偶にはこういう版権ものも良いかと。
もう殆どやらなくなってしまった3DSのスマブラに捧ぐ物語(違。
ボウル
2015/02/09 脹カム
「お疲れ」
リビングのソファでルカリオが寝転がりながら出迎えたのを見て、帰宅してきたゲッコウガは疲れた表情で言った。
「ルカリオ殿、本日の試合はもう終わったでござるか?」
「ああ。段々試合数が減ってきてるよな」
「仕方あるまい。ゲームというものの宿命でござる」
「初登場の割りに知った言い方だな」
「あらゆるスマブラの先覚方から話を聞いたでござるからな」
「ふーん」
「だがルカリオ殿。偶にはトレーニングをした方が良いと思うのでござるが」
最近少しずつ出て来たルカリオのお腹に、ゲッコウガは眉をひそめた。これでもルカリオは彼の言う先覚の一人である。
「まあなぁ。分かっちゃいるが、出演当初からずっと戦い詰めだったし、休める時に休んでおきたいのさ」
「そのようなことを申しておると、ミュウツー殿の二の舞になるでござるよ」
「うっ……」
ルカリオは息を呑んだ。DX以降出演枠から外れていたミュウツー。もう二度と出ることはないと気を抜いており、復活が決まってからの彼の必死なダイエットは嫌でも見ていたし、ある意味見物だった。
「お前はいいよなぁ。ニンジャって奴はみんなスリムだもんな。俺にもその秘訣教えてくれよ」
「日頃の鍛錬なしにそれは無理でござる」
素っ気なく答えたゲッコウガは、そのまま自室に入ってしまった。
「ちぇー」と態とらしく漏らしたルカリオだが、ソファでの体勢は一切崩さなかった。
それから何年も経った。ゲッコウガはあれ以降、卒業という名目でスマブラ界から姿を消していた。幸いシリーズ化された有名ゲームだけあり、出演料は宝くじ一等(ポケモン界換算)並みに貰えた彼は、現在家を構え静かに暮らしているという。そしてルカリオこと俺も、次回作の出演で見限り既に引退していた。
「……あーあ」
ベッドでごろり、またごろり。横になるたび、膨れたお腹がマットレスに擦れる。
「なんやかんやで、こーなるよなぁ。あの頃は良く動いたものだ」
昔を回想していると、色んな出会いが蘇る。ああ、やっぱクロスオーバーってのは楽しい想い出だったなぁ。
「そういやあいつって——」
不意に思い立った俺。久しぶりに重たい体をベッドとリビングに行き交わせ、活発な動きで荷物をまとめ始めた。
「ゲッコウガのやつ、今頃どうしてるんだろ」
大きな太鼓腹を揺らし、太くなった大腿を前後に動かす俺。少し早い呼吸にじんわりと汗を掻いていた。ここ何年もだらしない生活をしてすっかり怠けた体に蓄えられた脂肪の応酬だった。
「結局こんな中年太りになっちまったし。あいつもいくらニンジャとは言え、少しぐらい俺みたいになってて欲しいもんだ」
道連れを作ろうと淡い期待を頂きつつやってきたのは、木造の大きな平屋。彼らしい、ニホンカオクと呼ばれるやつだろうか。
「……おーい!」
引き戸の玄関前で声をあげた俺。呼び鈴らしきものがなかったので、迷った挙句の呼び出し方だった。
少しして、奥からぺたぺたという足音が聞こえ、ガラガラと玄関口が開いた。
「いらっしゃーい」
黄色い声で出迎えたのは、プリンだった。スマブラで一緒に戦った仲ではあるが……
「あれ、ここゲッコウガの家じゃ?」
三和土 の奥は障子があり中の様子が窺えないが、気配的にプリン以外の人物は感じられなかった。「そうよ。彼は今、移動中なの」と彼女は、手にしていたモンスターボールを目の前に示した。
「移動中……?」
「ささ、中に入って」
プリンに促され、俺は首を傾げながら板の間にあがった。家の中は非常に立派で、置物はなくシンプルな内装ながら、西洋龍が掘られた欄間があったりと、随所に細かい施しがなされていた。
居間へと案内された俺。そこは十二畳の和室で、目の前に大量の料理が盛られた大皿が畳の上にずらりと並べられていた。しかもそれらはこの部屋とは似付かない外国の料理ばかりで、定番のハンバーガは勿論、油が際立つ肉厚なチャーシュー丼にガパオライス、溢れんばかりの肉を携えた特大ケバブに、ちょっと品を入れてか海老のアヒージョ、そして初めは分からなかった巨大でぷるぷるな羊羹——プリンが教えてくれた——が置かれていた。
「なぁプリン。今日はパーティーでもやるのか?」
「ううん。これ全部ゲッコウガ用よ」
「ハハ、またそんな冗談を」
若干傷付いたぞプリン。俺の弛んだ腹を遠巻きにからかったんだな。
「じゃ、今から彼を出すわね」
彼女は料理越しに、モンスターボールを開いた。
(ああそうか、ゲッコウガはその中にいたのか。けどあいつ、一体誰のポケモンになったんだ?)
