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 あまり書かないものを色々出してるけど、意外と好きだったりします。

 


 

  生デブタクシー

    2015/12/29 脹カム

 

 

 

「どこに行きましょう?」

 太った黒い塊のような種族の男のタクシー運転手が聞くと、眉を八の字にした一見大人しそうな竜族の男が答える。

「アミレン集合住宅地って分かります?」

「近くのアディムス川を行って、ナヌオク橋を渡ったところでしょうか」

「そうですそうです!」

 少しだけ歓喜をあげて頷く竜に、運転手は「かしこまりました」と車を走らせた。

「いやぁ、場所が分かって良かったです」竜族はホッと胸を撫で下ろす。カーナビが備え付けてあれば単なる杞憂だが、全ての車にそれが設置されていないように、タクシーにおいても同様なのである。

「何度かお客様をそこへお送りしたことがありますので」

「そうでしたか。もう移動って言ったら地下鉄とかなんで、道とか全然分からないんですよ」

「なるほど。最近はそういった方も多いですね」

「そうなんですか? ああ、確かに若者の車離れなんてのも聞きますしね」

「ええ。わたくし達の会社では生憎、カーナビというものを搭載する予算がないもので、道が分からないと苦労します」

「その場合はどうするんですか?」

「地図が支給されておりますので、少々お時間を頂くことになりますが、目的地へはしっかりと向かいます」

「そうでしたか。それなら大丈夫ですね」

「ええ。それだけならいいのですが……」

 間をあけた運転手に、竜族は答えを促そうと口をあけるも運転手に先を越された。

「たまに悪いお客様がご乗車されると、色々とございまして」

「へぇー、どんな客なんですか?」

 

 

 

 日付が回った深夜。酔っ払った柄の悪い蟻族の男と、それを支えるように鼠族の女がタクシーに乗り込んだ。

「アズニグのイッリダッチプ映画館に行ってくれ」

「アズニグ……オチュカルイの方でしょうか」

「ちげぇよ、アズニグっつったろ!」

「……かしこまりました」

 運転手は車を走らせた。だが彼の訂正は誤りではない。イッリダッチブという映画館は、確かにオチュルカイという場所にある。だがアズニグはそこと隣接しており知名度も一枚うわてなので、言い間違いはありうる話だ。しかし彼の知らないところで本当にそのような映画館が出来た可能性も否定はできない。運転手とて常に最新バージョンの地図情報が脳内にあるとは限らないからだ。加えてタクシーの運転手にはいくつかの決まり事、少しでも揉め事を防ぐための<マニュアル>が存在し、それに準じて彼はお客に確認を取り、その言葉に従う形としたのだ。

 しかし、ありもしない場所に向かうことはできない。ここは一つ、というよりこれも<マニュアル>のうちに入るのだが、運転手が経路の確認のため、後部座席でいちゃつく——ほぼ行動をしているのは蟻族の方だが——に尋ねた。

「お客様。ウオドゥコク通りを進む道で宜しいでしょうか」

「違う、ウオディス通りだ。お前は新人か——いや、そんなの関係ねぇ。こっちは金を払うんだ、その分の勤めを果たすのがお前の義務だろ! 違うか?」

 どうやら蟻族の男は、本当にアズニグに目的の映画館があると考えているようだ。運転手はまず彼に素直に謝罪の言葉を述べ、そしてウオディス通りに入った。延長上にはオチュカルイへと繋がるウオドゥコク通りがあるため、最悪当初の目的地に流れで着くことは可能だった。

 しばらく車を進めアズニグに入ると、運転手は何度かカップルの様子を窺った。女は終始無言で相手の意のままになっており、男は酒の勢いでか相変わらずの傍若無人っぷりを発揮している。やがてしれっとオチュカルイに入ると、景色を眺めながら男が言い始めた。

「ここの映画館スゲーよな、来るたびに新作出っからぜんっぜん飽きねーし。女王蟻がいねぇ時はしっかり楽しまねぇとな、それに——」

 上司の愚痴の前の言葉を逃さなかった運転手。やはり目的地は彼の想定通りであることが濃厚となった。そして一際大きな建物の前に停車すると、それを証明すると共にいざこざも起きた。

