著者 :fim-Delta
作成日 :2007/07/18
第一完成日:2007/08/07
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宇宙船<イボルバ>。多士済々な船員を率いるメルティッド船長を乗せたこの宇宙船は、あらゆる惑星間の難題を解決し、斡旋して来た。
そういった活躍を長らく続けた結果、船長と宇宙船の名は多数の銀河に波及し、そして彼は莫大な資産を築いた。
だがそれ故に、宇宙船内部に、とある解決難の問題が生起してしまった――が、これは後々の話で理解出来るため、今は話を進めよう。
その後、<イボルバ>は一時的に休航になってしまったのだが、最近になってようやく活動が再開された。
そして宇宙船は再び依頼を受ける身となり、そして今宵、とある惑星間の抗争を収めるべく、宇宙船は依頼主の元へと飛んでいた……
「よし、では惑星アダプタへの着陸準備を進めろ!」
異様に巨大な主席に座るメルティッド船長がそう告げた。パイロットはそれに応じ、宇宙船<イボルバ>を傾けた――が!
突如船が、がくんとバランスを崩し始めたのだ!
「な、何が起きた!?」
「分かりません! 船首の方にだけ、なぜか均衡保持関数に大きなずれが……って、船長! まーた太ったでしょ!?」
「はて、何のことかな?」
「船長! このままでは墜落してしまいますよ!」
「ふぅむ……じゃあ、あれを使う時がやって来たかな?」
「……あれ?」
「船頭垂直ブースターのCを作動! プログラムをアップデートしておいたから、メニューコマンドに追加されているはずだ」
パイロットは言われた通り、追加されたメニューコマンドを実行した。
するとどうだろう、船頭の垂直ブースターの一つが強く唸り、それと同時に傾いていた船が、徐々に均衡を保ち始めた。
「……船長、いつの間に新しい補助推進装置を付けたんですか?」
「いやな、ほら、前に宇宙船がバランスを崩して、惑星の牽引ビームを駆使して助けて貰ったことがあっただろ?
だから今後、そんな事態にならないよう、ちょっと前にブースターを追加して置いたんだ」
「へぇ~……そんなことで金を無駄遣いするぐらいなら痩せてください!」
メルティッド船長は、手にしているファストフードをむしゃむしゃと頬張りながら、反省の色無しに答えた。
「はっはっは、気にするなよヨシダ君」
「そんな在り来たりなボケはよして下さい! それに僕には、シリアスっていうちゃんとした名前があるんです!」
「そんなに”シリアス”になるなよー」
「……もういいです……」
「……全く、君にはヒューモリアンとしてのユーモアは無いのか?」
「そんなの、この宇宙船には必要無いでしょう!?」
「うーん……ティタ、君はそう思うかい?」
「私は、少しぐらいはユーモアがある方が、この船内にとって良いと思いますよ」
と言ってティタは、シリアスを横目で見ながら忍び笑いを漏らした。彼女はその名の通り、忍び笑いの名人なのだ。
「船長、どうやら無事、アダプタ宇宙港に着陸出来たようですよ」
メルティッド船長側近の伴侶、エイディメイトがそう告げた。船長は頷き、オペレーターであるティタに、ハッチを開けさせた。
そして船長は、シリアスを連れて、開いたハッチから降ろされたスロープを下り、アダプタ宇宙港のエプロンへと降り立った。
メルティッド船長は、元々スレンダーな男だったと聞く。彼は多くの功績を上げ、巨万の富を得ることが出来た。
そして宇宙船<イボルバ>は時の流れと共に増設、拡張され、より最先端の技術を取り入れた、最新鋭の宇宙船となった。
だがそれによって、メルティッド船長は次第に怠けを覚え、決して彼の機知が衰えることはなかったが、
まるで<イボルバ>と渾然一体になったかのように、彼の体はそれと共に大きくなり、そして今に至る、と噂されている。
そんなメルティッド船長は、目的の会議が行われる会堂に向かうまでの間、道行く先々で常に通行人達の衆目を浴びていた。
ヒューモリアンとして見なくても、彼の太った体は明らかに異常そのものだった。歩く度に、体中の肉々が揺れるのだから。
しかも船長は、一日中何かを頬張っていて、この移動中も何かしら口にしているのだ。しかもぼろぼろと滓を零しながら……
やがて船長御一行は、着陸から五分で目的地の会堂に辿り着いた。その頃には船長は、既におやつのドーナッツを二十個平らげていた。
中に入ると、木製のミーティングテーブルが円形に並んでおり、既にほぼ全席が埋まっていて、唯一残った席は不自然に大きかった。
(明らかに”誰か”専用、って感じだな……)
「シリアスく~ん? なーにを考えているのかなぁ~?」
(げっ! こ、心を読まれてる!?)
