back

 

  著者  :fim-Delta

 作成日 :2007/09/30

第一完成日:2007/10/02

 

――――――――――――――――――――――――

 

「ディル、どうしたんだ、そんな顔して?」

「どうしたって……お前、かなり太ったじゃないか!」

「ん? そうか?」

ラレックは、ズボンから溢れた自分の肉を摘んだ。

「まあ……そう言われればそうかも知れないな」

「……何があったんだ、ラレック? 何かあったんなら、俺に言ってくれ」

「おいおい、ディル。慌てるなよ、別に俺はどうもしちゃいないぜ?」

「だけど……いくら何でも、一ヶ月でそれは太り過ぎだろ!」

「別に太る時は太るんだから仕方が無いじゃないか」

「そ、それは……」

「……ディル。お前こそどうしたんだ? お前こそ、何かあったんじゃないのか?」

「……いや、別に何も……」

「……ここで立ち話でも何だから、とりあえず向こうのレストランで話そう」

「あ、ああ……」

ディルとラレックは、向かいのレストランに向かった。その間、ディルはラレックの体から視線が離れなかった。

動く度に揺れるズボンから溢れた贅肉。服を着ているのにも関わらず、その肉は構わずに、体の揺れと一拍遅れて上下に揺れていた。

それが体から離れたり戻ったりしてる様子を見ると、ぱちぱちと肌がぶつかり合う音が聞こえて来そうだった。

さらに服よりも肉の方が断然大きく揺れ動いているせいで、その度に、その肉の軌跡に合わせて服が引っ張られたり緩んだりもしていた。

 

