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Bottomless Depth 第二編を書いてたらまた膨張になってしまい、この所更新もしてなかったので、短編肉塊物語を書いてみました。


—代行屋—

 オルカンの男は悩んでいた。朝のシャワーを浴び、裸のまま食事を済ませたあと、自宅のベッドで、大きいサイズのブリーフを目でじっと睨んでいたのだ。そのタグには10Lというサイズが表記されていた。

「これが、最後のサイズなんだよな——はあ、どうしたものか」

 そんなオルカンは、率直に太っていた。それもかなり。前は少し離れた大型デパートに赴き、どうにか大きいサイズというメンズファッションの区画を見つけ、そこで5Lサイズのブリーフの他、下着や衣類を手に入れていた。しかしそれからもまた少しずつ体は肥大し、一般的に売ってるそこまでのサイズ以上に太ってしまった彼は、ついにインターネットに手を出したのだ。インターネットでは、大柄な人向けに特注で、なんと10Lサイズまでの大きい衣類を扱っていたりするのだ。

 それを見つけた時、彼は心底ホッとしていた。だがうっかりしていると、いつの間にかまた太っており、6L、7Lと、いつしか10Lもきつくなっていたのだ。

 彼は自分に言いつける。このブリーフが穿けなくなったら、おしまいだぞと。だがダイエットを試みようにも、運動すれば定番の食べ過ぎに陥る上、膝も痛くなるし、悪いこと尽くめなのだ。だからと言って食事を節制すれば、まるで喫煙者が禁煙する時のように苛々としてしまい、ついには怒りが爆発して一度仕事に支障を来たしてしまったのだ。

「ああ、自分が外国語を喋れればなぁ……海外ではもっと太ってる人達がいるし、それようのサイズもあるのに、この国に生まれた自分は運がない」

 だがそんなことばかり考えては駄目だと、オルカンは首を横に振り振り、手にしていたブリーフを穿くと、同じサイズのシャツ、衣服を着て、いつもの仕事場へと向かった。

 彼の仕事は、図書館の受付だった。本の貸し借りの他、データベースやら何やらの事務作業もある。そのためずっと椅子に座っているような仕事で、彼にとっては助かる仕事だが、これがまた彼の肥満を助長させた。

 図書館に着くと、彼はまず職員用のバックルームに入った。そこにいる同僚の女性から「また太ったの?」と言われ、いつものように適当に頷いて返すと、彼は受付のカウンターに入った。

 仕事も終わり、いつものように自宅近くのデパートの食品コーナーで、安くなったおかず(当然全部が肉類ばかりだ)を買ったオルカンは、帰宅すると、出勤前にタイマーを入れて炊いておいたご飯とともに、それを食した。そのご飯は4合丸々で、明らかにバランスの悪い食事だ。しかしながら下手に野菜などを買って食費が嵩むのは、大食いの彼にはかなりの痛手なので、米でない場合もスパゲティをメインにするなど、偏食は変わらない。

 結局これでまた、彼は緻密ながら体重を増やすことになった。

「げふ! ふぅ、食った食った」

 彼は膨れたお腹を叩き、そして摩った。

 食休みを取った彼は、ゆっくりとベッドから立ち上がろうとした。

*ビリィ!*

 突然何やら嫌な音がし、オルカンの顔は青ざめた。慌ててズボンを下ろし、お腹で隠れてしまったブリーフを、どうにか横から垣間見たりして確認をした。

 しかし、どうやらブリーフには問題はなかった。となると……

「ああ、ズボンが……」

 物の見事に、ズボンが裂けていた。これも勿論、国内にある最大の10Lサイズ。

 オルカンは途方に暮れ、再びベッドにどすんと座り込んだ。そして呆然としながらも、ノートパソコンを立ち上げた。

 インターネットで、彼はいつも使っていた国内のサイトではなく、海外のサイトを巡っていた。するとそこのショップでは、国内にはない10L超過のサイズものが売っており、最大でなんと15Lまで扱っているサイトもあったのだ。それを見た彼は、外国語を読めない自分をまた責め始めた。

