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  著者  :fim-Delta

 作成日 :2008/07/19

第一完成日:2008/07/24

 

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 ルヘンゲ、それはここ最近――と言っても十何年前に制定された、エイリアン達との交流を深めるための一石二鳥の刑罰だ。その内容は至って単純で、罪人をエイリアンに明け渡すというものだ。その後の罪人の処世は、押送(=おうそう)先に委ねられる。徒刑的なものになることもあれば、実験の被験者にされることもあるが、各々(=おのおの)のエイリアン達によって処罰の内容は異なるため、その重さは明白ではない。

 今、自分はこれからどうなるのか、金輪際分からない。しかし、ルヘンゲされることは決して良いことではないはずだ。

「君が、ルヘンゲされるオキゴンドウのテグロス君だね?」

「はい」

 自分は潔く言った。ここまで来たら、どう足掻いても屋上屋(=おくじょうおく)を架すようなものだと知っているからだ。

「君の保有者は、ムン・スラに決まった。異言はないな?」

「勿論です」

 ムン・スラか……数多くのルヘンジー(ルヘンゲされた生きもの)を持つ、今や知らない者はいないエイリアンだ。まあ変なエイリアンに囚われるよりかは、彼等の方がマシに違いない。

 

 それから自分は、ムン・スラの宇宙船に乗せられ、彼等が住む惑星へと連れて来られた。これから自分は何処へ送られるのか、実はそれは既に分かっていた。ムン・スラの惑星には、ルヘンジーのための居住国があり、全員そこへと搬送されるのだ。そして更に区切られたエリアに分別され、その場所場所の処遇を受けることになる。自分は一体、どのような罰を受けることになるのかは分からないが、とりあえずF区という場所に護送されることだけは、事前に故郷の地球で分かっていた――ただムン・スラとの協定の関係上、F区に関する詳細は地球に知られてなかった。

 搬送中、自分はムン・スラの乗り物に興味が湧いていた。やはりエイリアンの文明は、素晴らしいとしか言いようがない。音を立てず、軽々と音速並みの速度で浮いて走るホバークラフトのような乗り物は、乗り心地も最高だった。まるでこれから行われる処罰の前の、ささやかなプレゼントといった感じだ。そんな罪人に対する待遇を、自分はしかと受け取った。

 ホバークラフト似の乗り物が、ゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。自分はムン・スラ達に囲まれながら、乗り物を降りてとある建物の方へと向かった。その建物からは、両側に延々とフェンスが建てられており、どうやらそこが境界線のようだ。恐らく今から、何かF区に入るための手続きを行うのだろう。自分はムン・スラ達に連れられ、その建物内へと入って行った。すると中は、思った以上に広く、一つの部屋で丸々この建物を占めているようだった。その代わり、様々な機材や戸棚などがあちこちに置かれ、建物としては十分に活用されていた。

 そうやって内部を一瞥していると、先の方にいたムン・スラがこちらへと向かって来た。

「君が、オキゴンドウ族のテグロスか」

 向こうがこちらと同じ言語で話している……なるほどボイサーか。喉に埋め込まれた極微(=ごくび)な器械が音声を読み取り、相手の言語に翻訳してくれる奴だ。こんな芸当が出来るのは、勿論エイリアン達の叡智によるもので、自分達地球生物――相手から見たらアースリング――には、足元にも及ばない器械だった。

「はい、そうです」自分は答えた。

「テグロス、率直に言うが、君はデブ専だな?」

 ギクリとし、自分は心臓が飛び出そうになった。確かに、それはそうなのだが、まさか行き成り、しかもこうも堂々と言われると、さすがに動揺してしまった。それにデブ専なんぞ、同じ地球生物から見たら変質なものでしかないし……

「は、はい……そう、ですね」

「実験されるルヘンジー達は、皆それを毛嫌いする。何せ自分達が望まないことをされるのだからな。強制労働なら(=もっ)ての(=ほか)だ。しかしそんな実験などの処罰がある中、君なら(=むし)ろ喜んでくれそうなものがある。そういったルヘンジーは余りいない故、私達は非常に重宝しているのだが、特に今回、君には被験者となってもらうのだが、その実験内容で好意を示すだろうルヘンジーは君が初めてなのだ」

「なるほど。だからここまで運んでくれた乗り物も、あんなに立派だったんですね。因みに、それはどんな実験なのですか?」

「アースリングの肥育だ」

「ひ、肥育?」

「私達はフィーダーで、君はフィーディー。つまり太り役ってわけだ」

「……随分と、その、変わった実験ですね」

「確かにそうかも知れないが、肥満とはなかなか興味が湧くものだぞ。痩せるには食欲を抑えればいいが、それはアースリングの三大欲求に反する。しかし三大欲求に従い食欲を抑えなかった場合、ある一定の限度を越えると太り始める。そんな矛盾した関係が、実に面白いのだよ。更にもう一つ、臓器や組織などの関係上痩身には限界があるが、肥満の場合は空間が許す限り、理論上際限なく可能だ。様々な要因が重なり、今の所アースリング達は肥満に限界があるようだが、私達の技術を使えばそのボーダーなど容易く越えられる。

