今回は水増しっぽい感じになってしまいました(汗
The Abyss of Heaven: Chapter 1 -Iron Town-
僕は、見ず知らずの世界を、とことこと歩き始めた。立ち尽くしても何も分からない、とにかくひとけのある場所に出ないと。
しかし、メインストリートのようなところに出ても、そこは非常に静かであり、出店のようなものは置かれているものの、人が一切いなかった。そんな道を、僕は重い体で歩いて行く。
……どうやら、今日は調子が良いみたいだ。いつものように長く歩くと疲れるのに、今日はそれほど疲れてはいない。そして嬉しいことに、今のところ段差がないのも幸いしていた。
暫く先に進むと、左手に路地が見えた。そこから何やら、キャッキャッと戯れる声が聞こえ、僕はその中を抜けていった。
そこは、広場のように開けた公園だった。かなり広大で、あちらこちらに人がおり、僕はホッと安堵の息を漏らした。
すぐ目の前に、ドルフィニアンの子供達がいた。ほっそりとした女の子、そして対照的にぽてぽてとした体の男の子。恐らく先ほどの声は彼らのに違いない。双子なのか容姿が似ていて、楽しく公園で遊んでいた。
僕は、この子達に尋ねることにした。
「ねぇ、君たち。ここがどこだか教えて欲しいんだけど」
すると、男の子が答えた。
「ここ? ここはね、死の世界だよ」
「し、死の世界?」
「うん。死者っていう、現実世界っていう場所で死んじゃった人達が住むって、ママが言ってた」
「じゃあ君も、その現実世界で死んじゃったのかい?」
「しらなーい。ねえ、スィンは分かる?」
横にいた、スィンというドルフィニアンの女の子は首を横に振った。
「スィックが知らないんだったら、私も知らない」
「そう……君たちのママに聞いたら、分かるかな?」
「うん。だって僕より物知りだもん!」
「じゃあ、何処にいるか教えてくれない?」
「そこ」
スィックというドルフィニアンの男の子は、僕の後ろを指さした。振り向くと、先ほど抜けた路地の横には扉があった。どうやら路地の両脇にあった家の扉は、この広場側についているようで、左右を見渡すとずらりと扉があった。
「分かった、ありがとう」
僕は、すぐにその扉へと向かった。そろそろ体に鞭を打ち始めるほど、僕の体は疲れ始めていたのだ。四捨五入すれば400キロの体は、どの種族でも辛いこの上ない重量であろう。
後ろで再び盛り上がる子供達を背に、僕は玄関横にある呼び鈴を鳴らした。すると扉から、ほっそりとした体格の、虚弱にも見えるシャーカンの女性が出て来た。
「あ、あの……後ろにいる、二人のお子さんの母親ですか?」
「ええ。母親といいますか、義理のですが」
「えっ、てことは——」
「あの子達は、幼くして命を落としたの。だから自分たちが、現実世界で死んだことを知らないのよ。それで可哀想だから、私が養子にしたの。
それで、なんの用かしら?」
「それが、今も仰っていたんですが、現実世界とか、ここは一体なんなんです?」
「あら、説明されたんじゃないんですか?」
「説明?」
「あなたがここに来る時、ベルトコンベアに運ばれたあと、門番がこの世界のことを説明してくださるでしょ?」
「いや……僕は、変な光に呑み込まれてここに来たんです」
「変な、光?」
女性は首を傾げた。
「おかしいわ。ここにいる人達はみんな、その門番に指示されて死の門をくぐるのよ」
僕は分からないと言った態で、頭を横に振った。
「そう……それで、何故ここにいるのかも知りたいわけね」
「はい。それとどうやって元の世界に戻るのか、これも知りたいんです」
「だったら、
鉄町 に行けば分かるかも」「鉄町?」
「ええ。この公園の先に、その鉄町に繋がる門があるの。ここは現実世界じゃないから、どこでもドアみたいに一瞬で場所が変わるわ。
それでそこに、パム・ロ・ファスタ・スロウワっていう、この死の世界でも特に長く生きているホエリアンがいるの。この世界について分からないことがあったら、その人に聞けば大概のことは解決してくれるわ」
「そうなんですか? 分かりました、それでは早速行ってみようと思います」
「じゃ、気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
僕はお礼を言って会釈すると、この公園の奥へと進んだ。すると教えられた通り、巨大な門があった。扉は開け放たれており、そこにはまるでSFのような歪んだ空間があった。
(大丈夫かな……だけどここで怖がってちゃ、どうにもならない——それに段々と、足が重くなってきた……良し、行くしかない!)