「……はあ、これ、どうにかならないかなあ」

 代わりに誰か、買って来てくれればいいのに。そんなことをふと思った時、彼はある言葉が浮かんだ。

「代行、してくれるサイトって、ないのかな?」

 偶然思い浮かんだその「代行」というキーワードを使い、彼は国内の検索サイトで「海外通販」を加えて検索をかけた。

 するとどうだろう、いくつもの関連するサイトが、そこに現れたのだ。しかも広告までしっかりと載っている。こんなサイトやサービスがあったなんて、しかもそれなりに知られていたんだと、オルカンは驚いた。

 早速彼は、色々と評判などを下調べし、一番良さそうな代行サイトを見つけると、そこで海外通販の代行を頼んだ。

 一週間後。さすがに日にちは掛かり、商品の代金や代行手数料の他、関税などが上乗せされて結構高くなったものの、確りと品物が届いて、オルカンは大助かりした。一応一括で注文した方が安く済むので、彼は11L、13L、15Lといった形で下着から上着まで、必要最低限の量の衣類を注文したおり、合計金額は十万に届きそうだったが、彼にはそれ以上の値打ちがあった。何せこの一週間、仕事場にもいけないわけで、彼は会社に体調不良を訴え休暇を取らせてもらっていたからだ。

 さっそく到着した衣服を着てみると、さすがは海外、オルカンには余裕で着用できた。15Lに至っては、今の彼でもぶかぶかでずるりと穿いたズボンが落ちる始末。

 これで一安心——そう彼は思った。だが一つ、重大なことを忘れていた。今が良くても、いずれまた、今回のように崖っ縁に立たされると。

 そして案の上のことだった。

「ねえ、痩せたら?」

 ついに同僚が「太った?」という外見の疑問ではなく、痩せろと気遣い始めた。そんな風に見られているオルカンは、仕事場に着いた時で既に息づかいが荒く、衣服も汗で、特に汗腺が集ったところはびちょびしょで、制服に着替えて、図書館の冷房にあたっても、その汗がすぐには止まらず、上に羽織るだけの制服もびっしょりなのだ。ただ幸い、この制服は業者物なのでサイズに問題はなかった。

 そんな仕事場からいつものように帰って来た彼は、6合のご飯に加え、帰宅前にデパートで買ったいつもの安い唐揚げを三十個購入し、今日もそれだけを食していた。飲み物は節約にと、水だけにしているが、バランスの悪さは相変わらず。

 ばくばくと食べ、どんどんと膨れるお腹はもう慣れていた。満腹になったらすぐに寝て、もし今日が花金なら、大量に購入しておいた食べ物をベッド近くに並べ、次の月曜までそのベッドからは、トイレ以外に足を下ろさない状態だ。

 やがて彼の体は、13Lを超え、遂には15Lでも入らなくなってきた。さすがにここまで来ると、一度玄関口などが広い賃貸マンションに引っ越してきたとはいえ、扉の出入りには少し苦戦を強いられるようになっていた。でも海外じゃ、このサイズの服が売られているということは、この体格でもまだ普通に生活出来るはず——彼はまた、自分を運がないと言い聞かせ、それで終わっていた。

 そんなある日。ふと彼は、こんなことを思った。

「代行って、他にもないのかな?」

 土曜日、普段はベッドで一日中食っちゃ寝しながらテレビを見ているオルカンだが、今日は久々にパソコンを弄り始めた。

「なんでも代行屋? なんだろう、これ……」

 検索と同時に出てくる広告に、そんな言葉がかかれていた。今までそんなの見たことがなかったが、こんなものがあるなんて、興味津々だと言わんばかりに彼は、その広告をクリックした。

 そのサイトには、何でも代行してくれると書いていた。食品を買うのは勿論のこと、服のオーダーメイドも代行してくれるらしい。これなら直接製造側と交渉しないで済むので、楽な上に恥じらいも減る。

 そんな中で、彼はふとあるものを目にした。

「……仕事の、代行?」

 考えてみれば、そんなのおかしな話だった。もしあるとすれば、確実に詐欺。だがオルカンは、不思議とそれを頼んでしまっていた。単なる興味だったのか……

 依頼書を作るのは、至って簡単だった。名前と種族、住所と電話番号などの他、自分の写真を撮るだけでいいそうだ。画質は問わないそうなので、オルカンは携帯電話の写真機能で自分の姿を取った。

