今回は期間を空けずに続編を投稿しましたが、
実はたまたま第一章まで勢いで書けていたからだったり。
それと今更ながら Skype って便利なんですね(おぃ
もはやメッセいらねーじゃん?って思っちゃうほど自分には衝撃的でした。
でも社会人になると使えるのって休日ぐらいな感じがするし、昔みたいに平日はもう無理ですね。
<登場人物>
ソーシュ Sorsh 臙脂色のシャーカン 男
ペル Pel 紫竜 男
ネイディア(Nadir) 第一章
一年後。俺は今、あまりの体の重さに会社の寮を借らざるを得なかった。ある程度まで太ると体全体に負担が来るため、自宅よりPセクションからすぐの所――しかも段差や階段は一切無く、仮にそのような場所があった場合は必ずエスカレータないしエレベータが設置されている――にある、そのセクションの社員用の寮を利用するのが社則の一つなのだ。
「ふうー、随分と太ったな。確か今日からだったと思うが、今一体何キロぐらいなんだ?」
俺はキングサイズのベッドから腰丈の棚を支えに立ち上がると、大きく息を吐き、部屋に設置された大型計量台に乗った。すると目の前のディスプレイには「350kg」との表示が。
これにはさすがの俺も驚いた。一年ほどで体重が二五〇キログラムも増えたことなど、今の今まで一度も無かったからだ。そして例のリバウンド問題を思い出し、身をもってそれに納得出来た。
にしてもこれは、ペルよりも相当太ったことになるだろう。昨年彼が出張する時の体重は三〇〇キログラムだったが、何せ彼は二.二メートルという高身長。一方俺は一.九メートルと、その差を考慮すれば、如何に俺が彼よりも横幅が大きいのかが分かる。実際デスクに座ると、デスクと同じぐらい俺の体には幅があった。
だがそれでも、俺はこの会社のダイエット製品もしくは施設に充分な信頼を置いている。だからこそこうやって太っていられるのだ。パンパンに膨れたお腹を叩けばポヨポヨと全身が波打つ、これほどまでに醜い姿には心底嫌悪感を抱きたくなるが、そんな体でも安心していられるほど、ここのダイエット技術は高度で素晴らしいのだ。
「さてと、会社にでも行くか」
そうは言っても、俺の身嗜みは寝間着を兼ねたジャージ、しかも全然洗濯しておらず原色の面影も無いほど汚れた格好のままだった。しかし前回伝えた通り、俺のいるPセクションではそれが許されるのだ。
就活中の俺は、元々こんな会社、しかもこのセクションがこういった特殊な部署だということは知らなかった。だが不景気と呼ばれる昨今、あまりにも自分に無理そうな職種でなければ、何処へでも入社したい一心だった。そして履歴書を送ること五十回、面接を受けること五回目にして、ようやく俺はこの会社に入社出来たのだ。
その際面接官から、Pセクションのことについては細々と説明を受けていた。そして「弊社のダイエット製品や施設は、どれも他の一線を画すほど最先端を行っている。例え演者がどんなに太ったとしても、ちゃんと痩せられるから安心してくれ」と念を押されていた。正直不安は隠せなかったが、折角の就職チャンスを逃すまいと俺は契約書に判を押したのだった。
初めは太ることに抵抗があり、周りの雰囲気も異質で中々馴染めなさそうだったが、自堕落と言っては失礼だが制約の殆ど無いこのセクションは非常に気軽だったため、思いのほかすぐ調和していた。そして本当に、面接官の言っていた通りぶくぶくにまで肥え太っても、確実にダイエットに成功して元の体型に戻ることが出来た――だが実のところ、そこには一つだけチート的な部分はあった。
「はぁ、はぁ……おっ、ペル戻ってたのか」
「あ、おはようソーシュ。随分と太ったねぇ」
「すっかりお前より太っちまったぞ――ふうー!」
どすんと勢い良くデスクに着席し、デスクチェアが大きく沈んだ。そして真っ先に常備食品に手を伸ばしてそれらを貪り始めた。
