消すことが出来るということだ。勿論親は大地と命を接続しているため、それを断ち切ってやれば、
親が消え、それに付随して子孫も消えるが――残念ながら、大地というのはこの地そのもののことであり、それとの接続を
断ち切ることは無論不可能である。だが今回は、<気体>の分身を消滅させるのが目的――つまりはそれを生み出した<気体>の妻を
消すだけでいいのだ。そうすれば、たちまちそれが生み出した子孫とやらは、一挙に消滅する。
……だが、それをすることは、私にはもう出来ない……。
私は太り過ぎてしまった。もはやこの操縦室から出ることすら出来ない。
もし誰かがこの映像を見てくれているのなら、私は懇願するだろう。<気体>の妻を消してくれと……
……いや、出来れば二匹の気体生物を、完全に消し去ってくれと……
一匹はどこかに隠れてしまったが、捕らえたもう一匹は、私のベッドの裏にあるスイッチを押せば分かるだろう……
逃げた方と捕まえた方、どちらが妻か夫かは定かでは無いが、僅かながらでも手助けにはなるだろう。
……もう駄目だ。腹が空き過ぎた。……今日をもって、記録は終わりにする。これからは、命ある限り食べ続けるとしよう……
……恥ずかしい話、こんなに太っていても動ける体というのは、ある意味素晴らしい体験である……』
映像はここでついに終わった。ディルは、ようやくイルの異常現象の全てを理解した。
まず一つ、宇宙からやって来た気体生物によって生み出されたバクテリアにより、村周辺の植物は異常な成長を遂げるようになった。
二つ、それらは気体生物の分身であり、それを含有した生物は、食に飢える存在となり、また命も操られる。
三つ、そのバクテリアは、生み出した張本人である<気体>と、<赤い糸>の関係で結ばれている。
これで分かったことは、ギルによって<気体>の片方が消されても尚、村の異常現象が残存しているということは、
バクテリア、即ち気体生物の分身の生みの親は、捕らえられた方の<気体>、恐らくは気体生物の妻であるということだ。
そして、親である<気体>が捕らえられた存在であったために、バクテリア達は、村から一定距離離れると死んでしまっていたのだ。
全てを悟ったディルは、すぐさま研究者の部屋へと向かい、ベッドの裏を探った。
今まで気付かなかったのだが、ようく探せば、スイッチは確かにそこにあった。彼はそれを、何の逡巡も無く押した。
すると、ベッド沿いの壁が開き、そこから一つのカプセルが現れた。その中には、何やら蠢く気体がぼんやりと確認出来た。
「こいつを消せば――」
「ソレハ ドウカナ?」
突如、カプセル内に入っている気体生物が話しかけて来た。ディルは一瞬焦ったが、すぐに平常心を取り戻した。
「なっ……。そ、それはどういうことだ?」
「我ヲ 消セバ 皆 死ヌ」
「……それはそうだろう。お前が消えれば、お前の分身達もみんな消えてしまうのだからな」
「違ウ。太リ過ギタ肉体 維持シテルノハ 我ノ 分身。故ニ 分身 死ネバ 感染者 モ死ヌ」
その言葉を聞いて、ディルの頭の中にはラレックの姿が浮かび上がっていた。……ラレックが、死んでしまうのか?