「はぁ? なんでこんなに高けーんだよ! いつもなら三〇〇〇円程度だぞ、なんで五〇〇〇円になってんだよ!」

 答えは明らかだ。単純に男が経路を誤っており、運転手の言葉通りオチュカルイに向かうウオドゥコク通りを素直に行っていれば良かったのだ。しかしその理由をこのような男に言えば、油に火を注ぐ形となる。面倒な世の中だ、と思うのを隠しながら、運転手はこう切り返した。

「申し訳ございません、生憎新人なもので」

 泥酔状態の男が少し前の発言を覚えているかは不明だが、多少なりとも辻褄のあう穏便な答えとしては悪くないはず。

「知らねーよ。いつもは三〇〇〇円なんだ、俺はそれしか払わねぇぞ!」

 荒々しく千円札三枚を放り、蟻族の男は鼠族の女と強引に下車した。運転手は特に抵抗もせず、ただ男が映画館へと入る中、女が運転手に向かい申し訳なさそうな表情で手を垂直にしているのを見つめるだけだった。

 

 

 

「酷い話ですね。警察に言わなかったんですか?」と竜族。

「手続きなどに様々な手間がかかりますからね。そのお客様を探すための証拠もないわけですから」

 竜族は八の字の眉を更に傾けた。

「運転手さんも大変ですね」

「まあそうですね。特に先程のような、いわゆる」少し躊躇って「悪いグループというのですか、そのような下っ端は特に態度が悪いですよ」

「へぇ〜、そうなんですか。そういうのに出会すと嫌になっちゃいますね」

「ですが滅多にありません。ただ運というのもあります」

「運。確かにそうですよね」

「つい最近の話なのですが、部長だった方が会社の倒産に遭いこの業界に入ったのです。しかしお客様は神様みたいな風潮からか、どうもわたくし達に対して態度が大きくなるお客様もいまして、そういう方達ばかりに会うのが耐えられず、その方は辞めてしまったのです」

 竜族は頷き、元部長に対して同情しながら言った。

「それまでは上から指示していたのが指示される側になった環境の変化も大きいのに、更にしもべ扱いされたら嫌気が差しますよね」

 今度は運転手が頷いた。竜族は彼の話に興味をそそられてるのか、新たなネタを求めた。

「他にどういった客がいるんですか? 大変そうな客とか」

「……大変と言えば、酔い潰れて寝てしまう方も大変です」

「そうなんですか? 全然起きないとか?」

「ええ。酷い方は十分近くも起きません」

「揺さぶってでもですか?」

「起きない人は起きないですね。ただわたくし達は基本、起こすためにお客様を揺さぶることは出来ないのです」

 竜族が不思議そうに首を傾げたので、運転手は例え話を始めた。

 

 

 

 雪がしんしんと降る中、対向車の無い道を運転手はひたすらにタクシーを走らせていた。後ろにはぐっすりと眠る乗客。像族の男だ。鼾もかかず熟睡しているため、アイドリングストップをすれば、冬の冷めた沈黙が訪れそうだ。

 あるところまで来ると、運転手は車を停止させた。像族の男の目的地周辺まではやって来たが、ここからは彼に案内をして貰わねばならない。

「お客様」

 大きな声をかけても、男は起きる気配がない。何度目かのトライののち運転手は仕方なく車を降りると、後部座席のドアをあけ男の体を揺すった。何度か揺すると、男の目がバッと見開いた。

「ちょ、何するんだ!」

「申し訳ございません。お客様に起きてもらう必要がございましたので」

「着いたのか?」

「いえ、お客様が申した付近までは来ました。ここからはお客様にご案内して頂——」

「おい、なんでメーターが一〇〇〇〇円になってるんだ? 普段なら七〇〇〇円だぞ!」

 タクシーのメーターは走行距離だけでなく時間でも上がる。即ち像族の男は、その差分だけ寝ていたわけだ。しかしそんなことはお構いなしに、彼は更に詰め寄った。

「ちょっと待てよ」とポケットから財布を取り出し、中身を見るとお札が何枚か。「お前、金を盗んだな?」

「いえ、わたくしは何もしておりません」

「じゃあなんで万札が無いんだ?」

「申し訳ございませんがわたくしは何も——」

「俺に触ってただろ? その時に盗んだな!」

「誤解です。わたくしはお客様を起こそうとしただけで……」

 だが運転手が何を言おうと男は食い下がる。不毛な争いで時間を潰すわけにはいかないと思えば泣き寝入りしかない。このような場合、そうやって諦めることも肝心だ。納得はいかないが、暴れる像族が危険極まりないのも後押しした。

