著者 :fim-Delta
作成日 :2007/08/08
第一完成日:2007/08/08
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メルティッド船長、シリアス、そしてティタが監禁されている頃、<イボルバ>ではエイディメイトが、船長の代理を務めていた。
「エイディメイトさん。メルティッド船長一行の帰還予定時刻が、一時間を過ぎました」
「……うむ、分かった」
「……何か、あったんでしょうか?」
「分からん。だがメルティッド船長のことだ。仮に大きな事件に巻き込まれようとも、無事だろう」
「そう旨く行きますでしょうか?」
「さあな。だがここはメルティッド船長のように、とりあえず気楽にしていようじゃないか。訃報が届かない限り、心配は無用だからな」
とその時、コンピューターが、あるメッセージを受信した。
「誰からだ?」
すぐにエイディメイトは、オペレーターに尋ねた。
「……分かりません。旧式メッセージのため、少々解読の時間が必要です」
「トランスレーターは?」
「残念ながら対応していません。正直、ここにティタさんがいれば良かったのですが……この方式は、船員で唯一彼女しか読めません」
「……となると、このメッセージを送ったのはティタ、ということか……」
「やはり、何か徒ならぬことでもあったのでしょうか?」
「そうかも知れんな。よし、ではここは一つ、大いに焦るとしようか?」
「了解。では今すぐ他の者と共同で、このメッセージの解読に当たります」
「頼んだ。メッセージはオペレーター同士で最善を尽くせ。後の者は、いつでも発進が出来るよう準備を整えろ。私は装具を整えてくる」
「えっ? もしかして、エイディメイトさん。一人で船長達を助けに行くつもりですか?」
「メッセージの内容によってはな」
「それは危険ですよ! せめて荷持ぐらいは連れて行った方が――」
「大丈夫だ。この惑星にいる輩は、どんなに強い反抗勢力を持っていようとも、所詮戦術には素人だ。私には及ばん」
「し、しかし――」
「気持ちは分かるが、ここは損害を最小限に抑えるんだ。……何かこれから、大きな事件でも起きそうな気がするんだ」
「直感、ですね。……分かりました。それじゃあせめて、定期的にこちらに通信をかけてください。少しでも力になりますから」
「分かった。もし長く私からの連絡が途絶え、かつ船長との連絡も取れない場合は、この惑星から直ちに離れろ」
「……畏まりました。お気を付けて下さい、エイディメイトさん」
「任せな。久々に私の血が騒ぐってもんよ」
そう言ってエイディメイトは、武器庫へと足を運び、装具を装った。そして最後に、胸の部分に立派に煌く勲章を、確りと取り付けた。
メルティッド船長、シリアス、ティタは、未だ土間の牢に閉じ込められたままだった。
もう何時間も閉じ込められ、何も飲食をしていなかった船長は、辺りに腹の虫を鳴り響かせていた。
「船長、その腹の虫、どうにかなりませんか?」
シリアスは、同じ音を飽き飽きするほど聞かされ、ノイローゼにでもなりそうだという面持ちで懇願した。
だがメルティッド船長は、空腹の絶頂に立たされ朦朧とする意識の中で、シリアスの頼みを退けた。
「悪いなシリアス……これは俺の意識的な部分じゃないんだ。我慢してくれ……」
「……それにしても、助けはまだなの、ティタ?」
「恐らくメッセージは届いたと思うんだけど……旧式のメッセージだから、解読に時間がかかるかもね」
「そうか……。そういえば、良く見つからなかったね、その送受信機」
「これは本当に旧式のやつだから、恐らく向こうの機器走査に引っかからなかったのよ」
「ふぅん。良くそんなのを持ち歩いてたね」
「まあこれは、私にとって大事な宝物だからね」
「……なんか、恋人とか、そういう人の?」
「その――エイディメイトからもらったのよ」
「エイディメイトさんから?」
「ええ。何と言っても、エイディメイトは元軍人だからね」
「軍人!? あのエイディメイトさんが?」
「意外でしょうけどね。エイディメイトは、私が旧式メッセージを読めることを知って、これを渡してくれたの」
