イアート Iaht
アサイリーマ Acirema
ネイパージ Napaj
セイジェヴ・サル Sagev Sal
雄鯨 コハト 俺
雌海豚 セリズン 私
雄犬 レトワール 自分
雌鷹 ルーパー あたし
雄蜥蜴 フォッシル 僕
「うーん、でも、確かに、どうしようかな」
フォッシルは、自宅へと向かいながら、少しだけルーパーが先ほどいったことを思い出していた。このまま行けば、生活費が貰えなくなるし、今更大学にはいけないし——やっぱり仕事、せめてアルバイトでもした方がいいのかなぁと。
だが彼の体では、かなり厳しいところがある。果たして受け入れてくれる場所などあるのだろうか。
しかしそんな不安も、帰りの道端にある常連のホットドッグ店で、霧消した。
「すみません、いつものください」
「おお、ふとっちょのフォッシルか。五本だったっけな?」店主の鰐が早速、ホットドッグを作ろうと準備に入った。この店主はフォッシルより年が倍近く離れているが、体格は同じほど——つまりこの鰐も、体重が200キロ近くもある巨躯の持ち主なのだ。なのでお互い、初めてこの店で知り合ってから親近感たっぷりに、気さくに話しているのだ。
「いや、実は今日卒業式だったんで、お祝いにもう五本ください」
「ほほう! それならおじさんが、さらにおまけで五本追加してやるぞ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑むフォッシルを見て、店主の鰐も、同じ腹の持ち主としてその嬉しい気持ちは分かるので、同じようにして顔を綻ばせた。フォッシルは、コハトのように寛容がある人だなと思い、ふと一年強のホームステイを思い出した。そういえばコハトやセリズン、レトワールはどうしてるだろうか。
そんなことを考えていると、店主が紙袋にどさどさとホットドッグをいれ、それをフォッシルに差し出してきた。彼は笑顔でそれを受け取ると、代金を払って、ホットドッグを食べながら帰路についた。
家に着くと、珍しく留守電が入っていた。なれない手つきで、フォッシルはそれを再生した。
<よお、フォッシル。覚えてるか、コハトだ。実はな、お前の所のアサイリーマってところに、レトワールを元気付けようって一緒に旅行に来てるんだ。やっぱあの葬式のあとの食事でも、家に妻がいないと気分が沈みがちになるってレトワールが言ってな。だからセリズンに貯金してもらったんだ。
まあお前の家を訪れなくて悪かったが、とにかく今、お前の国でむっちゃいいことがあったんだ。ぜひ電話を返してくれ。電話番号は——>
そして録音メモは、連絡先を教えた。どうやらまだこの国にいるようで、言いことってなんだろうとフォッシルは、その連絡先に電話をかけた。
『はい、こちらレトーホテルです』
(ホテル……あ、そうか、ホテルに宿泊してるのか)
えっと、そこにコハトっていう鯨の人、泊まってませんか?
「鯨のコハト様ですね。少々お待ちください——はい、泊まっております」
「その人と話がしたいんですが……」
「かしこまりました。今回線を繋ぎます」
すると、軽快なメロディーが電話に流れ始めた。そして何秒かして、がちゃりと相手に繋がった。
『コハトだ』
「あっ、コハト? 僕だけど、フォッシルだけど」
『ああ、フォッシルか! いやあ、もうお前に連絡したくてさ』
「何かあったの?」
『それがよ、今俺達、セイジェヴ・サルっていう街に来てるんだけどさ』
「あー、カジノの街ね」
『そうそう——それでさ、俺達さっき、それで大当たりしたんだよ! 今日までプラマイ0で来ててさ、最終日で何かこないかと思ったら、もうそりゃ大当たり! これで一生生活できるぞ』
「本当!? 凄いね、どれぐらいあたったの?」
『50万だよ、50万』
「す、すごい! でもコハトは大食いだから、すぐになくなっちゃうんじゃない?」とフォッシルは、イアート流に冗談で言った。
『ははは、まあこのアサイリーマだとそうかも知れないな。だが幸い、俺達はイアートに住んでるからな』
その意味を、コハトは少しのあいだ考えた。
するとその時、はっとひらめいた。イアートの初任給は1万で、為替レートで言うとイアートが1に対してアサイリーマは0.03(これはホームステイ前に調べていた物である)。即ち30倍したものが、イアートでのお金となり、そう考えると、50×30=1500……なんとイアートの初任給の1500倍! これなら、冗談なしに、大食いのコハトやレトワールがいても、本当に一生生活できてしまう!