 ではその場合、アースリング達は一体何処まで体を太らせることが出来るのか。テグロス、君には想像が付くかね?」

 自分は考えた。大体肥満とは、体の構造上限界がある。だがもし、彼等ムン・スラの知識が施されたのなら……まさか、惑星を埋め尽くす程にまで太れるとか? ……いいや、まさかそんなこと――

 ふと気が付くと、自分は知らぬ間に妄想をしていた。「はは」と笑いながら首を横に振ると、自分はデブ専だからこういう想像も楽しくやってしまうんだなと、自らを心中で(=あざけ)った。どうやらこれは、ムン・スラに一本取られたらしい。

「普通アースリングには、肥満に対する恐怖が稟質(=ひんしつ)の一つとして備わっている。しかし時代の流れによりそれは薄れ始め、時に君のような、そういったものから逸脱した生きものも現れている。特に君の場合は、それが過度に逸しており、太った体に対してとても大きな関心を示している。それこそは私達にとっての、絶好で最高の要素なのだ」

 自分は頷いた。普通のアースリング――じゃなくて地球生物にとって、強制的に太らされることは懲罰でしかないだろう。先程のムン・スラが述べた通り、地球の生物達は大概、肥満に対して嫌悪感や恐怖感などを抱く。その肥満を強制され、しかも延々と太らされ続けることなぞ、一体誰が嬉しく思うだろうか? そういった者は只一種、自分のようなデブ専しかいない。只でさえそれ好みの生きものが少ないというのに、その生きものが罪を犯し、こうやってムン・スラの惑星に送られることは、砂漠の中の砂――いや、宇宙にある塵を見つけるようなものなのだ

 相手はそういった感じで、今回の出会いを奇跡と思っているようだが、バイスバーサ(=vice versa)、逆もまた(=しか)りだ。

「……さて、それでは君には、被験者としてF区に住んでもらう。これから一生、そこで過ごすのだ。君は元々太り気味な体型だし、すぐにそこに馴染めるだろう」

「あの、住むとか言ってましたけど、住むだけなんですか?」

「住むだけだ。君の場合、肥満に関して(=あらかじ)め好奇心がある故、私達にとっては君が単に住むだけで、良い実験になると考えている」

 しかし、永遠に太らされるのはどうなったのだろうか。フィーディーというからには、強制肥育されるのではなかったのか。自分はそんなことを考えながら、ゆっくりと肩を落とした。それは、自身のデブ専が太った生きものを見るためだけでなく、自らの肥満にも(=たずさ)わっていたからだ。だから延々と太らされるのを、実の所楽しみにしていたのだ。

 でもまあ、F区に居れば多くのでっぷりとした生きもの達に出会えるわけで、それだけでも十分だなと、自分は(=わだかま)りを胸中に(=とど)めた。

「他に何か、質問はあるか?」

 ムン・スラの問い掛けに、自分は首を横に振った。

「それでは君は、まず私の後ろにある扉を抜け、F区の門番所を通る。そこの門番に従い、準備を整えるのだ」

「分かりました」

 そう答えると、目の前のムン・スラがどき、自分は奥にある扉を通った。すると、左右がフェンスで囲われた一本道に出て、先には今の建物よりも格段に大きな門番所があった。自分はそこへと向かい、扉を開けて中へ入ると、また先に扉があった。自分は後ろ手に外へと通じる扉を閉め、更に奥へと通ずる扉を開けた。その時、冷気が勢い良く吹いて来て、自分は思わず目を(=つぶ)ってしまった。再び目を開けると、中は暗くて良く見えなかったが、奥にある扉を見る限り、先程よりも大きな空間が広がっているようだ。どうやらここも、建物内は一つの部屋が大半を占めているらしい。

 自分はその部屋の中へと足を踏み入れ、ゆっくりと扉を閉めたが、あまりの寒さに身震いがした。どうしてこの部屋は、こんなにも寒く、そして暗いのだろうか。そんなことを考えながら、自分が奥の扉へと向かっていた時、突如左手の方からくぐもった声が聞こえて来た。

