著者 :fim-Delta
作成日 :2008/02/07
第一完成日:2008/05/06
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同志よ、仲良くしようじゃないか……
「ゴルドゥラさん。今日の交渉は最高でしたね!」
手下の一人が言った。
「ああ。これで俺達の存在も、より闇社会に浸透するだろう」
「ゴルドゥラさん。今日は皆と共に酒を飲み交わしましょうぜ」
別の手下が言った。
「悪いな。俺はこう見えてある種の監視役も担ってるから、酒は飲めないんだ」
「つまらないっすね」
「モクも吸わないんですよね?」
「只でさえ寿命が短い体をしてるっつーのに、これ以上縮めてどうすんだよ。まっ、何より俺にとっちゃ――」
そう言って金蛇のゴルドゥラは、自慢の膨らんだ蛇腹をボンと叩いた。
「酒より飯だからな」
手下達が爆笑し、店内はより喧騒となった。
「あ、あのお客さん……出来ればお静かに――」
「るせぇ、黙ってろ」
「しかし他のお客様に――」
粘る店員に、ゴルドゥラは彼の胸倉を掴んでがなった。
「てめえこそ黙ってろ!」
「す、すいません!」
震えながら店員はそう答えた。そしてゴルドゥラが胸倉を離すと、彼は一目散に奥へと逃げて行った。
「ゴルドゥラ、少しは可愛がってあげなさいよ」
「お前なら可愛がってやるぜ、アルテロ」
「あたいはあんたに可愛がられる程安くないわよ」
「へっ、言ったもんだぜ」
その時、ゴルドゥラは視野の隅で、ある一人の犬の客を捉えた。彼がその
方 を向いて凝視すると、犬は彼に気付いたのか、そそくさとトイレへ向かって行った。「……ちとトイレ行って来る」
「食べ過ぎて腹でも痛くなった?」
「ちげぇよ」
ゴルドゥラは
徐 に席から立ち上がり、怪しげな客のあとを追ってトイレへと向かった。そして、トイレの入り口に辿り着いたゴルドゥラは、ポケットから携帯電話を取り出して扉を開けた。視野内には例の客の姿は無く、左手側の個室の扉は全て開け放たれている。彼は携帯電話を広げ、あるボタンを押したあと、画面を眺めながらトイレ内に入った。その際、携帯電話はやや右に傾けて、腕を伸ばして出来る限り遠くで見るようにした。
トイレ内に入ると、携帯電話の画面に、右手前の壁に隠れていた犬の影が映りこんだ。すかさず彼は、右腕を振って右の壁に打ち付け、身を翻して左腕を人影の胸部に押し当て、最後に相手の両足を彼の巨大な足で踏み付けた。
「――あ”ぅ!」
「おいてめえ、何処のグループのもんだ?」
だが相手は無言を呈した。
「言わねえと、痛え目に遭うぜ?」
「誰が言うもんか」
「ふん……」
ゴルドゥラは相手の指を見つめた。指が五本……これを見て、彼はにやりとした。
「いい指、してるじゃねえか」
「は?」
「五本か、楽しみ甲斐があるってもんだ」
そう言って彼は、左腕で相手の体を押さえつけながら、相手の左腕をぐいっと持ち上げた。そしてその親指を、彼は右手で握った。
「もう一度聞く。何処のグループのもんだ?」
「言うもんか――!」
ボキリという鈍い音と共に、相手は阿鼻叫喚した。
「あぁあ!」
「さてと……もう一度聞く、何処のクループだ?」
「ぅぅ……い、言わねぇ……」
「ほうそうかい? んじゃあ、次は何処の指を折ろうか。ふぅむ、親指の次は人差し指――と行きたいが、ここは……」
今度は、彼は相手の小指を握って、豪快に
捻 った。ミシミシ、という音のあとに、ボキンという音、そして犬の悲鳴がトイレ内に谺 した。「ゆ、指がぁ……」
「さあて、次は何処を折ろうかなぁ? ふぅむ、次は右手がいいかな」
「わ、分かった! 言うから、頼むから助けてくれ……」
「じゃあ聞くが、てめえは何処のグループのもんだ?」
「
廣而乃 だ」「ほう、随分とかっこよく付けたじゃねえか。だが無様だなぁ、こんな姿を見るなんて」
「お願いだ……名前を教えたんだ、助けてくれ!」
「ふん、出来損ないが」
そう言ってゴルドゥラは、相手を片手で軽々と持ち上げ、トイレの外へと放り出した。
「俺達に水を注す様な真似をしてみろ。お前達のその、廣而乃っちゅうグループは奈落の底行きだ」
「は、はい!」
犬は背を向け、逃げるようにして店を出て行った。ゴルドゥラは「全く、面倒な奴らだ」と愚痴を零し、ふぅっと溜め息をついた。と、ギシっという微かな音と共に、彼は腹部に締め付けられるような感覚を覚えた。彼は手探りでベルトの前部分を確かめると、かなりきつくなっているのが分かった。
「……アルテロの言う通り、少し食い過ぎたか……また新しいスーツを新調しねぇとな」
そう独り
言 ちて彼は、手下達の所へ戻って行った。「おめぇら、ショバ代は俺が全部払うで、今日の宴を楽しんでけよ!」
手下達は益々盛り上がり、閉会までドンチャン騒ぎは止め
処 なく続いた。