やがて、向かいのレストランに到着したディル達は、二人用のテーブルに着いた。だがラレックの体は、完全に椅子からはみ出ていた。

「ご注文は既にお決まりでしょうか?」

「あ、ああ……俺はサンドイッチとコーヒーで」

「畏まりました。そちらのお客様は?」

「俺は――」

ラレックはメニューを見ながら、焦点が定まったり離れたりを繰り返していた。やがて、彼は言った。

「ハンバーグにピザLサイズ。生姜焼き定食大盛りに堅焼そば。大盛りチャーハンに巨大サラダの盛り合わせ、それと――」

「ら、ラレック!?」

「ん? 何だ?」

「幾ら何でも注文し過ぎだろ!」

「安心しろ、代金はちゃんと別けるからさ」

「そういう問題じゃあ――」

「あー、それと、このパフェとホットケーキとこのケーキ全種類。以上だ」

「……畏まりました……」

ウェイターは、次元を超えた注文量に戦くに至ってしまった。彼女はすぐさま、このテーブルから離れた。

「ラレック……」

「どうかしたのか?」

「お前、本当に何もないのか?」

「ああ、勿論だ」

「……本当、だな?」

「何度も言わせるなよ」

「悪ぃ……」

それからディルとラレックは、互いに無言を呈した。ラレックについては分からないが、ディルは、完全に言葉を失っていた。

やがて、注文した料理が届いた。ディルは普段通りのペースで食事を進めたが、ラレックはその何倍ものスピードで食事を進めていた。

しかも一つの皿が片付く毎に、また新たな皿が届くのだ。そしてそれを、先ほどとは全く変わらぬハイペースさで平らげる……

そして最後のデザート三昧を終えるまでの間、ラレックは一時も休むことなく、ただただ料理を貪っていた。

反対にディルは、兀々とサンドイッチを平らげながらコーヒーを嗜み、結果、二人はほぼ同時に食事を終えた。

だが、驚きはこれだけではなかった……

「あ、ちょっと」

ラレックが店員に声をかけた。

「はい、何でしょう?」

「一キロステーキとトンカツ定食を追加で」

「は、はい……畏まりました」

そんな光景を見て、ディルはもう何も問わなかった。これがラレックなのだ、そう彼は無理矢理自分自身に認識させた。

そして、ついに追加料理も食べ終えたラレックは、大きなゲップを漏らし、そして軽くため息を吐いた。

「ふぅー、食った食った」

ラレックの腹は大きく膨れ上がり、着ていた服もさることながら、ズボンの方は完全にはちきれそうだった。

ディルはそんな彼を見て、今日の目的であるイルの話のことを、頭から退けた。

「……ディル? 何を考えてるんだ?」

「……いや……。とりあえず今日は、このぐらいにしておこうか」

「ん? あー、そういえば、今日は何の話だったっけ?」

「何でもないさ」

「そんなことは無いだろ?」

「まあ気にするな。とりあえず今回の話はまた後でしよう」

「何か腑に落ちないな」

「別にいいんじゃないか? 久々に一緒に食事を取れたんだしな」

「はは、確かにそうだな」

そう言ってラレックは、自分の膨らんだ腹をポンポンと叩いて、気持ち良さそうに優越感に浸った。

そんな彼にディルは長嘆息を漏らし、静かに別れを告げた。

 

それからというもの、ディルは物思いに耽り続けた。確かにイルのことに関して調査はしたい。

だが……あんな姿のラレックを見てしまって後では、どうすればいいのか分からなくなってしまった。

様々な思考が、ディルの脳裏を過り、時折留まっては、泡となって消えた。

その中で一つ、本人も気になるものがあった。

 

  ……もういっそ、彼とは縁を切った方が良いのだろうか……?

 

数週間が過ぎた。結局夏季休業を取ることなく、ディルは仕事を続けた。

そんな時、ある仕事依頼がやって来た。それは、最近起きた地元の事件を取材して欲しいとのことだった。

そしてそれに同行する相手は――なんとラレックだった。

あれからさらに数週間が過ぎたラレックの体は、一体どう変わったのか……。もはやディルにとって彼は、畏怖の対象だった。

 

いつもはディルが集合場所を指示するのだが、今日は珍しく、ラレックが場所を指定した――勿論、そこはレストランだった。

「おー! ディルじゃないか! 久しぶりだな!」

「よ、よお、ラレック……」

ラレックは、あの時より目に見えて太っていた。どうやら服の素材を変えたようで、今では上下が伸縮性の高いポリエステル製だった。

それもそうだろう。前回彼にあった時の、食後の腹の膨れ具合は尋常ではなかったのだから。

「んじゃ早速、注文しようぜ」

ラレックはディルと会うなり、すぐに席に着こうとした。だが彼の体は、ソファ側には収まり切らなかった。

何とか体を詰め込ませたが、最終的に息切れをするに留まり、結局彼は通路側の椅子に座ることにした。しかも二つの椅子に。

「ふぅ、ふぅ……全く、どうしてこうも店の中は狭いんだろうな」

ディルはラレックからの言葉を返さなかった。

少しの間、ラレックの乱れた気息だけが流れたが、それをウェイターの問い掛けが断ち切った。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ふぅ……ああ。焼き鳥全種類とサラダの大盛り二つ、それと巨大フィレステーキを五キロ。それとピザを全種類だ」