「オ前 悩ンデルナ。分身 死ネバ 感染者 モ死ヌ。ソレヲ 忘レルナ」
「し、しかし……」
やっと見つけたイルの異常現象を終息させる手段。だがそれには、ラレックを助けるという目標の真逆の要素が絡んでいた。
この二つの要素が、なぜ一つの秤に乗らなければならなかったのか。ディルは、そのことを憎んだ。
「オ前ニハ 何カ 大事ナ存在ガ アルヨウ ダナ。ソウナラバ 我ヲ 消スコトハ 不可能 デアロウ……」
ディルはカプセルをベッドの上に置いた。こんな閉鎖的空間では、余計に乱心してしまう。
彼は宇宙船を出て、洞窟の外へと向かった。新鮮な外気を吸えば、心も静謐になるだろうと考えたのだ。
……だが、洞窟の外に出ようとも、心は一向に静けさを見せなかった。彼は暫く、辺りを木々が覆う洞窟付近で、佇んだ。
ディルは宿へと向かっていた。やはり、悩んだ時の最高の相談相手は、一番の親友でしかないからだ。
だが今回のは、それとはまた訳が違う。相談する相手が、消えてしまうかも知れないのだ……。
ディルは宿の自分の部屋へと戻った――が、そこには誰もいなかった。となると、ラレックはあそこにいるはずだ。
食堂に向かうと、そこにはディルの予想通り、ラレックが料理を貪っていた。どうやらディルのことには、全く気付いていないようだ。
とりあえずディルは、ラレックの向かい側の席に着いた。
「……」
ラレックはまだ、下を向きながら料理を食べている。だが少し時間経つと、彼はようやくディルの存在に気が付いた。
「……ん? おう、何だディルじゃないか」
「……おぅ……」
「……どうかしたのか?」
ラレックが右手側にあるケーキを手で掴み、一口でそれを飲み下した。
それを見計らってディルは、彼に先ほどの宇宙船での出来事を語り始めた。
「実は――」
ディルは殆どラレックとは視線を合わせず、俯くか、上の空で喋り続けた。
そんな、常と違うディルの様子に、ラレックもつい食事の手を止めて彼の話に聞き入った。
やがて十分ほどが経ち、ディルの話はようやく終幕となった。
「――なんだ……」
「……」
ラレックは無言だった。しかも、いつも何かしら頬張っている彼が、今では何も口に含んでなく、また何も手にしていなかった。
「……なあ、俺はどうすればいいんだ、ラレック? 俺達は元々、この村の異常現象を調査するために来た。
なのに俺は、その解決法を知ってしまった……。そうなったからには、俺はその解決法を行う義務があるのかも知れない。
けど……けど、それには多くの犠牲が孕んでるんだ……」
「……別に、いいんじゃないのか?」
ラレックが静かに言った。
「え?」
「この村を助けるだけじゃない。下手したら、全世界を助けることになるのかも知れないんだぞ?
考えてみろよ。そのバクテリアは一種の子孫なんだろ? てことはさ、いつかはこの村から抜け出せるバクテリアが出て来ても
おかしくないんじゃないのか? もしそうなったらどうだ? 全世界が、ギルのようになってしまうんだぞ?
そう考えれば、この村の犠牲なんて可愛いもんじゃないか」
「……けど……」
「けど、何だ?」
「……けど、お前もその犠牲者の一人なんだぞ?」
「……ああ、分かってるさ……」
「……」
暫し沈黙。
「……俺は、お前を助けたいと思っていたんだ。けど、そんな方法なんて無かった――あるのはその逆だけなんだ……」
「俺を、助けるだって?」
「勿論さ! お前のその異常な状態を治そうとも思っていたんだ。けど、けど……」
ディルは項垂れた。ラレックも、可能な限り顔を俯かせ、互いに暫く物思いに耽った。
長い、長い沈黙が流れた。それを断ち切ったのは、ラレックの方だった。
「……いや、あるさ……」
「……何?」
「俺を助けたいんだろ? そんな方法、お前は既に知ってるじゃないか」
「俺が、知ってる?」
「ああ。……カプセル内にいる気体生物を消せばいいんだ」
「――! そ、そんなことをしたらお前は――」
「お前は、俺をどうさせたいんだ? もし俺がこのまま食い続ければ、今のギルより遥かに上回る存在となってしまうかも知れない。
もしそうなったら、俺はどうなるんだ? 太り過ぎて動けなくなった体は、ただの見世物で、イデアでしかなくなるんじゃないのか?