謎の屋敷内に送迎された一匹の
老鼠 。彼は恐る恐る、案内された巨大な部屋の奥へと歩んだ。すると先に、暗がりで幽 かにしか見えない謎の影を認めた。「おっと、そこで止まってくれ。……お前が、インラージャだな?」
「そ、そうじゃが……あんたは
儂 に、一体何の様があるんじゃ?」「お前は最近、勤めていたタクシー会社を解雇され、路頭に迷っているな?」
「そ、それを何故?」
「お前はその年齢ゆえ、これから再就職出来る確率はほぼ皆無。しかもお前は、あらゆる虐げられた人達、義人達を助けた為に、自身には僅かな貯蓄しか残されていない」
「何が、言いたいんじゃ?」
「お前には、ここで仕えてもらいたい。生活や金銭には、一切不自由をさせない」
謎の主人の言葉を、老鼠ことインラージャは信用することが出来ず、黙りこくった。
「まあ、信じてもらえないのも無理はない。とりあえずは、この屋敷にでも住まないか?」
「何故じゃ?」
「先程言った通り、私はお前に仕えてもらいたい。だから私はお前が信じてくれるまで、存分にこちらから奉仕したいんだ」
「……言いたいことは分かったんじゃが、あんたを信用していいのか?」
「ああ」
「それじゃあ何故、あんたは姿を見せん?」
「姿を見せたら、益々信じてもらえないだろうからな」
「姿を見せない方が怪しくて信じられん」
「そうか? なら前に出るがいい。但し、約束してくれ――逃げないとな」
インラージャは始め、主人が言った意味を理解出来なかった。彼の姿を見るまでは……
インラージャは主人の姿を見て、腰を抜かし、尻餅を着いて呆然と彼の姿を見つめた。ビニールで覆われた巨大な隔離室の中に、目一杯広がる羽毛で覆われた
肉 体が、どっしりと据えられていた。それは明らかに生き物離れした体で、肉塊 という言葉がふと、インラージャに思い当たった。「私の体を見て、
畏怖嫌厭 したか?」「……あんたは、何者じゃ?」
「鷹……普通の鷹だった。だがとある事件が切欠で、私はこのような体になってしまった」
「それは実験か何かか? ありえん……こんなの、非現実過ぎる!」
「だが現実にここに存在している」
「あんたは儂に、同じような実験をさせようというじゃな?」
「実験ではない」
「それじゃあなんじゃ?」
「詳しくはまだ言えない。だが、私は<正義>が好きだ、とでも言っておこう」
「<正義>……」
インラージャはその言葉を心の中で
反芻 したが、納得出来ずに更にこう聞いた。「しかしじゃ、少しくらい何かを話してくれてもいいんじゃないのかね? どうやってそんな体になったのか」
「……」
鷹の主人は何かを思い出したらしいが、その瞬間、
悍 ましく太った体に備わった怪物の黄色い目から、一粒の涙が静かに伝い落ちた。それを見たインラージャは、彼の容姿と愁情のギャップに、強 か心を打たれた。そしてインラージャは、彼を少なからず信用出来る者だと見て取った――今まであらゆる善人を救って来た彼の目で、この主人は何らかの諸事情を抱えているのだと覚ったのだ。「すまない……儂はどうやら、言ってはいけないことを言ってしまったようじゃな」
「……気にしないでくれ……」
そこでインラージャは、軽く深呼吸をして、こう申し出た。
「儂を一度、ここで働かせてくれんかの? それから、ここで勤めるか否かを決めたいんじゃ」
「ありがとう……。それでは、一つ仕事を頼んでもいいか?」
「なんじゃ?」
「実はつい最近、隣町の
界隈 である闇グループが勢力を上げ始め、被害者が鰻上りになっているのだ。幸い大きな被害を被 ったのは、今のところ同業者達だけなんだが、一般の人達に飛び火しない内に手を打たなければならない。なのでお前には、その闇グループに罰を与えてもらいたい」「どうやってやるんじゃ?」
「詳しくは、お前をここまで連れて来た者に聞くが良い。彼から直々に、今後の基本的内容を記した資料を手渡されるだろう」
翌朝、ゴルドゥラは空き時間を利用し、新しいスーツを拵えてもらうために常連の店へと向かった。
「あっ! いつもありがとうございます、ゴルドゥラ様」
「うっす。ちとスーツを新調してもらいたいんだが」
「……となると、もしかしてまた一つ大きめなサイズ、ということになるんでしょうか?」
「そうだ」
「申し訳ないんですが……当店では、サイズは9Lまでしか扱ってないんですよ。ゴルドゥラ様が今着ているスーツは、既に9Lなんで……」
「つまり、スーツは作ってもらえないのか?」
「はい、すいませんが――」
と、店員は何かを思い出したのか、こう言い直した。
「――そういえば、つい最近新しいオーダーメイド専門店が出来たんですよ。そこは大き目のサイズが専門なんで、ゴルドゥラ様に合ったサイズのスーツも
拵 えてもらえると思いますよ」そう言って店員は、ゴルドゥラにあるチラシを手渡した。
「……“鼠
