著者 :fim-Delta
作成日 :2007/08/09
第一完成日:2007/08/11
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「シリアス船長」
「ん? なんだい、エイディメイト?」
船長となってから数年が経ったシリアス船長は、既に船長という呼び方にも、年上の相手を呼び捨てで言うことにも慣れていた。
「そろそろ船内の食料が不足し始めてます。近くに惑星フリアがありますが、そこで補給しますか?」
「……惑星フリア、か。あの事件来、あそこは徐々に開拓が進んで、今では先進国の仲間入りだもんな……」
「そうね。あれからもう数年が経った――時の流れは早いものね」
「だね。本当、ものの移り変わりは早いもんだね」
そう言ってシリアス船長は、大きく膨らんだ自分のお腹をポンっと叩いた。それは気持ち良い音を奏で、操縦室中にその音が響いた。
「ふふ、本当。船長、数年前と比べると豪い変わりようだものね」
ティタは、お得意の忍び笑いを漏らした。
「……それで船長。どうします?」
「ん? あ、ああ、そうだな。それじゃあ惑星フリアにでも寄るとするかな――よし、皆! 着陸態勢に入るぞ!」
『了解!』
やがて、惑星フリアに到着した<イボルバ>は、ハッチを開けてスロープを降ろし、そこから大勢の船員達をフリア宇宙港に降ろした。
「それじゃみんな、後は宜しく! ここを出てすぐの本道に、むっちゃ美味しいケーキ屋があるらしいから、僕はそっちへ行ってるよ!」
そう言ってシリアス船長は、船員達を置いて、一人そそくさと宇宙港を出て行ってしまった。
「……シリアス船長も、随分様になって来たな」
エイディメイトが言った。
「そうね。しかも今回の船長、メルティッド船長とは違って甘いものが大好きだから、おかげで太るスピードも、前任より格段に早いわ」
「……またその内、<イボルバ>を拡張しなければならないな」
「ふふ、そうね……あなた」
二人は話しを終えると、船員達と共に食料調達へと向かった。
シリアス船長が本道を進み、目的のケーキ屋に着く手前でのこと。路肩で、一人うずくまるコンスタンシャンの少年が目に入った。
「……坊や、どうしたんだい?」
「……」
少年はうずくまったままだった。よーく見ると、その少年の腕の中には、”<イボルバ>の歴史”という本が抱えられていた。
「……君、<イボルバ>のことが好きなのかい?」
「……笑えばいいさ」
「どうして?」
「だって……確かに<イボルバ>は凄いよ。だけど、乗ってる船長はみんなデブなんだもん……周りはそれを嘲るんだ」
「……君も、そう思うのかい?」
「ううん。おいら、<イボルバ>が大好きだし、船長もみんな好きだよ。だって、正義の心を持つ偉大な人なんだもん!」
「おー、凄いことを言ってくれるねぇ。嬉しいなぁ」
「え?」
意味が理解出来なかった少年は、顔を上げてシリアス船長を見上げた。
「――!」
「それじゃあ僕は、君が好きな船長の一人なのかな?」
シリアス船長は、にこやかに少年を見つめた。少年はあまりの衝撃に、言葉を失っていた。
「それとも、嫌いかな?」
「い、いえ! とんでもないです! お、おいら、シリアス船長にとても憧れてるんです!」
「はは、それは良かった。……それじゃあ記念に、一緒に食事なんてどうかな?」
「本当!?」
そしてシリアス船長は、少年を連れて、先のケーキ屋へと向かった。
「……食事……」
「ん? どうかした?」
「いや、だって食事って言ったら、普通レストランとかそういう所に行くのかと思って……」
「そこの方が良かった?」
「い、いえ! おいら、船長が行くところなら何処にでも行きたいです!」