そして僕は、道の空間に足を踏み入れた。
門を抜けると、今後はゲームの世界のような、鉄だらけの街にやって来た。正に鉄町。門前はメインストリートのようでかなり広いが、そこから脇に入ると何処も狭苦しく、空もどんよりの暗雲が立ちこめており、辺りを照らすのは街灯と生活の明かりだけだった。
さてと、問題はここからだ。まずどこに例のパム・ロ・ファスタ・スロウワがいるかだ。そしてこの町は、メインストリート以外は階段がひっちゃかめっちゃかあり、こんなところを通るのならば自身の体力が持ちそうにない。どこかにベンチのような休み場所はないものか……
辺りを見回すと、左手の奥に何やらカウンターのようなものがあった。近付くと「案内所」という看板が見えた。
僕はそこに向かうと、早速スツールに座った。念のため、二つ並べて。
「何か用?」
かなりぶっきらぼうな質問を、受付嬢がした。僕は少し戸惑いつつ、答えた。
「えっと、その……パム・ロ・ファスタ・スロウワさんって、何処にいるかご存じですか?」
「ああ、パム・ロさんね。それだったらそこのエレベータを利用して」
彼女は左手を手で示した。僕は右を見やると、そこにはエレベータが。しかも僕の体が何人も入るような巨大なエレベータだ。
「あそこを下れば、彼に会えるんですね」
「ええ」
それっきり、受付嬢は言葉を発しなかった。僕は気まずくなり、軽く深呼吸をすると、再びエレベータの中へと歩き始めた。そして一つしかないボタンを押し、そのまま地下へと下っていった。
下り終えると、そこにはまた別の景色が広がっていた。地上と同じ鉄町の雰囲気だが、まるでだだっ広い工場のように平坦で、その道を多くのカートが行き交っていた。
エレベータが到着すると、僕は出て、すぐ横にあったカウンターに向かった。
「あの、パム・ロ・ファスタ・スロウワさんに会いたいんですが?」
「パム・ロさん? それじゃあちょっと待ってって」
受付嬢が何やら内線を使って誰かと通話をした。すると数分して、カウンターの横にカートが止まった。
「あれに乗って」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕はカートにどすんと座り込んで、そして大きく息を吐いた。カートは走り出し、相当疲れていたのか、自然と汗が垂れ、少し早い呼吸をした。
「あんた、随分疲れてるね」
「はい、この体ですから……ふぅー」
「安心しろ。パム・ロさんの区域は、みんなあんたみたいな体型だから」
「そうなんですか? でも、さすがにこんなには太ってはないですよね」
「いやいや、普通さ」
「ふ、普通?」
「どうやらあんた、ここに来たばかりのようだね」
「え、ええ。死の世界について、殆ど知らないんです」
「んん、そこまでか? 門番に聞かなかったのか?」
「ちょっと、特殊な方法でここへ来ちゃったみたいで」
「へぇー、そんなの初めてだ。そいじゃちと、ここのことについて教えてやるよ」
運転手の話によると、まずここは死の世界と言われているが、僕が思っていた物とは少々違うようだ。何より死の世界というのだから、地獄みたいなところかと思ったら、天国でもあるようだ。考えて見てればそりゃそうだ、天国も地獄も、どちらも死の世界なんだから。
しかしここが、そのどちらに属しているのかは定かではないらしい。門番が教えてくれるのはその事についてと、この世界で罪を犯せば地獄への階段を下り、別の場所へと移されるということだけなのだ。そしてその逆はないという。つまりあの煉瓦の町や鉄町が、最高の天国から最低の地獄までの中に位置しているのか、それとも最高の天国なのかは不明なのだ。ただ一つ言えることは、ここが最低の地獄ではないということだけだ。
