著者 :双葉氏
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双葉さんが書いてくれた作品です。マジで感動!
少しフォーマットをこちら側に合わせているので、原文とはちょっと感じが違く見えるかも知れませんが、文にはルビを振ったぐらいで変更は加えていません(でも一ヶ所だけ変えたような気もしないでもないような……)。
では、まだこの作品を読んでいない方は、是非楽しんで下さい。
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竜獣住まうとある世界のとある町
荒くれ者達が支配するこの町は混沌と破壊に満ちていた……
彼らを統率するトップはヴォルハートという蒼眼の狼であった
彼ら一味は皆黒き衣を
纏 い闇に溶け込むグリーンファイアと呼ばれるその者たちを、町の者は彼らを恐れた
警察さえも、彼らの支配下にあるくらいだ。
町の者から金銭と食料を奪う荒くれ者達
抵抗しようものなら即ち死を意味する……故に誰も彼らに刃向かう者はいなかった
町の者は貧困と餓えに苦しんでいたが、グリーンファイアにとってそんなことは些細な、取るに足らないことであった
「ん……今回はやけに食料が少ないな?」
ヴォルハートは鋭い眼光で町長を睨んだ。彼の眼に睨まれた者は皆恐怖で動くこともできなくなってしまう。
町長は震えた声でこたえた。
「そ、そそれはそのぅ……今年は作物の出来が悪くて……」
「ほぅ……」
ヴォルハートの低い声が室内に響く。彼は椅子に座ったままであるが、彼をとりまく部下達が町長を取り囲む。
「ヒッ……! あわわわ……」
再び蒼眼の狼の口が開いた。
「もう一度きこう。お前にもわかりやすいようにな。明日の太陽が拝みたければ、さっさと食料を持ってくるんだ」
ドスのきいた声が町長の耳に突き刺さる。全身の神経が恐怖に反応しつつも、町長は精一杯の勇気を振り絞って口を開く。
「し、しししかし、私どもにはもうお渡しする食料が………」
ヴォルハートは椅子から立ち上がり、黒衣を靡かせつつ、町長に近づいた。そして、その場にしゃがみ町長の顔に爪をたてた。
「そうか。それじゃあ仕方ねえなあ。足りない肉はお前をバラして料理してやるか」
ヴォルハートはそういうと、ニヤリと笑みを浮かべゆっくりと町長に立てた爪を下へと下げる。町長の頬に紅の軌跡が糸を垂らす。
「あ、あわわはひぃ……おおお許しおをろぉ~~!」
ガチガチと恐怖で歯の根もかみ合わない町長に狼は付け加えて言った。
「一週間待ってやろう。それまでに食料を用意してくるんだな。そうでないと、お前も含めた町の住人が何人か消えることになる」
「あひい! す、すぐに用意いたしますから、命だけは、イノチだけはぁ!」
一目散に部屋を飛び出す町長。その姿を見てヴォルハートの手下は大笑いした。
「み~~たかよ! あの町長のビビリッぷり!」
「へっへ、今日あたり恐怖で眠ることもできないんじゃないか?」
「さすがは蒼眼の狼ヴォルハート様だ!」
その頃、町長はこの世の終わりのような顔をして町なかをアテもないまま歩いていた。
「ああ……どうすればいいんだ。食料も底をついたし、このままではわしの命ものこり一週間、トホホ」
そこに、一人の年老いた獣人を見つけた。どうやら町の者ではなさそうである。
「もし、この町の町長さんはどこにおるのかのぅ?」
「……? わしだが、何か?」
「
儂 はこの町に店を構える事になった者の“使い”じゃ。少し前に許可はもらったはずなんのじゃが……」「ああ、そういえば……あんたがそうか。しかしやめた方がいい。この町はおそろしい悪党共に支配されているのだ」
「知っておるよ。お主たちがその者達のせいで餓えと苦しみにあえいでいることものお。だからこそ、ここなのじゃ。ここに店を構えることで、儂は飢えと渇きに苦しむ人々に癒しを与えてやりたいのじゃよ」
町長はこの老いた獣人に一筋の光を感じ取った。
「と、ところで……その店というのは食事処……?」
「おおそうじゃ。ただ、少々普通とは違うのじゃがのお」
「ならば頼む! その食料を、わしにわけてくれ! 今週中に食料をグリーンファイアに差し出さなければ。わしが奴らに食べられてしまうんだ」
「グリーンファイア……それがこの町を支配している悪党共の名……というわけか」
「ああ、そうさ。奴等は強奪、破壊、悪の限りを尽くしている。もはやわしらではどうすることもできんのだ。中でも恐ろしいのが奴等を統率しているリーダー、銀眼の狼ヴォルハートだ。奴は自分に従わぬもの、危害を与えるものには容赦ないヤツだ。連中の中で最も残酷で最も強く、正に悪魔のような男なのだ」
そういって、町長は先程ヴォルハートにつけられた頬の傷をおさえた。
「まったく、なんであんな屑どもがいい思いをしなければならないんだ」
そのときだ、黒い影が町長の背にかかった。
「随分好き勝手いってくれるじゃネーノ?」
二つの影に気づいた町長の顔から血の気がどんどん引いていく。
「閣下がお怒りだというのに、お前は食料も探せず陰口を叩くとは……」
子分のうち一人が町長の顔を殴りつけた。
「ぐえっ!」
間髪いれず、もう片方の拳が町長の鼻頭にはいった。町長はその場に倒れてしまうが、彼らは攻撃の手を緩めなかった。
「少々度が過ぎるのではないかね?」
老いた獣人がそういうと、二人の攻撃は老人へも向けられた。
「じじいはすっこんでな!」
容赦ない蹴りが老いた獣人の腹に入る。老いた獣人は蹴飛ばされ気絶してしまった。
それからどの位時間がたっただろうか。後に残ったものは、渇いた土に残された暴行の傷痕と、見るも無残に変わり果てた姿の町長だけが残っていた。そして、町長の閉じた目が再び開くことは、二度となかった……
一方、ヴォルハートの手下に蹴飛ばされ意識を失ってしまった老人は、どこかの家のベッドで眠っていた。そこに数人の町の者が集まって、その様子を見ている。
「しかし、この人はこの町に何をしにきたのだろう……」
「なんでもここに店を開くつもりらしい。と、以前町長がそんな話をしていたけど」
「どちらにせよ気の毒だな。こんな町へくるとは運のない」
「町長……気の弱いやつだったが、イイヤツだったよなあ。畜生、グリーンファイアの奴」
数日後、暗い雰囲気の町なかに、異質なくらい華やかな外装の建物が現れた。店の前にはあの老人がたっていた。