「むぐ、にしてもお前、はぁ、思いのほかダイエットしてないんだな」
口をもごもごさせながら俺は、まだ出社に伴う移動(と言っても一分にも満たない距離なのだが)で呼吸が整わない中、紫竜の姿を一瞥した。確かに大きく痩せてはいたが、でもまだ脂肪がそれなりに残っており、筋肉も全然垣間見えなかった。
「酷いなぁ、ソーシュよりは全然痩せてるじゃん。まあ僕の今回の出演は『超肥満からの大脱出!』だったから、超肥満から抜け出さればそれで良かったんだ」
「へぇ~。でもその分、んぐ、次の仕事は早く来そうだな。ふぅ」
「うん。だから今日からまたたっぷりと食べないとね♪」
嬉しそうな笑顔で、彼も常備食品の一つである
極太超長 のチョコバーを豪快に頬張った。俺もがつがつと精良く食べ物を頬張った。それから数時間が経ち、ペルとこの一年間のことについて談話していると、後ろから上司に声をかけられた。
「ソーシュ、だいぶいい肉付きになった。今日から『ダイエット特集 ~歩行困難者編~』の出演だが、準備はいいか?」
「えっ、もうですか? 準備はいつでも良いですけど、ちょっとだけ待って下さい」
そう言って俺は、締めにワンホールのケーキほどのでかさを誇るチョコパイにかぶりついた。まるで獣のように食らいつき、締めに甘ったるいイチゴミルクを一リットル胃に流し込んだ。もう慌てて飲み食いしたものだから、デスク周りには食べ零したチョコパイと口から溢れ出たイチゴミルクがみっともなく飛び散っており、自身のジャージに至っては更に汚れが蓄積し、寧ろこれが一つのデザインじゃないかと思うほどシミだらけになっていた。だがそこからは水際立つ酸っぱい匂いが明らかにしていた。
俺は、デスクに手を着き勢い良く立ち上がった。
「ふん――んぐぐぐぅー!」
この様子にペルと上司が慌てて手を貸してくれた。おかげでどうにか立つことが出来たが、もし誰の補助もなかったら、確実にまた椅子に戻されていたことだろう。今朝ベッドから起き上がる時は何の問題も無かった(息は切らしていた)が、どうやら椅子に深く座り過ぎたためか、はたまたペルとの再会で調子良く食べ過ぎたせいか、とにもかくにも遂に俺は、自力で立ち上がることすら困難になっていた。しかも人の手を使っておきながら、起立だけで俺の心臓はバクバクと激しく鼓動し、細雨のように汗が噴き出していた。
何度も何度も息を整え、それから数分が経ち、ようやく歩けるまでに回復した。それにしても随分と、本当に良くここまで太れたものだ。俺は改めて自身の揺蕩う脂肪を身に感じながら、ペルに一時的な別れの挨拶を言い、そして上司のあとに従って出張先へと向かった。当然ながらこんな体だから、出張する際は必ず専用のワゴンやバス、場合によっては飛行機で現場へと向かう。しかもそこへ辿り着くまでの道のりも、動く歩道や電動カート、列車などがあり、Pセクションからの移動手段は全てにおいて利便性が優れていた。おかげで俺は、立ち上がるなどの最低限の動作においては一苦労したものの、足腰に負担のかかる“移動”という行動においては、極限まで楽することが出来た。
一時的な仕事場への移動中のさなか。上司が鞄の中をまさぐり、何かを取り出した。
「ソーシュ、いつもの薬だ」
「はい」
俺は、上司から手渡された錠剤を慣れたように飲み込んだ。実はこれこそ、初めに語ったチート的部分なのである。
この薬には、食欲を減退させる効果がある。大概のダイエット者はどんなに運動などでカロリーを消費しても、今までの食欲がある分、胃袋がとてつもない抵抗を見せるのだ。それに負けないことがダイエットの中でも一番の鬼門とされており、逆に言えばそこさえ抑えられれば、どんな人でも痩せられるのだ。加えてこの会社の施設や製品があれば、ダイエット成功率は一〇〇パーセントと言っても過言ではない。
さて、今回も信頼たっぷりのこの薬と、自社製品・施設を利用したダイエットストーリーの始まりだ。
続く