日がな食べ続け、寝て、ただ体を大きくすることだけに生き甲斐を感じる存在となるんじゃないのか?」
「そ、それは……」
「……確かに、住めば都じゃないが、そうなったらそうなったでいいのかも知れない。……けど、まだ常人の考え持つ俺なら、
そんな動くことすら出来ない存在を望む訳はないだろう?」
「……」
「……もし、お前が本当に俺を助けたいんだと思っているなら、カプセルを破壊し、栄光だったギルのように、そいつを焼き尽くせ」
「……」
ディルは躊躇っていた。自らの手で自らの親友を死に追いやることなど、誰に出来よう?
「――ディル!」
ラレックが一喝した。前より遥かに巨大になった彼の体が、より一層圧迫感を際立たせた。
「いいか、ディル。頼むから、俺を助けてくれ」
「……ラレック……」
「……確かに、俺は食べることは好きだし、こうしているのも嫌いじゃあない。……けど、やっぱりギルのようになるのだけは御免だ」
「……お前は、死が怖くないのか?」
「怖いに決まってるだろ。誰しも死を前にして、のんびりゲップを吐ける奴なんているか?」
その時、ラレックが特別大きなゲップを漏らした。
「――ぷっ……ははははは!」
ディルは大笑いし、それにつられてラレックも盛大に笑った。
その笑いは中々収まらず、一旦収まっても、再び笑い始めてしまう始末だった。
「……ラレック。お前、本当に最高の竜だな」
「そんなこと分かり切ったことじゃないか」
ラレックは自分の腹をポンポンと叩き、自慢の柔肌を見せびらかした。
「ははははは!」
ディルは腹を抱えて、再び笑い出した。
「……ラレック。……今まで、本当にありがとうな」
「……ああ。……またな、ディル」
ラレックと別れを告げ、ディルは再び洞窟へと向かった。そして洞窟の最奥底に辿り付くと、そこにある宇宙船に乗り込んだ。
そしてその宇宙船の中で、唯一操縦室と繋がっている部屋の中に入り、そこにあるベッドの上からカプセルを手に取った。
「何ヲ スルノダ?」
「……お前を、消し去る」
「ソンナコト シタラ オ前ノ 大切ナ 存在 ドウナル?」
「……死んでしまうのさ……」
「――!」
ディルは宇宙船を出て、洞窟の最奥底である広い空間の中心に立った。
「……気体生物よ。お前の名は知らないが、そんなことはどうでもいい。……これで、おしまいだ!」
ディルはカプセルを地面に叩き付けた。それと同時にカプセルが砕け、中から<気体>が浮上し始めた。
ディルは大きく息を吸い込み、何年ぶりかの火炎放射、しかも今回は様々な気持ちを含んだ一段に熱い炎を、<気体>に放った。
「ゴ ゴンナ ゴト ガァァー……」
<気体>は、呻きながら炎と共に消え失せた。
イルのあちこちでは、周辺の街からやって来た救急隊と救急車でごった返していた。
初めは、ディルの119番の電話により、少人数の救急隊がやって来ただけだったが、村のあまりの規模の大きさの異常事態により、
徐々に応援がやって来たのだ。そんな中、ディルはとある宿の玄関口に立っていた。
続々運ばれてくる肥満の生き物達。その中には、あの竜、ラレックの姿もあった。
特別に誂えた担架に乗せられ、その巨躯は、これまた特別に新調された車に乗せられ、そのまま病院へと搬送された。
ディルはその後姿を見送ると、車で一人、自宅へと向かった。
そして自宅へと着き、車を駐車場に止めると、いつの間にか外は雨になっていた。
彼はドアを開けて外に出た。天井の無い駐車場は、滂沱の雨を全て彼に捧げた。
篠突く雨の中で彼は咆哮した。声はすぐに八方に飛び散ったが、唯一彼の心の中にだけは、その声がいつまでも谺し続けた。
Underground 2 第4部 了