最終回です。終わりをすっきりとさせることはできませんでしたが、まあそれぐらいの気軽さで、これからもこのブログではやっていこうと思います。
イアート Iaht
雄鯨 コハト 俺 →390kg→???kg
雌海豚 セリズン 私 →95kg→???kg
雄犬 レトワール 自分 →275kg→???kg
雌鷹 ルーパー あたし →65kg→???kg
雄蜥蜴 フォッシル 僕 →600kg→???kg
ルーパーがイアートに住むようになって二年。五人を生涯養える財産を手に入れたコハト家では、男女問わずに全員がぐうたらで食っちゃ寝の生活を送り、ぶくぶくと太っていった。例え彼女が元々痩せていたとしても、フォッシルと同じように、結果的に周りに影響されて肥えてしまうのだ。それにいくらフォッシルの体を洗う手伝いが重労働であるとは言え、最終的には、そのフォッシルと同じ身になってしまうようだった。
それを助長させたのだ、コハトだった。ついに彼も、一人でお風呂に入れなくなり、妻のセリズン、そして親友のレトワールに手伝って貰い、体に出来た脂肪の渓谷を洗って貰うようになっていたのだ。しかもそうなってしまうと、とたんに運動量が減ってしまうので、レトワールのように、体重増加に伴い、その重い体を動かすために運動量も増えて肥満の勢いが衰えるのとは逆に、それが加速してしまうのだ。
こうなると、フォッシルのような本物の「食っちゃ寝」に最終移行し始め、やがては彼と同じ、寝たきりならぬ座りきり状態になる。
しかしそれでも、コハト家には笑いと食事に絶えず口が動いていた。お金があるおかげで、手伝いを呼ぶこともでき、そのため例えどんなに太っても、動くこと意外では苦労しないからだ。
そんなコハト家にも、年に一度だけは、大変な時期が現れる。それは年始の体重測定だった。主に健康診断をするためが元来だったが、イアートでは肥満が当たり前なので、主催者たちも最近になり、とうとうその診断を諦め、とりあえず体重測定だけをするように変えたのだ。
その体重測定が、コハト家には師走以上の大変さ(そもそもここでは師走なんていうものはないが)を要した。そして今、まさにその体重測定が、行なわれようとしていた。
コハト家の玄関を入ると、右には部屋が並び、左手には、手前からバスルーム、キッチン、リビングとある。そのリビングより先には、裏庭がある。そしてそこで、体重測定が行なわれようとしていた。
これは、コハト家には、体重測定を行なう場所まで行けないものが複数人いるために、昨年から取り入れた出張サービスだったのだ。
元々はこのサービス、イアートに住む障碍者向けのものだったのだが、ようは体に不自由がある人向けということで、事実上、超肥満者もその類となる。そのため嬉しいことに、このサービスは有料ではありつつも、税金とともに徴収される僅かな料金なのだ。
その体重測定では、まず始めにルーパーが、体重計に乗った。アナログ式はもはやコハト家には通用しないので、針が回るところに、デジタル数字が表示される最新式になっていた。しかもその台には、「誰か」用に肘掛のない三幅対のスツールがあり、それを含めた大きさたるや、人が乗る体重計というよりは大型家電などの専用物と言えた。
「あらやだ……」
「どうしたのルーパー? また太っちゃったの?」とセリズンが聞いた。
「え、ええ……ああ、とうとうこの日が来ちゃったのね」
「まさか、3桁行っちゃったの?」
「そうなの。110kgですって」とルーパーは体重計から降りた。それほど愕然としていないさまを見ると、確実に彼女はイアートに馴染んで来ているようだ
「あなた、まるでフォッシル見たいね。私よりも太り方が早いんじゃない?」
するとレトワールが、得意のにやけ顔でこう言った。