「君が、オキゴンドウ族、テグロスだな」

 さっと自分は左を振り向き、声の主を(=さぐ)った。薄闇に(=まぎ)れ、何か動くものが双眸(=そうぼう)に映っていたが、始めは明瞭ではなかった――いや、(=むし)ろ認められなかったのかもしれない。暫くして、そこにいるもの(=・・)がはっきりとし、同時にこの寒さの理由も分かった。

「テグロス、だな?」

 そう問いかける目の前の生きものは、なんとも醜怪(=しゅうかい)で大きな体付きをしていた。スライムのリアル版とも言えるが、明らかにその主成分は水分より脂肪だった。そんな身体が、自分の五倍も横に広がり、なんとも小ぢんまりとした――只そう見えるだけで、実際は普通の大きさの顔が、ひたとこちらを見据えていた。

「……は、はい、そうです、テグロスです」

 思わず声が(=ども)り、相手に恐怖が丸見えだった。

「まあそう(=おのの)くのも無理はない。だがお前も、いつかはこうなるんだ。さて、お前の今後についてだが、それは全て家に居れば分かるようになっている。お前の家は、F区の中でもベストポジションにあり、この門番所に近くショッピングモールにも近い。どうやらお前は、何か良い待遇を受ける理由を持っているらしいな。ルヘンジされる奴には珍しいことだし、ここでは初めてのことだ。一体お前には、どんな秘密があるんだ?」

 自分はここで、素直に「デブ専」という言葉を使うべきかどうか悩んだ。もしそんなことを言うと、相手に変な印象を与えるのではと(何せ目の前には、恐ろしい程のデブがいるから)少し躊躇(=とまど)っていた。

「なんだ、言ってくれたっていいだろ? どうせお前はこれから、こんな恥辱を受けることになるんだからな」

「恥辱……自分にとっては、そうでもないと言っておきます」

「何、どういう意味だそれ。醜く太ることが、恥辱ではないというのか?」

「ええ、そうです。それでもう大体は分かったでしょう。すみませんが早く、家の場所を教えてくれませんか?」

 相手は少し考えて、どうやら答えを見つけたらしく、こう返して来た。

「なるほどな、君がそう(=)かすのはそういうことなのか。昔の俺ならそれを嘲笑ったことだろうが、この体じゃあ説得力はないし、そのことはスルーしておこう。それじゃあ君の家についてだが、まず君の後ろにある部屋で、脳にエムボディアと呼ばれるチップを埋め込み、ボイサーを喉に埋め込ませてもらう。秒性の麻酔を使って瞬時にやるから、心配は無用だ」

「あの、ボイサーは分かるんですが、エムボディアとは?」

「エムボディアは、思考で視野に映像を映し出すチップだ。コンピュータのような働きをし、イメージだけで色んな操作が可能だ。勿論、外部との交渉をさせないよう、通信系は完全にアウトだが、F区専用のローカルネットワークだけは使用出来る。暇潰しにゲームなどをダウンロードしたり、F区の最新情報を得たり出来る。同様にして、君の家の情報も分かるんだ。だから家の位置を知りたい時は、エムボディアを使えばいい。やり方は簡単、脳裏で“家の場所を表示”と想像するだけだ。既にお前の個人情報は登録されている故、細かな引数は必要無いんだ。その後、視界には半透明で映像が映し出される。これで大丈夫か?」

 自分は今日で二回目の、エイリアン達の技術に対する感化が起きた。同時に、目の前の肉の多重者がこのF区の管理、もしくは技術者であることが分かった。自分には理解出来たが、ここで「引数」という単語を使うところが、如何にもパソコンを(=いじ)ってる証拠だった。

「さて、テグロス、後ろの部屋で処置を受けて来な。そうすればお前は今日からこのF区の仲間入りだ。皆は大概憮然とするが、お前の場合はさぞ喜ぶことだろう」

 当たり前だと言うように、自分は相手に含み笑いで返答をし、指示された部屋へと向かった。中に入ると、そこには一脚の肘掛け椅子があり、天井からはへんてこな形の機械が下がっていた。自分は、椅子の方に恐る恐る近付き、静かに腰を下ろした。するとへんてこな形の機械が動き出し、自分の目の前まで移動して来た。その瞬間、(=まばゆ)い光が視界を覆い尽くし、そうなったかと思うと、光は霧消していた。次に「作業が完了しました」との音声が流れ、自分は何がなんだか分からないまま、椅子から離れて処置室を出た。

 部屋を出ると、目の前にいるあの太った生きものに、改めて吃驚(=びっくり)させられた。確かにデブ専として、あの肉体は非常に血が騒ぐものなのだが、今まで見て来た肥満者達とは余りにもかけ離れ過ぎており、まだその衝撃には慣れていなかった。だが自分も、やがては彼のようにぶくぶくに太れるのだと分かると、興奮せざるを得なかった。