誂 え店――5Lから際限無く、どんなに大きな衣類、スーツもお作り致します”か」「私も詳しくは知りませんが、資本金が相当なものらしいので、きっと良い所だと思いますよ」
「そうか……分かった、今までありがとな」
「こちらこそ、今まで当店を利用して下さってありがとうございました」
店員の律儀なお辞儀を背に、ゴルドゥラは手を上げて別れを呈しながら、店を去って行った。
ゴルドゥラは、チラシに掲載されている地図を参考に、鼠誂え店へと向かった。そこは、彼の自宅の最寄り駅とその次駅の丁度中間地点にあり、路地裏を通る少々怪しげな場所だった。だがそんなのに慣れている彼は、堂々とその道を進んで行った。するとやがて、大きいがひっそりとした一軒の店が見えて来た。
「ここが鼠誂え店か……イメージとは全然違うな」
太陽が遮られ気味で、どちらかと言えば彼が活動する闇社会が潜むような場所にある店に、彼は少々疑心を抱きながらも、その店の中へと入って行った。すると奥から、これまた場違いの老鼠――どうやら、彼一人でこの店を切り盛りしているらしい――が現れ、彼の元へと近付いて来た。
「おお、いらっしゃいませ」
「ここはどの大きさのスーツも作ってもらえると聞いたが?」
「勿論じゃ。但し5L以上の物に限るがの――ささ、こちらへ」
そうやって店内の奥へと案内されたゴルドゥラ。案内された場所はかなり大きめな部屋で、彼はそこで老鼠にウェストや身長などを測定してもらった。
「ふぅむ……10L、じゃな」
「じゃそれで頼む。時間はどれくらいだ?」
「すぐに出来るぞ。まあ五分もあれば十分じゃ」
「五分!? 冗談だろ?」
「本当じゃよ。儂の店には特別な機械があっての、データを入力すればすぐにスーツが完成するんじゃよ」
「ばったもん、じゃねえよな?」
「勿論じゃ。完成するまでの間、店のソファーで休んでいなさい」
彼は言われた通り、部屋を出て店内にあった多人数掛け用のソファーに腰掛けた。
最初は半信半疑だった彼だが、そこで待つこときっかり五分後、彼は見事に感化されてしまった。
「う、嘘だろ……上等なスーツそのままじゃねえか! しかも寸法まできっちりしてやがる……」
「これで信じてもらえたかの?」
「ああ勿論だ! これからもこの店を利用させてもらうぜ!」
「喜んで、いつでも待ってますぞ」
半月後。ゴルドゥラは同種のアルテロと共に、とある港の倉庫にいた。勿論その周りには既に、息を潜める手下達が配備されている。
「ゴルドゥラっつうのはあんたか?」
「そうだ。昨晩はどうやら、俺のカタギを可愛がってやったそうじゃないか、え?」
「勿論だ。たっぷりと愛情を注いでやったぜ、ほらよ」
相手側の合図で、倉庫の奥から満身創痍のゴルドゥラの手下が連れ出されて来た。
「ご、ゴルドゥラさん……すまねぇ……」
「さてと、それで約束の金は持って来たんだろうな?」
「ああ。ほら受け取れ」
そう言って彼は、札束を詰めたアタッシュケースを相手に放り投げた。それを
徐 に拾った相手は、中身を確認し、そしてこう告げた。「……では、これで終わりだな」
相手は出し抜けに拳銃を取り出し、衰弱したゴルドゥラの手下に向けて発砲した。手下は即死した。
それを平然と見送ったゴルドゥラは、控えて置いた手下達に合図を送り、そして不気味な微笑みを浮かべながらこう言った。
「残念だな、最強の俺達にちょっかいを出すとは……おい野郎ども、やっちまえ!」
「ふん、こうなることはお見通しなんだよ! 俺らも行くぞ!」
相手側も潜めて置いた手下達を呼び出し、双方銃口から煙を立ち上らせることで、倉庫内は小さな戦場と化した。
「……さて、俺らは行くとするか」とゴルドゥラ。
「あんたは戦わないのかい?」とアルテロ。
「俺が死んだら、一体誰が手下達を統率するんだ?」
「そう言って、本当は戦いたくないだけじゃないの? だからそんな体になるのよ」
「うっせぇな。生き物にはそれぞれ適役っつうもんがあんだよ」
「あんたの場合は、
盗人 に倉の番って所ね」「黙ってろ。とっとと飯に行くぞ」
ゴルドゥラとアルテロは戦場の倉庫をあとにして、一時間半制のバイキング料理店へと向かった。そこはゴルドゥラの常連の店で、二人はいつもの席を陣取って次々と料理を皿に盛り付けて行った。そして食事の準備が整うと、二人は一斉に料理を食べ始めた。
「……ゴルドゥラ、あんた食べ過ぎじゃない?」
「お前こそ、女なら肉ばかり食うなよ」
「ふん、女が肉食って何が悪いのよ」
「別に」
ここで会話は途切れ、二人は黙々と食事を続けた。そして三十分程すると、アルテロはデザートに移り食事の締めに入った。だがゴルドゥラは、未だにがつがつと肉やらご飯やらを頬張っていた。
「あんた……
偶 には体の心配でもしたら?」「んぐ――なんだって?」
「食べ過ぎなのよ。幾らあんたのがたいが良くても、限度ってもんがあるでしょ」