「さて、と。見た目はこんなものかの」
それを見ている町の住人。そしてグリーンファイアの連中も何人かその様子を見ていた。
「何を始める気だ? あのジーサン……」
すると、老人は軽くポン、ポン、と手を叩いた。そしてその直後、どこからともなく見慣れない獣人が姿を現した。
「準備はできたのじゃな? おお、これがわらわ達の店か♪」
「わぁい。初店舗、ガンバるゾォ~☆」
それを見ていた町人とグリーンファイアの連中はざわめきだす。
「なんだ!? あの獣人、四足だぞ」
「あれは……おそらくセントール族だな。なんて珍しい。この辺りじゃめったにお目にかかれない種族の獣人だ。しかも、こんなに大勢とは」
「それにしても……」
『カワイイなあ』
キャラ色豊かなセントール族の獣人達は、全員女性で、しかも皆美しい姿をしていた。その魅力にその場にいたすべての者が虜になってしまった位だ。
「エヘッ☆ お集まりのみなさま~。今日からこのメイド喫茶<たうる>がオープンしまーす♪ ぜひゼヒきてくださいネ~♪」
「お待ちしてまー~す!」
「ふぉっふぉっ、元気がよいのお。それじゃあ、開店するとしようかのぉ」
店が開かれると町の男衆は一斉に押し寄せたが、グリーンファイアの連中が店に近づくと皆そそくさと散ってしまった。
「じゃまするぜぇ。へっへっへ」
「おかえりなさいませ♪ ご主人さまぁ。お席へご案内いたしますので、どうぞ背にお乗りください」
女性達はメイド服をセントール用にアレンジしたような衣装を着ていた。そのうちの一人がくるぅりとまわって背を向ける。
「どうぞ♪」
「お、おぅ……」
しばらくすると店内は同じように店に入ったグリーンファイアのメンバーでいっぱいになった。
「お料理をお持ちしました。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください♪」
荒くれ者達の目の前に次々と料理が運ばれる。どれもこれもこの上ない絶品なのだが、演技なのか素なのか、ときおり失敗してドジな姿も彼らに見せた。そして彼女達の動作のひとつひとつが、彼らの心をひきつけた。
そのころ、ヴォルハートはいつもと違う光景に違和感を感じていた。普段は数人の手下を護衛につけている彼が、今は一人もいないのだ。それどころか、屋敷を見渡しても明らかに部下の数が少ない。ヴィルハートはてきとうに目に付いた部下に声をかけた。
「おい。なんで今日はいつもより手下の数が少ない?」
「は。なんでもこの町に新しくメイド喫茶なるものが建てられまして、そこの女性達があまりにベッピンでして」
「成程。喫茶というのだから多少の食料のたくわえはあるということになるな……」
「それどころか、いくら食べても品切れにならないし、おかわりしても値段が変わらないのです。本来ならツケとかナントカ言って踏み倒すのでしょうが、ほんと……あのコ達が可愛くって……」
そういって顔を赤らめながらだらしなくヨダレを垂らす部下にヴォルハートはギロリと睨んだ。
「! ……すみませんでした。」
「しかし、それほどまでに美しいのか……その娘達は」
「閣下も足を運ばれてみてはいかがです?」
「下らん。お前達で好きにすればいい」
グリーンファイアの連中は来る日も来る日も店へ足を運び、満腹になるまで料理を食べ続けた。店を出るときにはどの男も皆お腹がパンパンに張っていた。
ある日の事、やはりヴォルハートは違和感に疑問を感じていた。
「やはり、何かが妙だ」
理由はないが、今までに養ってきた感覚や、経験から、彼には何かの前触れを意識化でキャッチしていた。
その日は定期的に行われるグリーンファイアへの食料金品の貢ぎの日であった。町長がいなくなったため、代役として一人の獣人が彼らの屋敷へ訪れることとなった。豪勢な入り口でドアをノックする一人の老人、しばらくしてギギギと扉が開き、やはり豪華な内装が視界に入った。
「おまえが町長のかわりか。入れ」
いかつい男に案内され、とある部屋に入る老人。部屋の中には十数名の獣人と、中央で椅子に座るヴォルハートの姿があった。彼こそ変わらないものの、彼をとりまく獣人達は心なしか小太りの者が多くいた。
「ふん。俺の部下が町長を殺っちまったときいたが、その代わりがヨボヨボのじいさんとはな」
「へぇ、町に入ったばかりの儂がこのような役を任せられて、恐縮にございます」
「まあいい、食料と金品は持ってきたのだろうな? みたところ随分荷物が少ないようだが」
「食料は新しくできた店で召し上がっていただきたく思いますじゃ。今後からはあなた方には、タダで料理をご馳走して差し上げましょう」
「……何故俺がわざわざお前の店まで足を運ばなければならない?」
狼の目つきが少し鋭くなる。そしてしばらくの間部屋を沈黙が包んだ……
「か……閣下……いいじゃないですか。あそこの店員、凄まじい美人ですよ。」
ヴォルハートは部下達の表情をみてみた。誰もかれも、老人の申し出に大賛成のようで、皆リーダーのOKを待っているようであった。
「……いいだろう、好きにしろ。」
こうしてグリーンファイアは日々の食事を<たうる>で済ますことにした。ありとあらゆる料理を客が望めば絶やすことなく持ってきてくれる店は、朝昼夜以外にも頻繁に利用されるようになった。そして訪れるたびに、彼女達を見るためセッセとオーダーするのであった。
さすがのヴォルハートも、屋敷から一人の手下も消えてしまった事態に異変を感じ、店に足を運んでみることにした。店には長蛇の列ができていて、グリーンファイアの連中は皆そこに並んでいた。狼はタメ息をつき、その様子を眺めていた。そして第二の異変に気づくのにも時間はかからなかった。
「……こいつら、前より随分太ったな」
太ったといっても、たいていの者は見れば太ったように見える程度でそれほど気にはならないのだが、それでも手下全てがそうなるのは明らかに異常であった。狼は黙ったまま、特に何をするわけでもなくその場を後にした。
その日の夜、狼は手下全員を呼び出した。
「お前ら。この町を出てよそへ移るぞ」
狼の突然の一言に部下がざわつく。
「なぜです? だって、理由がないではありませんか!」
「理由? 俺が決めたことは絶対だ。俺がよそへ行くと決めたのだから、黙って従えばいい」