「メルティッド船長。どうぞお掛けになって下さい」
丁度真向かいに座っていた、でっぷり――それでもメルティッド船長よりは遥かに痩身――としたコンスタンシャンが言った。
この言葉のおかげで、メルティッド船長の目先が彼へと逸れたため、シリアスはホッと安堵の息を漏らした。
「へ? 何で俺の名前を?」
「君しかいないだろう、そんな体型をしとる奴は」
メルティッド船長は、辺り全員を一瞥し、そして自らの体を眺めた。ふむ……言われてみれば確かにそうだ。
「それとメルティッド船長、ドーナッツを頬張りながら行動はしないでもらいたい。君がいるところ食べかすだらけになってしまう」
「あっ! それならご安心を……」
そう言うとメルティッド船長は、ぶっくりと膨らんだ手で、肉と肉が折り重なった自分の腹の肉を掴み、勢いよく持ち上げた。
すると、何と彼の腹の下から六匹の、二足の黒い生物が姿を現したのだ。その生き物は、船長が今し方零した滓を咥えて食んでいた。
その光景を見て、周りから驚きの声が溢れる中、先ほどのコンスタンシャンが、冷静さを保って質問した。
「……これは、一体何なのだね?」
「ほら、俺はいっつも滓を零してるだろ? それじゃあ船の中が不衛生になるから、このドレッグスィータ達に食べてもらってる訳。
要は宇宙船のヒーリングフィッシュみたいなもんだな。そして更にこいつらは、俺の体が地面と擦るを防いでくれてるのさ」
そう言ってメルティッド船長は、唐突に手を離した。すると持ち上げていた彼の腹は勢い良く落下し、ドスンと激しく地面に落ちた。
「――お、おい! 生き物の方は大丈夫なのか!?」
「当たり前ですよ。これぐらいで死なれちゃあ、俺のこの立派な腹は支え切れないからな」
「そ、そうか……まあ、小まめに床の滓を取っていてくれてるのなら、この問題は解決したとしておこう……」
そう言ってコンスタンシャンは、一息置いて話を進めた。
「では改めて……私は、この惑星アダプタで初のコンスタンシャンの統治者、コンフォームだ。宜しく」
「宜しく、コンフォームさん。んで、俺は何をすれば?」
「実は今、惑星フリアの反抗勢力群との間にトラブルが起きているのだよ。フリアは、私と同族のコンスタンシャンが住んでいる惑星で、
私達は農耕種族である故、今までずっと農業暮らしをして来た。だがそんな時代遅れは、後に廃退するとされている。
だから私は、同じコンスタンシャン達のためにフリアの近代化を図り、未来に向けての政策を遂行したのだ。
……しかしながら、それを快く思わない連中が現れた。私は何とかしてフリアを安寧の道へと導くべく、まず――」
コンフォームがずらずらと、自らの惑星フリアへの政策、また反抗勢力群の抵抗の数々、そしてその他諸々の状況を解説をした。
その間メルティッド船長はというと……
「あー、そこの君。悪いがジュースを二リットルくれないか?」
「あー、悪いんだけど、もうニ十個ドーナッツをくれないか?」
「もぐもぐ……おっとそこの君、ジュースのお代わりを頼む――今度は三リットルでいい」
「――メルティッド船長!」
「ごく、ごく……はい?」
「確りと私の話を聞かないか!? この、ぶくぶくの脂肪の塊が――」
「おっとコンフォームさん。聞き捨てならない台詞だな」
「……これは失敬……」
「話ってのはこうだろ? まず――」
先ほどコンフォームが言った言葉を、メルティッド船長はまるでボイスレコーダーであるかのように、全てを微塵の狂いもなく述べた。
「――メルティッド船長!」
そしてメルティッド船長は、コンフォームが言ったこの最後の言葉も、そっくりそのまま復唱した。
その後船長は、コンフォームに向けてしてやったりの顔をし、肩を竦めた。
「……なるほど。メルティッド船長、先ほどの無礼な発言を詫びさせて戴きたい」
「良いって良いって、気にしないでくださいよ、コンフォームさん」