「俺には俺の限度がある、まだそこには達してない。……ふぅ、ちと腹周りが苦しいな」
そう言って彼は、模索しながらズボンのベルトを穴から外して、
序 でに上着のボタンも外した。「あとまだ一時間ある。お前はゆっくりデザートでも
嗜 んどきな」「分かったわよ」
それから丸々一時間、彼は料理を食べ続けた。途中で食事を終えた彼女は、待つのに飽きて数十分前に店を出ていた。
食事を終えたゴルドゥラは、会計を済まして店の外へと出た。そして外した上着のボタンを締め直して、ベルトの穴にバックルを掛けた。しかし、ベルトの穴は一番緩めのところで掛けたのに、彼は腹にきつさを覚えた。
「ふぅ……腹周りが苦しいな、これ以上は緩められねぇし――新調し直しか」
翌日、ゴルドゥラは鼠誂え店へと向かった。店内には前と同じで、老鼠が只一人だけいた。
「おお、ゴルドゥラさんじゃな? 今回もまた新しいスーツを?」
「ああそうだ」
前回と同じくして、彼は店の奥の部屋へと案内され、そこでウェスト等を計測された。そして店内にあるソファーで
寛 ぎながら待ち、またもきっかり五分後、奥から老鼠が戻って来て、新調されたスーツをゴルドゥラに手渡した。「今回のは11Lじゃな」
「おぅ、サンキュー」
一週間半後、ゴルドゥラは携帯電話から緊急の連絡を受け、闇会社の本社へと向かった。そして彼がその中に入ると、待っていた手下が慌てて彼の元へと駆け付け、唐突に訃報を告げた。
「ゴルドゥラさん! ボスが、ボスが……」
「ボスがどうしたんだ?」
彼は鋭く手下に質した
「……廣而乃、というグループに殺されました」
それを聞いたゴルドゥラは、鬼のような険相で手下を殴り付けた。ギシッと音を鳴らすその大きな体から繰り出されたパンチの威力は凄まじく、運の良かった手下は左肩の骨折程度で済んだ。
「てめぇらは何やってたんだ!」
「うぅ……ご、ごめんなさぃ……」
わなわなと肩を震わせるゴルドゥラに、手下は泣きながら死を覚悟した。
「ふざけるのも、大概にしろよ」
「ゆ、許して下さいゴルドゥラさん――いや、ボス! お願いだから殺さないで……」
蚊の鳴くような声で命を乞う手下、その言葉の一部にゴルドゥラは引っ掛かった。
「ボス、だと? どういうことだ?」
「ボスが……前ボスが死ぬ前に言ったんです。次のボスの座は、ゴルドゥラさんに譲ると」
「……そうか……」
彼は
哀憐 の表情を浮かべた――内心は歓喜の嵐だった。まさか、この会社を仕切りことになるとはな……「とりあえず、前ボスの葬式をやるぞ。遺体はあるのか?」
「は、はい!」
手下は命が助かったと
早 呑み込みし、実際に救われた。それから半周間後、前ボスの葬儀を終わらせたゴルドゥラと彼の手下達は、自分達の会社に集まっていた。
「さてと……これからどうするか、だが」
「勿論
敵討 ちっすよね、ボス?」「そうだ。廣而乃のアジトは分かっている、早速向かうぞ」
「ボス、いつの間に彼らのアジトを?」
「一月前に俺らが交渉を行ったあとの宴の時だ。お前らは気付かなかっただろうが、その時廣而乃とやらの手下が偵察に来ていた。俺はそいつをとっ捕まえて
甚振 ってやったあと、密かに発信機を付けてやったのさ――まっ、そのあとそいつの電波は墓場で動かなくなったがな」「さ、さすがボス! 俺達何処までも付いて行きます!」
「ならとっとと行くぞ!」
鬨 の声を上げたゴルドゥラの手下達は、彼のあとに従って廣而乃のアジトに乗り込んで行った。その後の結果は言うまでも無い。最強と
謳 われるゴルドゥラのグループは、多少の犠牲を払ったものの見事、廣而乃を滅ぼした。そのあと彼らは宴会を開き、飲めや歌えやの大騒ぎを行った。勿論ゴルドゥラだけは、何よりも食事の方を優先したが……
その翌日、ゴルドゥラは鼠誂え店にいた。
「おや、また新しいスーツかの?」
店主の老鼠が聞いた。
「ああ……ちと昨日食い過ぎたせいか、腹がきつくてしょうがねえんだ」
「それじゃ、いつもの部屋へ」
彼は店の奥の部屋にて老鼠に体の測定をしてもらい、そのあと店内のソファーで五分間待った。やがて老鼠が新しいスーツを持ってくると、彼はそれをすんなりと受け取った。
「毎回ありがとな、爺さん」
「どう致しましてじゃ」
そしてゴルドゥラは、鼠誂え店をあとにした。それを見送った老鼠は、ぼそりとこう呟いた。
「……もう12Lか、随分と早いものじゃな」
一週間後。ゴルドゥラは自室にて十皿目の昼食を食べており、それを手下達とアルテロが心配そうな面持ちで見つめていた。
「なんだ、俺に何か付いてるのか?」
「い、いや……その、ボス、お体の方は大丈夫なんでしょうか?」
「はぁ?」
「あ、いえ、気にしないで下さい!」
ゴルドゥラは
懐 から拳銃を取り出し、問い掛けた手下に銃口を向けた。「ひぃ!」
