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小説、最近書けて(書いて)ませんでしたが、それでもボチボチ没とか中断とかあったりしてます。

これもその一つで、約一年前(2015年11月20日)に途中まで書いて挫折したもの。

当初主人公一人だけでしたが、姉と弟という関係がピンと思い浮かんだ途端、すっと続きが生まれて来ました。

今回のは、その勢いのまま続きを書いて完成できたものです。

※他にもそうなればいいのになぁと思ってます。


 

  ※スタッフが美味しくいただきました

    2016/09/19 著:脹カム

 

 

 

 芸能人や著名人らが集う華やかな舞台。時には丁々発止な現場ともなるその場所の一つにテレビ番組がある。だが彼らのいないその舞台では、どこにも放映されないもっと厳しい世界も存在していた。

「お前な、確りしろよ」

「ごめんなさぁい……」

 現場リーダーの言葉に、作業着を身に付けたぽっちゃり気味の男のウサギが女々しく謝った。

「もういい、お前はあっちで小物でも片付けてろ」

 ウサギは番組で使用したテーブルから手を離し、隅に集められた小道具を整理し始めた。誰でもできる簡単な作業だったが、それでも彼は懸命に仕事をこなした。

 

 

 

「ただいまぁ」

 袋を手に家に帰り着いたあのウサギは、リビングでギョッとした。

「おかえり」と女のウサギ。

「姉さぁん、どうやってここにぃ?」

「予備の鍵をあんたからもらってたでしょ。そんなことよりロビィ、一人暮らしなのに『ただいま』なんて言ってるの?」

「別にいいじゃぁん。それよりどうしたのぉ?」

「さっき離婚して家を出て来たの。それで今日からあんたの家に住ませてもらうからよろしく」

 一瞬、ロビィという名のウサギはぽかんとした。

「……え、い、いきなりすぎるよぉ……ベッドだって一つしかないしぃ」

「でも部屋は二つあるわよね。必要な家具は私で買うから心配しないで」

 さばさばと話を進めるロビィの姉。彼女はリビングを見渡して言った。

「にしても随分と立派な賃貸よね。あんたがそんな金持ちだと思わなかった」

 ロビィは袋から二つの弁当を取り出しながら答えた。

「違うよぉ。ここは曰く付きの物件だからぁ、物凄く安かったんだぁ」

「へぇー、それなら納得」

 特別な物言いもなく、この話は流れた。

 ロビィの姉は、弁当を食べ始めた弟を見て聞いた。

「あんた、いつもそんなに食ってるの?」

「うん。テレビ局の余りをいつももらってるんだぁ」

「だからそんな体になるのね。ていうか一つは私に頂戴よ」

「えぇ〜……」

 明らかに瞼を嫌そうに八の字にする弟を見て、姉は溜め息をついた。

「まあいいわ。どうせさっきケーキ食べちゃったし」

「えぇ! もしかして冷蔵庫にあったの食べちゃったのぉ!?」

「それだけ食べてれば充分でしょ」

 がっくりと項垂れたロビィを見て、彼女は更に溜め息をついた。

「分かった、分かったわよもう。とりあえずそれ食べて、それでもまだ食べる気があるんなら私がケーキ買ってきてあげるから」

 すると弟はちょっとだけ機嫌を戻し、素直に弁当を食べ始めた。

 

 

 

「まーたお前か」

 現場リーダーの一言に、ロビィはシュンとした。

「そんな体しておきながら力もねぇ。んだったら何ができるんだよ?」

 ロビィは詰問に何も答えられなかった。そんな様子を遠巻きに見ていた一人の男が、二人に近寄って来た。

「君達、ちょっといいかい?」

「お、プロデューサーさん」と現場リーダー。プロデューサーは彼に尋ねた。

「何か彼の仕事に問題でもあったそうだが?」

「ええ。こいつまだ入って間もないんですが、全然仕事ができないんすよ。こんな体しておいて力もないし、だからと言って細かい作業もできない。そのくせ弁当だけはやけに食いやがる。おまけに喋り方まで癪に触るし」

 肩身が狭いロビィは、ただ俯くしかなかった。

「そうか……もしかしたら、彼に丁度良い仕事場があるかも知れない」

「と言いますと?」

 だがプロデューサーは彼の質問には答えなかった。

「悪いが、彼をこっちに引き取らせてくれないかい?」

「ええ、全然構いませんよ」

 現場リーダーは重荷が取れたかのように、少しだけ嬉しさが溢れていた。そんな重荷であったロビィは、プロデューサーに連れられ廊下へと出た。

 

