リピート
2015/07/23 脹カム
ここは薄暗い木の小屋の中。一見みすぼらしそうだが、必要最小限の生活用品と特別な器具が配置され、秘密基地と言っていい場所だ。そこに男女二人が、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「大問題だ。この島に、あの交番とやらが出来るようだ。今までそういうのが無かったからこそ、この島はある種の無法地帯であり、だからこそ俺達は活躍できた」
男が言った。
「けれどあいつらが来るからには、私達は今までのように仕事はできないのよね」
女が言った。
「どうする?」
「あいつらを消すことは、できないわね」
「そうでもしたら、俺達は島外の刑務所とやらに閉じ込められるらしい」
「怖ろしい時代になったわ」
二人は考えた。すると女が提案した。
「だったら、奴らの動きを鈍くしてしまえばいいのよ」
「なるほど。のろま相手なら、奴らに見つかる前に仕事をこなせられる。だがどうやって?」
また二人は考えた。今度は男が閃いた。
「そういえば、以前入手した島外の新聞に——」
男は、棚から一枚の紙を取り出した。
「これは、島外で一ヶ月前に起きた事件だ」
女が繁々とそれを見つめる。そしてハッとした。
「なるほど! つまり私達が——」
二人の作戦は煮詰まり、やがて端を発したように行動に移った。
「はぁ、まさかこの島に出向されるなんて。いくら諸外国からの取り引き抑制のためとは言え、こんな隔離されたような島に交番を建てるかなぁ」
来て間もない一人の警官が、新築の交番を眺めていた。
「あのー」
後ろから声を掛けられ、警官が振り返るとそこには女の姿。彼は恭しく聞いた。
「あ、もしかしてこの島の方ですか?」
「はい」
「どうも初めまして。僕は——」
「聞いてますよ。この島に来たお巡りさん、ですよね」
「そうですそうです! いやぁ、この島に来ること自体はじめてなんで、こう、勝手が分からなくて」
「そうですか。この島のみんなは優しいので、分からないことがあればなんでも聞いてください」
「ありがとうございます」
「あと、良ければこちらをどうぞ」
女が手渡したのは、木製の器にたっぷりと載せられた——
「ドーナッツ? この島で作られてるんですか?」
「はい。この島も近頃は、島外の情報を受け取れるようになってまして。それで最近はドーナッツが流行ってるんです」
「それはそれは。馴染みのある食べ物なんで助かります」
「良かった。なら毎日お届けしますね」
警官は嬉しそうに微笑んだ。
「さっきの女性、優しくて安心したなぁ。他のみんなも本当にそうなら、ここでの仕事も楽になるかな」
交番の中でドーナッツを頬張りながら思いを馳せる警官。
「よぉ!」
外から声がしたので警官が見ると、そこには男の姿が。男は警官に向かって馴れ馴れしそうに話しかけた。
「あんたがこの島に来た警官だな?」
「は、はい」と、警官は相手のテンションに若干疎ましそうだ。
「良けりゃこれでも飲みな」
男が手渡したのは、木製の器に幾つか載せられたコーラ瓶。それを見た警官はすぐさま表情を切り替えた。
「詳しいことは知らないが、島外じゃこれが人気なんだって?」
「そうですそうです! 一日最低一本は飲むぐらい、向こうじゃ主流なんですよ」
「そうか。なら毎日届けてやるぜ」
警官は嬉しげにお礼を言った。
木の小屋の中。男女二人が、ドーナッツとコーラ瓶が置かれたテーブルを挟んで言葉を交わす。
「案外楽勝だったわね」
「ああ。相手が単純で良かった」
「それにしても、本当にこれらが向こうで流行ってるとはね」
「やっぱ新聞の情報源は重要だな。あとはその結果が本当かどうかだが」
すると女が、ドーナッツを手に取り徐に口へと運んだ。
「……でも、確かにこれ、美味しいわね」