「言え、何が言いたかったんだ?」
「そ、その……ボス、最近急激にお太りになられてたので――」
拳銃から、轟音と共に煙が立ち上った。その音に混じって一瞬「ギシ」という音も鳴ったが、全ては銃声に掻き消された。
「な、何やってるのゴルドゥラ! 彼は只質問しただけでしょ!?」
「黙れアルテロ。俺に口出しする奴は許さねぇんだ」
「幾ら……幾らあなたがこの闇会社のボスとは言え、限度ってもんがあるでしょ!?」
「限度限度
五月蝿 いぞ!」ゴルドゥラは
醜貌 な顔付きでアルテロを睨み、そして発砲した。だが彼女を殺す意図はなく、彼は腕を掠 めるような形で狙いを定めていた。「っぅ……」
「男だろうと女だろうと関係ねぇ。俺に指図する者は全員死、あるのみだ」
「ゴルドゥラ――!」
彼女は
双眸 に涙を湛 えたまま、部屋を駆け出て行った。その後姿を、手下達は憐憫 の眼差しで見つめていたが、肝心のゴルドゥラだけは怒りの目を向けていた。「……ボス、お願いで――」
発言中の手下に、ゴルドゥラは透かさず弾を撃ち込んだ。
「いいか良く聞け。既に二人死んだ――これでもう、暗黙の了解だろ?」
手下達は一同にこうべを垂らし「分かりました……」と言った。
「……今日は虫の居所が悪い。お前ら、全員部屋から出ろ。それと死体もちゃんと片付けておけ」
彼の言葉に、皆従順に従った。そして一人自室に残った彼は、怒りを治めようと椅子からなんとか立ち上がり、後ろの冷蔵庫から飲料水を取り出そうとした。しかし、大きく突き出た腹がつっかえて、中々上手く前に屈めず彼は四苦八苦した。それでも彼は、何とかして体を折り曲げることに成功したが、同時に「ギギギ」という音が鳴り、そのあと小爆発のような激しい音と共に、ベルトのフックが豪快弾け飛んだ。
「くそ……またスーツを買わねえとな」
そう不満を漏らして彼は、冷蔵庫から二リットルのペットボトルを取り出すと、それを一気に飲み干してから、彼は鼠誂え店へと向かった。
鼠誂え店に行く道は、いつも通りでなんの変化もないのに、彼は何故だか息が切れ気味だった。しかし彼は、恐らくさっきのごたごたで疲れたんだろ、とあまり深く考えないで、そのまま鼠誂え店の中へと入って行った。するとそこには、毎度のこと店主の老鼠が居て、彼に挨拶して来た。
「おやゴルドゥラ様、新しいスーツかの?」
「ああ」
彼はいつも通り奥の部屋で身体測定を行い、いつも通りソファーで寛いで待った。そしていつも通りの五分後には、老鼠が新しく拵えたスーツを持って来ていた。
「爺さん、悪いんだが試着室見たいな所はないか? 今すぐ新しい奴に着替えたいんだが」
「それなら、いつも身体測定している部屋を使ってくれ」
「いいのか?」
「人は滅多に来ん、好きに使ってくれて構わんよ」
ゴルドゥラは新しいスーツを手に、店の奥の身体測定用の部屋へと向かった。そこで彼は、置いてあるソファーにどっしりと腰を下ろし、なんとかして今着ていたスーツを脱ぎ捨てると、でっぷりと膨らんだ大きなお腹に遮られながらも、なんとかして新しいスーツを着込んだ。彼は、ソファーに座らないと着替えが出来ない上に、その異様に膨らんた体が動作を妨害しているため、ズボンを上げるだけでも彼には重労働だった。そのために今、彼は座ったまま着替えただけなのに、息をふぅふぅと荒くしていた。
(13Lがこれか……)
気になったのか、ゴルドゥラは気付いてなかったが、その光景を老鼠がちらりと覗いていた。
半周間後の深夜、ゴルドゥラがボスを務める闇会社の地下で、アルテロが手下達と話をしていた。
「……ゴルドゥラは、おかしくなってしまったのよ」
「そう、っすね……昔のゴルドゥラさんは、腹こそでっぷりとしていましたが、それでも凄く逞しかったです。けど今は……」
「何が、何が彼をああさせたのかは分からない。けどもう、この会社は彼と共におしまいよ」
「姐御は、これからどうするんですか?」
「あたいは最後までここに残って、全員をここから逃がすわ」
「いや、今のボスは姐御をも殺し兼ねません。だから俺達と一緒に逃げて――」
「黙りなさい! あたいが何とか誤魔化すから、その間に全員逃げるのよ」
「で、ですが……」
「あたいは皆のことが好きよ。でもやっぱりゴルドゥラのことが……だからお願い、行って」
手下達は
躊躇 しながらも、なんとか言葉を出して答えた。「……分かりました、姐御。また何処かで会いしやしょう!」
「ええ、また何処かで――!」
不意にアルテロの言葉が途切れた。そして彼女は、胸から血を流してそのままどさりと横に倒れた。一瞬の出来事に、手下達は呆然とその場に立ち尽くしていたが、ギシギシという軋むような音と共に階段を大儀に降りる、醜く膨れ上がったゴルドゥラの姿にハッと気が付いた。
「これでもう、会えないな」
『ぼ、ボス!?』
