勢いで書き進めてみました。というのも元々、ここの話はある程度書けていて、そのあいだを埋めるためにチャプター1の鉄町を書いたという魂胆でした。なので1と2は短期間で更新しましたが、次の更新まではまた時間がかかるかも知れないです。
The Abyss of Heaven: Chapter 2 -One Body-
一応この鉄町にも、体重計はあった。だが僕が乗るのは、工場などで使う専門的で大きな量り。僕はそれに乗ると、げんなりした。
「また増えてる……少しは食べ過ぎたかも知れないけど、こんな増え方って……」
ここに来てから半年が過ぎた。既に四捨五入しなくても400kgを突破しており、もう一つの単位lbで言うならば、1000lbs(凡そ450kg)になっていた。つまり今、四捨五入すると、体重は500kgだ。
こんなことを思うと、自棄食いしたくなってしまう。だが今日は、それを抑えることにした。
実は一度、400kgを越えた時、僕はパム・ロとともにがっつり一日食事をすることにしたのだが、自分自身を畏怖してしまうほどの食事量だったのだ。空腹も感じなければ、満腹にも全然ならない。食えども食えども、僕のお腹は膨れ、新しく新調した衣服に締め付けられる以外、満腹も何もなかったのだ。
結局、ステーキやらフライドポテトやら、とにかく脂っこいもの好きのパム・ロと共に、それらを20枚ずつほど食らった僕の体は、ようやくそこで満腹した。そして立ち上がった際にずしんと感じた重みが、今までの経験になく驚愕の域だった。
それ以来僕は、再度自制を試みるようになり、そしてこの度450kgに到達しても、その気持ちを変えないでいた。
そんな僕に、吉報が舞い込んできた。それは体重を量ったあとに、パム・ロの家に戻って来た時のことだ。
「ミドラー! 良い知らせが来たぞ!」
「えっ——もしかして、戻る方法ですか!?」
「いんや、そうじゃない。だが聞いて驚くな、お前と瓜二つの人、オルカンが
城町 に住んでいるという情報を得たんだ」「僕とそっくり? 体型もなんですか?」
「ああ。ミドラーは双子だったり、兄弟姉妹はいないんだよな?」
「え、ええ。一人っ子ですから」
「一度その目で見た方がいい。もしかしたら謎が解けるかも知れん」
「どういうことですか?」
「もしだ、それがお前自身だったら、お前が今二人いることになるんだ」
「ふ、二人? クローンですか?」
「いや、違う。正直なところ、お前から聞いた事故の時の悪夢——あのベルトコンベアが引っかかってたんだ。実は遠い昔、ベルトコンベアから門番がいる場所に運ばれる、ってのが定石だったんだが、ある奴が『その前に、変な電気に呑み込まれて来たよ』っていうのがいたんだ。そのことを知ってるのが複数人いたが、かなりの少数派で、誰も信じちゃいなかったんだが」
「それって、もしかして僕が経験したのと同じだってことなんですか?」
「そうかも知れない。もしそうだとすれば、恐らくだが、その電気のようなフィールドが、現実世界と死の世界の境界なのかも知れないと、俺は考えてるんだ」
「境界……」
「そう考えれば、お前が二人いることも納得出来るだろ? 中途半端に死の淵から覚めたがために、現実世界に上半身、死の世界に下半身が残ったってな」
「でも僕の体は、ちゃんと下半身がありますよ」
「そこなんだ。俺の推測じゃ、それは魂を具現化したものだと思うんだ。考えてみろ、死んでこの世界に来たって、現実世界で体が消えるわけじゃない、ちゃんと残ってる。つまりあのベルトコンベアは、死んだものの魂を運ぶんじゃないかってな。
すると途中で、ミドラーの魂が二分されたと推測出来、もしもう一人のお前が、本当にお前自身なら、不思議と太る理由も考えつく」
「理由? それって、どんなのですか?」
僕は、どうしてパム・ロがそんなに頭の切れる人なのかというより、とにかくその理由に興味が行っていた。
「つまり、魂は二分されても、体は一つなわけだ。一つはお前で現実世界に戻り、残ったもう一つはここ死の世界へ——死の世界でのお前の魂が、もし太るような環境にあるのなら、それがシンクロして現実世界にも反映することも考えられるだろ?」
「な、なるほど……僕が意図しないところで、僕の体に変化が起きたのは、所謂もう一人の僕がいたからなんですね」
「ああ。正確にはもう一つのお前の魂だがな」