「え、ええっと……ぜ、全種類ですか?」

ラレックは、三重顎を弛ませ、揺らしながら答えた。

「そうだ。全部だ」

「か、畏まりました……そちらのお客様は?」

「俺はいい」

「……畏まりました」

ウェイターは去って行った。

「……ふぅ、腹減ったなぁ」

ラレックが椅子の背凭れに凭れ掛かった。そのあまりの重さに、椅子が軋んで悲鳴を上げた。だがディルはそれを黙過した。

再び、二人の間には無音の空気が漂い始めた。だがやがてその中に、注文した料理群が届けられ始めた。

ディルは無言を呈し、ラレックは続々やって来る料理をただただ貪った。そして小一時間程経った時、ようやくラレックは食事を終えた。

「あ、ちょっと」

「――! は、はい……」

ラレックがウェイターを呼び止めると、彼女は一瞬たじろいだ。「まさか……」そう思っているに違いない。

「追加で、このおかず全部を頼む」

「ぜ、全部、ですか?」

「ああ――あ、それとだな……この団体用パフェ? これも一つ」

「は、はい……」

ウェイターはそそくさと立ち去った。そしてこの時、ようやくディルは言葉を発した。

「ラレック」

「ん? どうした、ディル?」

「お前に一つ、言いたいことがある」

「……何だ?」

「もう食べるのは止めろ」

「はぁ?」

「これ以上食べたら、お前動けなくなるぞ!?」

「何を言ってるんだ、ディル。んなことある訳ないじゃないか」

「だったらさっきのあれは何だったんだ? 席に着こうとしただけで、お前はもう息切れしていたじゃないか!」

「それはただ疲れただけさ」

「あんなんで疲れてたら、その内どうなるか分かってるのか?」

「大丈夫だ。途中途中で休めば問題はないさ」

「ラレック! 目を覚ませ!」

「どうしたんだ、ディル? 今日のお前、何かおかしいぞ」

「おかしいのは俺じゃない、お前の方だ!」

「な、何だと!?」

「お前はもう尋常じゃない! 自分の体を見たことがあるのか!?」

「ああ、あるさ! 今日だって服を着る時に確りと姿見で見たぞ!」

「なら何で分からない!? お前の体は、もう普通じゃないんだぞ!?」

「そ、それは……それぐらい、分かってるさ!」

「じゃあなぜなんだ!? なぜ痩せようとしないんだ!?」

「食べるのが止められないんだよ!」

「や、止められないって……」

「……止められないんだよ……」

辺りの、自然な音だけが一時流れた。

「……ラレック。俺はお前の親友だ。頼むから、どんな些細なことでもいい。何かあるんだったら、是非俺に打ち明けてくれ」

「……」

ラレックは深呼吸を一回、二回行い、そして語を継いだ。

「……恐らく、発端はあのイルでの食事だと思う」

「あの村での食事か?」

「ああ。……恐らく、ギルとの食事の時だ」

「……」

ディルは、ラレックの次の言葉を待った。

「……あの時、不思議なことに俺は、いつもの倍程の量を平らげた。ギルと一緒だったから、つられて食べ過ぎたのかも知れない。

けど、それからがおかしかった。なぜか飯時になると、凄い空腹が俺を襲うんだ。最初はただの空腹かと思っていたんだが……」

「……それで?」

「俺達が会社に戻る前、最後に宿で食事をした時のことを覚えているか?」

「……ああ、覚えているぞ。確か俺が、「そんなに大食いだったっけ?」見たいなことを言ったんだよな」

「そうだ。あの時本当は……本当は、自分でもおかしいと思っていたんだ。急にこんなに食欲が増すなんてって……。

それから、俺とお前がそれぞれの仕事に戻った後も、俺のこの食欲の亢進は収まらなかった。逆に、どんどん酷くなって行ったんだ。

……どうやら体調にも左右されるらしいんだが、俺が仕事で大失敗をした時とか、特に大きなストレスを感じた時は、

日がな一日食べ続けてしまう程だ。……そして今、その時よりもさらに食欲が増して……」

「……それで、こうなったと……」

「ああ……。俺、本当にどうかしちゃったんだろうな……」

「……とりあえず、病院にでも行かないか?」

「……その方がいいのかも知れないな。……けど……」

「……けど?」

「恐らく、結果はストレスによる過食症とかそんなもんで片付けられる気がする」

「どうしてだ?」

「俺がおかしくなったのは、あの村で食事をした時からだ。……もしかしたら、お前の予想は当たっているのかも知れない」

「……やはり、あの村には何か裏があるということか?」

「ああ。そうとしか考えられな――」

その時、ラレックが追加注文した品が届き始めた。その直後、彼は再び食事モードにスイッチが入った。

ディルは、ラレックが食事を終えるまでじっと待ち続けた。彼が、全てのおかずと十人分のパフェを制するまでの間、ずっと……

 