 二人は今、下降するエレベーターの中にいた。それは美術スタッフ御用達の、大道具などを運ぶための専用エレベータであった

「……あのぉ、プロデューサーさぁん?」ロビィが恐る恐る口を開いた。

「なんだい?」

「僕はどこに行くんですかぁ?」

「新設された部署だよ」

「新設ぅ?」

「ああ。君はテレビで『スタッフが美味しくいただきました』なんてテロップは見たことないかい?」

「あぁ、ありますぅ。最近良く見かけますよねぇ」

「昨今のテレビは道徳性が酷く問われてな。番組で使用された食べ物を捨てると倫理委員会に報告されてしまうんだ。だからと言って専門の業者に頼むとそれなりのコストがかかってしまう。そこで……」

 エレベータが止まり、扉が開いた。その先にあったのは——

 

 

 

「——というわけなんだぁ」

 ロビィは自宅のリビングで、お馴染みの弁当をぱくりと頬張った。

「へぇー。世の中には色んな仕事があるものね。ただ食べるだけの仕事。覆面モニターよりずっと楽そうね」

「うん。服装もこれからは私服でいいみたいだしぃ、それに給料もそれなりに出るしいからぁ、すんごく楽だよぉ」

「それってさ、昇給とかもあるの?」

「時代の流れ次第だってさぁ。廃棄産業の需要がどれだけ高まるかによってぇ、給料も変わるらしいよぉ」

「それじゃ、もしそれでたっぷり給料がもらえるようになったら、私は気兼ねなくここでのんびり過ごせるわね」

「えぇ〜」

 少し嫌そうな表情をした弟に、姉はお得意の魔法をかけた。

「でもその代わり、事前に言ってくれればあんたが欲しいものを常に用意してあげられるわよ。食べ物でもなんでも。要するに、家のことは全部私に委任していいってこと」

 するとロビィの表情が途端に喜々とし、勢いで二つ目の弁当も軽々と食べ切った。

 

 

 

 ロビィは今、普段通りの着こなしとして、大きいサイズ専門店で売られているハーフパンツに半袖カジュアルシャツといった出で立ちで、新しい職場へと繋がるエレベーターに乗り込もうとしていた。すると後ろから、あのプロデューサーに呼び止められた。

「おはようございますぅ」

「おはよう。昨日の新しい職場はどうだい?」

「物凄く楽しいですぅ」

「良かった。君を叱ったあの現場のリーダーは少々不寛容だからね、君もつらかったろう」

 これにはロビィ、無言で静かに頷いた。

「なら、今の仕事であれば問題なく続けられそうか?」

「はいぃ」

「となれば是非、君を今から正社員として雇いたいんだが」

「ほ、本当ですかぁ!?」

 満面の笑みがロビィに浮かび、プロデューサーはしかと頷いた。

「早速契約しよう。こっちへ来てくれ」

 

 

 

 それからしばらく経った。ロビィの姉はすっかり彼の家に住み着いており、帰宅してきた彼の面倒を見てあげていた。

「ただいまぁ」

「おかえり。……あんた、その服苦しくない?」

 一回り大きくなっていたロビィは、いつもと変わらぬ上下の組み合わせをまとっていたが、そこでのシャツのボタンが、まるで弾けたそうに周囲の生地から一歩前に進み出ていた。

「今日は沢山食べたからねぇ」

「それで大丈夫? 今から外に食べにいくでしょ」

「うん。早く行こぉ」

 実はロビィ、殆ど外食をしたことがなく、それを姉に相談していたのだ。昔から出不精ではあったが、今のテレビ局に勤めてからは残り物でずっと過ごしていたため、外での食事とは無縁になっていたのだ。すると姉の役目として、彼女は今日のために店を予約していたのだ。

 

 二人がやって来たのは、至って普通の焼き肉屋だった。客入りも疎らで、でもロビィにしてみれば何年ぶり——もしかしたら初めてに近い外食に気分が高揚していた。彼がソファー席に真っ先に座りメニューを眺める様からも、それは明朗だった。