「はは。まあ、僕はメルティッド船長とは違って甘いものが好きだからね。どうしてもこういう所に来ちゃうんだよね」
そう言ってシリアス船長は店内に入り、すぐさま店員に向かって全種類のケーキをくれと注文した。勿論、タワー上の物も含まれている。
店員は一瞬戸惑ったが、彼の容姿を確りと見ることで納得し、すぐに行動に移った。
「す、すごい……おいら、こんなに食べれないや」
「まっ、僕はこんなデブだしね」
シリアス船長は、自分の腹肉を摘んで軽く玩んだ。その光景を見て、少年は笑みを零した。
「……けど、さすがに嫌だなぁ」
「ん?」
「いや、船長には失礼だけど、さすがに太りたくはないなぁ、って」
「何で?」
「だって、なんか姿が滑稽じゃないですか」
「むー、なんか嫌味な感じだなぁ」
「す、すいません……」
「はは、気にするなって。さ、奥の席にでも着いて、一緒にケーキを食べよう」
そう言ってシリアス船長は、奥の座席に着いた。だがあまりの巨体ゆえ、彼の体が席に収まり切らず、
結局数グループ分のテーブルを丸々支配した上、テーブル上に体の肉を溢れ出さす形で、ようやく収まった。
暫くして、注文したケーキが届き、シリアス船長はそれをむしゃむしゃと頬張り始めた。
それと同時に、彼はいつも通り滓を零し始め、それを彼のペットであるドレッグスィータ達が食んだいった。
ドレッグスィータ達は、シリアス船長のおかげで甘い食べ物の滓を沢山食み続けることとなり、結果全員ぷっくりと太っていた。
特に、メルティッド船長来から<イボルバ>に仕えるドレッグスィータは、同族の中でも抜きん出て体が大きかった。
「……そういえば、君の名前は?」
「おいら、ラフって言います。”笑う”っていう意味の」
「だけど君、失礼な話、笑うほど顔が明るくないけど、何かあったのかい?」
「……おいら、お父さんもお母さんもいないんだ――”コンフォームの大虐殺”で、殺されたの……」
「――!」
シリアス船長は食事の手を休め、ラフを諦視した。この状況――デジャヴ?
彼は沈思黙考した。そして、ようやく彼は心の痼りを理解した。過去に似たような状況が、逆の立場で彼に起きていたのだ。
それは、シリアス船長がまだ少年の頃、メルティッド船長と初めて出会った時のことだ。
実は少年シリアスも、ラフ同様に両親を殺されていた。だから彼は、ストリートチルドレンとして一人、辺境の地で貧苦に暮らしていた。
だがそんな状況下でも、彼には一つの楽しみがあった。それは、度々この地を訪れる放浪者達の、宇宙の近況に関する話を聞くことだ。
その時の宇宙の話と言えば、どこも宇宙船<イボルバ>で持ち切りだった。そしてこの時のメルティッド船長はまだ痩身で、
<イボルバ>の人気と同様、メルティッド船長も莫大な人気を得ていた。そして少年シリアスも、そんなファンの一人だった。
しかしながらある時、突如<イボルバ>が休航期間に入ってしまったのだ。しかもその長さ、なんと一年……
それが何を意味するのか――それは、少年シリアスの一年を丸々、常に困窮の沙汰で埋め尽くすということなのだ。
だが彼は、決して挫けはしなかった。例え<イボルバ>の人気が逓減しようとも、彼は常に、<イボルバ>とその船長の崇拝者であった。
やがて一年という月日が流れて<イボルバ>が復帰すると、すぐに過去の栄光が復活するかに思えた――が、事はそう容易くはなかった。
全ての原因は、メルティッド船長の異常に肥えた体と、その食欲だった。
まるで、<イボルバ>と彼は一つの糸で結ばれているかのように、彼の人気の衰えは、<イボルバ>の衰えと繋がり、
決して<イボルバ>と彼の偉大さは変わらずとも、人気は急速に下落していった。
