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イアート Iaht

アサイリーマ Acirema

ネイパージ Napaj

セイジェヴ・サル Sagev Sal

雄鯨  コハト     俺

雌海豚 セリズン   私

雄犬  レトワール  自分

雌鷹  ルーパー   あたし

雄蜥蜴 フォッシル  僕


「ここが、イアート……本当に、フォッシルが言った通りね」

 イアート空港を出て、少し先へと進んだ町を見て、ルーパーはそう独り言ちた。なにせ町中を見回すと、そこには太り気味だったり太っていたり、とにかく普通以下の体型が零に近い男達がのんきに談笑し、そんな彼らの食事を、女性達だけで準備をしているのだ。

 中には、路上脇で腹を出して寝そべる男性に、女が食べ物を持ってきてあげたりと、とにかく男達には「仕事」という言葉に無縁だった。

 こんな状況、現地人にとっては普通——だがルーパーが探している男は、ここではない、彼女と同じ母国から来た者。そんな人がここで暮らしたら、どんな風に変わり果ててしまうのか。それを見るのが怖かったが、彼女はそれを振り切って、どうしてもその人物に会いたいと思っていた。

 遡ること数ヶ月前。卒業した高校の同級生達と同窓会を開いていた時のこと。実はイアート以上に肥満が進行しているアサイリーマではあるが、男達だけが仕事もせず満遍なくに肥満しているのではなく、男女交々の体型でそれぞれが仕事をし、その中には痩せている人がいたりと、イアートとはまったく持って違う雰囲気である。

「——なあ、そういえばお前、結局彼女に告らなかったんだろ? あのあとどうなったんだ?」と、固太りの男。

「いやさ、やっぱり自分の気持ち伝えようと思って、そのあと彼女の家に向かったんだよ」そう痩身の男がゆっくりと答えた。

「おうおう! それでそれで、どうなったんよ?」

「……それが、引っ越ししちゃってて」

「引っ越し? じゃあ彼女の居場所が分かんねえってことか」

「いや、それで調べたんだよ。そしたらさ、彼女、ネイパージってところの大学に行ったらしいんだ」

「ネイパージ!? うわ、確かにあそこは寿司とか色々と有名だけど、言葉がなぁ……」

「そうなんだよ。思えば彼女、ネイパージ語の本いっつも読んでたんだよな。趣味とかで勉強してるのかと思ってたけど、まさか大学用にだったなんて」

「そうか、色々と、高校卒業するとみんな散らばっちまうんだな——そういえばや、女子たちはどうなんだ?」

 固太りの男の言葉に、ぽっちゃりの女が返した。

「私たち? そうねえ、私の場合、好きな子はいたけど、その人セイジェヴ・サルのディーラーになるって言ってて、実際そうなったらしいわよ」

「ああ、あいつか。どっかのおえらいさんの御曹子だから、そういう金の集まるところが好きなんだろ。んじゃ、ルーパーはどうなんだ?」

 ずっとだんまりしていたルーパーが、その言葉にハッとした。するとぽっちゃり女がこう言った。

「そういえばあんた、フォッシルが好きだったのよね?」

「フォッシルだって!? おいおい、あんなデブに興味があったっていうのか?」

 それにルーパーが、慌てて否定した。

「ち、違うわよ! 確かに、あのホームステイのあと、ぶくぶくと太っていったけど、でもあたしは、その前の彼が好きだったのよ」

「でもその頃だって、あいつ、すんげえ性格暗かったじゃん。口数も少なかったし、どこに惚れたんだよ」

「なんていうか……こう、助けてあげたい気持ちが最初だったのよ」

「あーあー、よくある母性本能って奴か。そういえばお前、ちょくちょくフォッシルのことを手伝ってたよな」

「ええ。最初はそれぐらいだったんだけど、なんだか段々、助けてあげるだけじゃ気が済まなくなって」

「そうか。でも今のあいつ、きっと更に太ってるぜ? きっとテレビで見るようなギネス級のデブにでもなってるんじゃないのか。そしたらお前も、さすがに手は出せないだろ」

 ルーパーは口を閉ざした。彼の言うとおりかも知れない。でもなぜだか、フォッシルのことを忘れられないでいた。彼が太って太って太り切っていたとしても、寧ろそれゆえに、母性本能か彼を助けてあげたい気持ちが益々強まったのだ。