部下達はそろって顔を見合わせ、ボソボソと何かを話し始める。狼は続けてこういった。
「……金は全て俺が持っていくが、お前達が俺についていく気がないのなら、仕方がない。そのときは俺一人で出て行く。金はその時のためのいわゆる“手切れ”だ」
その夜、彼は町を去った。何が彼をそうさせたのかはわからない。だが、彼にあれだけ従順にしていた手下が一人もついてこなかったということは、やはり自身のカンは間違いではなかったとひとり納得していた。
「おや? どこへお出かけですかな?」
声をかけたのは、老いた獣人であった。
「……お前は確か、最近出来た店の主か」
「いいや。正確には、その中間……といったところかのう」
「つまり、お前の上に何者かがいて、そいつの考えで俺たち組織をどうにかしようとしている訳か……」
「ほ。まさか察しがいい……軍としての闘いで養ってきたカンかの?」
老人の一言に狼は驚いた様子でかえす。
「何? 何故俺が元軍人だとわかった」
「物腰と気迫、それらがあまりにも他の連中と違っていたのでな。少々お主のことを調べさせてもらったのじゃ」
「そうか……俺は昔、祖国を守るため、家族のため闘ってきた。だがそんな俺に待っていたのは破滅と虚無感だけだった……つまらん者のつまらん策略にはめられてな。人を心から信じた方が愚かだったのだ。人は人を裏切る。わかりきっていたことだったのにな」
「光に見切りをつけ、闇に生きることに決めたのじゃな」
「……俺に初めから光などない。戦いと訓練に明け暮れる俺は、常に任務において死が付きまとっていた。……そう、今も昔も大して変わらん」
「
全 うに生きようとはしなかったのかの?」「ふ……じいさん。一度
穢 れてしまった手はな、一生拭いきることはできねえのさ。どんなにきれいに生きようとしても、決定的にたどり着けねえ、戻ることのできねえところまできちまうのさ」そういうと、狼は自分の手を見て、しばらく目を閉じた。そして再びその目を開けた直後、狼の方から話しかけた。
「お前は何が目的だ? 俺の元部下を太らせてどうするつもりだ」
「どうもせんよ。ただ、悪党に
天誅 を下し、できることなら改心してくれればと思っとるだけじゃよ」「……俺が言わずともお前はわかっているのかもしれないが、これだけは言っておく。一方的に正義を押し付け断罪しても何も解決しない……。なぜなら善悪はそもそも存在しない物差し、価値観と共に移り変わるものだからだ。誰かを改心させるとは自己の価値観を押し付け好き勝手に変えてしまうこと……どんなにきれいごとを並べても所詮は手前勝手な自己満足に過ぎないということをな」
「そうかもしれぬ。かつて白だったものが黒になり、黒が白に変わるのもまた世の
理 。じゃがの、それでも儂は……弱者をいたぶり快楽に浸る者共を許すことはできぬのだ。悪に天誅を下し改心させる……偽善といわれようとも構わない。儂を望む者がいる限り、それは変わることはない。お主にはお主の正義があるように、儂には儂の正義がある。暴力の無意味を説くために“力”を使うことの矛盾はとうに承知しておるよ」「俺はもう行く。じいさん、俺のいなくなったグリーンファイアはグメルという下種な獣人がリーダーとなっているだろう。まあ、お前ならおそらく簡単に潰せるだろうが、な……」
そういうと狼は金銀財宝の入った袋を担いで、闇に消えた。
「さて……と。儂も自分の役目を果たすとするかのぉー……」
翌朝、肩をいからせて歩くとりわけ太った獣人とあとを数人の獣人が店に向かって歩いていった。
「オラァ! グメル様のお通りだ!! 道を開けろ」
グメルは目の前を通っていた町の人を突き飛ばした。すると、町の人が手に持っていた飲み物が偶然グメルのスーツにかかってしまった。
「この野郎……俺のスーツを汚しやがって……」
するとグメルは腰につけていた銃を取り出し不運な男の口に銃口を突っ込んだ。
「へぁっ、そんな、だってあなたが突き飛ばすから」
「あ~ぁ口答えまでしやがって。こいつはもう救えねえなあ」
次の瞬間、穏やかな晴れた空に銃声が響き渡る。
「キャアーーーーーッ!」
それを見ていた住人が悲鳴をあげる。
「いいか! よくきけ! 今日から新しくグリーンファイアのリーダーとなったグメル様だ! 今日から手前ェら全員俺様のドレイだ! 俺の命令には絶対服従、逆らう奴はそこのゴミと同じようにしてやるから覚悟しておけ。いいな!」
グメルはそう怒鳴って、その場から去っていった。
「なんてこった、あんなことで殺されてはたまらんぞ」
「これじゃヴォルハートの頃の方がまだマシだった。ああ……」
その始終を物陰から見ていた老人はつい呟いた。
「成程。性根が腐っとるようじゃな。」
<タウル>の店内は大量の料理がずらりと並んでいた。
「キシシシ……これが全部食い放題とはなぁ。譲ちゃん、ちゃっちゃと運んできな」
「かしこまりました。ご主人様♪」
舌なめずりをしたあと、グメルはその大きな口へがっぽがっぽと料理を放り込んだ。
「ハーッハッハッハ! ヴォルハートもバカな奴だ! こんな美女に囲まれて美食も満喫できるというのに、自分から全て捨てて出てっちまうなんてよぉ! なあ皆?」
「全くです。はは……」
「さあ、お前らもドンドン食え! おい、メイド、さっさと次の料理を運んで来い!」
「はい。かしこまりました♪」
一時間半程しただろうか。グメルとその部下達は揃いも揃って風船のような腹で店の外に出てきた。
「ゲェエーー~~~っぷ。ちぃとばかし食いすぎたかな。フハハ」
その行列を見て町の人の一人がぽそっとつぶやいた。
「見ろよあのみっともないハラ、そのうち膨らみすぎてハレツするんじゃないか?」
「はは……違いない」
グメルの顔の筋肉がピクリと動く。
「おい、お前か? 今ほざいたのは……」
グメルは銃口を町の人に向ける。
「ひっ、違います!」
「じゃあ、お前か?」
続いてそのとなりにいた者にも銃を向ける。グメルの顔は明らかに怒りの色が見えていた。
「誰だかわからねえから全員撃っちまうか? あぁ?」
すると、先程ポソリとつぶやいた者達が近くの人たちに突き出された。
「こ、こいつらです。グメル様達の悪口をいったのは」
「ん~~~? そぉお~~~か。」
グメルはのしのしと男達に近づき、銃口を向けた。
「俺のハラが、なんだって?」
「あわわ……その、立派なオナカだなあって」
「ほーそうかい」
ダァンッ!