ここで僕は、パム・ロのことについてようやく口を開いた。
「あの……どうしてそんなに詳しいんですか? 正直パム・ロさんって、凄く頭がいいんですね」
「前にも言ったかも知れないが、ぶくぶくと太った俺は動くのがのろくてな。それ以降生きてた時は、ずっと頭を使うことにしてたんだ。恥ずかしながら国立大学にも入ったんだぞ」
「す、凄い! そんな風には見えませんでした」
「がはは! 俺の体からは熱気しか見えないもんな」
大きく笑うパム・ロに、自然と顔を綻ばせ笑う僕。正直太っているこの体を同級生に嘲られたりして、僕は自身の体を毛嫌いしていたが、こんな風になるのも悪くはないかも、そう心変わりし始めていた。でもさすがに、彼ほどまでに肥大するのはごめんだが。
「まっ、そういうわけで、お前のそっくりさんの所へは、情報屋が案内する」
そういうとパム・ロは、いつも脇にいる女性シャーカン、ヴァーテクス・トップに何かを伝えた。すると彼女が後ろの部屋へと入り、再び戻って来た。
少しして、後ろの玄関の扉があいた。そこには、僕よりもう少し太り、固太りしている男のホエリアンが立っていた。
「彼が情報屋のジャイアル・B・ブラッケンだ」とパム・ロが説明。
「初めまして、ジャイアルと呼んでくれ」
ジャイアルというホエリアンが僕に手を差し出し、僕はそれを握って握手を交わした。
「あの、ミドラー・クロスです。今回は、宜しくお願いします」
「ああ。それと移動に関しては安心してくれ。俺の車に乗せてやるから」
「ありがとうございます」
そして僕は、このジャイアルという情報屋に連れられ、車に乗り込んだ。パム・ロ家周辺はみんな太っているせいか、車も特別仕様だ。大きさは普通なのに、一列に一席しかなく、二人まで(もしくは三人。運転席以外は詰めれば二人は乗れそうだからだ)が限界だ。だから運転席のハンドルもギアも全部中央に集まり、しかしその分、左右どちらからでも乗降出来るようだ。
僕は当然、後ろの席に乗り込み、そしてジャイアルが運転手を務めた。
どうやら、あの地上へと出る巨大なエレベータはこの為にあるようだ。この車はそのままそのエレベータに乗り込み、上昇すると、地上のメインストリートを走り、そのままあの門をくぐって煉瓦町へと出たのだ。
公園を走って行くと、右手側に、スィンとスィックの子供達が目に入った。スィックのぽんぽんなお腹を、スィンが叩いて遊んでいる。そしてその横では、パム・ロのメイド役であるヴァーテクス・トップの妹、ベース・ボトムが面倒を見ていた。
そんな公園を抜けると、あの無人のメインストリートに出た。更にそこを進むと、別の門が現れた。
「ここから先が城町だ」
「城町、ってどんなところなんです?」
「普通の町並みなんだが、建物が全部お城なんだ」
「ぜ、全部がですか?」
「ああ。まあ昔の貴族のような暮らしをしたい奴とかが、そこへと引っ越すんだ。そこにミドラー、お前にそっくりの奴が住んでいる」
「一人でですか?」
「いや、それなんだがな……結構丸いオルカンが、面倒見しているようなんだ」
「丸いオルカン、ですか?」
「亡くなった親戚とかに、そういう奴はいなかったか?」
「いいえ……僕自身元々痩せていて、周りも親族もそうなんです」
「てことは、太った奴は誰一人いないってわけか」
「はい」
「となると、あいつは一体だれなのか……」
そうこう言っている内に、巨大な門を車が通り抜けた。すると一瞬にして、情景が変わった。ジャイアルが述べていた通り、本当に両脇には城が建ち並んでいる。一個一個の敷地もでかいので、隣の城までは結構な距離がある。
暫く進むと、ジャイアルがブレーキを踏んで、停車した。
「ここだ」
脇には、庭付きの大きな石垣のお城があった。しかし園丁などがいないのか、かなり庭は荒れている。
「どうする、俺もついていくか?」
「いえ、ここは僕一人で行ってみます」
僕は、体と車を揺するようにして座席の上を移動すると、外へと出て、引き戸式の門扉の脇にある鐘を鳴らした。すると横にあるスピーカーから、声が聞こえて来た。
「誰だ?」
「あ、あの……ここに、丸っとした青年のオルカンがいると聞いたのですが」
「ああ、いるが、息子をどうするつもりだ? 誰にも渡さないぞ!」
「い、いえ、そういうわけじゃ……その、会わせて頂きたいと思いまして」
