イアート Iaht
アサイリーマ Acirema
セイジェヴ・サル Sagev Sal
雄鯨 コハト 俺 →300kg→350kg→???kg
雌海豚 セリズン 私 →80kg→???kg
雄犬 レトワール 自分 →220kg→250kg→???kg
雌鷹 ルーパー あたし 50kg→???kg
雄蜥蜴 フォッシル 僕 →65kg→185kg→400kg→???kg
ルーパーはここのところ、気が気でなかった。もちろん、フォッシルのこと(心配とはまた別のこと)もあったが、一年前アサイリーマで発生した金融危機の不況で、彼女が勤める会社もとうとう危うくなってきていたのだ。
もともと、どの会社もその不景気によって手厳しい状況にあり、彼女がようやくみつけた仕事先も同じ状態だったが、それでも彼女は願った気持ちでここに入ったのだ。
しかしやはり、一年も経てば、段々と生きれる会社と生きれない会社の明確さが浮き彫りになり、昼食の合間の女達の会話にも、その不安が滲み出ていた。
「——それでね、私、この会社を辞めようと思うの。倒産してからじゃ遅いだろうし」と細身の鮫が、最後の一口となったサラダのレタスを、惜しそうにフォークで突付きながら玩んだ。
「うーん、やっぱりそのほうがいいのかしらねぇ。あたいも、少しは考えておかないと」と太身の猫。彼女も追加で頼んだショートケーキに、まだ手をつけていなかった。
「あたしも、どうしようかずっと悩んでるのよね。でもそしたら、次はどこに行けばいいのか……」
ルーパーも不安そうな表情を浮かべているが、同じく追加したデザートを食べる手は止まっていない。
「そうなのよ。仮にここを辞めたとしても、新しい仕事を先を見つけるなんて、こんな不景気の中、絶対に難しいもの」
鮫が、ようやく最後のレタスをフォークで刺し、口へと運んだ。しゃりしゃりという活きのいい音が、活気ないこの場所ではより際立った。
「でも、突然クビだなんて言われるかも知れないし、そう思うと、自分から辞めておいた方が準備は良いわよね」と猫は、ケーキの外側を手で掴むと、大きく口をあけて一口で頬張った。
ルーパーも彼女達に倣い、残りのデザートを一気に口に入れた。
その後、仕事場に戻った三人は、普段どおり仕事を始めた。だがその中で、ルーパーが突如、社長室に呼ばれ、彼女は先ほどの昼食での会話を思い出し、不安があふれだした。
彼女は、社長室の扉をノックした。中から社長の声が聞こえ、彼女は自分の名前を告げると、入っていいぞと言われ、静かに中へと入った。
「失礼します……」
中には、社長であるイグアナが、大きな椅子にもたれかかっていた。だがそれとは裏腹に体は小柄なので、非常にアンバランスになっていた。
「ルーパー、一つ聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんでしょう?」
「ここのところ、君の仕事ぶりは、如何なものかな?」
「え……そ、それは、しっかりと業務を果たしています」
「そう、か。それならいいんだが——」
するとイグアナ社長は、ゆっくりと腰を持ち上げた。
「——おっと、一つ話して置かないといけないな。恐らく仕事場では噂になってるかも知れないが、この会社も、あのショック以来不況の煽りを受け続け、ここのところ経営が厳しくなってきているんだ」
ルーパーはつばを呑み込んだ。
「言ってることが、分かるか?」
「は、はい」
「つまりだ。このままいけば、この会社はやがて倒産してしまう——だから一つ、手を打たなくてはならないんだ」
まさか、あんな悪い予想が的中してしまうのと、ルーパーの鼓動はどんどんと早まって行った。
「簡潔に言えば、誰かを解雇するんだ。そしてまず初めに……そう、君にここを辞めてもらおうと思ってね」
「な……な、なぜです!? あたしは、しっかりと仕事はしていますし、そんな、急に辞めてくださいと言われましても!」