だがそんな状況でも、少年シリアスの心境は不変だった。彼は純粋ゆえ、船長の容姿ではなく、その偉功を尊敬していたからだ。
それから暫くして、メルティッド船長は少年シリアスが暮らす惑星を訪れた。そしてなんと、少年シリアスは船長と邂逅したのだ。
勿論、彼は船長のことを誰よりも尊敬していたので、でっぷりと太ったメルティッド船長に出会うや否や彼はすぐさま声をかけた。
そんな少年を見て、船長は彼を快く受け入れ、近くにあったレストランで一緒に食事を取りながら話をすることにした。
だがいざ船長と一緒になってみると、少年シリアスはあまりの緊張に喉から言葉が出て来ず、結局周りの人達が談笑する声と、
メルティッド船長が料理を貪る音、そしてその時に零れた滓をドレッグスィータが食む音、それらのみが辺りに流れるだけとなった。
やがて、メルティッド船長が少年シリアスに話かけた。
「そういえば、シリアス君の両親はどうしてるんだ? 心配はしていないのか?」
「……僕、両親はいないんです……殺されちゃったんです……」
そう、少年シリアスは答えた。
「……ラフ、ごめん……悲しいこと言わせちゃって……」
「ううん、いいんだ。別においら、悲しくはないよ」
「……そうか。……そういえば君、<イボルバ>のことが好きなんだって?」
「うん! <イボルバ>に関する本も勿論全部読んだよ! だからおいら、いつかは<イボルバ>の船員になるんだ!」
「お? 良く堂々と、そんなことをその船長が居る前で言えるねぇ」
「あっ……」
「……はは、別に良いんだよ。ちなみに君は、船員のどんな役職になりたいんだい?」
「おいらはね――パイロットになりたい!」
まるで輪廻しているかの如く、ラフの姿が、シリアス船長の少年の頃の姿と重なった。
それと同時に、シリアス船長はティタが昔言っていたことを、ついに理解することが出来た。
――これからやるべきことはもう決まっている。全ては、シリアス船長の記憶にしまいこまれていたのだ。
「……それじゃあ、なる?」
「……えっ?」
「君は、パイロットになりたいんだろ?」
「う、うん……」
「じゃあ今から、一緒に<イボルバ>に乗るかい?」
「――! ほ、本当!?」
「ああ、本当さ」
「やったー!」
ラフは喜びに飛び跳ね、シリアス船長に抱き付いた。
シリアス船長は、きっとあの時のメルティッド船長もこんな気持ちだったんだろうなぁ、と悟った。
その後彼は、残ったケーキ群を早々に平らげ、ラフを<イボルバ>へと案内した。
「こ、これが<イボルバ>……」
「そうだよ」
左脇に紙袋を抱え、右手でその中を探り、手当たり次第にその中身を頬張りながらシリアス船長は言った。
「そしてここが――」
シリアス船長は目の前の扉を開け、ラフを操縦室内へと案内した。
「――操縦室だね!」
「そう。……さぁてと、あそこに空席があるだろう?」
「うん」
「座って」
「……えっ?」
「ほら、早く座りなよ」
戸惑いながらも、ラフはシリアス船長の言葉に押されて、指示された空席に座った。
「さてみんな、準備はいいかい?」
『はい、船長!』
「では早速離陸しよう――パイロットのラフ!」
「え!? は、はい!」
「離陸を」
「……え?」
「だから、離陸を」
「で、でも、どうやって――」
「まずは手前の小さなレバーを下ろす。そしたら足元のペダルを踏む。宇宙船がぶれないよう、ハンドルは水平に確りと押さえる」
「は、はい!」
ラフは咄嗟の出来事にも関わらず、シリアス船長の言うことを素直に聞き、その指示に従って彼は<イボルバ>を操縦し始めた。
「まず、レバーを下ろして――」
「そうだ、ラフ。そしたら足元のペダルを踏む」
「ペダル……」
ラフは足元を探り、それを踏んだ――するとなんと、<イボルバ>が浮上し始めたではないか!
