イアート Iaht
アサイリーマ Acirema
ネイパージ Napaj
雄鯨 コハト 俺 →300kg→???kg
雌海豚 セリズン 私 →80kg
雄犬 レトワール 自分 →220kg→???kg
雌鷹 ルーパー あたし 50kg
雄蜥蜴 フォッシル 僕 →65kg→185kg→???kg
朝。リビングのソファーで寝ていたルーパーは、台所から聞こえる調理音に目を覚ました。
「あら、ごめんなさい。起こしちゃった?」
料理をしながら、セリズンが言った。片手は、器用に肉に串を刺したりしており、もう片方の手ではなぜか電話の子機を持っていた。
「いえ、大丈夫です……あの、セリズンさん? もしかして会話中でしたか?」
「えっ——あー、この電話は違うのよ。出前を取るために、さっき電話をかけてたの。ほら、コハトやレトワールもそうだけど、フォッシルなんかは特に大食いじゃない? だから昨日も言ったけど、こうやって出前を取るのよ」
ならわざわざ両手で器用にやらなくても、とルーパーは思った。けど量が量だし、これぐらい効率化を測らないとだめなのかしらと、寝起きの羽繕いをしながら考えた。
「……ねえ、ルーパー。あなた、フォッシルのこと、どう思ってるの?」
「えっ?」とルーパーは、思わず嘴を止めた。
「あなた、フォッシルが好きなんでしょ? でも、あの驚きようから見ると、昔の彼が好きだったのね」
「え、ええ……」
「今はどうなの? やっぱり、太り過ぎちゃって、複雑な気持ちになってるの?」
「そう、ですねえ……」
色々と悩んだルーパー。確かに彼の体型も悩みの種である。だが昨晩の食事で、彼女は昔と同じ、ときめきのような感覚を覚えており、それが果たして過去の物と同等なのか、検討をつけようとしていたのだ。
「もう少し、待って見ないとわからないです」
「そう。それじゃあそれまでは、ゆっくりしていきなさい。それに母国に戻っても、いつでも来ていいわよ」
「そんな、それはさすがに迷惑じゃないですか?」
「大丈夫。私たちは気にしないわ。フォッシルは家族と同じだし、そんな彼と恋人なら、快く受け入れるわよ——それになにより、私は基本的にずっと家にいるからね」
「でも、買い物とかはしないんですか?」
「昔はしてたわね。でも今じゃ、食材を持ち帰るだけでも大変だから、配達サービスを使って食材はもらってるの。それになにより、あなたも見たでしょ、あの体の大きな三人の男」
ルーパーは頷き、セリズンは言葉を続けた。
「あんな大男を三人分、部屋を掃除したり料理を作ったり。とにかく時間がないのよ」
それにルーパーは思わず納得した。そして、ふとこう尋ねて見た。
「……いやになったり、しないんですか?」
「いやって?」
「だって、その、失礼かも知れないんですが、あんなに太っていると、色々と本当に大変でしょうし、それでも家事とか、いやになったりしないんですか?」
「私は、しないわね。正直言うとね、あの三人は私にとって、ジャイアント・ベイビーみたいなものなのよ」
「じゃ、ジャイアント・ベイビー、ですか?」ルーパーはたまらず片翼で頬を掻いた。
「そう。ここの男達は、仕事もしないで気ままに生きてるでしょ? それって、赤ん坊みたいじゃない。けど赤ん坊だからこそ、私としてはそういう目でしっかりと世話をしてやりたいのよ。それが義務だとも思ってるわ」
ルーパーは、ゆっくりと頭を下げ上げした。
(これも、あの母性本能なのかしら。そう考えると、やっぱり昨日の夕食の時のあの感覚——昔と同じところから来てるのかしら……)
彼女がそんなことを考えていると、キッチン近くの部屋から「どん!」とものすごい音がした。彼女は慌ててそっちに目をやった。
「あら、どうやら夫のお目覚めのようね。驚かせてごめんなさいね、彼、体が重いせいもあるんだけど、敷布団から立ち上がるとき、癖で床を強く踏んじゃうのよ」
セリズンの説明に、ルーパーは今更ながら驚いた。それは夫の癖ではなく、敷布団ということだった。ルーパーの国、アサイリーマではベッドが主流だが、どうやらこのイアートは敷布団のようだ。なるほど、だから太っていても動ける身なのかと。
ベッドの場合、太っていても、体を揺さぶって足を下ろしてしまえば、あとはふんばって立ち上がれば良い。だがそういうアサイリーマの人たちは、いざ床に転んでしまったとき、自ら起き上がることができないのだ。それは膝を曲げた状態から起き上がるのが一番楽だからである。