「確かに、そうかも知れない。だが、長くこの会社を維持して行くためには、確実な社員を残して行きたいのだよ。業績もそうだが、信頼も必要だし、そんな部下が長くいて欲しいゆえ、健康面も考えなければならない」
健康という言葉に、ルーパーはどきっとした。そのことについては、自覚を覚え始めていたのだ。
「で、でも、その……失礼ですが、あたしの他に、誰かいなかったのですか?」
「色々と比較したよ。一番は、君も知っているあの猫だ。太っているし、健康面が非常に心配だ。だが彼女の業績は、トップと並ぶ勢いだ。しかし君は、業績はいかんせん伸びていないようだし、最近太ってきているだろう? 彼女と比較すると、君は健康面で——」
「そ、それだけで、クビ、なんですか? でも業績なら頑張ってあげます! だから、お願いですから——」
ルーパーが社長に話に割り込むと、彼は大きく咳払いをした。そして彼女を見つめ、何もかも知っているような鋭い目つきで、彼女を見据えた。
「君は、健康面で『も』問題はあるが、もう一つ、会社にとっては重要な部分を見つけてしまったのだよ」
「そ、それは……なんなのですか?」
「仕事中、最近の君は、やけに間食が多いと聞くが?」
その言葉で、ルーパーは「あぁ……」とため息まじりに項垂れた。そういえば、気が付かなかったが、ここ最近は、仕事中に良くお菓子を摘むことが増えていた。そのことも、同僚達に言われていたが、全然気にも留めてなかった。
「あの猫は、見た目はあんな体をしているが、仕事の際は一途になってくれる。だが君は、そうやってお菓子をつまむことで、集中力を欠いているとは言えないか?」
ここまで言われてしまえば、彼女は反論出来なかった。ただ、こうべをたらし、立ち尽くしていた。
イグアナは、彼女の目の前に立ち、そして言った。
「君は、クビだ。もう帰って構わないぞ」
ルーパーは、頭をたらしたまま静かに会釈し、そして社長室を去った。
仕事場に戻り、見つめるルーパーは、荷物を纏め始めた。幸い、いつもの同僚二人は、コピー機を使いにオフィスを離れているようだ。
(これなら、何も言われないで帰れるわね……)
ルーパーは、今誰とも喋りたくはなかった。なので気付かれないよう、静かに会社をあとにした。
ルーパーが自宅に帰ると、一件の留守電が入っていた。珍しいわねと、彼女はそれを再生した。
『——ルーパーか? 久しぶり、コハトだ。いやさ、すんごい奇跡が起きたんだ。二回目だよ二回目。まったく信じられない——まあとにかくさ、家に帰ったら電話を入れてくれ。今アサイリーマのホテルにいて、電話番号と部屋番号は……』
彼女はその電話番号をメモると、音声が終わってから、それに電話と部屋番号を入れた。
すると、フォッシルの言った通りホテルと電話が繋がり、彼女は部屋番号と、そしてコハトの名前を伝えると、そこへ回線を繋いだ。
『——おお、ルーパーか?』
「は、はい。お久しぶりです、コハト。それで、何かあったんですか?」
『それがさ、二回目なんだよ』
「二回目って、留守電にも入ってたけど、どういうことなんです?」
『いやさ、フォッシルもそうだが、俺もそろそろ体が重くなりはじめたからさ、最後って、またアサイリーマへレトワールと来たんだ。それで、セイジェヴ・サルでカジノで遊んだわけよ』
すると、彼女はセリズンから聞いた話を思い出した。
「ま……まさか、また大当たりしたんですか!?」
『そうなんだよ! それでさ、もし時間があるなら、これから一緒にイアートへいかないか?』
「えっ……、で、でも……」
『やっぱり、仕事で忙しいか?』
「い、いえ……その……」
『なんだ、何かあったなら教えてくれよ。俺が手伝ってやるからさ』
なぜだろうか。コハトと話していると、同僚達には知られたくなかった辞職のことを、全然伝えても構わないように思えた。まるで、彼が言ってくれたように、家族の一員であるかのように。