手下達は、ボスの姿を見て背筋が凍った。つい昨日までは、キツキツながらもぴっしりとスーツを着ていたのに、今ではそのスーツは彼の体をしまえ込めず、内側から彼の体中の肉が
食 み出て、気持ち悪く揺れていた。「……てめぇら、そういうことだったのか」
「ぼ、ボス、ち、違うんです! これにはわけが――」
ゴルドゥラは構えた拳銃を次々と手下達に向け、そして発砲した。彼の鋭い狙いは寸分の狂いもなく、全て相手の心臓に命中させていた。そしてどさどさと倒れる手下達の
むくろ を、彼は異端者の如く含み笑いで歴覧し、同時に体全体から軋むような音が再び鳴った。とその時、銃声を聞きつけた手下達が、階段を駆け下りて来た。
「おい! 一体何があったん……だ……」
地獄そのものと言うべきだろう。手下達から見たこの地下の光景は、
惨憺 たるものだった。手下達とアルテロのむくろ 、そしてそれらをにやりと見つめる金蛇の、醜穢 悍 ましい姿。そんな金蛇ゴルドゥラは、やって来た手下達の方に頭を巡らし、閻魔顔でこう言った。「……何か、ようか?」
恐怖のあまりに手下達は、言語障害に陥ったかのように喉を詰まらせた。
「あ……あ、あぁ……」
返答しない手下達に、ゴルドゥラはのっそりと歩み寄った。
「こ……殺さ、ないで……」
もはや手下達は、恐怖に打ち勝てずに涙をぼろぼろと流し始めた。その時、地下室に銃声が聾し、偶然かその回数は、やって来た手下達の数と同じだった。
その翌日、ゴルドゥラは鼠誂え店を訪れた。だがその道中、彼にはいつもより異変がはっきりと現れていた。それは、ここに来るまでが非常に辛く、気息の乱れどころか脚も痛み始めたことだ。さすがにこれはおかしいと、彼は深刻に事を考え始めたが、店主の老鼠にそれは妨げられた。
「ゴルドゥラさん、お待ちしておったぞ。またスーツの新調で宜しいかの?」
「あぁ……」
「それじゃいつも通り、ソファーで寛いで待っていなさい」
ゴルドゥラはえごえごとソファーの前に立つと、その超肥満体を一気にソファーに掛けた。思いの他ソファーは頑丈で、少し
撓 みながらも彼の体重を確りと支え、彼はそのまま全体重を背凭れに預けた。その後、彼は何かを忘れているような気がしたが、全身の倦怠感がそれを厚いベールで包んでしまった。そして、彼が息を整えてること五分。
「ゴルドゥラさん、新しいスーツが出来たぞい」
「ありがとな爺さん。それじゃちょいと測定部屋を借りるぜ」
「無理せず、ここで着替えてもらっても大丈夫じゃよ」
「何? だが客が来たらどうする?」
「今日はもう誰も来ないんじゃ、店仕舞いじゃからの」
「……そうか、それじゃ遠慮なく」
するとゴルドゥラは、ソファーに座ったまま新しいスーツに着替え始めた。スーツの上下を
齷齪 しながら脱ぎ、まずは新しいズボンを穿 き始めた――が、大きなお腹が突っ掛かってしまい、彼はズボンが穿けずに必死になった。「ゴルドゥラさん、穿くのを手伝ってやるぞい」
「ふぅー……た、頼む」
彼は誰かに見られてないかと辺りを一瞥し、大丈夫だと分かると彼は、恥ずかしながら老鼠にズボンを穿かせてもらった。そして次に、首部分のタグに14Lと書かれた上着を、今度は自力でどうにか着込んだ。
「助かったぜ爺さん、これ代金な。それじゃ俺はこれで……」
そう言って彼は、力みながらもソファーから立ち上がったが、先程の疲労が残っているのか「ふぅー……」と大息をついた。するとその表情を見た老鼠が、彼にこう提案した。
「どうやら今日はお疲れのようじゃな。どうじゃ、ここで一泊していくかの?」
「な、なんだと?」
「ゴルドゥラさんがここに来た時、非常に疲労なされておった。きっと帰る時にはもっと疲労しているかも知れん。ならここで一夜を明かして体を休めるのも、悪くはないと思うんじゃが?」
「だが俺はスーツを買いに来たんだ、宿代や食事代は払わないぞ?」
「はっはっは、儂はそんなに意地悪じゃないぞ。安心しなさい、金は請求せんよ」
それならいいか、とゴルドゥラは、実際疲労している体を前にすんなりと了承した。
「それじゃゴルドゥラさん、こちらへ……」
老鼠に案内された部屋は、ゴルドゥラの体でも満足に行動出来る広さだった。実は彼、住んでいるのはごく一般的な一軒屋で、今のその巨体では色々と不自由があった。なので彼は「これはいい」と静かに喜んだ。
「食事は、ベッドの横にあるボタンを押せば自動で料理が運ばれて来るから、それを使いなさい」
「ん? ここには他にも店員がいたのか?」
「いんや、ライントレーサーというロボットが運んで来てくれるんじゃよ。ほら、下に白線があるじゃろ? これを認識して動くんじゃ」
「……随分と、最新設備が揃ってるんだな」
「勿論じゃ。それじゃ儂はそろそろ店の片付けをせんといかんから、これで失礼させてもらうぞ」
