意外と小説がたまっていて吃驚しました。ということで、こういうところもちまちま更新を再開していこうかと思います。
それと今回、この話の元ネタのように回想シーン辺りで幕を閉じようと思ったのですが、結局ありきたりなオマケが最後にくっついてしまいました。まあそれを贅肉と称すれば、太膨的には聞こえは良いですが(何
黒地(クロジ)
犬 男 巡査 風流(フェンリュ)
狐 男 巡査部長 丞(ジョウ)
鰐 男 警部 団包(ダンポウ)
猫 男 爆破犯人 炸彈人(さくだんじん)
鯨 女 隣州の警官 凛(リン)
病床で、片足にギプスを嵌めた、重量級の力士並みに太った男犬がいた。そのお見舞いで座っていた女の鯨が、同じく見舞いに来た、横に座るでっぷり肥えた男鰐に向かって申し訳なさそうに語っていた。
「ごめんなさい、ダンポウ警部……」
「いいんだリン。それに俺はもう警部じゃないぞ。まっ、君のおかげでフェンリュは助かったようなものだ、なぁフェンリュ?」
すると犬は、笑顔で答えた。
「はい」
「けれど私の勝手な行動のせいで、警部を降格させてしまうなんて」
「なあに前からそういう案は浮上していたさ。こんな体で警部が務まるなんて、俺自身も信じちゃいない」
そういって鰐のダンポウは、鯨のリンの肩を優しく叩いた。そしてふと、こんなことを漏らした。
「そういや、なんで弾倉が空だったんだ?」
「……多分、ですけど、炸彈人はきっと死ぬ覚悟だったんだと思います」
「どういう意味です、フェンリュさん?」とリン。
「あのあと、少し昔の同僚に調査して貰ったんです。すると炸彈人の家族は、幼い時に兄一人だけとなったそうです。親の死の原因は、爆破予告を無視した警察官の対応。それを根強く恨んでいた中、たった一人の家族である兄を、同じような状況で僕が死なせてしまった。たった一人になった炸彈人は、生きる希望を失っていたんです」
「そう、か……だから最後に、自らの手で復讐に挑んだわけか」ダンポウが顎に手を当てて納得した。
「でも彼にも心はあった。兄が爆弾処理班という人を守る仕事柄、その背中で育った弟には善心があったのだと思います」
「なるほど、だから拳銃に弾が入ってなかったんですね」
フェンリュは頷いた。それからしばし、無言が続いた。俯く彼を見て、ダンポウが慰めをかけた。
「気にするな、お前のせいじゃない――それに炸彈人のせいでも。全ては“本物”の爆弾犯が悪いんだ」
「……ありがとうございます、警部」
「だーから、俺はもう警部じゃねえってーの」
そういってダンポウは、豪快にフェンリュの背中を叩いた。その衝撃で少し
呻 いたフェンリュ。ダンポウは席を立ち上がり、それにあわせてリンも立ち上がった。「んじゃ、そろそろ仕事だから帰るぞ。フェンリュ、食べ過ぎで怪我をした足が耐えられないとかほざくなよ。早く復帰してくれないと、淋しくてたまらないんだからな」
「は、はは。分かりました。ありがとうございます」
それから一年後。ようやく退院したフェンリュ。かなり入院期間が長いように思えるが、多くはリハビリ期間である。結局、殆ど痩せることの無かった彼の体を再び動かすだけの筋力を付けるのは、一般人よりも時間がかかるのは当然のことである。
雪の降る中、彼は前と変わらぬ仕事先――壊された駐在所は新しくなっているが――のクロジ北駐在所に向かっていた。外では白い息を吐きながら、ダンポウが出迎えていた。
「ダンポウ警部、じゃなくて巡査部長。お久しぶりです」
「ああ。それにしてもお前、入院して少し痩せて来たと思ったら、全然じゃないか」
「そういう巡査部長も、全然……?」