そして、ルーパーが昔ホームステイで訪れたネイパージは敷布団が主である。敷布団の場合、事実上床に寝転がっており、立ち上がる際は、ベッドに寝ているときよりも力を使う。それにもしその人の体に大量の脂肪がついていれば、膝をいったん曲げる動作が、体のお肉によって阻まれ、すっくとは立ち上がれなくなる。
用は、ベッドよりも敷布団の生活の方が、肥満——特に太った人たちには苦なのだ。しかしそれがメインのイアートでは、常日頃そのようなことをしているので、アサイリーマよりも少なからず太った体には強いのだ。
そういえばルーパーは、このイアートを訪れたばかりの時、道を尋ねる前に、床にごろりと寝そべる巨デブを見かけていた。動くのも億劫なのか、近くの店の女性(ここでは当然なのだが)店員に料理を持ってこさせて食べていた。もしこれがアサイリーマだったら、きっとそのあと、自分のお腹と葛藤を繰り広げるに違いない。だが彼女が最後に見た時のその巨デブは、たしかに一度、ごろりと俯せになることが必須であったが、そこからは両手を使い、慣れた手つきで立ち上がったのだ。数々の大肥満をアサイリーマで見てきたルーパーが知る限り、大概はそのあとややバランスを崩してしまう。だがここイアートでは、その乱れすらなかったのだ。
「おう、おはよう。どうだ、ここの生活にはなれたか?」
色々と思案していたルーパーに、コハトが声をかけた。ふと我に返った彼女は、少し遅れて「は、はい」と答えた。
コハトは、いつもの二人掛けようのソファーにどっかりと腰を降ろし、食事ができるまで、数キロはあるバスケットにはいったドライフルーツをつまみ始めた。
その後、レトワールが目を覚まし、同じように定位置に座るとドライフルーツを食べた。そして最後に、フォッシルが、巨体をゆすりながら部屋から出て来た。
「おはよう〜」
「おっ、ついにお目覚めか、食欲魔人」とコハトがいやらしく言った。
「やめてよその言い方。コハトだって同じじゃん」
「何言ってるんだ、たったの2年で300キロ以上太るやつがいるかよ」
それに驚いて、ルーパーが「えっ!?」と口に出してしまった。
「……あの、コハトさん? それって、本当なんですか?」
「ああ。新年を向かえると、ここイアートでは国民に無料で健康診断を行なうんだ——まあ俺も含め、大概は太り過ぎだって言われるけどな」と、そんな肥満を笑い飛ばすように彼は言った。
「その時全員で体重も測るわけだが、自分はまあ30kg太って250kg。このコハトは50kgも太りやがって350kgになったんだ。たったの一年で、ここまで太るとは、やっぱり金持ちになると贅沢するんだろうな」
しかしその反省の色など微塵も浮かばせず、レトワールも笑いながら教えた。
「そ、それで、フォッシルは何kgなの?」
すると、フォッシルがいつものソファーに、どすんと背凭れに倒れかかり、そして「ふぅー」とため息をもらすと、笑いながら答えた。
「400kgだってさ。ここイアートじゃベスト5に入るって言ってたよ」
「よ……よん、400、kg?」
フォッシルは頷いた。彼もやはり、全くもってその体重を気にしていなかった。しかし昨日とは違い、ルーパーは驚いたものの、そこまで愕然としなかった。もう既に、その重さにはなれてしまったというのか。
「みんな、朝ごはんができたわよ」
そういってセリズンが、いつものワゴンを押して料理を運んだ。そこには、昨日とまったくもって同じ、サテとサークー・ガディ、そしてコハトやレトワールがアサイリーマで虜になったのか、ピザやドーナッツまでもが出されていた。
男三人は、その料理に思わず涎をすすり、そしてセリズンがルーパーの横に座る前に、さっそく料理に手をつけ始めた。
「……セリズンさん。あの、一つ質問があるんですが?」
「なに? あ、それと『さん』付けはもう要らないわよ」
「そうそう。ルーパーはもう、俺達家族の一員だからな」と、コハトは口に肉を頬張りながら、脂をたっぷりと口周りにつけて言った。それに続いたレトワールも同様にした。
「えっと……それじゃあ、あの、セリズン? あの、実はあたし、一週間の休暇を取っているんです。だから少なからず、今週中には帰らないといけないんです」
「あら、そんなに早いの?」
「はい。それで……また、ここに来ていいですか?」