そう言葉を残して、老鼠は部屋を出て何処かへと行ってしまった。部屋に残ったゴルドゥラは、とりあえずベッドに横たわり、楽な姿勢を取った。すると視野に、老鼠から教わったボタンが目に入り、彼は試しにとそれを押して見た。するとなんと、壁の一部が放射状に開いて中から液晶モニターが現れた。そこには様々な料理の種類の目録が表示されており、適当にどれか一つに触れてみると、その種類に合った料理名がずらりと出て来た。彼はその中の内、とりあえず三品を注文して見た。
「これで料理が来たら、本当にここは最新鋭の部屋に違いないな」
それから数分後、部屋の外の廊下から、機械が移動するようなゴゴゴという低音が聞こえて来た。そしてその音は最終的にゴルドゥラの部屋の前で止まり、次の瞬間なんと、腰丈程の“R2-D2”のようなロボットが三体、扉を開けて入って来たのだ。老鼠の言った通り、それらのロボットは床に引かれた白線に沿って順に並んで動いており、それぞれの頭には先程注文した三品の料理が乗せられていた。
その光景を見て、彼は非常に感銘を受けた――今の技術はここまで進歩したのかと。
「だが、問題は味だな」
彼はベッドで横になった体勢のまま、一番手前にいるロボットの頭から料理皿を手に取り、中を一口味わって見た。……美味い。無茶苦茶に美味いというわけではないが、普通に食べる分には充分過ぎる味だった。
その時だ。彼の胃袋が急激に動き出し、食べ物を
欲 し始めた。きっと疲労したせいだろう、ここ鼠誂え店に辿り着くだけでもくたくただったからな、と彼は特に案じず、腹を満たすために普段の大食 を開始した。料理皿を取られたロボットは次々と帰還し、届けられた三品はあっと言う間になくなった。それでもまだまだ足りないと、彼は次々に液晶モニターから料理を注文した。普段でも、彼はとてつもない量の料理を食べていた。常人の十倍――いや、それ以上に食べていただろう。それ故に彼は、自分がどれだけ食べたのかを見当付けられなくなり、今の彼も実際どれ程食べたのか金輪際分からなかった。そうなると、彼には満腹以外に歯止めがなく、しかもこの部屋には誰一人として、彼の食欲を止める者もいなかった。
それから一度、ゴルドゥラには歯止めが掛かった。それはスーツが窮屈になり、苦しくなった時だ。しかし車が急には止まれないのと同じように、エンジンがかった彼の食欲も急には止まらなかった。徐々に苦しさは彼の食欲を上回り、食事スピードは減速の
一途 を辿っていたが、先にスーツが耐え兼ねて張り裂け、縛られる物が無くなった彼の食欲は再び加速し始めてしまった。
忽然 と、料理が部屋に届かなくなった、液晶モニターの料理名を選択しても反応は無い。ゴルドゥラは寸時 の我慢も今では出来なくなっており、食欲を我慢してからたったの一分で、彼は空腹に苦しみ始めた。「め、飯は何処だ……」
彼は痺れを切らして、ベッドから立ち上がることにした――が、脚が微動だにしない。何かの重圧で押さえつけられているらしく、彼は諦めて腕を使って体を動かそうとした。が、体は岩のようにびくともしなかった。
その時不意に、彼は自分の腕がどうなっているのかを
漸 く理解した。「……な……なんなんだこれは!?」
彼は急いで自分の体を見遣ると、横になった腹は以前と比べて何倍にも膨れ上がり、ベッドから垂れて床に広がっていた。その怪物染みた体に、彼は恐怖を抱き始めた。彼は再び全身に力を入れ、動こうと必死に足掻いたが、それはたっぷりと付いた体中の肉を踊らせるだけで、寡少の成果も上がらなかった。
「おやおや、ゴルドゥラさん、醜いお姿じゃな」
「――! じ、爺さん!?」
いつの間にか老鼠は、部屋に入ってゴルドゥラの垂れ広がった腹の前に立っていた。
「こ、これはどういうことなんだ?」
「……罰、とでも言いましょうか」
「罰って、俺が一体何をしたって言うんだ!?」
「あんたは、自分がこれまで善行をして来たと思っているのかね?」
するとゴルドゥラは、出そうとしていた
罵詈 を飲み込んだ。自身の悪業 を自身が分からないわけがない。「……爺さん、つまりこれは、俺が今まで仕出かして来た悪行の代償だというのか?」
「そうじゃ」
「……俺は、これからどうなるんだ?」
「病院へと運ばれるんじゃ。勿論その体でな」
一瞬、彼は狼狽し、滅入った表情を見せたが、すぐに納得したような面持ちこう答えた。
「そうだよな……俺は手下達を殺し、彼女をも殺してしまった。こうやって生かされてるだけでも本当は幸せなんだよな」
老鼠は、無言で彼を見据えた。
「……分かった、好きにしてくれ。俺は何一つ抵抗しない――つうか何も出来ないけどな」
再び無言で老鼠は頷き、そして部屋をあとにした。
それから彼は、公衆に晒されるようにして病院へと運ばれた。その際、彼は周りから