 翌日の朝。家の玄関ベルが鳴らされ、オルカンは廊下を横歩きで、全身のだぼっとした肉を揺らしながら玄関の扉をあけた。

「初めまして、なんでも代行屋です」

 やって来たのは、オルカンと同じような体格をした……オルカンだ。だがその声色には、太っている人のようなくぐもりはなかった。

「今日からわたくしが、あなたの仕事の代行をさせていただきます。少しあなたのことを知らなくてはならないので、お話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」

 代行屋の言葉に、オルカンはうんと頷き、そして相手の質問にちゃんと答えた。それは話し方や仕事場での感じ、職務内容など仕事に関する内容だ。

 それを終えると、代行屋は喉元あたりを何やら弄りだした。

「良し……これで大丈夫でしょうか?」

 オルカンは口をぽかんとあけてしまった。先ほどの声質がいきなり変わって、代行屋の声がオルカンと同じになったのだ。

「こ、これは、どういうことです?」とさすがにオルカンは尋ねてしまった。

「仕事を代行するには、相手に疑われてなりません。だからわたくしが——いや、自分が、ですね。自分があなたに成り済ますんです」

 すると代行屋は、ふと腕時計を見た。

「そろそろ出勤の時間ですね。では行ってきます。給料の一割は自分が。残りは教えていただいた口座に入金させていただきます」

 こんなことがあるのだろうか。しかしオルカンは、とにかく代行屋に任せようと、出来る限りの頭を下げてお礼を言った。

 代行に仕事を任せる日々が、数ヶ月と続いた。仕事をしないオルカンは、動くことも殆どなくなり、また一段と太り始めていた。下着はどうにか伸びながらも着られているが、ズボンのフックは外され、上着は臍出し状態。廊下を横歩きしたり扉を出入りするのも一苦労となっていた。買い物する時なんかは、行き来のあとはベッドでぐったり。その途中で行き交う人達の視線もぐさぐさと刺さるが、それは脂肪たっぷりの体のおかげでどうやら深くは刺さらないようだ。

 そんな彼に、遂に転機が訪れた。15Lサイズのズボンが、ビリビリと破けてしまったのだ! 幸いにもブリーフとシャツは伸縮性があってまだ大丈夫で、上着もどうにか問題はないが、ズボンがなければ外に出ることは出来ない。

「はあ、はあ……このままじゃ、買い物にもいけないよう……」

 涙目になる彼に、ふとあることが脳裏に浮かんだ。それは、あのなんでも代行屋のサイトだった。あのサイトのショートカットを作成していたので、オルカンは再びそこをノートパソコンで訪れ、そして買い物の代行を頼んで見た。

 だがここで、彼はある事を思い出す。それは、お金はどうすればよいのかだ。手持ちはあるものの、残りは銀行。銀行からお金を下ろして貰えるかも知れないが、実際それは老人介護で良くあることだが、しかしお金をくすねたりと問題は多い——けど、このなんでも代行屋はちゃんと仕事も代行してくれてるし、大丈夫かな?

 オルカンは、すがる思いでこのサイトに信頼を寄せ、銀行の代行も頼むことにした。

 その日の夕方、二人の代行屋が来た。一人には、いつもの次の日までの品物を買って貰い、もう一人には、銀行から貯金の半分を下ろして貰うことにした。あまり銀行から頻繁に下ろしてもらうのもあれなのでと、出来る限りを手元に置こうと考えたからだ。

 そんなこんなで、オルカンはとうとう、外へ出ることもなくなってしまった。一時は、代行屋に特注の服を頼んで貰おうかと思ったが、外に出ないのなら衣類はそれほど重要ではないし、極力出費は抑えたいと考え、彼はそれはをめることにした。

 しかしながら、彼は一つ大事なことを忘れていた。いつしか、今穿いている良く伸びる下着も、限度が来てしまう。玄関口で全てを済ませるのなら、まあぎりぎり下着だけならOKかも知れないが、さすがに真っ裸はまずい。

 そして遂に、そんな状況が彼に訪れてしまった。最後の上着がビリビリと破け、同時に下着もびりりと破れてしまったのだ。それは彼が、7合の飯と唐揚げ56個を平らげた時のことで、同時に水も4リットル飲み、ベッドで足を広げて座る彼のお腹は、ずどんと膝まで膨れていたのだ。そんな状態からトイレに行こうと、ベッドから足を下ろすべく、なんどもなんども体を横に揺すっていた時、この事態が起きたのだ。