「勿論よ! さっきもいったけど、私はもう家を離れられないから、いつでも来て頂戴」
ルーパーは、深々と頭を下げてお礼を言った。
「それじゃルーパー、朝食を食べましょう。早くしないと、せっかくの美味しい料理が、三人の胃袋に吸い込まれちゃうわ」
セリズンの言葉に、ルーパーは微笑を浮かべて頷き、そして料理を食べ始めた。
それから、一週間。ルーパーは、イアートの女性として、男達が朝食後、夕方までのいつもの談笑と飲み食いに行っているあいだ、セリズンの家事を手伝うことにした。それにはセリズンも大喜びで、長年ぶりにゆったりと昼休みをとり、そして昼寝もすることが可能となった。さらに同性のルーパーがいることもあり、静かな昼でも家内で談笑ができ、暇を持て余すことが出来たのだ。
そんな中を、ついにルーパーは一時帰国することになった。するとセリズンと、あの大食い三人衆も一緒に来ており、ルーパーは彼らに「あつい」ハグをされたあと、見送られながら、元の国アサイリーマへと帰国した。
「ねえルーパー。あなた、菜食主義者とかいってなかったっけ?」
仕事のあいまの昼食。同僚の女達と一緒に食べている中、一人のスレンダーな鮫が尋ねた。見るとルーパーが食べているものは、いつもの野菜料理とは違い、鷹らしいステーキだった。さらにデザートに、ショートケーキを一つ加えていた。
「なんだか最近、こっちの方が性に合ってるような気がして」
「ふーん。でもまっ、ルーパーは鷹だから、普通は肉よね。でもケーキも食べちゃうなんて、大丈夫? 最近ちょっと丸くなって見たいだし」
確かにルーパーは、ほんの少しだけ、脹よかになったようにも見える。だが羽を膨らますこともある彼女だからか、あまり違いは見受けられないとも言えた。
すると、同じく同僚だが、200kg近くはありそうな大柄がこう言った。
「大丈夫に決まってるじゃない。あたいなんか、ドーナッツ十個も食べてるんだから」
「もう、あんたは別よ。大体そんなに食べるから、そこまで太っちゃうんじゃない」と鮫。
「何言ってるの。あたいの魅力はこの豊満なボディー。これで何人の男を落として来たことか」
そういって猫は、片手を後頭部にあて、上半身を左、右へと動かし、モデルのようなプロポーズをした。そんな冗談(本人がそう思っているのかは不明だが)に、鮫とルーパーは大爆笑。
その時ルーパーは、すごく気持ちが良かった。普段はそれほど、盛大に笑わないのだが、今回は不思議と心の底から笑い、そしてそれが、本当に心地よかったのだ。
イアートを訪れて以来、何かが変わり始めたルーパー。そして夏季休業の日、彼女はセリズンに言われた通り、再びイアート空港へとやって来ていた。だが前とは違い、荷物が格段に少なくなっていた。それは、ここイアートでは仕事以外に服を着る習慣がないためであり、前回はそのことを知らず、着替えをびっちしと持って来ていたのだ。だから今回は、今着ている服以外のものは持たず、必要最低限のものだけを持って来ていたのだ。
そんな彼女は、すでに道は覚えていたので、町中によらず、空港からそのまま道路を進んで、コハトの家へと向かった。現在の時刻は昼。きっと家にはセリズンしかいないんだろうなと考えつつ、再びやって来たコハトの玄関の前で、彼女はおもむろにベルを鳴らした。
少しどたどたと足音が近づいてきて、そして扉が開いた。
「——あら、ルーパーじゃない! 久しぶり、半年振りぐらいかしら?」
「はい。あの……お邪魔しても、大丈夫ですか?」
「お邪魔どころか、泊まって行っても構わないわよ。どの道ここに泊まる予定だったんでしょ?」
「ええ、その、はい」
「素直に言っちゃっていいのよ。ささ、あがって」とセリズンは、ルーパーを家の中にあげた。
「そういえば、セリズン。この夏、海にいったりはしないんですか?」
「そうねえ。まあ一応、コハトも私も海洋系の種族だけど、もういかないわね。だって見たら分かるでしょ、どう考えても海より食って感じだし」
「あはは、確かにそうですね」
「本当よ。おかげで私、また少し太っちゃった見たいだし——次の年初での体重測定、3桁いってたらどうしようって思うもの」
「でも、あまり気にしないんですよね?」
「いいえ、少しは気にするわよ。だって一応女性だし、仕事をする必要が出てくるかも知れないからね」