「会う? 息子に会いたいのか? 俺の息子を見たいのか?」
「その、一度拝見したいなぁと……」
「そうかそうか。良し、それじゃあ入れ」
すると門が横にがらがらと開いた。僕は、そこへと入って歩き始めた——しかし何せ城だけに、先にある石造りの西洋風の城まではそれなりに歩かなくてはならなかった。
だが今日は調子が良い。それほど疲れず、僕は城の中へと入っていった。それにしてもここの人は、探している僕のそっくりを息子だと言っていた。もしかしてやっぱり違うのかな、と不安に襲われ始めた。
城の中は赤い絨毯が敷かれ、奥に続いていた。両脇には部屋がいくつもあり、どれも巨大であったが、無人だった。そんな淋しい廃墟になろうとしているような城の中を進むと、丁字路についた。左を見ると、食料庫と書かれた場所が見える。その隣には調理室と書かれた場所も。
そして右を振り向いた時だ。そこには、確かに丸々と太ったオルカンが、仁王立ちしていた。お腹はやはり目立つ体型だが、しかし僕やジャイアルに比べれば、半分ほどの体型といったところである。
「お前——俺の息子と、どういう関係なんだ?」
「えっ?」
「……まあいい。着いて来い」
右へと曲がった先にあったのは、王室と書かれた部屋だった。オルカンは僕を、そこへと誘導した。
「俺はウォマポ・ッキバ=ホファ=ピッキ。ッキバが曾曾祖母、ホファが祖母、んでピッキがお袋の名前だ。面倒だから生きてた頃は、ウォマポ・ピッキと呼ばれていたが、ウォマポでも構わん」
「あ、はい。僕はミドラー・クロスって言います。その、ウォマポさんの息子さんの名前は、なんていうんですか?」
「それが、言葉を発しなくてな。養子にしたんだが、未だに分からんのだ。門番などに聞いたが、息子の情報は登録されていないらしく、何処から来たのかも不明だそうだ。
多分、息子は
聴唖 なのかも知れない。俺の言ってることは分かってるようなんだ」「そうだったんですか……」
「んで、一つ聞きたいんだが。ミドラーと言ったな。お前には、兄弟とかはいるのか?」
「いえ、僕は一人っ子なんです」
「そうか……」
そして、オルカンことウォマポは、王室の中に僕を招き入れた。
「あれが俺の息子だ——なぁ、お前とそっくりじゃないか?」
見るとそこには、彼が与えたであろうたっぷりの食事を、早食いではなく寧ろゆっくりとだが、無心にもぐもぐと食べている、長テーブルに座る青年のオルカンがいた。体型はパム・ロ地域的じゃなく、現実世界とその年齢的には有り得ないほど肥満しており、容姿も僕と瓜二つ……いや、僕そのものと言っても良かった。
恐らく、パム・ロの推測は当たっていたのかも知れない。だがそれにしても、目の前にいるもう一人の僕は、まるで魂の抜け切った抜け殻のようだ。目も虚ろで、食欲に支配されているわけではなさそうだが、とにかくぼうっとしたまま、静かに食事を進めていたのだ。
僕は、彼に近付き、そっと手で触ってみようとした。
その刹那、僕の手がすっともう一人の僕の体に溶け込んだのだ。
「ひっ!」と思わず手を引っ込めた僕。後ろで見ていたウォマポも大声で駆け寄った。
「何をした!?」
「な、何もしてないです! 触ってみようと思っただけで……」
「だが、俺が触っても問題はないぞ」
ウォマポは、もう一人の僕の肩にぽんと手を置いた。すると普通に、なんの問題もなく手が置かれた。しかし僕が指先で肩を触ろうとすると、再び中に入り込んで、慌てて引っ込めた。
「まさか、俺の息子はお前なのか?」
「えっ?」
「だってそうだろ。こんなこと見たこともない。それに何より、息子とお前はそっくりにもほどがある。体型も同じだし、お前は一人っ子なんだろ?」
「え、ええ」
「加えて、触ろうとすればお互いの体が溶け込む。これはきっと、息子とお前が同一であって、一つになろうとしてるからじゃないのか?」
僕は、どう答えて良いのか分からず、ただ俯いた。
「どうやらお前も、良くは分かってないようだな」
「はい……」
「まっ、どちらにせよこいつは、俺の自慢の息子なんだ。とりあえず会いに来たんだったら、ゆっくりとしていけ。ただ触るなよ、何かあったら承知しないからな」
うんと僕は頷いた。どうやらウォマポは、養子に受け入れたもう一人の僕を相当愛でているようだ。その溺愛っぷりは、彼の計らいでここに少々いさせて貰う時、散々と目にすることになる。
続く