そう言いながら、メルティッド船長は手を振り、再びジュースとドーナッツを飲み食いし始めた。
「……それで私は、メルティッド船長に、彼らの反抗勢力を抑えて欲しいと思っているのだよ」
「なるほどね……だがここまで勢力が増大した原因は、そちら側にもあるんじゃないのか? その、住民を射殺した件とか」
「いや、それは彼らの過ぎたデモに対する自己防衛だ。無作為に殺害したわけではない」
「それでも、そういった行動が彼らの対捍意識を、より増進させることは分かってるだろ?」
「君に何が分かるって言うんだ!」
テーブルを激しく叩き、相当な剣幕でコンフォームは立ち上がった。
周りの者達はおろか、彼の秘書であるコンスタンシャンの女も、突然の変調に肩を強張らせた。
「……いいか、私達は彼らのためを思ってやっているのだ。だから君は、彼らが大人しくなるよう宥めてくれればいいのだよ!」
辺りが黙然とする、そんな険悪な雰囲気下でも、メルティッド船長だけは依然堂々と構え、ドーナッツを食べ続けた。
だが彼は、内心相手側の勢いに押されてしまったのか、コンフォームに対して反対の意を示さず、やがて相手の言葉に同意を示した。
「……分かりました。出来る限り努力したいと思います」
「それで結構。後々私もフリアを訪れるから、その時はまた宜しくな」
「了解……っと」
そう言ってメルティッド船長は席を立ち、ドーナッツの箱を抱えたまま、会堂を後にした。
「良いんですか、船長?」
シリアスが尋ねた。
「まあ、やるしかないだろう」
「だけど、確実にこの問題は、あのコンフォームのせいですよ。どうやってフェアじゃない相手側を説得するんですか?」
「ふぅむ……」
「あの、すいません!」
突如、背後から女性の声が聞こえて来た。メルティッド船長達はそれに反応し、声のする方を振り返った。
するとそこには、コンフォームの秘書であり、また彼と同族であるコンスタンシャンがいた。
「ん? 君は――」
「私はコンフォーム様の秘書、トレイタと申します」
「ほぉ……。それで、俺達に何の要かな?」
「その……これをお持ちになってください」
トレイタが手渡したのは、一枚の紙だった。そこには、とあるコンスタンシャンの名前と詳細、そしてその顔写真が載せられていた。
「これは?」
「これは、惑星フリアの反抗勢力群の首謀者、レチッドの詳説です」
「――! そんな重要な物をどうして!?」
シリアスは、まるでパンドラの箱を開けてしまったかのような顔をした。
「私は、どうしてもコンフォーム様のやり方が、フリアを蹂躙しているようにしか見えません。しかもフリアは、彼が述べた通り、
彼と同じコンスタンシャンの母星なのです。これじゃあまるで共食いです。だから私、どうにかしてこの無益な争いを避けたいのです。
それを確実に、かつ最小限の損害で押さえる方法は、首謀者であるレチッドに、直接話をするのが最良だと思うのです」
「……つまり、俺達がどうにかして、このレチッドを説得しろと?」
「はい。コンフォーム様は再びフリアを訪れるでしょう。それまでに、何とかしてレチッドを説得して欲しいのです。
……コンフォーム様が再び、反抗勢力者はおろか、無害な住民達をも殺してしまう前に……」
「……やはり、あいつはただの殺戮者だった、って訳か」
「……」
「……分かった。素晴らしい情報をありがとう、トレイタ。……ちなみに、この情報をコンフォームは知ってるのか?」
「いいえ。この情報を教えてしまえば、きっとコンフォーム様は彼を攻め立てるでしょう。最悪、殺し兼ねません」
「じゃあ、これは君が個人で仕入れた情報か?」
「はい。申し上げた通り、私はコンフォーム様の悪法には反対しております。だから私は私で、隠れて情報収集をしているのです」
「なるほどな……。君のこの情報、俺が確と受け取った。十分活用させてもらおう」