「分かりました。料金は要りませんので、どうかご降車ください」

「当たり前だ、寧ろこっちが欲しいぐらいだ。大体こんな見た事もねえ場所に降ろすとはな!」

 そう言い残し男は怒り肩でタクシーを降りていった。その後ろ姿を運転席から見つめれば、彼はしっかりとした足取りで、道に迷うそぶりもなく曲がり角で姿を消した。

 

 

 

「だから揺すっちゃダメなんですね」と竜族。

「中には寝たふりをして、そのような状況に持っていくお客様もいます」

「けどずっと寝させたままにはさせられませんよね?」

「ええ。なのでわたくし達はそのようなお客様がいた場合、付近の交番で、警察官達に見守ってもらいながらお客様を起こします」

「なぁるほど! お巡りさんがいれば抵抗できませんしね」

 竜族は握り拳をもう片方の手の平で叩き納得。

 気が付くとタクシーは橋を渡っていた。目的地までもうすぐだ。だが竜族の関心は留まらない。

「他にはどんなお客さんがいるんですか?」

「そうですねぇ。最近遭ったのは羊族の女性なのですが、鞄を置いて銀行に行ったっきり帰って来ませんでした」

「え、でも鞄があるのに——あっ、もしかしてダミーとか」

「はい。念のため警察で確認しましたが、中身は空っぽでした。それに一見すると有名ブランドものでしたが、安価な偽物だと分かりました」

「うわぁ……因みにその時、どれくらいの料金だったんですか?」

「確か五〇〇〇円でした」

 竜族が眉を持ち上げた。

「結構な大損ですね。なんだかほんと、色んな人がいて嫌になりますね」

 そうこうしている内に、彼が見慣れた道へとやって来た。そこからは彼が運転手に指示を出し、無事下車していった。当然の如く、料金はきっちりと支払って。

 

 

 

 ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。

「はーい」

 八の字眉の竜族が玄関戸をあけると、そこには一人——いや、一体のロボットが立っていた。

「ちょっと時間いいです?」

 見知らぬ相手が来る場合は大抵訪問販売だ。それを見越して竜族は一歩引いた体勢で答える。

「え、ええ」

「数日前タクシー乗ってません?」早口で言いながら相手は、胸の一部を押して開いたポケットから手帳を取り出した。竜族はその行為に首を傾げた。ロボットと言えば宣言的記憶は得意なはず、何故メモを取るのだろうと。それに気付いた相手がぶっきらぼうに答えた。

「私サイボーグなんで」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいんです、どうせ脳しか残ってないんで。でタクシーは?」

「ええーっと……あぁ、確かに乗りました」

「会社名覚えてます?」

「うーん、少し変わった名前だなぁって思ってはいたんですが」

 一瞬相手がピクリとした。なるほど、確かにロボットじゃないようだ。

「思い出せます?」

 早い口調に焦りながらも、竜族はなんとか思い出そうとした。

「なんだったっけ、なんか『ナマズタクシー』みたいな感じだったかな?」

「オッケー。ありがとう」

「そ、それだけ?」竜族はキョトンとした。

「ああそれと、他に情報あったらここに連絡くれません?」

 そう言って先程の胸ポケットから名刺を差し出した。それを受け取った竜族は「おぉ」と漏らし、

「ノイスグさんは記者だったんですね」

「ええ。実は今ナマ『デ』タクシーを追ってて」

「あ、ナマズじゃなかったんですね。そのタクシーに何かあったんですか?」

「それに乗った奴らが次々とこんな目に」

 また胸ポケットから、今度は新聞の切り抜きを見せた。どれも見出し付きの写真だ。

「『蟻族の男、映画館で突然の巨大化? シアタールームから出られず』、『羊族の女、トイレの個室で羊毛凄惨 毛皮の下には分厚い脂肪』、『像族の男、道路を塞ぐ その手段は自身の肉体!』……みんな、その、凄いことになってますね」

