今年最後の更新です。締めは干支の太膨話で行ってみます。
(余談ですが、今更七つ風の島物語をクリアした自分。ラストは、久しぶりのゲームで大号泣でした。いやぁ、最初はふんわりした流れに感じてましたが、最後にグッと心を掴まれましたね——売れなかったというのが本当に不思議なくらいです)
雲の上。地上の全てが見渡せるこの地にて、十二支の虎以外が集まっていた。干支が変わる前後15日、つまり12月中旬から1月中旬まで、このようにして約一年ぶりの再会を祝いながら、優勝旗返還のように前の干支が地上から帰還し、次の干支へと交代の儀を行なうのだ。
そんな中、一人の兎が自分のお腹を俯瞰していた。
「ちっくしょう、どうしたものか……」
自分の干支が終わると、大概怠けて腹は出る。だから自分の年になる数ヶ月前、ダイエットに励んでは体を元に戻し、交代後は再び太ってしまうというパターンを繰り返すのが多数派。初めはそれで問題無かったが、リバウンドとは恐ろしいもの、さほど前回とはぐうたら度が変わっていないはずなのに、腹は以前よりも突き出て、運動しても中々脂肪は落とせず——そしてこのざま。
あと半月、この腹をどうにか引っ込めないと、元旦から陽の目とともにこの醜体を曝け出してしまう。それでは地上の人達に笑われてしまう!
「大体秋からおかしくなるんだよ。食欲の秋に始まって忘年会にクリスマス、納会、大晦日、翌年はあの美味しいお節のオンパレードに鏡開き! ああ、美味いもの集大成のこの季節、どうして俺達十二支は地上に姿を見せなくちゃいけないんだ。ずっとこのまま雲の上にいたっていいじゃないか!」
「なんだなんだ、忘年会でそんな愚痴を零してさ」
横からぬっと現れたのは、大きく丸っとしたお腹。それから多重顎が見え、鋭い牙がずらりと並ぶ、髭の垂れ下がった顔が出現した。
そう、再来年の干支である龍だ。まだダイエットはしておらず、そのお腹は体高もあってか、兎がすっぽりと隠れるほど巨大であった。
「うー、あんただって来年は苦労するぞ、辰さん」
「大丈夫だ。私の場合は君と違って新陳代謝が高いからな」
そんなことをいいながら龍は、酒を
徳利 ごと呷り、そして美味そうに北京ダックを頬張った。それを見た兎は、思わず喚いた。「俺も肉食いてーよお!」
「ブハハハハ! まぁ一年ちょいの辛抱だ、いつものように我慢さ我慢」
兎は、虎以外の十二支達が楽しく忘年会を過ごす中、ただ一人だけ水を飲み、カロリーの低い菜っ葉などをもしゃもしゃと頬張りながら、ふて腐れていた。
−クリスマス−
「みんなー、七面鳥の丸焼きだよー!」とぽっちゃりした鼠が、ワゴンを押して雲上に
設 えられたホールに入ってきた。ホール内には大きな丸テーブルがあり、綺麗に十二支の順番で並んだみんなが、その目を瞠るような豪華料理に大歓声を上げた。「
子 さん、あとは僕がやります」「ありがとう戌くん」
太鼓腹の犬は、大きな七面鳥の丸焼きが乗った大皿を持ち、テーブルの真ん中にどかんと置いた。周りは全員舌舐めずり。鶏までもがでっぷりとした羽毛腹に涎を滴らせた。
『いっただっきまーす!』
だがその直後、兎が途端に表情を曇らす。当然のこと、減量中にこんな高カロリー食を楽しめるわけがない。周囲はそんなのお構いなしにバクバク。来年のこの年には同じような状況になるはずの横にいる龍も、豪快に肉にかぶりつき、ワインを浴びるように呑む。正に酒池肉林たる造形。
一時間もすると、山のように巨大だった七面鳥はすっかり骨だけになり、それからはパスタやピザなど、ずらりとテーブルいっぱいに料理が並べられた。
「がーっぷ! いやぁ、今日も美味い飯をありがとな、鼠さんよ」
「気にしないで辰くん。来年からは
卯 くんみたいに大変だろうし、今年はたっくさん食べないとね」「そうそう、今のうちにこの腹を肥やしておかねえとな」
その横では、ちまちまとワイン色に似たトマトジュースを飲む兎が、かなりの睨みようで龍を