「ひやぁ! オタスケーー!」
「さて、お前も同罪だな。オイ、野郎共! 手榴弾をもってこい。ヴォルハートの奴が置いていったものがあるだろう」
少しすると手榴弾をグメルは手に取り、それを震える男の口に押し込んだ。
「ふ、好き勝手言ってくれたお礼にパイナップルでもご馳走するぜ」
グメルは一瞬ニタリと不気味な笑みを浮かべたかと思うと、そのまま手榴弾のピンを外し、男を殴りとばした。
次の瞬間、あたりに爆発音ととおもに火薬と血のにおいが立ち込めた……
「ケッ、立場も
弁 えねぇバカが多くて困るぜ。なぁ、みんな?」「へえボス。まったくでございます」
そういうとグメル達は大きな腹を揺らしながら自分のものとなった屋敷へ戻っていった。セントール族の店員は外の様子をチラとみると、店の奥にある従業員室に入った。
「もぉ、なによあいつら。店の前に死体なんておかれたらお客さんこなくなっちゃうじゃない」
「その前に、あやつらのせいで町の住人はここへは入りたがらぬ。こまったものよの」
「ねぇ、おじぃちゃまどうにかならないの~?」
彼女達の視線を向けた先には例の老人が立っていた。
「もう少しの辛抱じゃよ。あやつらに特別
拵 えた料理の効果も現れてきたようじゃしな」「でも、あいつらを太らせて何の意味が……」
「まあ見ておれ。すぐにわかる。お主たちはしっかりとあいつらに真意を悟られないようにサービスしておくれ」
「はーい☆」
その頃、グメルの屋敷では――
「ん~? なんだこれは。新しいスーツがピチピチじゃねえか」
部下に着るのを手伝わせ試着したスーツは、ぱつぱつに張ってくっきりシワができていた。
「サイズがあってねえぞ。何やってる!」
グメルの拳がとぶ。
「あたっ……! で、ですが、サイズは以前はかったときのままですし、むしろゆとりも持たせて作らせたので、そんなはずは……」
「何がいいたい!?」
「ですからその……グメル様が少々お太りになられたのかと」
「なにィ!」
再びグメルの拳がイキオイよく部下の顔面にとぶ。部下は鼻血を出しつつ床へ倒れこんだ。しかし、グメルも自分の体が肥満していることに全く気づいてないわけではなかった。
「チッ、うせろ。とっとと新しいスーツを用意してこい!」
「は、はひぃ! 直ちに」
誰もいなくなった部屋にカギをかけ、グメルは鏡の前に立って体をうつす。スーツのボタンを外し、上着を脱いで、上半身を裸にして再度鏡を見つめた。
「たしかに多少太ったみてぇだな」
もともと体型の太ったグメルの体はこのとき既に百キロ少しあったが……こののちの彼の肉体と比べたなら、今の姿は全くもってスリムそのものであった。
部下達もまた異変を感じていた。
「なんか俺達ずいぶん太ったよな」
そういうと、一人の男が自分のハラをつまむ。ベルトに乗った脂肪がぶにゅりと形を変えた。
「そうだなぁ、しょっちゅう食っているからな。でもあの店の食事ってなんだかいくらでもハラに入る感じでさ、つい食べすぎちまうんだよなあ」
「そうそう。店員もカワイイし、やめられねえよなー」
そういうと部下達はそろってちょっと照れた感じで笑っていた。店が始まる前まで部下達はなにか殺伐として、ビリビリとしていた。そのため心の内から笑うことなどほとんどありはしなかった。
その日、店はやはりグリーンファイアの連中が長蛇の列をつくっていた。
「あー、今日もいっぱいかよ」
そこに、たまたま近くで遊んでいた町の子供があやまって連中の一人にぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい……オジサン」
それを見ていた町の人はショックで顔が青ざめる。
「ああ、あの子なんてことを」
しかし、町の住人の予想をいい意味で裏切り、子供とぶつかった男が手をあげることはなかった。
「はは、次は注意して遊べよ」
「はーい」
そうして男はその場から去っていった。
「い、意外だな。あのグリーンファイアの連中が……」
「そういえば、なんだか全体的に丸くなったんじゃないか? 体型じゃなくてな」
「だな。グメルはともかく、最近みんな表情が穏やかになっている気がするよ」
時が経つにつれ、グメルとその手下は確実に体を肥え太らせていった。スーツをきれなくなる者もチラホラと出始めているくらいだ。
<たうる>の店員もまたその変わりようを肌で感じていた。
「いらっしゃいませ、ご主人様~♪」
「ああ、さっそく案内してくれよ」
店員の背にかつてない重さがのしかかる。さすがの彼女達も、百キロ以上となると乗せるのは酷ということか。
「どうした?」
「いえ……申し訳ありません。すぐにご案内いたします」
足が小刻みに震えつつ、ゆっくりと席に案内する店員達。
「ハァ……はぁ……」
「あ、そうか。俺の体が重いんだな。すまんすまん」
まだ案内する途中だったが、男達は背からおり、自らの足で席に着いた。
「じゃあ。俺オムライス大盛り四個」
「俺はこのスペシャルトースト十枚ね」
「かしこまりましたー♪」
すぐさま以前にも増して大量の料理を運ぶメイド達。そしてそれがテーブルにつくとグリーンファイアの連中はガツガツと勢いよく平らげていく。
「うふっ、ご主人様、最近変わられましたね」
「ん? 体型がか?」
「いえ、性格でございます。なんだかすごく穏やかになられて、ステキです」
「そ、そうか? まあピリピリしたってしょうがないしな。ここの店員さんたちに癒されてるのもあるしな。へへ」
別のテーブルでもやはり同じ様子で、
「お味はいかがか? ご主人殿」
「ははっ、サイコーだよイブキちゃん」
「そうか、それはよかった」
「なあイブキちゃん。グリーンファイアって知っているか?」
「おお知っておるぞ。なんでも悪行の限りをつくしている恐ろしい組織だときいておる。しかし町の者も、ご主人殿のように穏やかでいられるのなら、その噂も真ではないのだろう」
「……」
そして数日後、町の者から金品を戴く日の前日の事である。グメルの怒り混じりの声が屋敷内に響く。
「なぁにぃ!? 金品をもらうのをやめるだぁー!?」
そう怒鳴るグメルの体は以前よりひとまわり横に広がっていた。ズボンからはこれでもかというほど肉が乗って、腹はきれいな弧を描いていた。スーツや上着はもう着れなくなってしまったのか、上半身は裸である。そのため段になった肉や二の腕の垂れ具合などが、ハッキリと目に見えてわかってしまう。顔にも若干肉がついていて、あと少しで首が見えなくなりそうである。
「へえ。実は俺達、この町で働くことにしまして、今後は食事だけにしようかと、あ、できる限り代金も自分で支払うようにしてますが」
「フン。お前この社会から足を洗う気なのか? やりたい放題のこのグリーンファイアから。お前らどうしちまったんだ? 気迫はどうした! どいつもこいつも、それで泣く子も黙るグリーンファイアがやってられるか!」
「……ボス、もうやめにしましょう。ヴォルハート様のいなくなったグリーンファイアはもうあってないのと同じ、俺達はもう意味のない争いはしたくないんだ」
「は。あんなヤツが何だっていうんだ。あいつより俺様の方が上手くやりくりできるんだぞ! あいつは眼光と口だけの気迫だ。
殺 った数が絶対的に足りてねえ。威圧だけじゃ闇の世界は生きてゆけねえ。だからいつまでたってもこんなチンケな町ひとつしか制圧できねえんだ。みてろ、俺の指揮するグリーンファイアはそんなことで満足しねえ。どんどん領土 を広げていって、この国全部を支配してやる!」グメルはそういってニヤッと笑った。しかし、部下達の気の流れは変わることはなかった。それを察するとグメルは軽くため息をつき、クローゼットの方へと歩いていく。
「お前ら。本気でここを抜けるきか?」
「……」
「そうか。残念だ……全く、がっかりだよ」
彼はクローゼットを開けると、その中からマシンガンを取り出し、すぐさまそれを部下達に向けて発射した。けたたましい轟音が屋敷中に響いた。
ガキュンガキュンガガガガガガガッ!