「じゃあ、メッセージは向こうにいるエイディメイトさん達に届くんだから、すぐに解読出来たんじゃないの?」
「いいえ。エイディメイトは旧式メッセージを読めないのよ。彼はこれを、祖父からお守りとして貰っただけらしいから」
「なるほど……だけど本当に、これは良いお守りになったね。……それにしても、何で君にそんな大事なものを?」
「それはね、私とエイディメイトが――」
話を割ったのは、外から轟いた爆音だった。そして、共に起きた颶風が牢屋の中へと流れ込み、辺りを砂煙で覆ってしまった。
「ごほっ、ごほ! な、何が起きたんだ!?」
シリアスが慌てて辺りの様子を窺おうとしたが、辺りを舞う濃厚な土埃が、それを妨げた。
「きっと、エイディメイトが助けに来てくれたんだわ」
「お? どうやらそのようだな……」
メルティッド船長が、煙が収まった外の状況を一瞥して、呟いた。
「じゃあみんな、準備を整えて! もう少しでエイディメイトが助けに来るはずよ!」
そして噂をすれば――ティタが指示してまもなく、その言葉通りエイディメイトが、胸の勲章を輝かせながら現れた。
「みんな! 少し離れてろ!」
エイディメイトが、巨大な鉄柵を周りに発泡スプレーをかけ、それに火を点けた。
すると火を点けた部分の泡が弾け、そこから徐々に誘爆して行き、鉄柵の周りで小爆発が発生した。
そして爆発が終わって数秒後、巨大な鉄柵がメルティッド船長側へと倒れ、またもや土埃が牢の中を舞った。
しかし「急ぐんだ!」というエイディメイトの声に、船長達は濛々と立ち昇る土煙の中を、幽かなエイディメイトの後姿を頼りに進んだ。
そのさなか、エイディメイトはさりげなくティタの手を取り、外へと優しく導いていた。
エイディメイト、シリアス、ティタ、メルティッド船長は、広く仄暗い廊下を走っていた。
あのメルティッド船長までもが、その巨体に似合わず、確りと三人の後を追って走っていた。だがその表情は、どこか虚ろ気だった。
「ねぇ、どうして遠回りをしているんだい?」
走りながら、シリアスは疑問を口にした。
「え? 何で遠回りなの?」
「だってさっきの爆発から牢屋までの時間を換算すると、疾うに外に出てるはずじゃないか」
「今は外に向かってるんじゃないんだ」
エイディメイトがそう答えた。
「それじゃあ何処へ?」
「食料庫さ」
「食料庫? 何でですか?」
「船長の空腹を埋めるためさ」
「はっ!?」
こんな緊急時に何を言っているんだ、とシリアスは訝しんだ。だがそんなことなどエイディメイトは露知らず、
やがてエイディメイト率いるメルティッド船長一行は、食料庫へと辿り着いた。
そしてその中に入るや否や、船長は真っ先に、食料庫にある食べ物を手当たり次第に貪り始めた。
「は、早くしないと追っ手が――」
シリアスの抗議を遮り、エイディメイトは言った。
「すぐに出るさ」
その言葉に、シリアスは懐疑心を懐きつつも、それに従った。
そして数分後、ある程度満足したメルティッド船長は、表情も元通りにこう言った。
「うっし。まだ腹一分目にも行ってはいないが、とりあえずこれで船までは持つだろう」
「よし、それじゃあ早速出よう」
エイディメイトが再び、三人を率いて外へと向かった。やがて、彼らは広大な砂地に出た。向こうには、巨大なフリア宇宙港があった。
「あそこまで全力で走るぞ!」
だが暫くして、とうとう追っ手がやって来てしまった。それを告げたのは、駆動音の低音に気付いた元軍人のエイディメイトだった。
「追っ手だ! ――くっ、戦車が三両にフローターが十台!」
「ちっ、それじゃあ逃げようもないな」
「……まずいわ、もうそろそろ砲台の射程範囲に入るわよ」
「よし、なら俺の後に隠れろ!」
メルティッド船長が、急に踵を返して立ち止まった。残った三人は、メルティッド船長の巨躯に隠れ、彼の柔らかい背肉に凭れかかった。
「せ、船長! 一人でどうするんですか!?」
「いや、どうもしないさ。俺は掩体となるから、その間にシリアスはエイディメイトの指示に従い、攻戦準備に入れ」
「掩体だって!? 船長、いくらあなたがそんな体だからって、あれらの砲撃には耐えられませんよ!」
