Affectivers ~影響を与える者達~
プロット Prott
ある研究所で解雇条件が発表された。現在の研究が一旦終了する三年後に、成績、そして特に太った研究員をクビにするということだ。太った人は医療保険料が高く付くという理由からで、するととある中年ドラゴン三人衆が顔を揃えた。
「なぁ……俺達、まずいんじゃないのか?」
周りとは際立って白衣の大きい彼らの体重は、ざっと平均の3倍。正直階段なんて一階分上るだけで時間の無駄になる体である。ここの研究所の便利さの恩恵を受けすぎた証であった。
この研究所では、効率を重視しており、高速エレベータはあらゆる所にあり、かつ常に食事がバイキング形式で用意されている。とにかく時間を節約するための技で、勿論仕事場には常に飲料水と簡易食の無料自販機も設置されている。これはお金を使うことによる時間の僅かな浪費を防いでいる。
だがそんなに頑張っても、太った身では行動そのものが遅い。恐らくそれも解雇条件に含まれているに違いない。
そんな中、今日は新人が一人やってくるそうだ。初めはデブ三人衆も興味を示さなかった――というよりそんな余裕がなかった。だが一目見た瞬間、彼らの目はすぐに新人に向かった。
「初めまして、プロットと言います。よろしくお願いします!」
元気よく挨拶したまだまだ“青い”ドラゴンは、結構体型が丸かった。痩せ気味の研究者が多い中では、しかもこの状況では珍しい。恐らく何かしらの利点があるから研究所は彼を雇ったのだろう。
しかしながらその思惑を潰すように、超重量級の3人が彼に近付くある考えを思いついてしまった。
「――これだ! なあなあ聞いてくれよ、こういう作戦はどうだい?」
三人衆は密かに、食事会兼会議を始めた。
そして始まった。プロット肥育作戦が。
「プロット、これ食えよ」
「良いんですか?」
「勿論さ。美味いぞー」と、まずは間食用のおやつをプロットにあげたりした。そしてある程度仲良くなったら
「なあプロット。一緒に食わないか?」
「えっ、良いんですか!? 是非お願いします!」
嬉しいことにプロットは、先輩方と積極的に混じり合う性格であり、職場で有名なデブ御三家にも愛想が良かった。そして彼らと一緒に、食堂へと向かった。食堂は仕事場の一つ扉の先にある。
「プロット、お前良く食いそうだからな。ほらほら」
「では頂きます♪」
笑顔で、三人衆が用意した料理を頬張るプロット。しかし三人衆の胃袋は驚異的で、すぐに彼のお腹はパンパンになってしまった。
「ほうらプロット、追加を持って来てやったぞ」
「げぷっ……美味しそうですね。ありがとうございます!」
彼は明るい表情で、三人衆の追加を受け取ると、苦心惨憺としながらそれをモグモグと、ゆっくりと、そして着実に胃の中へ収めて言った。この様子に三人は、嬉しそうな様子で一緒に食事をした。
~一年後~
プロットは、その頭を使って周りの研究員達から高評価を買っていた。だが同時にあのデブ集団からの信頼も厚かった。
「よープロット。一緒に飯を食おうぜ」
「はい!」
そして隣の食堂へと向かう三人衆、というより今では四人衆。全員その短距離の移動だけで、ふぅふぅと息が少し荒くなり、そして一段と大きくなった白衣の背中には、大きく湿った箇所がそれぞれに付けられていた。
「ふぅ。プロットは待ってていいぞ、俺達が飯を持ってくるから」
「いつもありがとうございます。でも偶には僕が――」
「いいっていいって。可愛い後輩に苦労なんてさせらんねーよ」
三人は息を乱しつつも、予め用意されているワゴンに大量の料理を乗せ、それを先に座ったプロットのテーブルに運んで来た。
「ふぅ、ふぅ、よっしゃ、早速食おう!」
それから三人は、その脂ぎった顔に更なる脂肪を蓄えた。
「ううっぷ……くちゃくちゃ、ごくん――げふぅ!」
豪快な
噯 を漏らしたプロット。もうすっかり三人衆の仲間入りである。というより、三人衆の中で一番良く食べていた。「お前も沢山食べるようになったな」
「いえいえ、先輩方ほどじゃあないですよ。あ、もうなくなっちゃった……」
席を立とうとする後輩を、先輩方は抑えた。
「俺が持ってくるよ」
「あ、ありがとうございます♪」
体は大きく変っても、その顔はいつまで経っても微笑みを絶やさなかった。
~二年後~
既にデスクで三時間の間食を続けるプロットの元に、三人が歩み寄った。
「プロットぉ、一緒に飯を食おうぜ」
「はい!」
まずは、椅子からの立ち上がり。
