ファットカフェ
2015/07/12 脹カム
「ねぇねぇモーリィ、今日の仕事終わり、ちょっと空いてない?」
「うーん、空いてるけどどうしたの?」
横のデスクに座る同僚のトカゲ族のトルメが、何か心待ちにしてるような仕草で答える。
「実はね、最近流行りのカフェに行こうと思って」
「どんなカフェ?」
「その名も、脂身カフェ!」
「あ、あぶらみ?」
一瞬その単語を理解できなかった。だって普通、そんなの使う機会なんてないし。それをトルメは、出しうる限りの小声で発したのだ。
「そう。最近流行ってるのよぉ。あっ、一般的には『ファットカフェ』って呼ばれてるらしいわ」
「……まーた変なの流行ってるし」
そういえばここのところ、世間の流行の一つに、いわゆるデブというやつがあった。多分そのことだろうと私は直感したし、過去にはマッチョカフェなんてのもあったから、強ちありえないこともなかった。
「ねね、行こうよ。ぷよぷよとしたお腹がもうたまらないんだから~。あなたと同じネコ族もいたし、ふわぷよも楽しめるわよ」
「ふわぷよって……まあ、別に行ってもいいけど」
トルメは小さくガッツポーズした。そんなに彼女、デブ専だったっけ――いえ、単に流行りに乗りたいだけなのよね。思えばマッチョカフェ(その時も彼女は和製っぽく、筋肉カフェとか言っていた)も、彼女に連れて行って貰ったんだった。
仕事が片付いた私は、トルメと一緒に退勤すると、噂の脂身もといファットカフェへと向かった。店の前では既に何十人もが列を成し、その人気ぶりが窺えた。
「早く入りたいわぁ」
トルメがそう言ってから三十分後。扉の前までやって来た私達の前に、店内から物凄く大きなイルカ族が現れた。もうシャチのような図太さ及びはち切れんばかりの胴体で、一瞬裸かと思わせ、安心してください穿いてますよな状態。正直電車にいたら注視せざるを得ない肉付きだ。
「お二人さん、どうぞ中へ」
店内に入ると、広さはそこそこだけどそこら中にいる店員誰しもがでかいので、視覚的に狭く感じてしまう。イルカ同様みんな裸体風でも、一瞬涼しげだった室温が色んな熱気で暑めに感じた。全店員が汗を掻き、若干その汗臭さを感じるのも要因かも知れない。てかそれ、普通ならカフェとして致命的な要素だと思うんだけど……
イルカの店員に案内されテーブルに着くと、テーブルクロス的なビニルカバーの下に貼られたメニューをトルメが早速見るや、
「私アロエジュース」
店員が離れる前にすぐさま注文。私も慌てて、
「え、じゃあ……ライチジュース」
「かしこまりファット! アロエとライチ入りました!」
思わず吹きそうになる私。でもトルメは嬉しそうにしてたので、私はぐっと笑いを堪えた。あれ、そういえばこれ、なんかデジャブ……
少しして、フォアグラよろしくなタカ族がジュースを届けに来ると、またトルメが注文した。
「早速だけど、『肉の壁』お願い」
「『肉の壁』ですね、かしこまりファット! 『肉の壁』入りましたー!」
その何とかファットって決め台詞、どうにかならないかしら。それにしても『肉の壁』って、なんか聞いたことがある。値段はカフェの料理とは思えないほど高めで――
いや違う、これは料理なんかじゃない。それを裏付けるように、私達のテーブルには続々とデブい店員達が集い、輪になって取り囲んだ。目の前の光景に、私はハッと思い出した。これはマッチョカフェにもあったサービスで、名前も同じ「肉の壁」だった。
それから起こったことは、正にあの時と同じ。店員らはファット、ファットと呪文のように言いながら私達の周りをぐるぐると回り、トルメはもう興奮のあまり言葉ではない何かを放ちまくっていた。唯一違うと言えば、周囲にあるのが男らしい肉体ではなく、だらしない肉体であること。回転するたびに弛んだお腹含め全身の脂肪が上下に揺れ、だけど「肉の壁」という言葉に関しては、こっちの方がしっくりきた。
数分間、この肉のパレードが行なわれ、最終的にトルメと他の客達との拍手で幕を下ろすと、店員達はまた散り散りとなった。
「あぁ、最高のデブューだったわ!」トルメが喜びのあまりそう叫んだ。
「デブューって何?」
「デブのビュー、つまりデブの景観ってことよ」
「まーた変な言葉作って」
「違うわよぉ。この界隈でちゃんと使われてる言葉なんだから」
「へぇー……ねぇそれよりさ、この『タオル拭き』って何?」