「わ、悪かったな!」
顔を赤らめてそっぽを向いてしまったダンポウ。実は警部より動くことの少なかった巡査部長は、案の定昔と同じような道筋を辿っていたのだ。それに思わずくすりと来たフェンリュは、後ろの駐在所の中を覗いて、言った。
「そういえば、リンはどうしてるんですか? 確か元の仕事場を辞めたと聞いて、ここにいるかと思ったんですが」
「いやそれがな、おかしな話なんだよ。リンから聞いた勤め先がさ、後々調べたら存在しないんだ」
「存在、しない、ですか?」
「そうなんだ。んま、彼女のおかげで色々助かったし、結果オーライだと俺は思うが――そうそう、その彼女から差し入れだぞ」
「また食べ物ですか?」
「ガハハ! まさかそれでその体型を維持してたのか?」
「気持ち的にも個人的にも嬉しかったんですが、そのたんびに看護師に怒られまして……」
「そうか、だが生憎今回は違うぞ」
そしてダンポウはフェンリュを連れて駐在所に入り、ロッカーの扉をあけた。そこにはずらりと、サイズの違う活動服が掛け並べられており、ダンポウの肥大経緯を示していた。
その中から、どこかで見慣れた鶯色のロングコートを彼は取り出した。
「これをお前にだってよ。女性用かと思ったら、ちゃんとした男性用なんだよな」
「そうなんですか?」
フェンリュはそう言って、コートを受け取った。その瞬間、何か懐かしい感じを覚えた。ふと彼は、コートの裏を見てラベルを掴んだ。そこには自身が好んで着るブランド「Grotch(グロッチ)」という文字が印字されていた。
彼は、なぜか深々と雪の降る外に顔を向けた。はらりと白い丸が飛び交うその景色に、突然がたの来た記憶の箪笥が駸
々 と開け放たれた。「どうした、フェンリュ?」
「……このコート、僕、知ってます」
フェンリュは、思い出した。
あれは、かれこれ十年前以上だろうか。まだこの辺りの治安が悪い時、フェンリュはクロジ中央警察署に入社した。偽善と言われるほど悪事の嫌いだった彼は、あらゆる不正を露わにさせる異端児であった。おかげでこの地域は
平定 させられたわけで、フェンリュがあの体型でも長らく警察官という仕事が続けられるのは、そういった裏事情があり、あらゆる人達から密かに支えられているからだ。そんな治安が回復中の時期、警部のフェンリュはこんな状況に遭遇していた。悪心を持つ警察官二人が、道端で倒れた男の鯨を蹴飛ばしていたのだ。しかもその娘の目の前で。目撃証言によると、ホームレスの親子がいて、その内父親が娘のために、目の前のコンビニで万引きをしたのだという。その時、道を渡っていた彼は車に
轢 かれたのだ。それを近くで見ていた警官達は、何糞と瀕死の彼を甚振 ったのだ。偶然そこに居合わせた当時のフェンリュ。それを阻止し、すぐさま救急車を呼び寄せて鯨を助け、逆にその警官を裁判にかけて見事勝利したのだ。だが結局その鯨は助からず、ただ一人彼の幼い娘だけが取り残された。彼女は泣き
噦 っていたが、そんな彼女にいつも、フェンリュは付き添っていた。そしてその鯨の女の子が、施設に預けられる日のことである。
「……あの、ありがとうございます、おにいさん」
「うん。君も良く耐えたね、偉いよ」
「えへへ……」ちょっとだけ笑顔を見せ始めた女の子。すると何かを思い出し、彼女はフェンリュにあるものを差し出した。それは、鶯色のロングコートだった。事故のあった日は雪が降っており、寒い中悲しみに暮れる彼女に彼が、着ていたコートをかけてあげたのだ。
「あの、これ、お返しします」
「あーいいよ別に。だってまだ外は寒いでしょ?」