「何食べようかなぁ」

「好きなだけ食べればいいじゃん。あんたのお金なんだし」

「あははぁ、そうだよねぇ」

 そして彼は店員を呼び止め、本当に好きなだけ肉を頼んだ。その光景に姉は、然程変わった様子を見せなかった。

「昔っからあんた、肉は好きだよね」

「うん! だって肉ってぇ、凄くいいじゃぁん?」

「何よそれ」

 呆れたように姉は言ったが、姉弟の二親等な関係だからこそ、裏には愛着が込められていた。

 やがて、テーブルには肉を盛り合わせた皿が犇めいた。ロビィはそれを片っ端から雪崩のように網に流し入れ、フライパンで調理するかの如く焼き始めた。

「……焼き肉ってこんなんじゃないでしょ」とさすがの姉も突っ込んだ。

「そうなのぉ? でもこの方がいっぺんに焼けるよぉ」

「まあ好きなように焼いて。私は適当に食べてるから」

 そして二人は、少々の会話を挟みながら次々と焼き肉を食べていった。その殆どは勿論ロビィの胃袋へと流れ、更にテーブルにあるのだけでは物足りず追加注文する始末。次第に彼のお腹は膨らみ始め、静かに準備を整えていたシャツのボタンがここぞとばかりに前へと迫り出した。彼自身もまた、食べるのに夢中で前のめりになっていた。

「はぐ、んぐ、美味しいなぁ……はふぅ」

「ロビィ。少しは落ち着きなさいよ」

「だってぇ、凄く美味しいんだもぉん。今日でこれが最後かも知れないしぃ、食べれるだけ食べないとぉ」

 彼は追加注文したものも一通り口へと運び入れた。最後の肉も確り飲み下した彼は、少しの溜め息と猛烈なゲップを漏らすと、そのままドスンと背を凭れた。

 パァン! コルク栓を飛ばしたような音に二人はビクッとした。そしてロビィは瞬時に事を理解し、赤面した。

「やっぱ大丈夫じゃなかったわね」

「う、うん……」

 少しのあいだ、音の発信元へは僅かな客達が衆目を浴びせた。それから視線は元に戻ったが、今度は口が静かに動くのが見て取れた。

「全く、何顔赤くしてんのよ」

「だ、だってぇ」

 ロビィの腹部を見ると、シャツの真ん中より一つ下のボタンがなくなり、そこだけウサギらしい白い毛皮が堂々と現れていた。

「……姉さぁん、恥ずかしいよぉ」と小声で嘆くロビィ。

「情けないわね」

 そう言うと姉は、徐に弟の方へ身を乗り出し、シャツの境目をそれぞれ掴んだ。すると彼女は、なんとそれを勢いよく引っ張ったのだ。パパパパン! と音がし、全てのボタンが豪快に弾け飛んだ。ついでに少しの毛も巻き添えにして。

「——! ね、姉さぁん!?」

「こうしちゃえばみんな一緒でしょ」と彼女は、露わになった弟の腹をバンと叩いた。

「そ、そういう問題じゃぁ……」

「別にいいじゃない。なんか法被みたいだし、そういう服ありそうよ」

 さっきの音でまた同じ視線を一時食らい、二人の耳には届かない話題が湧き起こったが、今度の対象はどちらかと言えば姉に向けられていた。

「とりあえず、新しい服を買いに行きましょ」

 姉に連れられ、ロビィはおずおずと店を後にした。

 

 

 

 ロビィは仕事場に新しい服でやって来た。それを見た同僚でスーツ姿の男のトカゲ——彼もまたロビィ並みに体が大きかった——が、番組の余り物のパンを食べながら言った。

「お、とうとうサイズアップしたか」

「サイズアップぅ?」

「仕事柄どうしても太っちまうみたいでな。ここにいるやつらは全員、一度は服のサイズを上げてるんだ。それを俺達はサイズアップって言ってる。まっ、そのまんまだけどな」

「へぇ〜、ザッパー達の宿命なんですねぇ」

「ああ。……お前、ほんとここに馴染んでるよな」

 ザッパーというのはこの部署で働く人達の俗称。残飯室と他部署から揶揄されながらも斬新な仕事をこなす彼らは、まずその呼称を受け入れることから始まる。それから裏方であることも含め、見たことも聞いたこともないような仕事に対しモチベーションを維持し続けなければならない。ある種過酷な現場とも言えるだろう。

 しかし、創設間もないこの部署で既に退職者が数人もいる中、性に合っているのかロビィはすんなりこの職場に溶け込んでいた。

「そうかなぁ? それより僕のご飯あるぅ?」

「みっちり置かれてるぜ。お前、一目置かれてるっぽいしな」

「誰から聞いたのぉ?」

「誰というか、お前を連れてきたあのプロデューサーの話を小耳に挟んだんだ」

「ふぅ〜ん」とロビィはデスクに向かい、少しでも仕事を楽にするために用意されたデスクチェア代わりのソファーに腰を降ろすと、そこに置かれた山盛りの残飯を食べ始めた。

 

