黒地(クロジ)
クロジ中央警察署に向かう、でっぷり太った巡査の犬と痩せ気味の巡査部長の狐。活動服は
摺 り切れたり汚れたりしており、その後ろ姿を見ると、背中の幅は完全に倍の差はある。その内の狐の方は、かなり気を落としていた。やがてクロジ中央警察署に着くと、玄関前のロータリーには警察車輌がたくさん並んでいた。そのあいだを必死に縫う犬は、お腹をボンネットの上でスライドさせながら、どうにか通り抜けた。するとその先では、犬ほどではないにしろ、警察官としてはお腹の出過ぎた鰐が、背広タイプの制服を
纏 い、狐と挨拶を交わしていた。「久しぶりだなジョウ(丞)。相変わらずほっそりしてんな」
「ダンポウ(団包)警部、あなたは逆に、少し大きくなられたのでは?」狐のジョウは冗談交じりで言った。
「ガハハ! この腹はどうやら、ずっと成長期のままらしい」
ここで鰐の警部、ダンポウは狐の後ろをちらりと見た。
「おお、まさかお前、フェンリュ(風流)か?」
「はい。お久しぶりです、警部」と答えたのは、あの肥満犬、フェンリュだった。
「最後に会ったのは、確か一年前だったな。お前もまた太ったんじゃないのか?」
「そう、ですね」
「あんまりとやかく俺は言わないが、だが仕事が出来る程度にしておけよ」
するとフェンリュは、ただ頷いてそれに答えた。少ししんみりした空気になったが、それを、ダンポウの大笑いが断ち切った。
「ブハハハ! まあそんなに落ち込むなって。それよりお二人さん、随分と制服が汚れちまったな。代わりはあるのか?」
「いえ……駐在所が爆破された際に、全て
灰燼 に帰 してしまいました」ジョウが丁寧に答えると、ダンポウは「そんな堅苦しい言い回しはよせ。じゃあ今から、俺が制服を買ってやるよ」
「いや、それは警部には申し訳ないです。それに時間もないですし」
「気にするなって。それに署内に背広店が出来たからな。生憎活動服や出動服は置いてないが」
「でも、僕たちが背広を着ていいんですか?」と今度はフェンリュが尋ねた。
「ああ。お前らはこれから、一時的に警部に復帰するんだからな」
その言葉に、フェンリュとジョウは驚きのあまり、口をぽかんとあけた。
「細かいことは、会議の方で告げられるだろうが、とにかくそういうわけだ」
「し、しかし……」
ジョウは、少し
躊躇 い気味に戸惑った。本来一時的とは言え、昇進することは喜ばしいことではあるが、彼らには事情があった。「心配するなって、俺がちゃんと面倒見てやるから。とにかく早く行くぞ、会議まであと30分しかない」
そしてダンポウは、二人を引き連れて警察署内に入り、一階に設けられた店舗エリアから背広販売店に入った。
「いらっしゃいませ」
警察官の制服を着た猫の女性店員が、カウンター内から言った。
「この二人にスーツを新調してくれ」とダンポウ。そして「フェンリュ、ジョウ。ケチる必要はないからな」と念押しした。
「畏まりました。それではお二方、こちらへどうぞ」
店員がフェンリュとジョウを店の奥まで連れると、そこでジャケットの裏ポケットからメジャーを取り出し、必要な寸法を計測した。さすがにフェンリュの時は腕を後ろに回せなかったので、それはジョウに手伝って貰った。そしてまた別の裏ポケットから取り出した専用の記入用紙に、それらの数字を殴り書きした。
「……お待たせしました。それでは背広を作るにあたり、何かご要望はありますか?」
「あまり安くない生地で頼む」
ジョウはそう、ダンポウの言葉を思って要望したが、しかしフェンリュは違った。
「グロッチ(Grotch)製の生地はあります?」
「はい、ございます。そちらで宜しいですか?」
フェンリュが頷くと、彼女は二人の要望を備考欄に書き込み、そして
「ありがとうございます。では完成は明日になりますので、お先にお会計をお願いします。カウンターの方へどうぞ」と、二人を入り口のカウンターまで案内した。
「おい、フェンリュ。グロッチ製のは一番安い奴じゃないか。ダンポウ警部に気を遣うのもいいが、彼の言った通りにした方が良いぞ」とジョウ。
「すみません。けど僕にとって初めての、警部から貰ったスーツのブランドなんです」
入り口まで戻った二人は、ダンポウの指示で、先に会議室へと向かうことにした。その間ダンポウは、二人分のスーツの会計を済まし、そしてほくそ笑んだ。
「フッ、フェンリュの奴。まだグロッチ製のを」
会議室の前には、立て看板に「クロジ大爆破事件緊急会議」と、太筆の立派な楷書体で書かれている。その部屋の中では、大勢の警察官達が、この警察署の署長、蜥蜴の警視正の話を、ラップトップ(=ノートパソコン)と繋いだスクリーンの映像を見ながら聞いていた。大爆破事件が発生した時の状況や容疑者、そしてクロジ北駐在所を襲ったもう一つの爆発事件。
その話が終わると、警視正の蜥蜴はこのような事を言い始めた。
「そして、これら二つの爆破事件には、完全なる接点がある。その証拠がこれだ」
彼はラップトップのキーを押し、スクリーンに次の画像を映した。それは、脅迫状だった。
「読み上げると、『次に起こる爆発は、もっと大きいぞ。もしそれを防ぎたいのなら、フェンリュをよこせ。以上、
炸彈人 より』だ。全く、爆弾ゲームのタイトル名を起用するとはな。とにかく、この内容を見れば、相手の目的は
紛 いもないだろう」話を聞いていたフェンリュは、四方八方から視線を浴びるのを感じていた。椅子を二つ制して座る彼の巨体も、この状況では少し縮こまったようだ。隣にいたダンポウはそれを見て、彼の肩を優しく叩き、言葉を掛けた。
「警察官は敵が多い、こういうこともあるさ」
その後、警視正は警察官それぞれの行動を具体的に説明し、そして作戦を述べたところで解散した。
続