私はパレード中は殆どテーブルのメニューを眺めてた。最初はちらちら店員を見ていたが、段々と気恥ずかしくなったからだ。その間、周囲の荒い息遣いの他、メニューに色々と気になるものがあり、一番良く分からなかったのがそれだった。
「モーリィ、あんたって才能あるわね」
「はい?」
「それはこの店の醍醐味の一つよ。何より『肉の壁』のあとにやるのが一番重要なんだから」
はあ、と溜め息交じりに返答。歓喜冷め止まぬトルメは早速タオル拭きを注文し、先程のパレードに参加していたイヌ族の店員を指名した。そのイヌ族は彼女に近付くと、タオルを一枚手渡した。
「宜しくお願いしファット!」
この語尾も徐々に違和感が無くなり始めていた。どうやらこの世界に溶け込み始めてしまったよう。そんな私にトルメが、このサービスについて説明した。
「要はね、店員の汗とかをタオルで拭いてあげるの。お腹を拭くのが一番ぷよぷよしてて気持ちいいし、それついでに持ち上げちゃうってのもありかもね! マニアックに攻めるならたぷんたぷんの顎下もいいわ。何より、『肉の壁』のあとだとみんな汗掻くから、拭き甲斐があるのよ」
なるほどと何故か納得の私。確かにパレードに参加していたこの店員は、参加してない店員に比べあからさまに大汗を掻いている。トルメはそんな彼のお腹を、笑顔で拭き始めた。腹部には毛が無く、彼女がタオルを動かすたびに彼の肉が目に見えて震えていた。
「あら、急に太っちゃったみたいね、あなた」
「す、すみません」
「いいのよ、それだけ努力してるってことよね」
優しく彼に話しかけ、まるで子供を扱うような丁寧さで接するトルメ。最終的には『肉の谷間』と呼んだ、肉同士の溝の部分にまできっちり手を入れ込んでいた。彼女、なかなかのやり手ね。
これまた数分間、トルメはこのサービスを存分に楽しんだ。
「すみません、お時間です」
「ありがと。もっと太れるようガンバってね」
「はい!」
タオルが回収され、店員が去ったあと、私はトルメに聞いた。
「ねぇ、なんで急に太ったって分かったの?」
「それはね、脂肪が急激に増えた時、皮膚の増殖が間に合わなくて引き伸ばされることがあるの。そうなるとその部分だけ皮膚が薄くなって、結果凹みが出来るのよ。ほらあれ、いわゆるセルライトってやつ。妊娠するとそういう部分ができたりするって言うでしょ」
この説明に私は完全納得で頷いた。言われてみれば先程のイヌ族の下腹部には、妊婦に見られる薄い筋がいくつもあった。というかなんで、トルメってそんなに詳しいんだろう。もしかして本当にデブ専なんじゃ――
「ほらほら、モーリィも早く何かサービス頼んじゃいなさいよ」
疑惑を抱きつつ、私は今一度メニューを見直した。
「一緒に食事、食事代は別……これって店側に凄く有利ね」
「なに言ってるの。ホストだっておんなじじゃない」
確かにそうだけど……トルメ、このファットカフェをホストクラブと同一視してるのね。まっ、好みの人を指名して触れ合えるって意味では同じかしら。
「……じゃあ、この『スキンシップ』で行こうかな。これって体に触れられるってことよね」
「そうそう! いいの選ぶじゃない」
感心したトルメが真っ先に店員を呼んだ。やって来たのは、明らかにのっしのっし歩くタイプじゃないのにそうなってしまったカエル族。さっきのパレードに参加していただけに、未だ鼻息も荒く発汗量も一入だった。
「つるぷにマニアには打って付けね。彼女に『スキンシップ』お願い」
「かしこまりファット!」
カエル族の店員が私の目の前に、息遣いと共に大きく伸縮するどでかい腹を差し出してきた。とりあえず注文したからには触らないとね……
綺麗に膨らんだ、水風船のようなお腹。思わず割れそうで自然と爪が引っ込み、私はそっと肉球でそれに触れた。私の肉球もそれなりに弾力はあるが、彼のお腹はもっとあった。そして思いの外ひんやりとしていた。そうよね、汗で発熱してるんだから表面はどちらかと言えば冷えてるはず。当の本人は内に籠った熱でまだまだ暑そうだけど。
それにしても、感触がスライム――あれはあれで結構弾力があるのよね――と似ている。触り心地も良く、少し臭いはあるがストレス解消ボールのように玩べる。考えてみればこうやって太った人の体なんて触ったことなかったし、その感触たるや初体験中の初体験で――
「あっ」
刹那、私の心の中で何かが芽生えた。
終