 

 

 それから更にしばらく経った。あれ以来ロビィは、一切外食をしていなかった。だがそれは、単に羞恥心があるからだけではなかった。

「た、ただいまぁ……」

「おかえり。今日は一段と疲れてるわね」

 姉に出迎えられたロビィは、以前より一回り、二回り、三回りも大きくなっていた。衣服もなんどもサイズアップされ、常連の大きいサイズ専門店ではこれがマックスのサイズであった。それでもパンツやシャツは、彼の体を収められなくなりつつあった。

「ふぅ、最近、疲れやすくてぇ」

 リビングにあがると、テーブルには姉が用意(大半は出前注文)した料理で埋まっていた。ロビィは椅子に座るやいなやそれらを貪り始めた。

 やがて、大量の食べ物は仕事で鍛えられた彼の胃に全て収められ、衣服の方はとうとう彼を収められなくなり、チラリズムのように彼の白いお腹が露わになっていた。

「げふぅ! ご馳走様ぁ」

「相変わらず良く食べるわね、ほんと」

「うん……?」

 不意に辺りを見渡したロビィは、異変を感じ取った。

「姉さぁん、模様替えしたのぉ? なんか色々足りない気がするよぉ?」

「今頃気付いたの? 模様替えじゃなくて、あしたから引っ越しよ」

 キョトンとする弟に、彼女は更に説明した。

「最近あんた、かなり通勤がつらそうでしょ? だから職場の近くに引っ越すことにしたの」

 暫し間が空いた。

「……え、えぇ〜!」

「そんなに吃驚した?」

「だだ、だってぇ、突然急だったしぃ」

「でもさ、あんたの様子見る限り、仕事場に近い方がいいんじゃない?」

 ロビィは冷静になり、そして考えた。うん、確かにと。

「でも僕ぅ、準備とか何もしてないよぉ?」

「前に言ったでしょ、家のことは全部私に任せてって。やることは全部済んでるから、あんたは明日、私と引っ越し先に行くだけでいいわ」

 積極的かつ大胆ながら、痒いところへは手を届かせたりと手際の良い姉に、ロビィは思わず感嘆した。

 

 

 

「お前の姉の話、聞くたんびに度肝抜かされるわ」スーツ姿のトカゲが残飯を食べながら言った。

「でもぉ、物凄く助かってるんだぁ」

 ロビィの方は残飯を食べ終え、デスクを見渡した。

「ヴォイパスぅ、余ってるのあったら頂戴ぃ」

「おいおい。今日から出来高制が入ったとはいえ無理するなよ」

「違うよぉ、もっと食べたいだけだよぉ」

「……」

 ヴォイパスと呼ばれた同僚のトカゲは、渋々自身の残飯の残りを半分ロビィに差し上げた。その躊躇いには、彼の複雑な心情が絡んでいた。彼自身以前よりもだいぶ肥えてはいたが、ロビィがそれを凌駕し破竹の勢いで肥えていたからだ。

 

 

 

 あれからしばらく経った。ロビィと彼の姉は新居での暮らしにすっかり慣れていたものの、そこでの生活スタイルと言えば血の繋がった関係でありながら、姉が実質弟の家政婦という役割になっていた。

「はぁ、ふぅ、た、ただいまぁ……」

「おかえり」

 姉は帰宅した弟を出迎えるなり、すぐさま彼の衣服を脱がした。ロビィの体はあれから更に巨大化しており、定番の服装ながらも全ては海外製(しかも最大級)のハーフパンツとカジュアルシャツであり、それでも彼を完璧には覆えていなかった。

 そんな弟を引き連れリビングの特大ソファーに座らせた姉は、ずらりと料理が並べてある、赤ちゃんの歩行器に付いてるような特製の半円型のドーナツテーブルを彼の前に設置した。大きなお腹が邪魔をして奥まで手が届かない彼のため、半円に料理を並べることで置くスペースを確保しているのだ。

 しかしそんな姉の努力も、ここ最近では通用しなくなっていた。仕事でたんまりと食べてきたはずの弟は、それでも満たされない食欲をこのドーナツテーブルに委ねたが、全ての料理を空にしてもなお、彼の表情には不満の気が浮かんでいた。