硝煙の香りと
粉塵 があたりを舞う……床は真紅に染まり、そこには大勢の部下達が伏していた。爆音に部屋の外にいる部下は何事かと駆けつけた。そして、ドアの向こうのおぞましい空間に皆、恐怖で固まってしまった。目はガラス球のように視線が凝固し、まるで時間が止まってしまったかのように、微動だにできなかった。「あ……? ちぃとな、臆病風に吹かれたヤツを始末しただけだよ。お前らもこのグリーンファイアを抜けようとか俺に意見しようとかいう奴がいたら今すぐ前に出てきな。その場で蜂の巣にしてやる……」
「めっそうもございません! グメルさま……ぁ」
「フン。俺は今からメシを食いにいく。お前らは俺が帰ってくるまでに部屋のゴミを片付けとけ」
そういうとグメルは部屋を出て、ドスドスと廊下の先へ消えていった。残された部下達は暗い表情で仲間の亡骸を外へと運んだ。庭の木の下に穴を掘り、そこに死体を埋めているグメルの部下達。それを見た老いた獣人は何かとたずねた。
「これは何の騒ぎですかな?」
「ああ、店のじーさんか。グメル様の機嫌を損ねてなぁ、可愛そうに仲間が蜂の巣にされてしまったんだ」
「あんな奴に様なんかつけるなよ。あいつは最低の獣人だ! ヴォルハートの代わりになんて絶対にムリだぜ」
「だが、逆らったが最後、みんな奴に惨殺されちまうし……」
「こんなことならヴォルハート様と一緒に町を出た方が良かったよ。トホホ~」
「成る程のう……それは困ったものじゃ、な」
そのころグメルは、<たうる>で食事をとっていた。
「がつがつ、ムシャムシャ」
彼の腹はまるでカエルのようにブワッと膨れ上がっていた。
「ぶぅうエええ~~~~っぷ。ゲばぁ~!」
今にもはちきれんばかりの張りに張った腹をさすりながら、地を這うような大きなゲップをした。
「さあ~~~て、もう腹もパンパンだし、そろそろ帰るとするか……な?」
グメルの目の前には老人が笑顔で立っていた。
「おかえりですかな? もう少しここで食事を楽しんでいかれては?」
グメルは再びゲップをし、巨大な腹をさする。
「この腹を見ればわかるだろう。食いたくてもくえねえんだよ」
「ほう、これは大きな腹じゃな。その様子じゃ少々食べ過ぎて苦しいのではないかの」
「余計なお世話だ。さっさとどかねえか!」
「消化剤でもいかがですかな。これはとある国で手に入れたものじゃが、たいそう効き目が強くての。一粒飲むだけで胃の中をカラッポにできますぞい」
「本当か? ようし、ひとつ試してみるか」
すると老人は
懐 からビンを取り出し、一粒グメルの手に渡した。「ゴクン……」
老人は再びニコリと笑う。みるみるうちにグメルの突き出した腹が引っ込んでいった。同時に、さっきまでの満腹感が嘘のように消えて、空腹がグメルの食欲を刺激した。
ぎゅるるるググーイ!!
「こいつはすげえ! これならいくらでも入るぞ。ようし、メイド共! ありったけの料理を持ってこい!」
「かしこまりましたァ♪ ご主人様☆」
すぐさまグメルの前に大量の料理が運ばれるが、彼はそれをペロリと平らげ、次々とおかわりを頼んだ。彼の目の前は空の皿で埋め尽くされ、程なく彼の腹は元のパンパンに張った状態になってしまった。
「ん~? もう腹がこんなに膨れちまったのかよ。おい爺! そのビン全部よこせ!」
「いやいやこれは効き目が強すぎるので、一日一粒にしておかないと」
「副作用でもあるのか?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、ついつい食べ過ぎてしまうため健康によろしくないかと」
「余計な気遣いなんていらねえよ。俺の体についてあれこれいわれたくねえな。さっさとよこさねえと俺の銃が火を噴くぞ」
老人はビンごとグメルに手渡し、店の奥へと入っていった。
「ぐへへへ……姉ちゃん。今日はトコトン付き合ってもらうぜ」
その日、グメルが屋敷に戻ったのは夜遅くであった。
「ぅおい! やろうどもぉ! 扉をぅあけるぉお~」
ドンドンと勢い良く扉を叩くグメルの声。しかしその声は少々間延びして低く聞こえる。しばらくして目覚めた部下の一人が扉の鍵を開ける。
「さっさど開けろぉ! 何をやっでるぅ!」
「ボス、カゼですかい? なんだか声が妙ですが」
「早ぐしろぉ……俺様は足が疲れでへどへどなんだぁ」
ギギギ……と扉は開き、部下が顔を出す。
「開きましたぜボ……スぅ……」
部下の目の前には、汗まみれでブクブクに肥りきった獣人が苦しそうに立っていた。頬は詰め物したかのようにぷわっと膨れ、そのまわりに
満遍 なく脂肪が輪を描いていた。おそらく首周りの肉なのだろうが、もうどこが首かもわからない。そのうえ腹は立っているにもかかわらずくっきり三段に分かれていて、一番下の段の腹はでろんと垂れ下がっていた。ズボンもぴちぴちで、スソからは肉と思しきものがチラリと見え隠れしている。「ボ……ボス? 随分……その……お太りになられましたね……」
「なんだどぉ~? 一日で人が太るわけがねえだろうぅ。お前俺がデブだといいてぇのかぁ!」
グメルは汗まみれの顔を真っ赤にして怒った。しかし、誰がどう見ても彼の体は肥満していた。しかも尋常ではないサイズに……
翌日、部下はグメルの姿を見て騒然とする。彼の体は一日で百キロ近く太っていたのだから当然だろう。グメルは横長の椅子に座ったまま動かない。かすかに腹の肉が呼吸の際に微動する程度である。息は常に荒く、ハーハーと呼吸音が部屋を絶え間なく行き来していた。
「はぁふぅ……しかし今日は暑いな。おい、お前ら俺を仰げ」
そういうと二人ほどに
団扇 を持たせ、仰がせる。「ふー……ちぃとはマシになったな。……ん? なんだお前ら、俺の顔になにかついてるのか?」
そういうと、グメルを見ていた部下は揃って首を横に振った。