「いいから言う通りにしろ!」
メルティッド船長の激昂に戦き、シリアスは反論をやめた。
そしてシリアスは、エイディメイトが持って来た光子銃、さらに幾つかの手榴弾を受け取った。
「シリアス、戦闘経験はあるか?」
「いえ……これが初めてです」
「そうか。まず一つ、体をリラックスしろ。二つ、私の言うことに躊躇なく従え。三つ、私を倣え」
「分かりました」
「ではいくぞ」
そう言ってエイディメイトはまず、メルティッド船長の脇越しに、敵部隊を見つめた。
「よし、まずは手榴弾を使おう。これは特殊な設計になっていて、軽く投げるだけで遠くまで飛ぶから、力加減には気を付けろ」
エイディメイトは表に出て、敵との距離を測って手榴弾を投げた。するとそれは見事命中し、戦車一両とフローター三台を吹っ飛ばした。
そして彼はすぐにメルティッド船長の背後に隠れ、シリアスに攻撃を促した。
シリアスは手に汗を握りながら、先ほどのエイディメイトの行動を真似て、手榴弾を投げた。
だがそれは、思った以上に飛距離が伸びてしまい、既に敵部隊が通り過ぎて行った轍だけを吹き飛ばした。
「す、すいません。外しました……」
「初めてなら仕方ないさ。ただこれで、大体の感覚は掴めただろ?」
「はい……」
自信無さげにシリアスは返答した。その様子を見てエイディメイトは、彼に言った。
「……悪い、私も一つ大事な物を外した」
「な、何をですか?」
「四つ、後悔するならそれを踏まえろ」
そう助言したエイディメイトは、シリアスに向かって笑みを見せた。それは、シリアスが初めて見る、ポーカーフェイスの笑みだった。
シリアスはその笑顔を見て、自然と顔が綻んだ。それを確認したエイディメイトは、再び手榴弾を投げた。
そしてそれはまたもや命中し、見事、戦車一両とフローター二台を爆破した。
それを見てシリアスは、今度は呼吸を整えた上で表に出て、確りと敵との距離、そして自分の力加減を測った上で、手榴弾を投げた。
すると、それは見事なまでにヒットし、最後の戦車一両を破壊し、さらにフローターを一台撃破した。
「やったじゃないか、シリアス!」
「はい!」
興奮したシリアスは、歓喜の声を上げ、嬉しさのあまり飛び跳ねそうになった。
だがその直後、敵から手榴弾が放たれ、それがメルティッド船長の手前に落下し、船長達の周りに爆風と爆音を轟かせた。
土煙が高々と舞い、辺りの視界が一時的に遮られた。
「せっ……船長ー!」
シリアスの表情が転化し、今度は悲哀の叫びを上げた。だが船長は、それがどうかしたのか、とでも言うように、こう返した。
「ん、シリアス? どうかしたのか?」
「……へ?」
「シリアスは、船長のことが心配だったのよね?」
「お、そうかそうか。さすがはシリアス、俺のことを心配してくれるなんて、嬉しいなぁ」
「せ、船長? 本当に、大丈夫なんですか?」
「ぜーんぜん。ほら」
メルティッド船長は、ぼってりとした腕を脇腹の肉に遮られながらも、何とかして後にいるシリアスに見せびらかした。
その腕は、少々燻っているようにも見えるが、火傷の痕は全く見られなかった。
とその時、今度は敵部隊から実弾が発砲された。船長の周りに、弾丸が地面と接触した時に起こる、小さな土の舞いが上がった。
「あーあ、今度は実弾かよ」
そう漏らすメルティッド船長。よーく見て見ると、彼の体に当たった弾丸は、彼の厚い脂肪に一瞬埋もれた後、弾き返されていた。
その現象をシリアスは、先ほど船長が提示した腕で、確りと視認した。
「ま、マジですか……」
「だからデブって便利なんだよ」
そう言ってメルティッド船長は、シリアスにウィンクした。シリアスは言葉に迷い、そのままだんまりしてしまった。
「……さて、話はここらで終わりにして、次は銃撃戦で行くぞ、シリアス」
「は、はい!」
エイディメイトから手榴弾と一緒に手渡された光子銃を、シリアスは手に握り締めた。
「さっきの手榴弾ほど難しくはない。とにかく当てりゃいいんだ。但し、欲深に複数人の相手を狙うなよ? 的を一つに絞るんだ」
「分かりました」