「まだ食べたいの?」と姉。

「うん……もっとおかわり欲しいよぉ」

「あんたって昔から食い意地張ってるけど、最近はほんと凄いわね」

 そう言いながらも彼女は、即席料理で場繋ぎしながら、腹に溜まる唐揚げやステーキなどをキログラム単位で拵えた。それらが来るなりロビィは寸時に口へと詰め込んだ。

「ありがとぉ、姉さぁん」

 頬張りながら喋ったことで、彼の胸には食べ滓などがぼろぼろと散らばった。

「もう、子供じゃないんだから」と姉はそれらを拭いながら、「でも、姉からしてみればあんたはいつまでも子供よね」とも言った。一方弟は、肩や首周りに堆積した肉により盛り上がった頬を更に持ち上げ、笑みを表現した。

 

 

 

「はぐ、んぐ、むぐ」

 只管に食べ続けた。仕事のため、給料のため? ただ時間が許す限り、それは食べ続けた。

「あむ、もぐ、んぐ……ごふぅー!」

 そんな人物はこの残飯室にただ一人。誰もが知るザッパーの——

「ロビィ」

 声をかけられた彼は、視線だけを動かした。それは他の動作が、彼にとって容易ではなかったからだ。

 そんな目線が捉えたのは、初めて会った時よりも四、五(=しご)倍以上に膨れ、途中ベルトからサスペンダーに遷移するほど何度も新調したスーツがまたも変わりそうな、同僚のトカゲのヴォイパスだった。ソファーにどっかと腰を据える彼の姿は、はっきり言って単なる肥満では済まされない。それでもロビィと比べれば、大人と子供並みの体格差があった。

「どうしたのぉ、ヴォイパスぅ?」

「俺、今日でこの仕事止めるわ」

「ごぶ、ごぶ、ごぶ……げふぅ、どうしてぇ?」

「このままじゃ俺、ヤバイと思うんだ。それにこの部署も」

 ヴォイパスは部署内を見渡した。ロビィは明らかに別格だったが、ヴォイパスのような体格はざらにいた。中には、ロビィの後釜のような才能を見せる社員も数名いた。

「元プロデューサーの読みは、正直当たっていたと思う。食べ物を粗末にするな思考が最近物凄く擡頭してるからな。だからこそ、廃棄業者に頼むより低予算で済む俺達が重宝されるわけだ。しかも他局を越え、レストランやコンビニとかからも当てにされてる。それほど俺達の需要は(=すこぶ)る高いってわけだ」

 座布団に置かれた木魚のように、首周りに溢れる肉に埋もれそうなロビィの頭が、僅かに傾ぎながら口には止めどなく食べ物が送られていた。

「けどよ、お前のようなウサギだろうと俺のようなトカゲだろうと、そんなことはどうでもいい。本来廃棄処理ってのは機械とかがやるもんだろ? 俺達のような生きものは、あくまでそれを操るに過ぎない」

 ロビィは食べ続けた。

「はっきり言って、これは生きものがやる仕事じゃない気がするんだ」

 ロビィはまだ食べ続けていた。

「食事中悪かったな。とにかく、今日でお別れだ」

「……ごふぅ! ごめんヴォイパスぅ、僕には良く分からないよぉ」

「気にすんな。お前は好きにやりな。少なからず、姉が支えになってくれるさ」

 そう言い残し、ヴォイパスは肘掛けなどを支えにどうにか立ち上がった。そして一人、残飯室を去って行った。その後ろ姿はなんら変哲もないが、ひとたびエレベータを上がれば、その様相は真逆の解釈となった。

 

 

 

 あれから更にしばらく経った。下降中のとある大型のエレベータで、広さいっぱいの台車と共にロビィの姉が乗っていた。

 エレベータが止まると、扉が開き、異質な空間が現れた。

「ふぅ、ふぅ」

「はぐ、んぐ、げふぅ」

 天井と繋がった管から集約される様々な食べ物を貪る音、それらに加え汗や生乾きなどの匂いが入り交じり、異常なまでに効いたクーラーの中で暑苦しさと共にそれらを放ち、汗を止めどなく滴らせる極限の肥満者ザッパー達は、皆思い思いの着衣をしていた。大半は国外からの特注品だったが、それらも今や子会社化された残飯室では上が管理しており、社員達には食べること以外の雑念を与えないよう配慮されていた。

「ロビィ?」

 普段なら、姉の呼び声から少し時間をあけて弟は来ていたが、今日はいつまで経っても来る気配がなかった。仕方なく彼女は、分厚い肉壁の合間を縫って奥へと進み、大きな一枚扉を抜けた。