暫くして、注文した料理を全て平らげたラレックの腹は、膨れ過ぎてテーブルの半分程をも支配してしまっていた。

ディルは、そんなラレックの腹を床に下ろし、そして彼を何とかテーブルから立ち上がらせ、そのまま病院へと付き添った。

道行く先々では、ラレックのために休息を取らせ、一つの場所に何時間もかけて幾つかの病院へと赴き、ラレックの検査を依頼した。

……だが、結果はラレックの予想通りだった。ストレスによる過食症……どの病院も、最終的な結論はそれだった。

やがて夜も遅くなったため、ディルはラレックを手助けしながら、彼の家へと向かい、そこで一夜を過ごすことにした。

「……やっぱり、原因はあの村か……」

息を完全に整えたラレックが、そう呟いた。

「……来週から、夏季休業を取ろう。それで、あの村を調査しに行こう」

「――あ、ああ……」

「……どうした?」

「そういえば、前にお前と会った時さ、確かイルのことについて話そうとしてたんだよな?」

「ああ」

「……俺、あの時は完全に食に溺れてたんだな。今頃思い出したよ……」

「いや、忘れる時は誰だって忘れるさ」

「だけど、あの時はそれとは違った……」

「……」

暫く二人の間に、静寂が訪れた。

「……俺、怖いな……」

「え?」

「俺、怖いんだ……。もし、もう一度あの村に行ったら、二度と戻って来れないような気がする……」

ディルは黙り込んだ。弱音を吐くラレックを見て、少し、心に衝撃を受けた。

「……じゃあ、ここに残るか?」

今度はラレックの方が黙り込んだ。だが暫くして、彼は何かを思い付いたかのように、こう答えた。

「……いや、俺も行く。戻って来れなくなったら、それでいいかも知れないしな」

「……どういうことだ?」

「あそこなら、どれだけ太っても、太り過ぎることはないからな」

ラレックが、軽くだが久々の笑みを漏らした。それを見てディルは、軽い安堵の吐息を漏らした。

どうやらまだ、彼には軽いジョークを出せるだけの余裕があるようだ。

「……よし、それなら来週辺りにでもイルに行こう。それまでの間、十分に歓楽を満喫して置けよ」

「おいおい、ディル。まるで俺が本当に戻って来れないみたいな言い方じゃないか」

「俺はそうだと思うぜ? 何せあそこは、お前にとって楽園だからな。あそこならデブをデブたらしめそうだしな」

「何だよその言い方ー。仮にもしそこに住むことになったら、俺はどんだけ太っちまうんだよ?」

「ギル程になるんじゃないか?」

「はは、確かにそうかもな」

ラレックの奥処が最終的にどのようなものになるのか、それは醜悪な姿が末路なのか。だが大概は予想がついてしまっている。

だがそれでも、彼は今、昔と変わらぬ気持ちを持っていた。その気持ちが変わらぬ限り、どんなに彼の姿が変わり果てようとも、

彼はラレックである。ディルはこの時、初めてその事実を体感した。実は初め、ディルはラレックのことをもはや昔のラレックではない、

そう誤認していたのだ。そしてぶくぶくに肥え太った彼とは一緒にいたくないと、彼を毛嫌いし、彼との関係を断とうと考えていた。

だが今、彼の弱み、強靭だった彼の弱みを知り、そして未だ変わらぬ昔ながらのジョークを語りあえることを知り、ディルは自分次第で、

彼を変わらぬ存在へと導けることを覚知した。ディルは自身の過ちに対し臍を噬み、そして、親友を一生手助けしていこうと臍を固めた。

 

それから一週間後、ディルとラレックはイルの調査ということで、その村に向かった。

目指すは、イルに関する異常現象の完全なる証拠――そして、出来ることならラレックを助ける方法を、見つけ出すことだ。

 

 

 

 

 

          Underground 2   第3部   了


back
- Website Navigator 3.00 by FukuraCAM -