エイディメイトは、今度はメルティッド船長の脇越しに、こっそりと敵の様子を窺った。
そしてそこで銃を抜き、彼は敵に向かってレーザーを放射した。思惑通り、それは見事フローターの乗員に当たった。
次に、その様子を観察していたシリアスが、エイディメイトとは反対側の脇から、攻撃を仕掛けようとした。
だがその刹那、敵の弾丸がシリアスの目前の地面で跳ね返り、シリアスは驚きざまに尻餅をついてしまった。
「銃撃戦は、手榴弾の時以上に危険だ。ここはリラックスしながら、意識を集中させるんだ」
エイディメイトの助言を聞き、シリアスは再びメルティッド船長の脇から、敵部隊を覗いた。
そして意識を集中させ、彼は光子銃を敵に向けて発砲した。すると何と、それは見事敵に命中し、敵は呆気なくフローターから落ちた。
「素晴らしいぞ、シリアス! その調子だ!」
その後も、メルティッド船長を掩体とし、エイディメイトとシリアスは、敵に向かってレーザーを放ち続けた。
およそ十分間の戦いの末、エイディメイト達は敵部隊を殲滅した。
「みんな、お疲れ様。怪我人はいないかしら?」
ティタが挨拶もそこそこに、三人の戦士を見つめた。
「僕とエイディメイトさんは大丈夫です。けど船長は――」
「……まずいな……」
「せ、船長!?」
「むっちゃ腹が減った」
「……船長も大丈夫です、ティタ」
「ふふ……それじゃあ後は、ゆっくりと<イボルバ>に戻るだけね」
「いや、ゆっくりはしてられないぞ」
メルティッド船長がいきなり真面目に言った。
「レチッドはコンフォームを殺す気だ。恐らくコンフォームは、もう既に惑星アダプタへと帰還しているかも知れないが、安心は出来ん」
「……ですね。一刻も早く、この事実をコンフォームに知らせないといけませんね」
「ああ」
「船長、離陸の準備は既に整っています。それなら早急に<イボルバ>に搭乗し、ここを発ちましょう」
「そうだな、エイディメイト。どうやら今回は、君が一番船長に相応しい存在だな」
「いえいえ、船長に比べればまだまだですよ」
「はは。ま、俺を越えるにはまず、俺みたいにならないといけないな」
「船長みたいにはならないで下さいね、エイディメイトさん」
「何!? シリアス、まさかお前、船長である俺を見本にするなとでも言うのか!?」
「当たり前ですよ! エイディメイトさんは元軍人で、戦術を知悉している方なんですよ? そんなお方が、船長のように緊張感が無く、
しかもぶくぶくに太ったりしてしまったら、エイディメイトさんの威風凛々な姿が損なわれてしまいますよ」
「ふっ、シリアス。肯定するのは少々恥ずかしいが、確かにそうかも知れん。だが船長も船長で、なかなか見所があるぞ?」
「エイディメイト、ナイスアシストだ!」
「何処に見所が?」
シリアスはメルティッド船長の体を眺め回し、顔を顰めた。
「まあその内に分かるさ、シリアス。さぁ、そろそろ<イボルバ>に戻ろう」
そのエイディメイトの言葉を最後に、四人は<イボルバ>が停泊するフリア宇宙港へと向かった。
フリア宇宙港には、思いなしか停泊する宇宙船の数が多いな、とシリアスの直感が感じ取った。
「お、あったぞ俺らの宇宙船! これでようやく飯がたらふく食えるぞ!」
「船長、少しは我慢してください」
「やだね。乗ったらすぐに飯を食う! 後はエイディメイトに任せた」
「畏まりました」
その言葉通り、メルティッド船長は<イボルバ>に乗るや否や、すぐに食堂へと向かった。
そんな船長の後姿を見て、シリアスは溜め息混じりにこう呟いた。
「全く、あれの何処に見所があるんだか……」
「そのうち分かるわよ、シリアス」
「……分からないだろうなぁ……」
そうシリアスはぼやき、残った三人は操縦室に入った。
「メルティッド船長の命令により、今すぐここを発ち、最寄の<歪の場>にて惑星アダプタへと向かう!」
『了解!』
船員の掛け声と共に、宇宙船が唸り、微震し始めた。それからシリアスが、レバーを下げて離陸体勢に取りかかった。
徐々に地面を離れ浮いていく<イボルバ>。やがてそれはエンジン音を響かせ、大気圏突破のために高度を上げ、宇宙へと躍り出た。
宇宙船<イボルバ>のキセキ 第三章 完