その感動を露に、ラフは次なる行動に移った。
「次はブースターの向きを変える。右側に縦向きの舵があるだろう? それがブースターの向きだ。今度はそれを斜め四十五度にしろ」
「はい!」
ラフは指示された舵を手に取り、それを手前方向に回した。すると宇宙船は、それに合わせて徐々に進行方向を前へと傾けていった。
やがて指定角度に合わせられた宇宙船は、一定の速度で進行、上昇しながら大気圏外を目指した。
そして大気圏外へと出ると、今度はラフの隣にいるパイロットが操縦を代わり、ここでようやくラフの初フライトは幕を閉じた。
「良くやった、ラフ。今日から君は、この<イボルバ>のパイロットだ」
「ほ、本当ですか!?」
ラフはシリアス船長の方を振り向き、目を輝かせながら聞いた。
「ああ、本当だ。……ようこそ<イボルバ>へ。君を心から歓迎するよ」
『ようこそ<イボルバ>へ!』
船員達の唱和に、ラフは生涯最高の笑みを零した。
それからというもの、ラフは徐々に<イボルバ>に馴染んでいき、そしてパイロットとしての技量も着々と身に付けていった。
補足として言わせてもらうと、それは少年時代のシリアス船長も同様であった。
数年後……
「よし、では惑星フーズへの着陸準備を進めろ!」
異様に巨大な主席に座るシリアス船長がそう告げた。パイロットはそれに応じ、宇宙船<イボルバ>を傾けた――が!
突如船が、がくんとバランスを崩し始めたのだ!
「な、何が起きた!?」
「分かりません! 船首の方にだけ、なぜか均衡保持関数に大きなずれが……って、船長! まーた太ったでしょ!?」
「うーん、何のことかな?」
「船長! このままでは墜落してしまいますよ!」
「……それじゃあ、あれを使う時がやって来たかな?」
「……あれ?」
「船頭垂直ブースターのEを作動! プログラムをアップデートしておいたから、メニューコマンドに追加されているはずだ」
パイロットは言われた通り、追加されたメニューコマンドを実行した。
するとどうだろう、船頭の垂直ブースターの一つが強く唸り、それと同時に傾いていた船が、徐々に均衡を保ち始めた。
「……船長、いつの間に新しい補助推進装置を付けたんですか?」
「いやね、ほら、前に宇宙船がバランスを崩して、惑星の牽引ビームを駆使して助けて貰ったことがあったでしょ?
だから今後、そんな事態にならないよう、ちょっと前にブースターを追加して置いたんだ」
「へぇ~……そんなことで金を無駄遣いするぐらいなら痩せてください!」
シリアス船長は、手にしているケーキをむしゃむしゃと頬張りながら、反省の色無しに答えた。
「ははは、気にするなよヨシダ君」
「そんな在り来たりなボケはよして下さい! それにおいらには、ラフっていうちゃんとした名前があるんです!」
「もうちょっと”ラフ”してくれよー」
「……もういいです……」
「……全く、君にはヒューモリアンとしてのユーモアは無いの?」
「何を言ってるんですか! おいらはコンスタンシャンですよ!」
「あー、そうだったね、ごめんごめん。それじゃあお詫びに一緒に食事でもしようか」
「何でそうなるんですか! それに船長と一緒に食事なんてしてたら、こっちが太っちゃいますよ!」
「いいじゃないか、ラフ。僕見たいな船長になりたいんだろう?」
「ですけど、太りたくはありません!」
「でもラフ? あなたまた最近太ったんじゃない?」
「マジ!?」
「はは。それじゃあ一緒に食堂に行こっか」
「嫌です!」
「それじゃあみんな、後は宜しくお願い。宇宙港に着いてからは暫く休憩だ。その間僕はラフのために全食力を尽くすから」
「意味が分かりません!」
「それじゃ行こっか、ラフ?」
「嫌だ!」
「そう言いつつも、僕に付いて来てるのは何でかな?」
「……それは、船長の命令だから……」
「おー! よし、その忠誠心気に入った! 今日はサービスしちゃうぞー」
「嫌だぁー!」
結局その後、ラフはシリアス船長と共に食事を取り、そして案の定不満爆発状態のラフは、船長につられてつい食べ過ぎてしまっていた。
そんなことに気付かないラフは、おかげで順調に太り続け、シリアス船長の後継ぎとしての風格を着実に作り上げていった。
宇宙船<イボルバ>のキセキ 後続章 完