「……その、実は……さっき、あたし、会社をクビになったんです」
『クビ? そりゃまたどうして?』
「なんだか、最近不景気で、あたしの場合業績があがらなくて、それなのにちょっと太り初めて間食もあって、健康面もダメだなんていわれちゃって」
『はははは! そういやルーパー、最近太り初めてたもんな』
どうして真剣な話をしているのに笑われたのか。でも不思議と、ルーパーも笑いをこぼし、それがいやじゃなく寧ろ快感に近かった。
「でも、これからどうしようか悩んでて」
『そう、か……ならいっそ、俺ん家に住めばいいんじゃないのか?』
「えっ! で、でも……それはさすがに迷惑じゃ?」
『何言ってる。お前の部屋も用意したんだし、また大金が入ったんだ、そんな心配は御無用さ。何よりあの食欲魔人のフォッシルを住まわしたんだ、ルーパーぐらいなんて大したことないさ』
(もしかして、フォッシルは仕事がなくて、こんな感じでイアートに行ったのかしら。でもそうなると、あたしも彼みたいになっちゃうのかも——いやでも、女性だからセリズンみたいに歯止めは利きそうね。でも、本当に向こうで暮らすようになって、いいのかしら……)
『何悩んでるんだ? こっちにはフォッシルが住んでるんだし、同居することにためらいはないだろ?』
「た、確かに、そうですよね」
『うっし、なら早速行こう。ついでに永住権もとっちまえばこっちのもんよ。んじゃ、あとは——』
コハトとそれからのことを話したルーパー。そして色々と手続きを行ない、集合場所も決めた。今回は同じ空港を利用できるということで、彼女はここアサイリーマで、コハトたちと合流することになった。
翌日。本当に必要なものだけをもち、彼女は空港へと向かった。そして指定した待合場所に着くと、いくらアサイリーマが肥満しているとはいえ、その中でも突出した肥満の二人が並んでいるのを見て、しかもそれが鯨と犬と分かり、すぐにあの二人だと分かった。
「コハト! レトワール!」
二人は振り向いた。ここで買ったと思われる服を着ているが、相当食い歩いたに違いない、新品と思しき服がすでにぱつんぱつんだった。レトワールの場合は体毛が食み出ているようにも見えるが、コハトの場合は毛がない分、明らかに体そのものが食み出ていた。
アサイリーマでは、彼らよりも太った人が一応はいるので、それ相応の服のサイズがあるのだが、それを着ていないということは、即ちもともとはちゃんと着れた服なのであろう。
「ひさしぶりだなルーパー。確かに、更に丸くなったな」とコハト。
「昔聞いたことがあるぞ。どれだけ離れていようと、親友とか、とにかく親密な関係にある人同士は、8〜9割型肥満が感染するんだと。なら今のフォッシルを見れば、今のルーパーも納得できるな」とレトワール。
「そ、そんなにフォッシルは凄いですか? それにしても、その彼は今どこに?」
「ここへは来てない。というより、乗れないんだよ」
その言葉に、一瞬どういうことかと考えたルーパー。だがその意味を、すぐに悟った。
「そこまで彼、太っちゃったんですか?」
「ああ。もう今じゃ、食欲魔人じゃ言葉があまるほどさ」とレトワールがにやにやとしていた。どうやら面白くなってしまうほど、フォッシルが変わってしまったということなのだろう。
「とにかく、券はもう買っておいたから、早速行こうか」
コハトから航空券を受け取り、ルーパーとコハトとレトワール、計三人は、イアートへと飛行機に乗り込んだ。
やがて、イアートに着くと、そのままコハトの家に向かった。そしてそこに着くなり、ルーパーはまず、出迎えてくれたセリズンが、前よりもふっくらしたことに気が付いた。というより、誰でも気が付いた。果たして彼女は、悩んでいた3桁に到達してしまったのだろうか。
それからルーパーは、三人に従いリビングへと向かった。移動中にコハトやレトワールが口々にもらすフォッシルの変化振りを、今では心配なしに興味を抱きながら。