「全員醜いデブと化した。けどあんたは違う」

「確かに」そう考えた途端、竜族は身震いした。

「そんなわけで何かあれば連絡を」

 ノイスグという記者は颯爽と立ち去った。

 

 

 

「どこに行きましょう?」

 太った黒い塊のような種族の男のタクシー運転手が聞くと、メカの体をしたノイスグが口早に答えた。

「オーエート」

 運転手は車を出した。オーエートは機械仕掛けの町だったが随分前に廃れ、今では辺鄙な場所となっている。距離が進むに連れ閑静になる外の様子がそれを伝え、沈黙の車内が一層それを助長した。

「聞きたいんですが」唐突にノイスグが放った。

「はい」

「あんた方は何者?」

「どういうことでしょうか」

 単刀直入な質問を運転手が冷静に聞き返すと、ノイスグは身を乗り出した。

「このナマデタクシーに乗った奴らに異変が起きてる」

「それは心苦しいことです」

「あんた方がやったんじゃ?」

「そのようなことはございません」

「私の調査で謎の肥大化を遂げた奴らは全員このタクシーを利用した。偶然にしては確率が高すぎる」

「わたくしは全てを承知しているわけではございませんが、思うにご乗車させた全てのお客様がそのようにはなっていないかと」

「確かに。今日訪れた竜族は普通だった。それに人としても普通」

「どういう意味でしょうか」

「私の推測が正しければ被害者は全員問題野郎」

 運転手が頷きながら、ふと違うことを口にした。

「初見お客様はロボットかと思いましたが、どうやらサイボーグのようですね」

「サイボーグに悪いことでも?」

「いえ。『推測』と言えるような考えをお持ちになれるのも一つの特権です」

「他にも特権が?」

「機械と違ってそこに——」

 運転手が口を噤んだ。ノイスグが畳み掛ける。

「そこに?」

「話はもう止めましょう」

「なぜ?」

 しかし運転手は何一つ返さない。ノイスグはシートに凭れ、沈黙が再来した。

 長い距離を経てオーエートに着くと、ノイスグがタクシーを止めさせた。

「一五〇〇〇円になります」

「細かいが」ノイスグが千円札をまとめて運転手に渡すやいなや、そそくさと車から降りた。

「幸運を」運転手が呟いた。

「なんて?」

 運転手は同じ言葉を繰り返した。ノイスグは訝るような表情でその場を去って行った。

 

 

 

 ドタン、という激しい音がとある廃屋で響いた。

「……やはり……」

 ノイスグは天井を仰ぎながら床に倒れていた。先程と明らかに様子が違う。頭から下が、大きく膨れ上がっていたのだ。まるで巨大なボール状の胴体と装甲重視の分厚い丸みのある腕、脚のパーツ——どう見てももっと上位のサイズ——を装着した状態だ。特に胴体は特殊な装置でしか見ないほど無駄に大きかった。

「しかしこんな体にさえ作用を及ぼせるとは。運転手の話した内容から察するにサイボーグなら行けるということか」

 ノイスグは慣れないパーツに苦心惨憺しながらもどうにか立ち上がった。ロボットやサイボーグの良いところは、脚のパーツさえ頑丈であればどんなに重かろうと支えられることだ。

「私の推測が正しければ」とノイスグは、事前に用意していた荷物用の台秤に乗った。

「予想通り四五三キログラムの増加。つまり踏み倒したメーターの料金×〇.四五三キログラムが奴らにとっての刑の重さ。ふっ、面白い。〇.四五三キログラムは一ポンド。キログラムは少々刑には重過ぎと見たか」

 今のような状態になっても、ノイスグは楽しんでいるかのように声高らかだった。

「しかしこの体じゃ部屋から出られない。これは一〇〇〇円以上の失態か」

 他の犠牲者なら脂肪の燃焼などでどうにかなる可能性はある。だが不幸にもノイスグの体は金属製、そのような仕組みは無い。故にこの部屋から出るには、戸口を体サイズに破壊するしかなかった。その時ノイスグは、ここが廃屋であることを幸運と考えた。

 

 

 

    完


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