エグバート・クラウン Egbert・Crown
ピウス・ヴェラ Pius・Vela
「いやあ、しっかし、久々のガイドは疲れるもんだ」
ピウスは、遺跡内の石段に腰を据えていた。ジャングルという熱帯地域特有の気温も加わり、彼の特色であるタンクトップは、汗でぐっしょりだ。
「ここは僕一人でも大丈夫だから、休んでもらっても構わないが」
「いや、一応俺も調査に参加してた身だ。細かいところを説明するにはいた方がいいだろう」
「そうか……ん、これは?」
「なんだ?」とピウスは、軽く体を反らし、反動を利用して手を膝に置いて立ち上がると、エグバートに歩み寄った。
「これだ。薄くだが、楔形文字の跡がある」
「ああ、それか。それなら資料179ページの写真の奴だ。特殊な電磁波で撮影した奴で、翻訳済みだ」
エグバートは、手持ちのバインダーを開いて、言われたページを見つめた。実は貰った資料は、昼食中に全部眺めることは出来ず、こうやって持ち歩いていたのだ。
「『全てはここより始まる。全ての中心に答えはある』か、なるほど……」
エグバートは、拳を顎にあてて考えた。そして、何かを思いついたように呟いた。
「中心に答えがある、ってことは、中心を示す目印があるはずだな」
「そこまでは、俺たちも分かった」
「そうなのか?」
「ここを左に回り込んだ壇上と、反対に右に回り込んだ地下にも、似たようなものがある。それも次のページに載っている」
「……『第二の印はここにあり。流れる川に沿うべし』、『第四はここにて終わる。石を動かさねば命はない』……待てよ、これらの写真を見ると、どれも言語が違うぞ?」
「その通り。楔形文字の他、ルーン文字、甲骨文字。どれもあらゆる地域に存在する言語だ」
「何故このジャングルに集結しているんだ?」
「それは未だ不明だ。だがきっと、その答えもその中心にあるに違いない」
「なるほど。で、第三の印は?」
「それが分かっていれば、中心も分かっているだろ」
「ならとりあえず、第二と第四の印を見ておくか」
そしてエグバートは、ピウスとここに残して、その二つの印を見ることにした。そこには薄かったり、少し欠けていたりする象形文字が、写真と同じに確かにあった。いくつかの壁面は削られた痕跡があり、きっとピウス達が必死に削って探したことが見て取れる。
エグバートは、既知の三つの印の位置を、昔空を飛べてたというピウスが上空から撮影した鳥瞰図に記していった。どうやら繋ぎ合わせても綺麗な形にはならなさそうで、ピラミッドのような正確な位置づけはしていないようだ——やはり、三つ目の印がなければ、中心は見つけられない。しかしながら四つの線は交差することはないことを考慮すると、ある程度第三の位置を限定することは出来た。
「なあ、この範囲に何か、めぼしいものはなかったか?」とエグバートは、ピウスの所に戻り、先ほどの鳥瞰図にえがいた、第三の予想範囲を示した。
「んー……覚えがないな。強いて言うなら、展望台と通路、地下倉庫があるぐらいだな。だが俺達も、短からずある程度は推測をつけて、その一帯は調査したが、何も見つからなかったぞ」
「文字もか?」
「ああ。三つの文字の種類が違うのならと、それら以外のやつを全て列挙して一々調べて見たんだが、何も見つからなかった」
「そうか。だが絶対にあるはずだ。僕はそれを探してくる」
「なら俺も付き合おう。歴史的瞬間をこの目で見たいからな」
ピウスは再び、少しの反動をつけて「どっこらしょ」っと石段から立ち上がると、エグバートのあとについた。今回ばかしは歩行を合わせてないので、お互いの距離がやや空き気味だった。
エグバートはまず、展望台を調査した。しかしやはり何も見つからず、そして通路、地下倉庫も同じだった。一時は、そこに何やら文字らしきものが見つかり、だがそれは糠喜びで、携帯しているノートパソコンで翻訳したところ、単なる地下倉庫のリストであった。