「そうだったんですか……色々とありがとうございます」
「いいってことよ。それに丁度良かった、着いたぞ」
目の前には、とても巨大な入り口があった。二階建てのプレハブみたいな、鉄町らしい作りの建物で、窓が一階分しかないのを見ると、かなり高さがある建物のようだ。
そして僕は、周囲を一瞥した——そして驚いた。ほんとに彼の言うとおり、辺りには僕のような肥満体がうようよといるのだ。その体が馴染んでいるのか、動き方はえっほえっほとしていながら、疲労が全然見えない。みんなカートを利用しながらも、荷物を運搬したりなど、確りと仕事をこなしており、お腹はあれだが、手足はがっちりとしている。
勿論全員が全員そうではなく、半分ほどは巨大なベンチ(ここらでは普通のようだ)に座って、何かを食べながら談笑している。そちらのグループは、二の腕や太ももがたぷたぷだ。
「本当に、言ってた通りなんですね。でも、どうして?」
「それはな、パム・ロさんがそうだからさ。今この鉄町の地下は彼が所有しているんだが、彼自身物凄く太ってるから、周囲に同じような人を配置したってわけよ」
「へ、へぇ……」と僕は、そのパム・ロが如何ほど太っているのか、興味と共に不安なんかも沸き起こった。
「だからあんたも、パム・ロさんの周りに住もうと思えば住めるぞ。彼自身大量の食料が必要だから、ここら一体には食料庫が沢山あって、いつでも食べたいものを食べられるんだ」
「でも、お金とかはかからないんです?」
「ははは! ここには金なんて要らないんだよ」
「じゃあ、どうして働いたりしてるんです?」
「多態性ってやつじゃないのか? 別に仕事をする義務はないんだが、したい奴はするんだ。逆にしたくないやつは、とことんしない。それだけさ」
「そうなんですか……なるほど、色々とありがとうございました」
「良いって事よ」
僕はカートを降り、運転手に別れを告げると、目の前の建物に向かった。そして巨大な扉の横にある呼び鈴を押した。
すると中から、野太い声が聞こえて来た。
「入っていいぞ」
それに僕は少し困惑した。こんな巨大な扉、一人で開けられるのかと。しかし手を掛けて押すと、思った以上にすんなりとあいたのだ。見ると大きな扉は、薄いトタンのようなものだったのだ。
扉の奥には、とても大きなホエリアンがいた。そしてすぐに分かった、彼が例のホエリアンだと。しかしその太り具合、半端ではない。僕の何倍——いや、何十倍と太っている。横には恰幅の良い女性のシャーカンのメイドが、彼の体をタオルで拭いていた。
「んん、見ない顔だな?」
「あ、はい。あの、ミドラー・クロスって言います。パム・ロ・ファスタ・スロウワさんですか?」
「ああそうだ。だがその呼び方は面倒臭いだろ、本名のパム・ロでいいぞ」
「えっ……本名じゃなかったんですか?」
「ここに来たら、罪を犯さない限り自由だ。名前も自由に付けられる。まっ、勿論申請は必要だがな」
「でも、なんでそんな長い名前を?」
「……昔な、俺はファスタってあだ名だったんだ。ホエリアンだからって、結構早く泳げてたんだ。だがある時調子付いて大怪我をしてから、ろくすぷ動けずぶくぶくと太ってな。周りは俺のことをファスタ・スロウワと、昔のことを愚弄するかのようにそう呼んだんだ」
「じゃあ、それを態々つけたんですか?」
「正直なところ、昔のファスタって呼び名がお気に入りでさ。でもこんな体ってファスタっておかしいだろ? だからそのまま付けたんだ」
「そうだったんですか……」
「んで、何の用だっけ?」
うっかり忘れていた僕は、慌てて、自分の現状を伝えた。ある事故から太り始め、そして現実世界と呼ばれる場所から、謎の光に引き込まれここに来たこと。そして煉瓦町——そこもまんまの名前だった——で、シャーカンの女性にここのことを教えて貰い来たこと。