「やっぱりフォッシルのことが好きだから、体もフォッシルとシンクロしちゃってるのかも知れないな」
「もう、レトワールったら。もしそうなったら、あたしの体はあなたが洗ってよね」
「か、勘弁してくれよ。自分は既に二人も担当してるんだぞ? 女性の体を洗うのも悪くはないが、もしそうなったら自分は過労死しちまう」
とは言いつつも、相変わらず笑って誤魔化すレトワール。彼の巨腹が、塊となって大きく揺さぶるだけでなく、あらゆる脂肪が漣となり、小さな波紋も起きていた。
「さてと、次は私ね」と、セリズンが体重計に乗った。
「あら、私は120kgですって。良かったわ、前回より太らなくなってる」
「じゃああたし、本当にこのままだとセリズンを抜いちゃうのかしら」と後ろからルーパー。
「そうね。でも海豚より重い鷹ってのも見物だわね」
「もう、セリズンまで……」
そうは言いつつも、ルーパーは最後に「うふふ」と笑いをもらし、セリズンもくすくすとしながら、体重計を降りた。
「んじゃ、次は自分か」とレトワールは、自ら体重計に乗り、彼女達とは違い、椅子に腰を下ろして体重を測った。
「330kgか……ふぅ、そろそろ自分も、あいつらみたいになりそうだな」そう言って立ち上がり、彼はちらりと座って待機中の鯨、コハトを見た。今やコハトは、昔のように大太鼓腹を持った堅肥りではなく、その後の筋肉太りのように、完全なる水太りになっていた。
「おいおい、お前も俺達の仲間だろ?」とコハト。
「なあに言ってるんだ。自分はお前みたいに、種族も分からなくなりそうなほど太ってはいないぞ」
するとレトワールに、コハトがいやらしく言った。
「へへ、そうは言ってられないぞ? 腹の肉が地面に着いてるのはいいとして、お前、自分の尻尾がどうなってるのか分かってるのか?」
「尻尾だって?」
レトワールは、さっと身を翻し、相手に尻尾を見せた。
「ほら、しっかりとここにあるだろ?」
「んじゃ、振れるか?」
コハトの挑戦に、レトワールは当然というように、犬の尻尾を振ろうと試みた。するとコハトがそれに、腹に手が届かないので、腹に腕を乗せるようにして大笑いした。
「ははは! お前、俺の目の前でケツ振って、デブモデルの女真似でもしてんのか?」
「ち、ちげえよ! あ、あれ?」
レトワールは必死に尻尾を振ろうとした。だがゆれるのは、たぷたぷとしたでかいケツだけで、しかもその反動と揺曳が身に沁みて感じ、ついに納得した。
「はあ、とうとう自分の尻尾も、肉に埋もれちまったわけか」
「まあ少しは見えるけどな、赤ん坊みたいで可愛いぞ」とコハトは、名残惜しそうに残るレトワールの尻尾を人差し指でぱたぱたと叩いて玩んだ。
レトワールは慌てるようにして振り向いた。
「やめろって、擽ったいだろ! まったく、ほら、コハトも早く体重を測れよ」
彼に言われ、コハトは、一度体を少し反らすと出来る限り体を前に倒し、しっかりと地面を踏むと、「ふん!」と勢い良く力んで、腰を重々しく、どうにか持ち上げた。
「ふぅーー……そろそろ俺も、フォッシルみたいになりそうだな」と言いながら、でくでくとゆっくり体重計に乗り、そしてどかっとスツールに腰を下ろした。丁度三つのスツールいっぱいに彼の尻が引かれ、その両サイドからは、垂れた脇腹がでろんとスツールの脚にまで到達していた。勿論腹部の肉襞は、地面に落ちて更に広がっている。
「えっと、体重はっと——480kgだって? そろそろ500kgに行きそうじゃねえか」
「はは、お前は尻尾だけじゃなく、体も動かせなくなりそうだな」
「へっ、その台詞はフォッシルに言ってやらないとな」
コハトは再び、少し時間をかけて立ち上がると、降りる時には少しレトワールに手を貸して貰って、体重計から降りた。
「それじゃ、次はフォッシルね。また今年も、大変になりそうね」とルーパー。