 あれから数ヵ月後。会社に有給休暇をとらせてもらい、とうとう彼女は、ここイアートの地を踏んだのだ。幸いここでは、アサイリーマと同じ言葉が通用したので、あらゆる面で苦労は減っていた。

「あの、すみません」とルーパーが、道行く男に声をかけた。どうやら種族は鷲のようだが、スレンダーな鷹の彼女と比べると、三倍近く体が大きかった。

「なんだい?」声も低く彼が言った。

「実はあたし、フォッシルっていう蜥蜴の男を探しているのですが、ご存知ないですか?」

 すると鷲は「あーあー」と、思い出したように言って、彼女に教えた。

「フォッシルなら、コハトの家に住んでる」

「それじゃあ、そのコハトさんの家って、どこなんですか?」

 彼女は彼に道を教わった。そして彼にお礼を告げると、まっさきにそこへと向かった。居候しているということだと、余計に彼の様子が気になった。

 やがて、日も暮れようとし始め、そんな中、彼女は目的の家に辿り着いた。そして、一度玄関の前でごくりとつばを呑み込むと、彼女は玄関のベルを鳴らした。

 すると、どたどたと足音をならせ、玄関の扉が開いた。

「はい、どちら様?」

 現れたのは、なんとふっくらとした豊満な体を持つ、女の海豚だった。普通女性は、食べ物を男に持っていかれ、更に仕事三昧で、大雑把にいうとやつれたような体型が多い。なのにこの女性はその反対だったので、ルーパーはそういう家庭もあるんだなと思った。

「あの、あたしルーパーって言います。ここはコハトさんの家ですか?」

「ええそうよ。私は妻のセリズン。それで、なんのようかしら?」

「実はフォッシルを探してまして」

「あら、あの人のお知り合い?」

「え、ええ、その……まあ、そうです」

 少しもじもじと答えたルーパー。しかし同じ女同士だからか、セリズンはそれを見逃さず、なんとなく関係性を悟った。

「フォッシルは今、夫と、居候してる犬のレトワールと食事に向かってるわ。でもそろそろ日暮れだから、もう少しで戻ってくるわよ」

 すると、ちらりと右手を眺めたセリズンが、誰かを見つけたようだ。

「あら、噂をすればね。今夫が帰って来てるわ」

 しばらくして、鯨の夫コハトが、二人の元へとやって来た。

「ん、あんたは誰だ?」

 やはり夫も太っているなと思いつつ、しかし身長も高かったので、その威圧感にルーパーは少し萎縮しまった。すると代わりに、セリズンが答えてくれた。

「この方はルーパー。フォッシルの知り合いらしくて、彼に会うためにここに来たんだって」

「なんだって? てことは遥々アサイリーマから、ここへ来たっていうのか?」

「え、ええ……」とルーパーは頷いた。

 その時、少し遅れて犬の男、レトワールがやって来た。彼もまた何事かと尋ねると、今度はコハトがそれを説明した。

「ほうほうほうほう! そこまでするってことは、もしかしてルーパーは、フォッシルのことが好きだったりして?」

 レトワールがにやにやと冗談をもらすと、ルーパーは思わず頬を赤らめて、両翼を窄めて俯いてしまった。それにコハトやセリズンも相好を崩した。

 すると噂をすれば、そのフォッシルが、レトワールから更に遅れてやって来ようとしていたのをコハトが見て、ルーパーに言った。

「おお、来たぞルーパー。恋人の登場だ」

 ルーパーはハッと顔を持ち上げた。そこには、黄昏の夕日の光を浴びて、シルエットが移っていた。のっそのっそと、その人物は丸々とした巨体を、肩を左右に豪快に揺すりながら近づいてくる。そしてその度に、彼の下腹部がぶよんぶよんと波打つのが分かった。

 やがて、フォッシルなる人物が四人の元へ到着した時、ルーパーはその場で硬直してしまった。


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