今度は男が、コーラ瓶の蓋をあけて中身を飲み始めた。
「……ああ。この、口の中を突く刺激がなんともたまらないな」
「お巡りさーん」
女が、幾つもの木箱を載せた荷車を引きながら、交番に向かい呼びかけた。すると中から、体を重たそうに動かす警官が出て来た。以前より、入り口の面積に占める体の割合が大きくなっていた。
「やぁ、いつも悪いねぇ」
「いいんですよ。要望があればなんなりと言ってください」
「でしたら、またで申し訳ないんですけど、ドーナッツの量を増やせます?」
「勿論ですよ。なら明日から、木箱を一つ増やしますね」
警官は嬉しそうに微笑んだ。
「よっ!」
男が、木箱を持ちながら交番の中に入っていった。
「やぁ、いつも悪いねぇ」
(間接的に)小さくなってしまった椅子に座る警官が、ドーナッツを頬張りながら男に返事した。
「気にすんなって。頼みたいことがあればなんでも言えよ」
「えっと……実は、コーラをもうちょっと欲しいなぁって」
「任せな。なら明日からもう一箱追加してやるぜ」
警官は嬉しげにお礼を言った。
木の小屋の中。男女二人が、ドーナッツとコーラ瓶がいっぱいに置かれたテーブルを挟んで言葉を交わす。
「そろそろ良い感じじゃない?」
「いや、まだ安心は出来ない」
「ならもっとやるってことね」
「ああ。あの新聞に載っていたように、動けなくなるまでやるのが確実だろう」
女はドーナッツを手にし、一口でそれを頬張る。
「はぐ……にしても、最近私達、太ってきてない?」
男はコーラ瓶の蓋をあけ、一気に中身を飲み干す。
「げぷ……確かに。だがあいつが動けなくなりゃ、問題ないさ」
「ふぅ、お、お巡りさぁん」
息も切れ切れに、沢山の木箱を積載した荷車を引く太った女が交番に向かって呼びかける。すると中から、入り口を余裕で通り抜ける警官の姿が。
「……初めまして」
余所余所しく挨拶した警官に、女はキョトン顔で答える。
「あ、初めまして……ふぅ〜。あの、別のお巡りさんは?」
「……彼は、向こうに戻されました」
「——! どど、どうしてです!?」
「……その、業務に支障が出てるとかで」
「そ、そんな……」
がっくりと肩を落とす女に、警官は内心焦った様子で口を開いた。
「……すみません……あの、後ろにあるのは?」
「これは、前の方に届けていたドーナッツです。……あの、良かったらどうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
警官は困ったように苦笑いした。
「はぁ、ふぅ……おぉっす!」
男が、複数の木箱を抱えながら交番の中に入っていった。
「……あ、あの……初めまして」
椅子に座る警官が、困り果てた様子でドーナッツを食べながら男を見つめた。
「はひぃ? あれ、他の奴は?」
「……実は、向こうに戻されまして……あの、それは?」
唖然とした様子の男。だが室内を一瞥し、さっと表情を切り替える。
「なるほどな。これは前の奴に届けてたコーラだ。良かったらジャンジャン飲んでくれよな」
警官は困りげにお礼を言った。
木の小屋の中。(間接的に)小さくなってしまった椅子に座る男女二人が、ドーナッツとコーラ瓶で犇めくテーブルを挟み、それらを嗜みながら言葉を交わす。
「あぐっ! ねぇ、これからどうするのよ?」
「げふぅ! 安心しろ。幸いにもあいつ、利他的な奴らしい」
「どういうこと?」
「お前の運んだドーナッツ、必死になって食べ切ろうとしてたぞ」
女が両手にドーナッツを補給し、手早く次のに手を出した。
「はぐ……つまり、今までの作戦をまた続ければいいのね」
男が蓋のあいたコーラ瓶を両手に掴み、すぐに次の蓋をあけた。
「げぷ……そうだ。ただ新入りのあいつに対しては量が量だからな。まずは一週間ごとに届けてやろう」
そして事は、繰り返される
完