あー、そういえば……とルーパーは思い出した。コハト家はお金があるからいいとして、本来のイアートの家庭は女性が働くもの。彼女達が太っていないのは、確かに夫などの男達に食事を持っていかれるのもあるが、仕事をするために体型を維持しなければならないという理由もあるのだ。
(なるほど、セリズンは女性として、夫のようなぐうたら生活を一貫させるのは遺伝子的に無理なのね)
そんなことを考えていたルーパーに、セリズンがこう聞いて来た。
「そういえば、あなたもちょっと、半年前よりふっくらしてない?」
「えっ? うーん、そうですか?」
「羽がね、あるから分かりづらいけど、私にはそう見えるわ」
そういえば、毎日のように会う同僚とは違い、彼女とは長らく会っていない。だから少しの変化も、同僚よりは気付きやすいのかも知れない。
「でもまっ、ルーパーはまだまだ大丈夫よ。それと、昼食はもう食べたのかしら?」
「いえ、まだなんです」
「なら前みたいに食事をしましょ。あんまり女性同士で、しかも昼間に話すことなんでてきないし」
セリズンが楽しみにしていたようで、わずかにだが声が弾んでいた。家から出られない彼女は、朝と夕方の二回、大きなジャイアント・ベイビー三人の子守をしなくてはならない。だからきっと、ルーパーにしては当然の昼の会話も、彼女にしてみたら貴重なのであろう。そう悟りながらルーパーは、うんと頷いた。
「それじゃ、新しい部屋を作っておいたから、今回はそこを使って頂戴」
「えっ!? ま、まさかあたしのためにわざわざ?」
「当然よ。あなたは絶対に戻ってくるって分かってたし、それなら今度は、さすがにリビングのソファには寝かせられないと思ってね」
ルーパーは「ありがとうございます!」とお礼を言い、そして案内された自室に荷物を置くと、イアート風に服を脱いで、用意された昼食と共に、セリズンとリビングで談笑を交わした。
やがて、半年前と同じように家事と炊事をしていると、日暮れ前に、例の三人が帰って来た。
「戻ったぞ。……ん、おお! 久しぶりだな、ルーパーじゃないか」
コハトが、久しぶりの再開にルーパーと挨拶をハグで交わした。その大きな高さと、前よりも広がった幅に、彼女はまるで、彼のウェストを測るような形で両翼を脇(そこまでしか届かないのだ)に回した。柔らかい脂肪の感触が、甚だ気持ちが良かった。
次にレトワールも、同じようにして再開を体で示した。しかしコハトとは違い、犬なので毛があるため、ふさふさな感じを一瞬味わったあと、身長が同じくらいだったので、彼の更に膨れて垂れ下がるお腹に乗るようにしてハグをした。
そして最後に、フォッシルの番だった。彼は明らかに以前よりも太ったことが目に見えており、お腹はとうとう地面に達し、それを引き摺ったまま歩くようになっていた。そしてそんな体を支えるため、脚は一段と太くなっていた。それは筋肉の影響もあるが、やっぱり脂肪が大量についていたので、股関節周りは脂肪の渓谷で入り乱れていた。
「ルーパー。わざわざ会いに来てくれてありがとう」
「当然よ。あたし、やっぱりまだあなたのことを恋人だと思ってるみたいだからね」
「良かったぁ。本当に助かるよ」
「助かる?」
「いやさ、最近そろそろテーブルに手を伸ばすのが大変になってきたから、前みたいに皿を持って来てくれると助かるんだ。コハトやレトワールはずっと食べてるし、セリズンは皿を入れ替えたりとかするから、手を休めたくないのに、どうしても食事の手が止まっちゃうんだ」
するとその言葉に、コハトが彼の肩を叩きながら言った。
「お前さ、そんな状態でここまで太ったんなら、もし手を休めなかったらどうなっちまうんだよ?」それにレトワールも続いた。
「そうそう。イアートBEST3にランクインして、彼ら見たいに太り過ぎで動けなくなるかも知れないぞ?」
「そうだなあ……でもやっぱり、食べることは止められないですよ。そのことは一番良く知ってるはずでしょ?」
コハトとレトワール同時に『もちろん』と答えた。それに、ルーパーも含めて五人が爆笑した。再び、あの楽しい一日が始まるのねと、彼女は知らずにわくわくとし始めていた。
そしてこの後、夕食を取り、そして五人はそれぞれの部屋で就寝し、朝になると、あのいつもの一日が始まった。
そんな楽しく過ごした日々も、あっという間に一週間が過ぎ、ルーパーは再びアサイリーマへと帰ることになった。すると前と同じように、四人から「あつい」抱擁を受け、イアート空港から飛行機に乗って母国へと戻って行った。