「しかし腹が減ったな。飯でも食いに店へ行くか……」
「あ、あのうボス―」
おそるおそる部下がグメルに話しかけた。
「なんだ」
「お食事は控えた方が……あまり食べ過ぎますとお体に障ります」
「俺に指図するんじゃねえ! 撃たれたいのかこの野郎!」
「ひっ! 申し訳ございませんグメル様!」
「チッ……少し太ったくらいで騒ぎやがって。組織のボスってのはな、多少デブッているほうがカンロクがあるんだよ!」
そういってグメルは椅子から立ち上がろうとするが、そのときだ、かすかにブチリという音が部下達の耳に入った。グメルは一瞬だけ止まり、そのまま椅子に座ってしまった。
「……待て、そもそも何で俺様がわざわざ店へ足を運ばなければならないんだ。俺はこの町を支配するグリーンファイアのドン、グメル様だ! 食事は今後は向こうに運ばせる。お前らあの店の店員にそう伝えとけ。断ったらそのきれいな肌に風穴開けてやるともな!」
そうして部下達を部屋から外へ出させ、グメルは一人椅子に座ったままそこに残った。
「ベルトごとズボンがちぎれちまうとは……」
グメルが垂れ下がった腹を持ち上げると、ちぎれたベルトのバックルとズボンの破片がバラバラと床に落ちた。はっとしたグメルが反射的に体を動かすとかろうじて耐えていたズボンの生地が一気に破れ、脂肪まみれの脚が露になった。
「くっ……とうとうマッパになっちまった……まあいい。俺が動かずともあいつらを手足に使ってやればいいだけだ」
グメルは今自分がどれだけ太っているか気がかりではあったが、不安で鏡を見る気にはなれなかった。そして、二百キロはあろうかという巨体を横たえ、しばしの眠りについた。
「……ぅ」
「のう、グメル様や」
「んが?」
グメルが目を開けるとそこには例の老人の顔があった。
「な、なんだお前は」
「なんだもなにも、グメル様が呼んだのではありませんか。お食事をお持ちしましたぞ」
見ると、部屋の中はありとあらゆる国の料理で埋め尽くされていた。
「部屋の外も料理で埋め尽くしておりますじゃ。何度でもおかわりできますぞ」
「あ……ああ」
「それでは老いぼれはさっさと立ち去ることにして、あとは若い者達で楽むといい。フォッフォッ」
すると老人は部屋の外に出た。そして入れ違いに<タウル>のメイド達が数人か入っていった。メイド達はグメルにすりより、甘い声で話しかける。
「あはぁ……ご主人様の体ってプニプニしてて可愛い~」
「んぁ? そうか? ぐっふっふ」
そういうとメイドの一人がグメルの肥満体を軽くツンと突く
「キャッ☆ 今ぷよんってしたぁ♪」
すると周りのメイド達もキャイキャイとはしゃぎだす。もはやメイドというよりどこかこう……アレな店の店員のようだ(笑)
メイド達は「ねえご主人様、アーンして、あーん」
「んがぁ~~~~っ」
グメルの大口にメイド達はそろって食事を放り込む。
「むっちゃむっちゃ。ゴクン!」
「あはぁ……ご主人様の食べる様ってカッコイイ~♪」
「ぐはは! まあな。そら、どんどんメシを持ってこい! 気持ちのいい食べっぷりを見せてやる」
ガッツガッツ! バリボリバリボリ……グビッグビッ……ゴブゴブゴブゴブ……
「ご主人様、あの消化薬です。もっとご主人様においしい料理を食べさせたいので、コッソリ持ってきちゃいました☆」
「おお、そうかそうか。これがあればいくらでもお前達の相手をしてやれる」
そういうと、何本ものビンのうち一本を開き、ポイと薬を口に放り込んだ。
こうしてグメルは、メイド達が部屋にいる間は、それこそいつまでも食べ続けた。
「ボスー。入りますよ」
「くっちゃくっちゃ……食事中だ。入どぅんじゃでえ」
「そうですか。でもボス、ここ二三日一歩も外にでやせんね。たまには運動しないと体がなまって……」
「うるぜえ! オデがどうしようどオデのがっでだ! ぶぢごどズぞ!」
「ひ……すみません! 失礼しました!」
部下の足音が遠くに聞こえるのを確かめると、グメルは再び面前の食事に集中した。
「まっだぐ、馬鹿共が……オデに指図ずるばど何度言っだばわがぶんだばぁ……ぐヴぇっ……ぷ」
部下は足を止め、先程のリーダーの違和感を考えていた。
「ボス……なんだか声がどんどんマトモに出せなくなっていくみたいだなぁ……」
グメルは四日目になっても部屋の外に出ることはなかった。そしてその次の日も、さらに次の日も……
そして、一週間経っても、彼は表に出ることはなかった。しかし、毎日のように大量の食事と、メイドの出入りは頻繁にあった。その様子を見ていた部下は気になってメイドに尋ねてみた。
「なあ、ボスはまだ部屋の中にいるのか?」
「ええ。グメル様はずっとあの中で食事をとっていますが……?」
「でもトイレとかはどうしてるんだ? まさかタレ流しってことはないんだろ」
「はい。特製の消化剤の効果もあって、グメル様は全ての食事を栄養に変えているので大丈夫です」
「すべての食事を……あの大量の食事を全て栄養に!?」
「はい。今ではたいそうおふとりになられて、私どもの手助けがなければ食事もとれないほどです」
部下は表情がこわばったまま無言で去っていった。
その夜、やはりグメルは食事の手を止めることはなかった。いちおうはリーダーのグメルを心配して、ドアの前に近寄る部下達。部屋からはかすかに食べ物を貪る音がきこえてくる。
「どうする……みんな?」
「でも、グメル様は部屋に入るなって……」
「いいつけを破ったら最後いのちがないからなあ」
部下達が
躊躇 する中、一人の男の声が割り込んできた。「大丈夫じゃよ。あやつにはもうその力はない」
グリーンファイアのメンバーの視線が一人の老人に向けられる。
「まあ、見ておれ」
老人は一気にドアを開け、部屋の様子を部下達に見せた。
「ぎゃっ!」
「ぼ、ボス? あれが俺達のボスの姿なのか!?」