眇 めていた。
−納会−
「それにしても卯さん、大丈夫? まだお腹が出てるようだけど?」
鶏が言った。数ヶ月前よりは腹は引っ込んだように見えるが、それでもまだ太鼓腹がきっちりと窺える。
「もう昨日辺りから、全然食ってないんだけどなぁ」
「でしょうね、目が虚ろだもん。やっぱりもっと早くからダイエットに励んだ方がいいんじゃない?」
「そうは言ったってさ、食欲の秋に食事を節制するのは余りにきついって」
「あんたは辰さん並みに食べるからね。でもその内、駄目になる日が来るわよ」
兎は頷いた。そして今日もみなが何を食べようと、限界まで減らした食事量だけで我慢した。
−大晦日−
「さっ、卯くん、年越し蕎麦だよ」
「で、でも子さん……」
「一日じゃあ無理でしょ。せめてこれぐらいは食べないと、体が持たないよ」
渋々漆器を受け取る兎。結局努力しても、絶食をしても、ぽっこりお腹は完全に平たくはならなかった。
−元日−
早速年越し蕎麦を食べた兎。諦めが付いたのか、かなりのがっつきようを見せ、隣の龍も少しドン引きしていた。けれどそんなの気にせず、二杯目三杯目とお代わりを連チャンした。
そして初日の出。地平線の彼方から顔を出す真っ赤な太陽。虎を除いた十二支達が、雲の上でそれを眺めている。
「卯さん、なんとか間に合ったな」と龍が、未だ膨らみ続けるお腹を携えて言った。兎は満腹で腹部がパンパンだったが、ピーク時に比べたら大分細くなっている。
「へ、へへ……うっぷ。けど辰さんも、後々おんなじ思いをするんだからな」
それには龍も、苦笑せざるを得なかった。
鼠が、手をパンッと叩いた。そして雲の中央に向かい、みんなの方を振り返ってこう述べた。
「さてと、それじゃあ交代の儀を行ないます。卯くん、前へ」
兎は一歩前に出て一礼すると、鼠の前まで歩き、そして左を向いた。
少しして、
初日 が全身をお披露目する所まで昇ると、雲の中央からゆっくりと虎の頭が現れた。それはエレベータのように上昇し、遂に全体像が現れた。「ふぃー疲れた。ようやく飯が鱈腹食えるぜ」
「寅さん、以前のように太り過ぎて動けなくならないで下さいよ?」兎が念を押した。
「ハハ、同じ過ちは繰り返さねーよ。んまっ、今年一年頑張ってな」
虎と兎は握手を交わした。それを
確 と見届けた鼠は、最後にこう締め括った。「ではこれで、交代の儀をお仕舞いにします。卯くん、また来年ね」
「はい」
その時、兎の身長が少しだけ縮んだかに見えた。だがそれは、兎の足が雲の中に沈んでいたからであり、その後も体はずぶずぶと下に潜り続け、やがて兎の姿は完全に消えてしまった。
−鏡開き−
1月11日。雲上も地上も、鏡餅が開かれるのを楽しみにしている。そして干支神社と呼ばれる十二支を呼び込む神社でも、
鼬 の神主が兎の目の前で鏡開きを行ない、それを雑煮にして兎に振る舞っていた。「うんめえ! いやあ神主さん、今年の餅は美味いっすよ!」
「そうかいそうかい。たっぷり食べな、まだあんたの仕事はうんと残ってるんじゃからの」
「んじゃもう一杯!」
「ふぉふぉふぉ、相変わらず食欲旺盛な卯じゃのう。特に今年はよう食べる」
そして神主は、二杯、三杯と、兎の器に雑煮を追加してあげた。
−年末−
「さーてと、今日から私が地上へ向かうのか。全く、この腹をおさめるのにどれだけ苦労したことか……」
そんな不満を漏らした龍だったが、一年前と比べてかなりスリムになり、努力の跡がはっきりと見て取れた。
初日の太陽が、姿を現した。ゆっくりと、まずは兎の耳が雲の下から生えた。そして顔が——
『——んっ?』
十二支が首を傾げる中、兎はどんどん上昇し、そしてその全貌を明らかにした。
「……卯、か?」と龍
「ア、ハハ。やっぱり驚くよねぇ」
兎が片手を後頭部に当てて笑った。その腕からは大きく二の腕が弛み、ふさふさな毛が僅かに
