プロローグとエピローグを間違えないようにと……
(この話は前回書いたものの付け足しです。なんとなく展開が浮かんで来たので書き始めます)
マザー・クライシス Mother Crisis
女竜 ローゼ Rauzé
女竜 フェイン Fein
男竜 グラプラド Graprad
男鮫 テイクス Teyx
壇上で踊る一人の痩身な女竜。ガーターベルトを身につけた半裸状態のその姿に、下々の客達は舐めるような視線を送る。
(ふん、豚みたいな奴ばかり。こんな所で働くのもう嫌だわ)
そんな事を思いながら、目下に並ぶ成金の太った竜達に頬撫でをかます。誰もほっこりと熱を帯びたその竜達は、彼女のガーターベルトの隙間にお金を差し込む。それを確認した女竜は舞台裏へと引き返し、得たお金をそこにいた経理人に渡した。
「マジで気持ち悪いんだけど」と、先ほど客らをなすった手を廊下の壁で拭きながら、彼女は更衣室に入った。そして着替えを始めると、そのあとから別の細身の女竜がやって来た。
「お疲れローゼ。またあいつ来てるわ」
「えーマジ? なんなのあのデブ」
「仕方ないじゃない。私達の商売なんだから」
「でもさ、あいつ私を家に連れ込もうとしてるのよ? ほんとありえない」
「それ、注意した方がいいよ」
「何かあるの?」
「昔ね、大金持ちのとある客が同僚の一人を、大金で家に持ち帰ったんだ。そしたらそれ以降、彼女とその客の姿がぱたりと消えちゃってさ」
「何それー!? むっちゃ怖いんだけど」
「だからあんたも気を付けた方がいいわ。どんなに金を積まれても、あんな奴らの住み処には行くのは完全御法度よ」
「分かった。ありがとフェイン」
そして着替え終えた女竜もといローゼは、鞄と今日の稼ぎを手に経理室に向かった。そこでは稼ぎの分け前を計算し、今日の日給をその場で受け取る。ローゼはまだ新入りのため、手取りは少なめ――それでも生活するには充分の金額である。だが……
それは、彼女が従業員用の出入り口から仕事場を去る時のことである。
「あっ、ローゼちゃん!」
出待ちをしていたのは、常連客の中では一二を争う肥満体の竜。勿論資産もそれ相応。身長は小柄でローゼよりも小さく、名前は広く周知されている。
「いんや今日の踊りも最高だったよ! でさ、今日も頼んでみちゃうんだけど、今回は100万! 100万メントでどうだい?」
「ごめんなさい、グラプラドさん。いつも言ってるように、私他人の家には行かない主義なの」
「じゃ、じゃあさ、200万! 200万メントなら誰も手を出さない金額だろう?」
「グラプラドさん。あなたがお客として来て下されば、私はたっぷりとあなたにご奉仕しますよ」
「でもそれだけじゃもの足りないんだって! 頼むからさ!」
だがそんな彼を尻目に、ローゼは夜道の通りに出て、事前に呼び寄せておいたタクシーから帰路に着いた。その後ろでは、今日もタクシーを傍観するグラプラドの姿が、バックミラー越しに映り込んでいた。
「さて、ここが噂の<神の森>にあるミステリーサークルです。ここには毎夜崇拝者が訪れ、このようにして天に祈りを捧げています」
マイクで解説するスーツ姿は、ちょっと太めの男鮫レポーター。その後ろでは円形に並んで手を下から上へと持ち上げる、黒装束を被った集団がいた。ただその姿は照明があるからこそで、月明かりだけでは判別が不可能に近い。
慣れた手付きで現場の状況を語り終えた鮫は、カメラが降ろされるのと同時にマイクをアシスタントに返した。
「ったく、なんでこんな山奥で取材を?」そう愚痴を零してキャンピングカーに戻った鮫。そこには常に一杯のワイン、チーズと燻製肉数切れが用意されている。これは彼の習慣で、仕事の合間には必ずこれを嗜むのだ。それが原因で腹回りにやや脂肪が付いているのだが、これが無ければ彼の達弁、時に雄弁さは発揮出来ない。
至福の一時。嘆息を漏らしつつ、一口一口摘みを堪能する。そして軽く一杯のワインを流し込み終えたその時、キャンピングカーの扉ががちゃりと開けられた。