モンスターボールからは光が迸り、先の方でそれがぐんぐんと丸く大きくなり形を作っていく。
ぐんぐん、ぐんぐん、ぐんぐん……
(ん、ゲッコウガじゃないのか? 間違えて別のポケモンを出そうとしてるな)
光は色を帯び、ポケモンの姿が詳細に具現化し始めた。白っぽいところがあり一瞬カビゴンかと思ったが、上部に赤い何かがあるので違う。だが大きさ的に考え、そういった超重量級であることは間違いない。下にある畳もミシミシと音を立て凹み始めてるし。
やがて現れた姿。しかし俺はそいつに全く面識がなく、キョトンと目の前の「どでかい」ポケモンを見つめた。
「はい、ゲッコウガですよ」
当たり前のようにプリンは言うが違う。こいつはゲッコウガじゃない。足を広げてテディベア座りするそいつは、この部屋の半分近くを埋め尽くすほどの巨体だ。確かに模様はゲッコウガに似ているが、こんなポケモン見た事ないぞ——まさか新種か!?
新手らしきポケモンが俺の方を細い目で見つめ、肉付いた口を開いた。
「おお、ルカリオ殿ぉ、久しぶりでござるなぁ!」
「……だ、誰だお前!?」
「なんと、COPの仲を忘れたでござるかぁ?」
COP——スマブラで活躍していた時、俺とゲッコウガのあいだで密かに呼んでいた、俺らを示す俺らだけの呼称。
カウンターズ・オブ・ポケモン の略称で、これを知っているのは俺と、そのゲッコウガだけのはずだ。まさか、そんな——「——じょ、冗談、だろ?」
パンッパンに膨れた頬や首周りは、ゲッコウガのトレードマークである長い舌を全然巻かせないほど太くなり、ヘッドホンをかけているようにしか見えない。体はまた更に大きく膨らみ、体勢もあるのだろうが胸肉が顔をうずめんとしていた。お腹に至っては全体の7、8割りも占め、それが生み出す熱量に今にも湯気が立ち上りそうだ。現に全く動いていない彼の全身には、汗が引っ切りなしに溢れ出ている。
もはや何が何なのやら。ゲッコウガという姿形のないぶくぶくな彼の体には模様が入り乱れ、顔以外の部位を特定するすべは水かきがあるかどうかぐらいだ。もうこれ、新種でいいだろ絶対に。もしくは新たな進化パターンとか、進化した進化とか。
唖然としている俺に、プリンが更なる追い討ちをかける。
「一人じゃ動けないんで、モンスターボールが彼の
唯一 の移動手段なんですよー」(モンスターボールが唯一の移動手段、だと? どんだけ太ったんだこいつ!)
「ぐぷぅー。いやはや、モンスターボールは良い移動手段でござるなぁ」
「使い方ちげーよ!」
思わずツッコミを入れたが、信じられないことだらけのこの状況に半ば
夢現 になっていた。ゲッコウガがまた喋り始める。
「それに、各国の料理も美味で良いでござるぅ。ご覧、この舌をそそる料理の数々ぅ。もっと早くに知りたかったでござるよぉ」
「……お前、ニンジャのプライドはどうした」
「矜持なぞぉ、食事には不要でござるよぉ」
俺が顔を顰める中、ゲッコウガは長い舌——だが彼の体がそう見させない——を使い、目の前の料理を次々口へと運び始めた。あの煮えたアヒージョも軽々
飲み干し 、熱さの感覚も不要となったかのようである。沢山の大皿の中身が見る見るゲッコウガの胃袋に消え、この間一切、彼は体どころか腕さえも動かさなかった。もはや彼にはその長舌で全てが事足りるようである。
彼の変わり果てた姿に、俺は小さく呟いた。
「今すぐダイエットしよう」
完