部屋の中は食器や食べかすが散乱していて、何ともいえないニオイが立ち込めていた。そして、部屋のおくには、四百キロはあろうかという巨大な肉の集まりが
蠢 いている。極度に肥満したその醜悪な姿は、有無を言わさず部下達に別な意味の恐怖感を与えた。「ぎざまらぁハ~……」
ブクブクに太った獣人は部下達に気がつき起き上がろうとするが、腹の肉が邪魔をしてなかなか起き上がれない。
「ふぅっ! はぁっ……! ぬぐぅ」
ようやく起き上がるも、グメルの体は自分のあまりの重さにフラフラである。体中の肉を波打たせながらイビツに歩いていくその姿はまさに肉人であった……
「おでの部屋に入るなど、いっだだ……ろぉ……が」
グメルは銃を取ろうとテーブルに手を伸ばす。しかし、トリガーに指をかけることが今の彼にはできなかった。手についた肉で指が曲がらないのだ。しかも指のサイズは引き金より大きい。これで銃が扱えるはずもない。
「ぐぞぉ……なんで入らねえ! はぁーはぁー」
「グメルよ。それはお前さんがあまりに太りすぎたからじゃよ」
「……あ゛?」
グメルのカオに筋が走る。
「なんだどジジイ……俺様はグリーンファイアのボズ……」
「ほ。お前さんのその姿を見ても、まだ部下はお前さんについていく気になれるかのう?」
「は。なに言っでやがるぅ。お前らぁ、このジジイをごどぜぇー~~!」
グメルは野太くがわがわした声で部下に命令するが、部下はさげすんだ目で彼を見たまま、動くことはなかった。
「どうじだぁ! 何故しだがわねぇ! オデはグリーンファイアのボズ、グメル様だろぉがぁ~! ハァハァ……」
「……グメル。もうアンタはボスじゃない。ただの醜い脂肪の塊だ」
「なんだどぉ! 手前のぞの体で人様のごどがいえるのがぁ!」
「俺たちは確かに前に比べて大分太った。でもアンタみたいに汚い
精神 は持っちゃあいない。本当は俺たちだって好き好んでこの世界に入ったわけじゃあないんだ」「あの老人から仕事を紹介してもらって、イチから教えてもらったんだ。俺たちはもうお前なんかに従わなくても、力を誇示しなくても生きていけるんだ」
「ぎざまらぁ。命が惜じぐねぇようだばぁ」
グメルのぶよぶよに肉付いたカオが真っ赤になり、怒りの色一色となった。しかし、部下達は皆そんなグメルをまるで哀れむかのように冷めた目線で見つめていた。
「さあ、みんないこう。グリーンファイアはもう
終 いだ」「そうだな。リーダーがこれじゃあ、な」
一同はぞろぞろと立ち去っていく。
「待で! 手前ら待ちやがでぇ! ウッ」
慌てて走ろうとしたグメルは、その体を支えきれず倒れこんでしまった。
「ぐぞぉ~、あの野郎ども、ぶっごどじでやるぅあ゛~~!」
「
惨 めじゃなあグメル」「ジジイ……」
「その体の重さは、いままでお主が
殺 めてきた命の重さに比べたら微々たるもの。少しは自身の悪事を悔いたらどうじゃ」「うるぜぇ! おい、メイド! 食事だ! とっととメシを持ってごい!」
「やーよ。もうアナタはご主人様じゃないもの」
「な……に……」
「私達は、このおじいちゃまの頼みでアンタにサービスしてただけだもの。本当はカオも見たくないわ。乱暴者でアタマが悪くて、品もないし、サイテー」
「ぬ…………ギ…………」
怒りに我を失いそうなグメルであったが、フッと怒りの色が顔から失せた。
「だじがに……全てでは俺のぜいだ。ヴォルハートみだぐ力もねえ。全く、お笑いだばぁ……ごんな姿になっで、まだ虚勢を張っでるんだがら」
「グメル……」
「俺はもうやり直ぜねぇ……ごんな体じゃ、ロクに動けやしねえ。元に、元に戻りでぇよぉ……」
「……元に戻ったら、足を洗って出直すか?」
「ああ、もぢろんだぁ……約束ずるよぉ……」
「そうか。実はな、ここに強力なヤセ薬がある。こいつを飲めばお前さんも元通り。自由に動けるようになるはずじゃ」
「あ、ありがどぉ。この恩は、一生忘れねえよぉ」
そういうと、覚つかない手つきでグメルは手渡されたビンのふたを開け、中の液体を一気に飲み干した。
「……ふふ、ははは」
「グメル……?」
「バカが! ごんな
三文芝居 に引っかかるなんでジジイ手前は大馬鹿だなぁ! 改心? 足を洗うぅ? 何の冗談だ。俺様はこの銃と恐怖で全てを支配するんだぁ! 手前らは俺の栄光のための踏み台! 道具にすぎねえんだよ!」「……」
「ヘッ! 驚いて言葉ぼでねべが! びでどぉ……薬の効果で元に戻っだば全員みなごどじだばぁ!」
「……」
老人は黙ったままグメルを見ている。最初は勝ち誇っていたグメルも、やがて自分の体に起きた異変に気づく。
グュルルルル……ぐぐ~~~。
腹の虫が一回大きくなった。
グギュゴゴゴ……ごぼごぼごぼごぼ……
二回……
ぐごぉおおお……ギャオオォオんんン……
三回……
「が……は……? 腹が、急に腹が減って……」
すると老人は、今まで黙っていた口をようやく開いた。
「……この儂が、お主ごときの嘘を見破れないとでも思ったか? 今お前が飲み干したのは、あの消化剤の原料……原液じゃ」
「はぁ……腹が、ハラ……が」
「もうメイドは要るまい。今のお前に必要なのはただ食料のみ」
老人はそういうと、指をならし、謎のロボットを呼び出した。ロボットはそれぞれが料理を運んでいる。
「さあ、グメルよ。思う存分食べるがいい。欲望の赴くまま、好きなだけ食べ続けるのじゃ。そしてその代償は、一粒残らずお主の脂肪として蓄積される……」
「はっ、メシ、めじぃだぁああ」
バクバク……ガツガツ! ムシャムシャ! グシャグシャ! バリボリバリバリボリッボリッ! ゲブッ! ガリゴリブチブチッ! モシャモシャクチャクチャくっちゃくっちゃベロベロゴごくん! ガブガブもぐもぐ……
「飲み物もあるぞい。特別高カロリーなものをの」
