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今回もまたSSS(=ショートショートショート)で行かせて頂きます。少しずつですが他の話も地道に進行しており、平行してギンタさんの所にも久しぶりに小説投稿しようと、ちょっと趣向を変えたものも執筆中です。

 


 

 

    お金なんて要らない。お金があるから格差が生まれるんだ。

 

 

 たった一つのその思想。そこから世界は変わった。

「さぁてと、今日から一人暮らしだ。思う存分暮らすぞー!」

 そう意気込むのは一人の鮫。そこまで嬉しく思っているのは、なんとっていも束縛からの解放。実は彼の姿を見れば分かるが、屈指の大食いなのである。しかしそこそこがたいが良いのは、親からの厳しい躾のためだった。けれどもうそんなことは気にしない。ゲームだって自由に、自分の思うがままに出来るのである。

 鮫はその前準備として、あらゆることを調べていた。そして知ったのが「ネットスーパー」。近くのスーパーから直接品物を届けて貰うサービスだ。お金という概念がなくなった今、実家周辺でもそれを利用する人が鰻登りである。

 つまり鮫の理想生活はこうだ。まず部屋に籠ってゲームで遊ぶ。食事や生活用品などあらゆるものは全てネットスーパーから。そしてゲームに飽きたらそれを売って新しいのを買う。勿論それもインターネットによる出張サービス&通販を利用する。

 あー、なんて楽な人生だろう。そもそも金廃止令がなんとも素晴らしい。鮫の顔は緩みに緩んだ。

 

 

 けれど当然の如く、その緩みは体にまで及んだ。特に両親からの指導で強制的に鍛えさせられていた体では、その反動は大きかった。

 マットレスのベッドにごろんと横になり、片手でコントローラーを握りながら、もう片方の手でドーナッツを頬張って甘ったるいミルクセーキをがぶ飲み。そして時折、だらりと、まるで敷き布団のように広がったお腹をボリボリポリポリと掻く。

「あー、ゲップ、つまんねーな」

 ふぁーっと欠伸をした鮫は、ゆっくりと横向きのまま上体を起こすと、まずは一旦広がったお腹を床に下ろした。俗に言われ始めている Fatapron (=肉エプロン)の真骨頂である。

 それから、両脚を大きく開きながら向きを正面にすると、少し前に体を倒し、そして後ろに体を反らして反動をつけると、その勢いで「ふんっ!」と力みながらどうにか立ち上がった。その後は大きく息を吸い込み、吐いて、再びスゥーっと息を吸い込んだその刹那——

「ビリィ!」

 なんとズボンのお尻が破けてしまったのだ。しかしながら鮫は、その事を一切気にしなかった。実はもう、太股辺りの布が裂けていたのである。初めはこんな状況にさすがに恥じらいを覚えていた彼だが、単調な引き籠り生活を長年続けた結果、そのような羞恥心はあらゆるものと一緒に豁然(=かつぜん)されていた。

 ぐうたらな鮫は、怠惰そうに大型の冷蔵庫に摺り寄り、そこからアイスクリームを取り出した。何キロもある超特大のボックス形式であり、それを直接大きなスプーンで掬い取ると、口に頬張った。

 昔なら「うんめぇ!」と喜んでいただろう。だが今の彼は、不思議とそこまでの感情は沸き立たなくなっていた。心の奥底で「美味い」と思っただけで、彼はそのまま再びベッドで横になり、携帯電話から新しいゲームの予約と、夕飯にとピザのLサイズを2つも注文した。しかもサイドメニューは全てである。けれどお金など関係ないから、残ったら残ったで別に良いのだ。でもそんなことを続けていた彼は、いつしかそれを全て完食出来るようになり、再び「残したら残したで」ということで、注文量を増やすというスパイラルに陥っていた。

 

 

 

 

 ある日のこと。玄関の扉がドンドンと叩かれていた。機嫌悪そうにベッドから半身を出してもそれは鳴り止まず、鮫はのそのそと布団から這い出て立ち上がると、大義そうにゆったりと、脇腹を廊下の両壁に(=こす)らせながらその扉をあけた。

「——! お、お前……俺の、息子なのか?」と、中年の逞しい男鮫が口をあんぐりとさせた。するとそれを見たデブ鮫も、久々に表情をはっきりとさせた。

「おお、オヤジ!? それにお袋!?」

「あなた……本当に、私の子なの?」男鮫の隣にいた女鮫も、血相を変え始めた。無理もない、彼らの知っている息子というのは、それなりに腹は出ていたが、恰幅の良い容姿なのだ。しかし今目の前にいるのは、立っているだけでも汗水を噴き出す、お腹が土間に迄垂れ下がった鮫なのである。体重はただでさえ重かった昔に比べ、ざっと3.5倍以上。

「お前、一体どうしたらそんな体になるんだ! いいか、今から体を元に戻すぞ、いいな!?」

「そ、それは——」

「二言など言語道断だ、来い!」

 そして男鮫は、デブ鮫の肉厚な手首を掴んだ。しかしその図太さゆえ、上の半分すら握れず、しかも汗でぬめっていたので、つるんとその手は抜けてしまった。その反動で思わずすっこけそうになった男鮫は、鋭利な歯をと歯肉を剥き出した。

「なっ……!」

「ご、ごめん、オヤジ! 俺、観念するよ……」

 ここで諤(=がくがく)とされるはの分かっていた。オヤジには逆らえないと、デブ鮫改め息子は改心した様子だ。

「お願いそうして。その見た目じゃ、恥ずかしくて親戚にも見せられないわ」

 お袋の言葉も重なり、息子は玄関から、何年かぶりの一歩を踏み出した。だがその足は、外の廊下に着く寸前、少しの揺れを伴って停止してしまった。

「なんだ、思い留まることでもあるのか?」と父親が鋭い眼差しを向けた。だが息子はそうでもなさそうだ。

「いや違うんだ。これ以上もう、進めないんだ」

 ようく見ると、廊下一杯の横幅の彼の脇腹は、そこよりも狭まった玄関でつっかえ棒の役割になっていたのだ。息子はそれに気付き、慌てて足を一旦下げ、体を横にして再度脱出を試みたが、前に突き出たお腹と背肉も相当厚みを帯びており、結局は抜け出せなかったのだ。

 

 

 両親の苦肉の策。それは絶縁かダイエットかを息子に選択させることだった。さすがの息子もそれにはダイエットを選ばざるを得なかった。

 だが、金銭が不要のこの時代。仮に関係性を切ったって、苦労することなぞ何もない——そう考えた矢先、息子は挑みを捨て、静かなる暴走を始めた。そして再び、この目で息子を見ようと訪れた両親の結果は、玄関前ではなく、外から眺める二階の窓の先に見えた、息子の成れ果てで決まった。

 

 

 

 

 全ては始まりに過ぎない、これは必然的だったのだ。のちの一人の鮫は語っている。その二階の住民が窓から望む物は、ベランダの鉄柵から溢れる、常日頃浸食を続ける脂肪という驚異であった。

 

 

    完


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