それを告げると、パム・ロではなく、側近のシャーカンが口を開いた。
「てことは、妹に会ってきたのね」
「妹?」
「ベース・ボトムっていうあたしの妹よ。色々とわけあって、別々に暮らしてるんだけど——元気そうだった?」
「え、ええ。子供達も元気が良かったみたいですよ」
「子供達?」
「その、なんか養子にしたって言ってました」
「そう……あの子も確りとして来たのね」
するとパム・ロが口を開いた。
「ヴァーテクス、そろそろミドラーの話に戻っていいか?」
「あっ、すみません、つい……」
「いや、気にするな。するとつまりミドラーは、元の世界に戻りたいわけか」
「はい」
「しかし、謎の光ってのが気に掛かるな。それ、白と黒の入り乱れなんだろ?」
「ええ。知ってるんですか?」
「実はな、罪人が地獄へと近付く時に、それが現れるんだ」
「え……つまり、どういうことなんですか?」
「ミドラーは、この死の世界で罪を犯すと、地獄へと近付くことは知ってるか?」
「はい、先ほど運転手に聞きました」
「その時、罪人の目の前にその光が現れ“下”へと送られるんだ」
「てことは、僕の時の光も、それを同じってことなんですか?」
「そうかも知れない。だがそれは、あくまで死の世界での話で、現実世界でそんなのは聞いたことがない。しかもそれが、現実世界と死の世界を結ぶなんて、前代未聞だ」
「そう、なんですか……どうしよう」
「とりあえず、しばらくはここに住んだらどうだ?」
「ここに、ですか?」
「周りに色々聞いて、情報を集めてやるよ。無闇に動いたってどうにもならないし、そんな体力もなさそうだしな」
的を射抜かれた僕は、苦笑しながら額の汗を擦った。いやはや隠していたが、立ちっぱなしだった僕の足は結構疲労しており、ちょこちょこ左右順番に体重のかけ方を変えていたのだ。
「でも、家とかはどうすればいいんでしょうか?」
「心配するな、この家の部屋を一つやるよ」
「い、いいんですか?」
「そもそもここに来たら、一人一軒の家を持つものだ。鉄町に来る時だって、普通に引っ越しを行なうんだ。それにこの建物には、何百年前には何人もの人が住んでいたからな。色々とあって今は俺一人だから、丁度良かったさ」
「えっ、何百年!? パム・ロさんは、そんなに長くここで暮らしてるんですか?」
「死の世界じゃ、命は半永久なんだ。だからこんなデブにもなれると」
ぶははと笑うパム・ロ。僕もそれに合わせて笑うが、不可抗力で太ってしまった僕には、その冗談が冗談には思えずにいた。
とにもかくにも、この家に住めることで、寝床は確保出来たわけだ。そして食事は問題なと運転手は言っていたし、周りの人達やパム・ロがこうならば、衣服にも困ることはなさそうだ。
そんなこんなで、僕はパム・ロの家に住むことになった。彼はとにかく、食べる量が半端ではない。一緒に食事をする時も、ついつい食べ過ぎそうになるが、止まらない体重増加を懸念する僕は、極力食事を抑えた。食べる時はとことん食べてしまうが、我慢が出来ないわけではない。不思議と前と同じで、空腹を感じないのだ。
しかしながら、やはり体重は、自分の努力に反して着実に増えていた。ここで暮らす内、このまま太り続けてもいいかなと思う時もあるが、僕はそもそも生きており、今のままでは死んでしまうと同然だと自らを奮い立たせ、ここの定住したいという気持ちをはねのけた。
だが、ここに来てからあまり動くこともないので、それに体力もない上に調査方法も不明なので、パム・ロに全てを任せるために運動不足が進み、日に日に僕の心は、この死の世界に溶け込んでいった。
続く