「だけど……」
渋る彼女に、フェンリュはこう提案した。
「じゃあさ、また会った時に返してよ。それならいいでしょ?」
「う、うん……でもおにいさんは寒くないの?」
「大丈夫大丈夫!」とフェンリュは、威勢良く胸を張って元気さをアピールした。
「ありがとうございます、おにいさん……あの、おにいさんの名前って?」
「あー僕? 僕はフェンリュ。そういえば名前言ってなかったね。それで、君の名前は?」
「私の名前は――」
「――リン」
「……大丈夫か、涙なんか浮かべて?」
ハッとし、横を見たフェンリュ。そこには弛んだ二重顎を持つ、随分と太った鰐がこちらの表情を窺っていた。
「あっ……は、はい。大丈夫です」と彼は、涙を手の甲で拭った。
「何かそのコートに、思い入れでもあるのか?」
「そんな、ところですね。そういえば巡査部長、僕の活動服はどこですか?」
矢庭に話題を変えられ、少し戸惑いながらダンポウは答えた。
「んん? あー、お前の活動服はっと、確かこれだな」と取り出したのは、少し黄ばみが残る活動服。それは以前、フェンリュが着ていた活動服であった。
ビシッと決まったスーツを着こなす痩身の狐。出世したジョウは、長らくぶりにクロジ北駐在所に向かっていた。
駐在所に着くと、椅子から大きく体をはみ出させる犬の姿があった。前と変わらないなと思いながらジョウは声を掛けた。
「久しぶりだな、フェンリュ」
「……あっ、ジョウ警視正!」慌てて立とうとするフェンリュをジョウが止めた。
「座ったままでいい。どうだ、ここの居心地は?」
「相変わらず平穏です」
「それが一番だ。それで、ダンポウさんは?」
「あー、そろそろ帰って来ると思うのですが」
するとその時、横の方でガシャンと音がした。見ると自転車を倒してしまった、見たこともない仰天の肥満鰐がいた。手には巨大な紙袋を抱え、そこからホットドッグをもしゃもしゃ食べている典型系。そんな彼だが、着ているものはなんと活動服であった。しかもその服はかなりキツキツで、両脇が不自然に削れていた。
「むぐ! ま、まさかジョウか!?」
「ひ、久しぶりです、ダンポウさん」
「久しぶりだなぁ。聞いたぞ、警視正に昇格したんだってな?」
「はい。これも全てダンポウさんのおかげです」
「ガハハ、それは嬉しいな。まっ、とりあえず中に入れよ」
「すみませんダンポウさん、私はこれから行くところがありまして」
「そうなのか? 忙しくて大変そうだな」
「仕事ですから。でも挨拶が出来て良かったです」
「だな。まっ、いつでもここに来てくれよ。その時はたっぷりご馳走してやるからさ」
「でもダンポウさん、余り食べ過ぎないで下さいよ?」
「安心しろ、それは“不可能”だ」
キッパリと言われ、ジョウは笑いを吹き出さずにはいられなかった。
「ふふ……それではダンポウさん、フェンリュ、またいつか」
そしてジョウは去っていった。それを見送ったダンポウは、駐在所に足を踏み入れた。入り口ギリギリの横幅を持つ彼は、少しムリクリに体を押し込まないと中には入れない。そう、彼の着る活動服の両脇が
擦 れていたのは、これが原因だった。「ダンポウさん、大丈夫ですか?」とフェンリュ。
「ふぅー、なんとかな。まっ、“また”入り口を広くすればいいことさ」
「けどそれに甘んじないで下さいね。それじゃあ昔の陸軍時代と変わりませんよ」
「うぐ、そう言われるとなぁ……」
そう呟きつつも、彼は静かにホットドッグを手にしていた。それにフェンリュは笑い零し、ダンポウも腹から大笑いして大爆笑を引き起こした。
クロジは今日も、平和は一日を送っている。
完