「ええ。でも大丈夫よ、フォッシルだけは特別にしておいたから」セリズンが気楽に言うと、コハトがそれに疑問を抱いた。
「特別、ってどういうことだ? いつものように、フォッシルを体重計に乗せればいいんじゃないのか?」
「だってあなた、昨年の彼の体重覚えてる? 820kgよ? つまり今年は、少なからず1tは行ってるはずだから、どう考えても私たち四人の力じゃ、梃子でも彼を立たせられないわよ」
「なるほど……それじゃあ、どうやってやるんだ?」
「あの鰐に教えて貰ったのよ。ベスト2のね」
「ああ、あいつか。テレビでしか見たことないが、確か昨年のフォッシルの体重で遂に降格したんだよな」
「そう。それで、今回の時のために彼に尋ねて見たの。ほら、彼は妻と二人暮らしでしょ?」
「そういえば……どうやって今まで、あいつの体重を測っていたんだ?」
「それがね——」
リビングで待機中のフォッシルの元に、四人が戻って来た。彼は先ほど、朝食にステーキ二十枚にピザを五枚平らげ、更にココナッツジュースを四リットルも飲んだばかりだというのに、間食にドーナッツを貪っていた。既に十個入りケースの二つが空になっている。
しかし彼の体は、それでも物足りなそうだった。なにせ彼は今、あまりに太り過ぎ、三人掛けのソファにすら座れなくなっていたのだ。そのために彼は、ルーパーとセリズンの向かいが定位置だったので、その場所のソファーを無くし、代わりにそれをレトワールの場所に置いた。コハトのソファは、とうに三人掛けの物になっており、残った二人掛けのソファ二脚はセリズンとルーパーの物になっていた。
そうなると、フォッシルの場所はどうなったかというと、なんと地べたにそのまま座っているのだ。元々ベッドではない敷布団が主流のイアートなどで、それでも決して問題はないのだ。
但し、フォッシルにはでか過ぎるお腹に体が後ろに仰け反られているので、どうしても背凭れが必要だった。そのために彼は、壁にある程度近づいた場所に座り、そこの壁と蜥蜴の尻尾を活かし、ずぶとくなってそれを背凭れにし、それを壁でささえ、そして180度近い開脚で床に座っているのだ。
おかげさまで、日に日に肥えるフォッシルの体は、徐々に奥と横に広がり、定位置から少し離れた場所なのに、既に彼の肉エプロンはテーブルの下にもぐりこもうとしたいのだ。その内、彼の腕を支えることで潰れながら広がる胸肉や、それを支える脇腹によって、壁の両端に達してしまうかも知れない。
だがそんな不安など、この国では考えない。不安なことは、その時になったら考える。それがイアート流だ。特にこのコハト家では女性も同等である。なのでフォッシルは、自分の前に扇状に広がる腹を利用して、腹テーブルとして大量の料理を載せているのだ。おかげさまで、食べ滓なども彼の体に全部落ちてくれるので、今ではお風呂代わりとなったタオルでの体拭きで掃除が一石二鳥となり、手間も省けてセリズンやルーパーも大喜びしている。
「フォッシル、ちょっと横、失礼するわよ」
すると四人がかりで、まず彼の左側の脇腹を持ち上げながら、更に奥に手をやってそれを持ち上げ、彼と床のあいだに一枚のシートを挟んだ。更にもう一度、それを置くまで差し込むと、今度は反対側に回った。
「ねえ、何してるの?」
「いまからあんたの体重を測るのよ。まったく、あんたがここまで太っちゃったから、こうしないと体重が測れないんだって」とルーパーが教えた。
「あはは、ごめんごめん。お代わりもらっていい?」
「まったく、懲りもしてないのね」
やはりここでも、その言葉と裏腹に彼女は楽しそうにしていた。
そして再び四人で、右側のフォッシルの肉の山に手をかけ、持ち上げながら奥に手をやると、先ほど反対側から通したシートを引っ張り出した。予めある程度余裕を持たせてシートを下に入れていたおかげで、そこからシートを張るまで伸ばすと、丁度フォッシルの脇腹の先端までやって来た。