「テグロス、インプラントは終わったようだな。これでもうお前はF区の住民、被験者だ。いつもなら「地獄の場所へようこそ」と言う所だが、今回に関しては楽園だと言っておこう」

「はは、それは当然ですよ、自分は太ったもの好きなんですから」

 自分はここで、自らがデブ専であることを明白にし、(=いさぎよ)くF区へと通じる扉を抜けた。気持ちを改め、自分の欲求そのままに暮らせそうなこのF区で、自分は余生を(=まっと)うしてやろうと決意した。

 外に出ると、自分はすぐにエムボディアを使い、視界に家までの地図を映し出した。先程の彼が言ってた通り、家は広大なF区の中でも最高の場所にあった。そのことに満足しながら、自分は家へと向かい、同時にF区の様子を観察することにした。

 

 家に着くまでの間、他の生きもの達とはあまり出会わなかったが、郊外の終着駅程には見かけることが出来た。その誰もが、大層立派に脂肪を身に付けており、最低でも球のような体型をしていた。そのためか、周囲の道や建物の入り口などは全て、自分にとってとても広く作られていた。大体は良く見かける生きもの達のおよそ三人分の広さで、自分からするとその更に二倍、即ち六倍以上の広さがあった。

 全く、とんだ刑務所だなと、自分はにやにやしながら心中で漏らし、新しい自宅へとやって来た。大きさは、周りのどの建物よりも倍以上はあり、どうやら自分は本当に特別扱いされているんだなと、改めて悟った。自分は目の前の門扉を開け、極短の庭を通って玄関に着くと、その大きな扉をゆっくりと押した。

「お待ちしておりました、テグロス様」

 玄関の目の前にはなんと一人のムン・スラが立っており、予想だにしない状況に自分は思わず一歩退いた。

「て、テグロス様、だって?」

「そうです。わたくしはあなたの執事をやらせて頂くことになったムン・スラこと、マヌナンスと申します」

「執事って……だけど自分は、罪人なのでは?」

「ご存知の通り、あなたはわたくし達にとって非常に重要な被験者なのです。出来る限りのお持て成しは、確りとさせて戴きます」

「そう……か」

 (=うだつ)が上がらなかった自分、その結果犯した罪、しかしそれが招いたのは、奇しくも素晴らしい生涯のようだ。自分は少し気分が高揚して来たので、少々胸を張ってみた。

「さて、テグロス様、それではまず、簡単に家の方を説明させて戴きます。向かって左側がキッチン、右側がわたくしと召使い達の部屋になっています。奥の通路には三つの部屋があり、左側はあなたの妻となるムン・スラの部屋、その反対側には食堂、そして一番奥にあるのが、テグロス様の部屋となっております」

「妻、だって?」

「はい。妻役として一人、あなた好みのムン・スラをお連れ致します」

「そ、そうか……因みにこの家には、二階は無いのか?」

「ございません。このF区に住む生きもの達は皆、際限無く太らされる故に、二階は(=むし)ろ邪魔でしかないのです」

「なるほど、な。この家については、それで全てか?」

「正確に言いますと、キッチンから裏手に出られ、そこには倉庫があるんですが、テグロス様がお使いになるようなものではありません」

「オッケー、分かった。それじゃあ自分は、これからどうすればいいんだ?」

「まずは部屋で待機していて下さい。もし何か用がある時は、エムボディアを使いメッセージを送信して戴きますと、すぐに召使い達がやって参りますので。……それではわたくし、失礼ながら残りの作業をすべく、部屋へと戻させて戴きます。テグロス様、呼び出しが来るまでの間のんびりと、部屋でお(=くつろ)ぎになっていて下さい」

 軽く会釈し、執事のムン・スラことマヌナンスが自室に向かうと、自分は教えられた部屋の方へと歩き始めた。途中の廊下は、やはり自分にとっては格段に広く、自分の部屋に入って見るとそれは尚更だった。

 部屋の中は、式場を思わせる程広大なのに、これといって何か巨大なものがあるわけでもなく、豪勢に飾られた修飾類の他、テレビや冷蔵庫などの家電(実際これらはかなり大きいのだが、部屋と比べると小さな家電でしかない)と、縦横が非常に長い、もはや巨大なマットのようなベッドがあるくらいで、あとは只だだっ広い空間が広がっているだけだった。そんな部屋に、自分は少し違和感を感じたものの、この豪勢な暮らしには思わず(=えつ)(=)ってしまった。はてさてこれから、一体どんな新生活が始まるのか、自分の心は躍ってしょうがなかった。

 自分は大きなベッドにどさっと飛び込むと、仰向けになり、高々とした天井を見つめながらゆっくりと目を(=つぶ)った。


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