嘲謔 の嵐を受けたが、今までに犯して来た罪と比べれば温 いもんだと、彼はそれに耐え続けた。そして彼は病室の特注ベッドに横たえられ、身動きどころか首も回せなくなった彼は、病室の入り口の方に顔を向けたまま、これからの入院生活を送ることになった。
任務を終えた老鼠ことインラージャは、人里離れた例の屋敷に戻っていた。
「インラージャ、仕事はどうやら巧く行ったようだな」
「そう、じゃな……」
「何か問題でもあったのか?」
「いや……ただ、儂はここで働きたいと思うんじゃ」
「ほ、本当か!?」
「まだしっくりとは来ていないんじゃが、儂の次の人生はどうやら、ここが一番適当だと思うんじゃ」
「それは良かった、恩に着るぞ」
「……そう言えば、一つ質問していいかの?」
「なんだ?」
「儂はあんたに仕えるんじゃろ? 言葉遣いとかもそれ相応にした方がいいんじゃろうか?」
「それはお前の好きなようにして構わん」
するとインラージャは、少し思案し、そしてこう言った。
「……分かりました、御主人様。これで大丈夫じゃろうか?」
「ああ勿論だ。それではインラージャ、初仕事ながら今日は良くやった。お前の部屋へと別の者が案内するから、そこでゆっくりと休んでくれ。最新鋭の設備が整っているから、何不自由なく暮らせるはずだ」
「ありがとうございます、御主人様」
そう言って彼は、執事のように礼儀正しくお辞儀をすると、身を翻して部屋を去って行った。
ゴルドゥラが入院してから数日後、彼が眠る病室の扉ががちゃりと開いた。彼はいつもの定期検査だと思い、そのまま目を
瞑 った。「ゴルドゥラ!」
その声に、ゴルドゥラはどことなく覚えがあった。彼は徐に目をあけると、そこには――
「――あ、アルテロ!?」
「ゴルドゥラ……!」
彼女は目に涙を浮かべ、彼の元へと駆け寄った。
「……お前に、こんな姿は見せたくなかった……」
「良いのよ、ゴルドゥラ」と、彼女は微笑みながら言った。
「けどこんな気持ち悪い体、見ただけでも吐きたくなるだろ?」
「いいえ……だってあたいは、あなたのことが好きだから」
ゴルドゥラは彼女の言った意味が理解出来ず、言葉に迷った。
「前のあなたはどうかしてた。けど、今は普通に戻ってる」
「普通っつっても、今の俺は肉の塊だぜ? しかも自力で何も出来ない」
「でもね、あたいはおかしくなる前のあなたが凄く好きだった。それはあなたの見た目がどうこうじゃなく、一緒にいると幸せだったからよ」
すると彼女は、彼も驚くべきことに、ベッドの上を埋め尽くさんばかりに肥え太った彼の醜い体をぎゅっと抱き締めた。
「――アルテロ!?」
「あたいはね、あなたの見た目なんてどうでもいいの、あなたの中身が好きなのよ。何かに取り憑かれていた時のあなたは嫌だったけど、本当のあなたに戻ったのならどんな姿でもいい、あたいはゴルドゥラそのものが好きなのよ」
「……けど、俺は幾人もの手下達を殺し、そしてお前をも殺しかけたんだぞ?」
するとアルテロは、意外な言葉を口にした。
「安心して、手下達はみんな無事よ」
「……なんだって?」
「あなたが自室で撃った手下二人は、実はまだ息の根があったらしいの。それで一命を取り
留 めたのよ。それと地下室であたいと手下達を撃った時のことだけど、あの時のあなたは尋常じゃなかったから、手下達に防弾チョッキを着させて置いたの」「それじゃあ……みんな生きてるのか?」
「ええ」
「だ、だがあの時お前の胸からは、ちゃんと血が出ていたはずだ」
「……あたいは、あなたのことを信用してたの。あたいのことは絶対撃たないだろうって」
その言葉にゴルドゥラは、普段は見せない申し訳なさそうな表情をして、再び言葉に詰まった。
「……それなのに、お前は俺のこと、今でも好きだと言えるのか?」
「だって今ここにいるのは、正真正銘のゴルドゥラだもの。あの時のあなたは別人だったのよ」
「そ、それでも――」
彼の言葉を、アルテロは指一本で遮った。彼女は穏やかな笑みと瞳を彼に送り、そんな彼女の優しさに痛く心を打たれた彼は、ジワジワと涙を浮かべ始め、とうとう泣き出してしまった。
「ごめん……ごめんよアルテロ……俺が不甲斐無いばかりに……」
「泣くのはやめて、ゴルドゥラ。あなたはそういう人じゃないでしょ?」
彼女の言葉を聞いて、ゴルドゥラは照れ笑いしながら鼻を
啜 り、なんとか涙を抑えた。「そ、そうだな」
「……実はあたい、この病院で療養中なのよ」
「そうなのか? でも元気そうじゃないか」
「ええ。だからあたい、出来る限りここにいるわ」
「えっ――だけど、大丈夫なのか?」
「だってあたいはもうほぼ全快したからね。あたいもそうだけど、あなたも一人じゃ
淋 しいでしょ?」「で、でもいいのか?」
「勿論よ。あたいもあなたと一緒じゃないと淋しいもの」
「……ありがとう……本当に、本当に……」
彼は再び涙を流し始めた。今度ばかりは彼女も、それを止めることはせず、優しく彼の頬を撫でてあげた。