ぐびぐびゴクゴクごっくん! ブハァー! ふごふごゴブゴブずびー! じゅるじゅる……がぶがぶっ! ぐいーー……
むしゃむしゃ……グビグビ……ばくばく……ゴクゴク……
「ひぃひぃ……足りねえ、いぐら食っでぼ全然足りねぇよぼほぉ~~~!」
凄まじい速さで目の前の料理を平らげていく。体中はメリメリと音をたてながら肥大していくのがグメル自身わかっていたが、食欲は更に増してゆき、肥大化もそれに拍車がかかり、見る見るうちにグメルの体は見るも無残に変形していく……
「誰が……止めで、どべでくでぇ~~~!」
食えば食うほど腹が減る。グメルは限界を超えた空腹を抑えようと死に物狂いで食べ続けた。しかし、消化薬は問答無用に胃の中の食べ物を空にし続けていく。
「がばばばば! うめえ、うめぇよぉ~~! ひぃひぃ……助げでぇ~~。ゲブゥーーー!」
肉はドンドン盛り上がり、縦横無尽に広がっていく。一段二段三段四段……積み重なっていく腹の肉。その高さは天井すれすれにまで膨らんでいった。
老人はメイド達を外へやり、自らも外に出た。そしていったん足を止め、振り返ってポツリと言の葉を漏らした。
「グメルよ。これもお主自身の選んだ結末じゃ。せいぜい腹いっぱい食べることじゃ……」
グメルの体は既に人間の形をしていなかった。脂肪の肉塊といった方が正しいかもしれない。
「げべ~、うめぇ、だずげで……がつ……がつ……!」
グメルの肥満し続ける腹はこのとき十七段にまで重なっていた。
それから一ヵ月後――
「……随分町並みが変わったもんだ。中央にあるのはピラミッドか?」
蒼眼の狼は久しぶりにかつて自分がいた町を訪れていた。
「久しいの、ヴォルハート」
「お前か。あれから随分経ったが、どうなった」
「組織は壊滅、一人を除いては全員足を洗って汗水たらして働いておる」
「そうかい……あいつらも、いきがってはいるが、単に不器用なだけ。本当は闇に生きる人間じゃなかったということだな」
「うむ」
「ところで、グメルはどうなった? アイツはどう転んでも改心するようなタマじゃないと思うが……」
「まあのお、おぬしにも見えるじゃろ? あのピラミッド状の山、あれがグメルじゃ」
「!?」
「この数ヶ月、奴はずっと食い続け、ついにはあのようなバケモノになってしまったのじゃ。もっとも、今では食事も運んでおらぬから、あれ以上は太らぬと思うが……」
「生きて……いるのか?」
「ああ、しかし、あの体じゃ。指一本動かすこともできぬし、喋ることもままならないがのお。折角じゃ、会うてみるか?」
「……」
そのころ、肉のピラミッドのてっぺんではグメルが絶えず食事を訴えていた。
「めじばまだがぁ゛……いづまでまだぜるぅ~~~~~……」
「おでざまは……グリーンファイアど……グメルゥざば……だ……げぷ」
ときおり興味本位で見物に来た観光客や町の人たちが彼の口に食事をやると、それが食べ残しでも腐った肉でも、たいそう喜んで食べたという……
グメルという名の肉塊の
麓 に老人と蒼眼の狼も近づく。「少々登るのに時間がかかるが、なあに。十分もあれば頂上へ着く。専用のロボットがあるのじゃよ」
そういって、二人は段々腹の側に置いてあった乗り物に乗って肉の階段を駆け上がった。脂肪の段はひとつにつき一メートル以上あり、それが三十……三十七段位あっただろうか。単純計算で四十メートルはあることになる。その重さがどれ程のものか想像もつかない。そのうえ体の広さといったらかつて屋敷だった土地を全て覆っても余りある位だから驚きだ。
「うおぉ……ぐぅいもん、よごぜべへぇ」
肉の
頂 では観光客などがグメルに餌付けをしているが、彼の食欲にとってはそんな程度の量ではあってないのと同じであった。「ばくゴク! ……もっど、もっどくでぇ~~」
「はは……すごいなコイツ。何でも食うぜ」
「なんだか私キモチワルイ……」
グメルは体の肉にめり込んだ顔を震わせて、必死に食事を訴えている。
「はあはあ……くいもの、ぐびぼのほぉ~」
「おい、グメル」
蒼眼の狼が変わり果てたかつての部下に近寄り話しかける。しかし、当の本人はそれに気づいていなかった。
「ゲブフゥー……ぐびぼの、よごぜべへぇ~~!」
グメルは
涎 を撒き散らしながら叫んでいる。「俺の声がきこえねえのか。」
「めじだ。めしぃい~~。すごじでもおぼぐ……オデによごぜえ!」
「おい! グメル!」
「はばぁ~~。あ゛~~?」
グメルは一瞬気がついたかのように見えたが、すぐに食事を訴えだした。
「ムダじゃよ。奴にはもう獣人としての自我は残されておらぬ。ただひたすら、目の前の食事を貪ることしかできぬのじゃよ」
「手も足も肉に埋もれ、動くことも出来ずにただ大口を開けて飯を食い続けるだけの存在……哀れだな、グメル」
「げぇへええ~~っぷ。げべばぁ……めじ、めじひひ~」
ヴォルハートの最後の言葉も肉塊には届かなかった。老人と二人で肉山を降りるときも、肉塊の頂からはかすかに叫びやゲップのような音がきこえていた……
「ぐいもの、もっど……ぐびものおほ~~……」
「げぶぅ……」
肉山を降りた二人は、ともに町の外へと出て行った……
「ふ、いいのか? 折角出した店放っておいて……」
「あそこは本来セントール族のために用意したもの。儂には必要のないものじゃてな」
「成程な。たしかにお前のバックにいる者の財産を考えれば、必要のないものか……」
「!?」
「俺もお前のことを調べさせてもらったぞインラージャ。少々割り出すのに苦労したがな」
「そうか……」
「俺とお前は立場を逆にするもの、おそらくもう二度と会うことはないだろう」
「では、ここでお別れとするかの」
そうして、二人はそれぞれ異なる方向へ歩みだした。それが正しい道かどうかは、誰にもわからない。しかし、彼らはそれぞれ信じている。自分で向かったその道の先、そこに求めるものが確かに存在することを――