「ん、んん、はふぅ、むふぅ! はぐ、んぐ、むぐっ……!」

 ここはザッパーの中でも、最も栄誉ある人物に与えられる特別室だった。その人物は紛れもなくロビィであり、今の彼に着せられる服はこの世には存在しなかった。また彼に優る人物も、同じく存在しなかった。汗でぐっしょりと濡れた白い毛皮の下で波打つ、防壁のような肉体に詰まった長年の脂肪こそ、その証である。

「ロビィ?」

「ゲフゥ! ね、姉さぁん」

「ロビィ、帰宅の時間よ」

「はぐ、もぐ……ど、どうしようぉ。食べるのぉ、止められないよぉ……あぐっ!」

「相変わらず貪欲な弟ねえ。最近あの家に帰るのもつらそうだし、もうここに住んじゃう?」

「んぐ、ごぶ……だ、大丈夫なのぉ——ゴフゥ!?」

「途中で社長に会ってね、一応聞いてみたのよ。そしたらオッケーだって」

「もぐ、はぐ、んーーんん、ンゲフゥー! は、はぁ、ふぅ……じゃ、じゃぁ、そうして欲しいなぁ……ゲップゥー!」

「決まりね。じゃ家から必要なもの持って来るわ。勿論姉として、私も一緒に住ませてもらうからよろしく」

「はぐ、もぐ、んぐ、ごぶ、がぶ……あ、ありがとぉ、姉さぁ————グゲァーッフゥ! はぁ、ふぅっ、ふぅー!」

「全く、子供みたいにがっついちゃって。いつまで経っても変わらないんだから」

 こうして弟のロビィは、姉の介護もあり、順調に昇給を重ねていったという。

 

 

 

    スタッフが美味しくいただきました

 

 こんなテロップを見かけた際は、その言葉の裏に、とてつもなく大きなとあるウサギの存在があるかも知れません。

 ——そう妄想してみると、意外に楽しいかも知れませんよ?

 

    完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  欲望のままに殴り書いた後付

 

 残飯室は、もはや揶揄されなかった。何せこの会社が稼ぐ収益は莫大だったからだ。けれども、実のところ裏では今まで以上の卑下が飛び交わされていた。

「ね、姉さぁん、はぐ、もぐぐぐ、んぐぐぐぅ! はぐ、むふふぅ…………!!!! げ、げふう、うう、うう——! ウゲェェェェーーーーッフゥーー!? はぁ、はぁ……ウグゲァァァッハァ、フゥーーーーーーーー! ふぅ、ふぅ、ふぅ!」

「もう、まだ食べるの?」

「お腹ぁ、空いたよぉ! はぐ、もぐ、あぐぐぅ! もっとぉ、もっとぉ!」

「ほらほら、落ち着いて食べなさい」

「んぐぐぐぅ! げふ、ごふぅ、あぐんぐもぐ……グガァァァェッフゥー! はぁ、ひぃ、ひぃ……」

「もう、こんなに食べ滓を零しちゃって。ほら、まだ二トンもご飯残ってるんだからゆっくり食べなさい」

「んんー、ん——ン、ンン!? ガツガツガツガツガツ! ……はぁ、ふぅ……!? ンーンンー……ン、ンンンムゥー……」

「もう、そんなにがっつくからそうなるのよ?」

「——————!? ッグッッグッグッグン……ゥ……ゲェェェェァァァーーーーーー! ッフゥーーーーー! ごぶごぶごぶ……グゲェェァァーッフゥー!!! ふぅふぅふぅ! ね、姉さぁ——ゥグァーーッフ!」

「大丈夫よ、さっき追加でもう三トン来たし、安心して食べ続けられるわ。だから子供みたいにがっついちゃ駄目よ?」

「バグバグバグバグガブガブガブガゴブゴヴ……ヴァァーッフ! ゲフ、ン——ンンンンゥゥゥゥゥーーー! はぁ、はぁ、はぁ! ウウーーーーップ! ゲーップァ!」

「全くもう、しょうがない弟なんだから」

 ロビィの体は、本当に計り知れなかった。姉はよくそれに対してやりくりしている。一度は壁を破壊し、一度は床を陥没させ、一度は天井をもぶち壊した弟は、陸生・水生問わず、この世に存在する生きもので最も重い、最重量生物として密かに名を残していた。しかもそれは、一日数百というキログラム単位で更新しており、その加速度もまた日々上昇し続け——

「————ンングッ……グェェァーーーーッフゥ! フゥ、フゥ、フゥー! フゲァァーップゥー!」

 

    終


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