「はぁ、全く、これもこれで凄い発見なんだろうが……」
「俺達が求めてるのは、地下遺跡への入り口、中心だからな」とピウスは、再び階段に腰を据えながら言った。石造りの地下は、ひんやりとした土に囲まれているおかげで、地上に比べ涼しく、彼の発汗は今のところ収まっていた。
「ここは一端中止だ。再び展望台を探してみる」
「そうか」とピウスは、再び立ち上がろうと動作した。
「いや、無理して動かなくて大丈夫だ。もう一度上から探すだけで、また地下倉庫に来る」
「分かった。なら俺はここで、のんびり涼んでるとするか」
エグバートは、階段の横幅いっぱいな巨漢の彼の脇腹を跨いで、展望台へと上った。
展望台に来ると、空が少し暗くなったように思えた。元々ジャングルの木々に覆われて暗いので、日が早く沈んだように暗くなるのが早いのだ。
彼は展望台を、隈無く調査した。だがやはり、崩れたりして崩落気味である以外、これと言って文字らしきものは見つからない。
一階分下り、今度は通路を再調査した。しかし、ごつごつとした足場の悪いことを除いては、やはり目立つものはなかった。
「はあ……」とエグバートは、こうべを垂れた。まだ一日目だが、探すところはとうに限られている。このままではピウス達と同じ結果になりかねない。
そんなエグバートの目には、乱れて配置された石畳が映っていた。気持ちも視線も落ち気味だ——が、彼はそこに、何かを見いだせそうになった。
「……これは……」
ごつごつとした足場。石で出来てるそれは、単に老朽したりしたためかと思った。しかし何故か、展望台に比べて乱れ過ぎていた。元々地盤のない二階の方が、それは乱れそうだが、二階は確りとしているのに対し、逆に一階の方が足場が悪過ぎなのだ。ここを多くの人たちが調査で行き交っている内にそうなったのか。いや、それにしてはこんなに差はでないはず。
「意図的か……この凸凹、何か意味があるぞ」
ようく見ると、その凸凹は、通路全般に広がっているのではなく、通路の半分ほどまでしかなく、それ以外はきっちりと石が敷き詰められていた。
まさか、とエグバートは、慌てて地下へと降り始めた。木漏れ日しかない地下は、既に暗くなりつつあった。
「失礼!」と、ピウスの脇腹に足を少し引っかけながら、彼は地下の天井を見上げた。
「何かあったのか?」ピウスは先ほどのことを気にもせず、彼に言った。
「一階の通路、あそこの床はかなり凹凸が激しいと思っていたが、あれは態とだ」
「態とだと?」
ピウスは天井を見上げたが、至って普通の、不規則な石の天井にしか見えない。
「上の通路では、この部屋の横幅分、きっかりと乱れてるんだ。それ以外はきちんと足場が整っている」
「なんだって? そこは俺も気がつかなかったぞ」
「ああ。だが通路だけを見ると、途中で壁に阻まれているように思えた。恐らくここの天井の方に意味が……! そうか、そういうことか!」
「なんだなんだ?」
ピウスは興奮の域に達し、再び汗を流し始めた。
「線文字だ!」
「線文字だと、どこに書かれてる?」
「書かれているんじゃない。天井の凹みで、線文字を表しているんだ」
「なんだと!? ……うーむ、確かに言われてみれば、線文字独特の横線があるように見えるが……俺には翻訳出来ない、なんて書いてあるんだ?」
「僕も分からない。だがここで、このノートパソコンが役に立つ」
エグバートは鞄からノートパソコンを取り出し、線文字に合うよう天井の窪みの形を入力していった。やがてそれは、線文字として変換され、そして——
「翻訳が終わったぞ」
「は、早く教えてくれ!」
「何々、『第三が従うは、悪しき心を持たぬ者』……悪しき心を持たぬ者?」
「それはきっと、川に沿えやら石を動かせっていう奴と同じ、何かのヒントだろう。だが第三の位置が分かったのなら、中心がこれで分かる」