「ありがとうございます。それでは、是非とも惑星フリアを平和へと導いてください。では……」
そう言ってトレイタは、頭を深々と下げ、踵を返して会堂へと戻って行った。
暫くその背中を眺めたのち、シリアスがこう漏らした。
「……悪法、か。トレイタ、相当コンフォームのやり口に不満を抱いているんだな……」
「まあ、同じ種族を襲うのに抵抗するのは当たり前の良心だ。トレイタも、あんな奴と一緒で苦労しているんだろう」
「……それにしても、コンフォームってコンスタンシャンですよね? コンスタンシャンは確か菜食主義者なはず……」
「それがどうかしたか?」
「だって、菜食主義者にしてはかなり太ってるじゃないですか」
「んだったら俺も、ヒューモリアンにしてはかなり太ってるぞ?」
「船長はどうでもいいんです」
「な、何てことをシリアス! あー、俺に何の恨みがあるって言うんだ……こうなったら自棄食いしてやるぅ!」
「はいはい。頑張ってくださいね」
「んじゃあ付き合ってね」
「嫌です! あなたと時折食事を共にするようになってから、僕は太りだしたんですよ? ほら見てください、このお腹を――」
シリアスは服の裾を上げ、自分のお腹を誇張した。メルティッド船長はそれに対抗してか、自分の腹をシリアスに向かって突き出した。
「俺の方が大きいぞー」
「あ”ー! もう勝手にしてください!」
「話の先陣を切ったのはシリアスじゃないか。逆ギレするなんで酷いなぁ」
シリアスはメルティッド船長の横を傲慢に通り過ぎ、お先にと言わんばかりに一人で<イボルバ>へと向かった。
そのあとを、メルティッド船長は毎度食べ物をむしゃむしゃと食べながら、のんびり後を追った。
<イボルバ>が惑星フリアへと向かっている間、メルティッド船長とシリアスは、共に食堂で食事を取っていた。
「全く、船長は船長らしく、もっと威厳を持って――」
シリアスが、独自の船長論を語っている間に、メルティッド船長は食事に没頭していた。
「――話、聞いてます?」
「んあ? 聞いてない」
「少しは聞いてくださいよ! 人が話してるって時に!」
「俺は自棄食いすると言っただろう? だから俺は食べることに集中してるんだ」
「だからって……」
「……何だ、今の言葉をまともに捉えたのか? はは、冗談に決まってるじゃないか、ちゃんと話は聞いてるさ」
「真面目な話に冗談を言わないで下さい!」
「シリアス君。君はもうちょっとヒューモリアンらしく、柔軟な心を持つべきだと俺は思う」
「船長は度が過ぎてるんですよ」
「俺の太り具合のことか?」
「何でそっちに話がずれるんですか! 話の前述から卜して――あー、もう!」
シリアスはムキになり、目の前の料理を苛立たしげに全て完食した。そして次に、メルティッド船長の最後の料理を奪い取った。
「あっ! それは俺の最後の肉――」
「こんなのがあるから人の話を聞かないんだ! こんなの、僕が全部食べてやる!」
そう言うとシリアスは、メルティッド船長が涙を浮かべて凝視する最後の肉片を、がぶりと噛んで平らげた。
「あ、あぁ……俺の肉ぅ……」
メルティッド船長の涙が完全に目を湛え、ぽろぽろと目から涙跡を作り出した。
その様子に呆れたシリアスは、揶揄するかのようにこう言った。
「たかが肉一片で泣くなんて、船長としてどうなんですか? 全く、ちゃんと人の話を聞かなかった罰です」
「うぅ、シリアスの意地悪……その肉一片が、どれだけ俺の体を構成してくれると思うんだ?」
「高々そんなもんで、船長の体がどうこうしないでしょう? さぁ、早く操縦室に戻りますよ」
シリアスは席を立ち、メルティッド船長の分を含んだ料理の空皿を、リサイクル装置へと放り込んだ。
そして、メルティッド船長がテーブルを名残惜しそうに見つめるのを後に、シリアスは一人操縦室へと向かった。
宇宙船<イボルバ>のキセキ 第一章 完