「——! う、嘘でしょ……」

 さすがにこうなってしまえば、外に出なくてもいいとは言え、玄関で顔を出すのも厳しい。太り過ぎのお腹で少しは隠れるかも知れないが、しかし何も衣服を身に付けていないというのは、さすがに……

 そんな時、また彼の脳裏に、代行屋が浮かんだ、彼はすがる思いで、そのサイトを見た。

「……メイド……良し、これだ!」

 オルカンはメイドを一人、雇うことにした。

 翌日の朝。家のベルが鳴った。久しぶりだった。前に朝のベルが鳴ったのは、仕事代行を頼んだ時以来だったからだ。

 オルカンは、予めベッドから足を下ろしており、出来る限りの早さで玄関口まで向かった。気が付けば廊下では、自身のお腹とお尻が擦れており、下着のない状態がここでも支障を来たしているとはと、彼は改めて現状を思い知った。

 少しだけ、玄関の扉を開けると、そこには同じオルカンだが、普通体型の女性が立っていた。

「初めまして、なんでも代行屋のメイドです」

「ああ、ありがとうございます。どうぞ中へ」とオルカンは、手早く彼女を家に入れた。

「すみません、下着が穿けないもので……あの、誤解しないで下さい」

「うふ、大丈夫よ。あなたのために尽くすのがメイドです、そういったことは気にしませんよ」

 オルカンは、ホッと溜め息混じりの長嘆息を漏らすと、どうにかベッドに戻った。何十歩という短い移動でも疲れて、疲労した体は乱れた呼吸とともに、額から汗を吹き出していた。

「それでは、まず何をしましょうか」とメイド。

「ふぅ、ふぅ……はあ、まず、同じ代行屋が来たら、頼みたいんだ」

 彼は、いつも買い物代行屋などに頼むことを一つ一つ伝えた。勿論仕事代行を雇っていたりしていることも、全部だ。まるで家の全てを彼女に任せるかのように。

「分かりました。あと、朝食は食べたのですか?」

「ま、まだです。その、ご飯を昨晩炊いたので、それと冷蔵庫の唐揚げを」

 するとメイドは頷いて、7合のご飯とレンジで温めた唐揚げ45個を、彼に差し出した。初見なら驚く光景だろうが、仕事に慣れているのか、彼女は表情を崩さなかった。

「ありがとうございます——ふぅー……あの、あなたは、なんでもしてくれるんですね」

「はい、メイドですから。そういえばあなたは、とても辛そうに見えます。歩くのがつらいのですか?」

「この体、だからね」

「でしたら、ベッドに横になっていた方がいいですよ」

「でも、そしたら家のことは?」

「それをするのが、私のお仕事ですから」

 メイドはにこりと笑った。オルカンは救われたような気持ちとともに、満面の笑みを浮かべて頷いた。

 オルカンは、二つに並べたベッドに仰向けになっていた。ふうふうと息づかいが荒いため、たまに使う酸素吸入器が近くに設置されていた。

 そんな彼に、メイドが言った。

「じゃあ今日は、一週間ぶりに体を洗いますから、一緒に襁褓も替えましょ」

「う、うん……」

 オルカンは唐揚げを四つ頬張りながら、ご飯を半合掻き込んでもごもごと言った。

「それと、ですね。新しい代行を頼もうかと思います」

「げぷ……君が、代行なのに、代行が代行を?」

「だって、こんなに太ってると私一人じゃ大変ですから。それにお金も工面するのが大変ですから、また仕事の代行を頼みますね」

「あ、ありがとう」

 そしてオルカンは、いつしか全てを代行に任せていた。気が付けば、自分で出来ることと言えば、口を使うことだけになっていた。

 そんな彼が、唯一動かせる口を使い、今日も代行達に言った。

「げぶぅ”……お”がわ”り”……う”、お”な”がががゆ”い”——あ”あ”、ぎも”ぢい”い”……あ”り”がど……は”あ”、ふ”う”」

 五人のメイドの内数人が、彼の地べたに広がるお腹を、満遍なくマッサージしてあげていた。残りのメイドは勿論、食べ物を彼の口に運ぶ係だ。

    終


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