「そうだな。早速やってみよう」とエグバートは、鳥瞰図に残りの最後の印をつけた。そして四つのマークの中心を、丸印で示した。
「ここだ」
「ここは……廊下じゃないか」
「そのようだな。中心はここだという、行ってみよう」
二人は急いで、その廊下へと向かった。やはりここでも、ピウスは遅れを取っていたが、今回はぜえぜえと息を切らしながらも、必死にエグバートのあとを追っていた。
廊下に着くと、そこには部屋の名残が三つあった。ここは居住区域の一角なのだ。
「それにしても、入り口といったら普通、部屋とかにあるかと思ったが」とピウス。
「逆にこっちの方が目立たないんだろう。ふぅむ、ここ辺りだな」
しかし周囲を一瞥しても、目立つものはない。ただ石で出来た天井、壁、床があるだけだ。ピウスは聞いた。
「どうする?」
「分からない。だがここに、地下への入り口があるはずだ」
「『全ての中心に答えはある』。だがこれじゃあな」
「ん、ちょっと待て。今なんて言った?」
「全ての中心に答えはあると——」
「それだ!」エグバートの脳は冴え渡っていた。「それには二重の意味があるんだ。ヒントがある四つの中心に答えがあり、その答えを明確にするための、もう一つの基準が」
「それはなんだ?」
「部屋の入り口だ。三つの部屋はどれも同じ方向に並べられている」
「偶然じゃないのか?」
「だがあの四点では、正確な位置は掴み取れない。ここまであらゆる知恵を絞っているのなら、そこを疎かにするとは思えない。つまりここに来て、更に位置を教える目印があるはずなんだ」
「なるほどな。で、どうやって中心を見つける?」
「まず左と中、中と右の部屋の入り口から中点を求め、その二つの中点のまた中点を調べる。そこに何かあるはずだ」
エグバートとともに、ピウスもその作業に加わった。二つの部屋の中点を正確に調べ、そこに印をつける。そしてその二つの印の中央に、丸印をつけた。するとピンポイントに、壁に埋め込まれた石の一つの中点を指し示した。
「これだな」とエグバートは、その石を押してみた。だが、微動だにしない。
「間違いか?」
「いや、きっと長年の歳月で固まったのかも知れない。もっと強く押さないと」
「ハンマーはどうだ?」
「悪くない考えだ」とエグバートは、発掘道具ベルトからハンマーを取り出すと、石をがんがん叩き始めた。
三回、五回、十回。なかなか反応が起きず、彼は力んで、思い切りハンマーをがんと叩いた。
その刹那、石がガコンと引っ込んだ。その途端、二人が立っていた床が音を立てて沈んでいった。
「な、なんだ!?」
急落下ではないので、二人はそのまま体勢を維持した。やがて床の沈みが収まると、そこには螺旋階段ができあがっていた。
「……凄い、凄いぞエグバート! お前は天才だ」
「いや、本題はこれからだ。あのヒントは、きっと何かのありかを示している。特に最後の『石を動かさねば命はない』は、比喩的に言っても危険と隣り合わせであることを意味している。気は抜けない」
「そうだな。今から行くのか?」
「いや、もう暗くなったことだし、明日にしよう」
「分かった」
二人は、階段をそのままにしてキャンプ地へと戻った。どうせここにいるのは、彼らと原住民達だけだから、特に心配することもないのだ。
それから二人は、メインテントで夕食を食べ始めたのだが、やはりエグバートは、スープ一杯とハンバーグを半分だけと、別のことに神経が集中していて食欲が湧かなかったようだ。そして昼食同様、ピウスは彼の残したものに加え、スープ三杯と木の実のデザートなどを、これでもかとかっ食らっていた。どうやら既に、お祭り気分になっているようだ。
エグバートは、明日に備え、早めに就寝した。一方ピウスも、同じく床に就こうとしたが、その前に何処かへと連絡を入れていた。