靡 きつつ、それよりもインパクトのある牛のようお腹がぷるんぷると揺れていた。これは、兎の肥満ピーク時に匹敵するほどのデブり具合である。その基準の一つとして、肉上げしないと洗えないお腹があった。「どど、どうしたんですかその体は?」鼠も困惑の色を隠せない。
「やっぱりさ、地上で食欲を我慢出来なくて。でも俺の時代は丁度良かった、デブネコブームだったんだ。だから兎も、ちょっと太ってた方が受けが良かったんだ」
「け、けど本当にその体、地上では認められていたんですか?」
「うーん……最終的にはちょっと、ね?」
一同は顔を見合わせたが、とにかく儀式を続行せねばと、龍は不安げに地上へと舞い降りていった。
しかしそれ以降、龍を除いた十二支は、最重量時の兎に見慣れていたため、さほど気に掛けることなくいつものように振る舞っていた。だがそれもある時期まで。身動きが取れないほど肥大したのが十二支の中で最大だった虎が、兎を心配し始めたからだ。その予想は的中し、とうとうまともに歩けなくなった兎は、常に周りからフォローされる状態にまで陥ってしまった。
−忘年会−
龍が今、兎に肩を貸してホールへと向かっていた。
「はぁ、はぁ……今日は忘年会かぁ。クリスマス、納会、年越しそば、お節、鏡開き……へへ、じゅる」
「おいおい卯さん、良くそこまで食い意地が張れるな。しかしさすがもう痩せた方がいいと思うんだが。いくら私でもそこまで太ったことはないし、それに半月後には地上に降り立つんだぞ?」
「へへ、大丈夫。前回地上で色々と模索して来たんだ」
「模索?」
「ふぅ、ああ。それでいいキャラクターが見つかったんだ。
丑 さんにも調査して貰ったんだが、ふぅ、どうやらいけそうだ」「そ、そうか。まあ卯さんがそう言うのなら……」
そして二人は、ホールへと入った。龍の手助けで席に座った兎は、やってくる料理を片っ端から頬張る。北京ダックに青椒肉絲。拉麺に餃子に麻婆茄子。そして麻婆丼に天津飯、締めに肉まんを幾多と平らげたあとは、デザートに羊羹と饅頭をありったけ食った。
「ゲップ、フフゥ……あー食った食った」
饅頭を大量に載せていた大皿は、今兎の腹テーブルに淋しく置かれていた。周りの十二支はとうに食事を終えて談笑に耽っていたが、ちょくちょく兎の様子を見ては、憂いを浮かべていた。龍も虎も随分と太る事はあったが、二人よりも体高のない兎だと、これは驚異的な肥満体なのである。
−元旦−
元朝 を迎え、雲の上の中央では鼠と、脚を大に広げて座る兎がいた。そしてその兎の目の前から、虎柄の頭がぬっと現れた。そして顔が出た瞬間、その虎は目を仰天に円くさせた。体全体が雲の上に戻って来た虎は、すぐさまこう言葉を発した。
「卯、卯さん!? 大丈夫なのか?」
「げふ、大丈夫。ちょっと年越し蕎麦を食い過ぎたんだ」
「それだけじゃないだろ! その体、まるで——」
「あんたのピーク時みたい、だろ? 一応は歩けるし、あんたよりはマシだ、ぷふぅ」
「た、確かにそうかも知れないが、けれどお前、これから地上に降りるんだぞ?」
「大丈夫、もうキャラクターは決めてある」
「きゃ、キャラクター?」
虎の戸惑いを余所に、兎は以前よりも速い速度で、雲の下へと沈んでいった。
地上では、虎を見送り、空から交代で舞い降りる兎を干支神社の神主が心待ちにしていた。暫くして彼の目の前に一条の光の柱が現れると、そこからふわりと兎が……いや、まるで光がその重量を支えきれなくなって膝から
頽 れるように、ややぐらつきながら、兎がどすんと地に尻餅を着いた。神主は、言葉を失っていた。
「どうも、
相撲兎 りどす。今年は相撲キャラで行くどす」
そんなこんなで、今年は大層太った兎が干支として地上に登場したそうだ。そして意外にも好評だったりでなかったり。ただこの年以降、兎以外の十二支も痩せることへの鬱憤が溜まっていたのか、じわりじわりとダイエットをしないデブ派が増えていった。
完