「ふぃー、これは大変だな。でもこれだけで体重が測れるのか」とコハト。
「そうよ、あとは四隅にある紐を上のアームに括りつけて終わりね」
そう言ってセリズンが、庭にある体重計に備わっているアームを、窓を前回にしたリビングの中にまで伸ばし、そこに紐を括りつけた。同じようにしてコハトやレトワール、ルーパーも紐を括りつけた。
「それじゃ、測ってくるわね」と言ってセリズンが、裏庭に出て、何やら体重計を操作し出した。するとアームがゆっくりと持ち上がった。
すると、弛んでいた紐ピンと張り、やがてシートに乗ったフォッシルを持ち上げようと、一瞬ぎちぎちという音がなったかと思うと、次の瞬間、アームと紐に引っ張られ、シートに鎮座するフォッシルの巨体が持ち上がったのだ。同時に彼の体は、重心部分が深く沈み、まるで座っている部分の床を重みで突き破って、尻だけ挟まった逆への字型になった。さすがにちょっと苦しいのか、もしくは、変な体勢にあらゆる脂肪から押さえつけられているのか、彼は食事の手を休め、静かに体重を量り始めた。
しばらくして、測定が終わったのか、アームが再びおり、やがてゆっくりと、フォッシルの体勢は元に戻り始め、それと同時に、再びドーナッツを食べ始めた。そしてリビングに、セリズンが戻って来た。
「予想通りだったけど、やっぱり大変なことよね」
「どうしたんだ、もったいぶらないで教えてくれよ」とコハト。
「まさか、やっぱり1tとか?」とレトワール。
「ええ——1070kgだって」
四人は、一応考慮していたとは、さすがに口をぽかんとあけてしまった。フォッシルも口をあけていたが、それはドーナッツを食べるためだった。その姿を見たルーパーは、彼に言った。
「もうあんた、1tを更に越えたっていうのに、全然気にも留めてないのね」
「うん。それとさ、お代わり頂戴よ。もう空っぽ」
フォッシルはそう言って、三つめのドーナッツの箱を逆さにした。ドーナッツの欠片や滓がぽろぽろと落ちた。まるで赤ん坊みたいな行動に、四人はげらげらとし、まだ腹を抱えられるものはそれを抱え、それ以外のものは、突き出たお腹に手を乗せて笑い声を谺させた。
「お前はほんと、可愛いやつだよな。赤子みたいだぞ」
「何言ってるんだコハト、お前こそその内、こいつみたいになるんだぞ?」
「レトワールもよ。まったく、あんた達のようなジャイアント・ベビーのお守をする私たちの身にもなってよね」とセリズンは言いつつも、ルーパーがキッチンの業務用冷蔵庫に足を運び、そしてそこから、ドーナッツの箱を三つ手に取ると、それを空箱と取り替えて、フォッシルの腹テーブルに置いたのだ。
「でも、そんなあなた達だからこそ、私たちは好き見たいね」
「だろう? ほらほら、俺も疲れてお腹が空いたからご飯が欲しいバブー」
「ぷっ——もうコハトったら。ほら、なら早くテーブルに着きなさい。どうせレトワールもそうなんでしょ?」
「お察しの通りでしゅ」
セリズンは大笑いして、そしてソファに着くコハトとレトワールと爆笑しながら、昼前の間食の準備をした。
「それじゃルーパーは、いつもの通りでお願いね」
ルーパーは頷いて、同じく食事の準備をした。セリズンとは違い、彼女は今や、フォッシル専属となっていた。
初めてフォッシルの体を洗ってあげた時から、益々彼女の母性本能は強まっていた。そしていつしか彼女は、一人で彼の世話をすることになっていた。なので、力仕事をレトワール辺りに任せることはありつつも、出来る限りのことは、彼女一人でフォッシルの世話をするようにしたのだ。二人の関係を知っているので、コハトやセリズンやレトワールも、多い喜んだ。
こうして、コハト家の新しい一年が始まった。勿論、今年も笑いと体重増加が絶えることはなかった。
完