「よっっっ……こい……しょぉーっと! はぁ、はぁ」
「大丈夫かプロット」
「は、はひぃ」
ちょっとこれはやり過ぎたか? いつものように食事に誘った三人衆は、顔を見合わせた。とりあえず今は、そのまま食堂へと移動した。
全員、歩く度に全身の肉が揺れていた。だが概ね白衣の下だけの話。けれどもプロットの場合は、その上からでも分かるぐらいに肉が揺れていた。だぷん、ぶよんと、きっとそこの下ではもっと大変な姿をしているに違いない。
「ひぃ、ひぃ……うぷぅー! あー、お腹が空きましたねえ先輩。うっぷ、今日は全種類食べちゃいましょうか」
「あはは、そうだな。んじゃ、先に座っててくれ」
そして料理を用意するデブ軍団。しかしその後ろでは、座るだけでも一苦労するプロットの様子が犇々と伝わってきた。三人衆は色々相談しながらも、今日もプロットのためにワゴン三台に犇めくように料理を運んで来た。
「いっただっきまーす! ガツガツ、クチャクチャ、むしゃむしゃ、ずるずる、ングッングッ、ガツガツ……」
一心不乱に食事を貪る姿。確かに三人もかなりがっつくが、ここまで変わってしまうとは。まだあの暖かい笑みは残っているが、それでも顔には常に体の重みによるつらさが滲み出ていた。
「ウゲェーップ! ……あの、先輩?」
「ん――げふっ。どうした」
「すみませんが、これで全種類なんですか?」
「えっ? いんや、まだ数種類残っているが――まさかまだ食べるのか?」
「なんだか物足りないんです。今日は全種類食べる勢いだったので……」
「お、おお、そうかそうか。分かった、なら持ってこよう」
「ありがとうございます♪」
しかし三人衆には、罪悪感というものが自重に加えてのし掛かり、プロットよりも体は断然軽いはずなのに、彼よりも足取りは非常に重かった。
~翌日~
会社から、通達が来た。あの解雇の件に関するものだ。三人衆は三年前よりもプロットとの付き合いで更に太り、事前の健診では全員体重が300kgをオーバーし、当然の如くクビを言い渡された。
だがクビになったのはこの三人だけではなかった。ある意味言わずもがな、プロットもそうだった。しかし何より驚いたのがその体重――ここに来た当初は200kgだったらしいが、それが今じゃ350kgを超過し、三人衆を飛び越して400kgに達しようとしていたのだ。それだから椅子に立ち上がるのもまともに出来なかったわけだ。
「……プロット……ごめん、な……いや、それだけでは許して貰えないよな」
「ふぅ、ふぅ、ううん、大丈夫ですよ。ふひぃ」
体重を量るだけでもこう息切れをしてしまうプロット。それでも顔はいつもの明るさを持っており、超肥満ドラゴン三人の胸は締め付けられそうになっていた。
それから三人衆は、三年ぶりに会議を始めた。そして、結論を出した。
「プロット。お前さ、その体で生活出来るか?」と、退社の準備を座りながら進めるプロットに尋ねた。
「うーん、なんとか頑張ります」
「……その、さ。俺達も悪いとは思ってるんだ」
「いえいえそんな! 先輩方のおかげで、ここでの仕事はとても楽しかったですよ♪」
最後になってもこの振る舞い。三人は涙もろくなった両目を潤わせた。
「でも俺達、決めたんだ。お前の為に色々と手伝うことにしたよ」
「色々、ですか?」
「そうだ。お前がこれからも楽に暮らせるようにだ」
~数年後~
開口器を嵌められ、
舌圧子 を固定させられ、口の中に薬を塗って貰っているプロット。「んー、良し。これでいいだろう」
そして医師は彼につけた器具を取り外し、ゆっくりと彼の体から降りた。
「それにしてもドラゴンとは言え、これは余りに幾ら何でも太り過ぎです。見て下さい専用の体重計を――って600kg!? それじゃあ空どころか歩けないのも当然です。まずはそこからどうにかしないと……」
すると三人衆の一人である側近が答えた。未だに彼の重さは300kg近くあったが、他の二人は200kgぐらいにまで落としていた。それも全てはプロットへの
悔悛 の為に行動していたからである。「いやいいんだ。彼がそれで幸せなら。だろプロット?」
「うん♪」
そして開口一番、彼は早速右手に握りしめた鶏の丸焼きを頬張り始めた。それを確認した側近は、彼の左手に新たな鶏の丸焼きを手渡した。その間もう一人の側近は、零れた食べ滓などを拭き取りながら体を専用スポンジで洗っており、残りの一人はプロットの為に出稼ぎに出ていた。
今日もプロットは、その身に幸せという名のお肉を詰め込んで貰い、一段と体を膨らませた。
完