「テイクスさん! 集団に動きがありました!」
「本当か? 分かった、早速カメラの準備だ」
外ではバタバタと取材の準備が始まり、その中でテイクスという鮫はマイペースにグラスを置くと、のったり立ち上がって軽く背伸びをした。それから軽くスーツとネクタイを備え付けの姿見で整えると、再び外に出た。
外では、あの黒装束の集団が動きを止め、手をそれぞれ繋いで天に捧げていた。
「おいAD、何やってんだあいつら?」とテイクス。
「さっぱり分かりません――んっ、今何か光りました?」
「光った?」
空を見上げると、そこは黒を背景として月や星が発光しているだけである。しかしそこに、ある変化が訪れた。一つの光点が、徐々に巨大化しているのだ。それは初め、飛行機か何かが下降しているのかに見えたが、気が付けばそれは彼の体を包み込むまで大きくなり、物体がこの場に墜落するのではないかと、周りのADやカメラマンなどは既に遠くへと逃げていた。だが謎の集団とテイクスだけは、今居る場所で立ち尽くしていた。
――やがて光は、彼らをそっくり呑み込んだ。そして水が弾けるように光束を
輻輳 させ、どこか遠くへとそれらを飛ばした。
とある辺鄙な場所に建てられた屋敷。そこのポストに一通の封筒が投函された。庭園の手入れをしていたメイドはそれを手にすると、中庭を抜けて洋館内に入った。そしてその中で一際大きな扉を、金属のノッカーで叩いた。
「ご主人様。封筒が届いております」
「入れてくれ」
中からくぐもった声が返事をした。メイドは扉脇にある不可思議なロッカーの中に封筒を入れると、それを閉めて中庭へと戻っていった。
ロッカーに入れられた封筒は、暫くすると反対側が開かれた勢いで、そのまま奥にある丸い口に吸い込まれた。するとそれは、まるでウォータースライダーの如く筒の中を流れて行き、最後はクッション性の柔らかい壁にぶつかると、そのまま垂直にパサリと、柔らかな何かの上に落ちた。
落ちて来た封筒を、四本のきりたんぽのような指が掴み、反対側の指がその口をビリッと破いた。中には一枚の紙が入っており、指はそれを持ち上げた。
「……ついに来てしまったか。もはや肥大した罪人の効力は無しということか」
声の主は上にある、先ほど封筒が落ちて来たのとは違う筒に、開封済みの封筒一式を近付けた。するとまたそれらは筒の中に吸い込まれて行った。そして指は、次に携帯らしき機械に手を触れた。
「私だ。インラージャを呼び、MC警告を伝えろ」
「ま、まさか……畏まりました、ご主人様」
通信先の相手は戸惑いながらも、通話を切った。
「全く、良くあんなに脂肪を体に蓄えて置けるわね」
ローゼは帰宅のタクシー内で愚痴を零した。
「ハハハ、それは心外ですねぇ」とタクシー運転手の狼。見ると彼も、大層良いお腹をしていた。
「別に運転手さんの事じゃないわよ」
「グラプラドさんの事ですか?」
「どうして分かったの?」
「タクシーに乗る時、付いて来てたじゃないですか。私らのあいだでも彼は有名な方ですよ」
「ふぅーん。有名だったら何故あのままほっとくのかしら」
「どういうことです?」
「あいつ、店に来るたびに太ってるのよ。その内本当に肉の成れ果てよ」
「お客さん。文句を言いつつ彼の事を心配をしてるんですね」
「まさか! ただ店にその体で来られたら接客の我慢も限界だからよ。それに――」
刹那、どこからか
眩 い光が辺りを覆った。一瞬の出来事に彼女と運転手は腕を目の前に翳 す暇も無かったが、あっという間にその閃光は失せていた。「……な、何よ今の」
ローゼは急の出来事に前のめりになっていた。だが運転手は平然と、そして黙々と運転を続けた。彼女はこれ以上何も口にせず、そのまま背をシートに凭れさせた。
「ふぅ……なんだか眠くなって来たわ」
仕事の疲れからか、その後ローゼはぐっすりと、車内で眠りに落ちた。それをバックミラー越しに運転手が、狼の虎視で狙っているように見えた。
続