フォッシルは、驚きのあまり言葉が出ないでいた。
『まっ、とにかくそういうわけでさ、むっちゃ今最高の気分なんよ。それでそのノリで、お前をもう一度イアートに招待しようかと思ってな』
「えっ……でも、それはさすがに悪いよ」
『気にするなって。今の俺達は百万長者、いや、千万長者だからな。それにお前と一緒に三人で、また食事もしたいんだよ——それとも、何か用事でもあるのか?』
「う、ううん……実は、卒業したのはいいんだけど、大学に受験しなかったし、仕事も見つけてなくて」
『ん、確かアサイリーマじゃ、男が働くんだったよな?』
「そうなんだ。最初は気にしなかったんだけど、今、さすがにまずいかなって思い始めてたところ」
『はははは! それってちと遅過ぎじゃないのか?』
「そ、そうだよねえ、あはは。本当、コハトのところは羨ましいよ。仕事しないで生活できるんだし」
『だろう? 俺なんか、絶対にイアートを離れら——』
なぜか言葉を途切れさせたので、フォッシルが「どうしたの?」と聞いた。
『……いや。今思ったんだが、もしお前さ、仕事を見つけてなくて途方にくれてるんだったら——どうだ、俺んところに住まないか?』
「ええ、ええ!?」とフォッシルは、まさかの言葉にそういわざるを得なかった。
「で、でも、迷惑じゃないの?」
『そんな心配、男なら、イアートじゃ不要さ。それになんてったって、今の俺には大金があるからな』
「う、うーん……」
それは、本当に嬉しかった。正直このままでいるより、絶対にイアートにいったら幸せになれそうだった。あてもない状況であったし、何よりフォッシルは、薄々感じていたのだ。今の自分自身は、アサイリーマではなく、完全にイアートの体(内外含めて)なってしまっていると。だから、もしイアートで過ごせるなら本望だと。
『やっぱり嫌か?』
これほど美味しいはない——美味しい物はなによりも好きだとフォッシルは、電話越しに、首を横に振って答えた。
「ううん、寧ろ嬉しいです。本当に僕なんかでいいんですか?」
『勿論さ! 同じ仲間がいてくれりゃ、毎日がより楽しくなるしな!』
「ありがとうございます!」
フォッシルは笑顔で答えた。
それから、どうやってイアートに行くかを話し合い、結果、ホームステイの時に使ったイアート空港で落ち合うことにした。そしてそこで、色々と手続きなどをして、イアートに移る住もうということになった。
翌日。準備を済ませたフォッシルは、一番新しい=一番サイズの大きい服を着て、家を出ると空港へと向かおうとした。すると玄関に、一人の雌鷹が、向こうからやって来ていた。
「あ、ルーパー」
「フォッシル、どこへ行くの?」
「今からイアートに向かうんだ」
「イアート? そこって、ホームステイした場所じゃない」
「うん。僕さ、そこに移り住もうと思って」
「う、移り住む?」
ルーパーが言葉を詰まらせるのも無理はなかった。フォッシルが、劇的に太ってしまい、性格も変わってしまった元凶は、全てそこにあったからだ。
「それじゃあ、僕、もう空港に向かわないといけないから」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あそこに永住するってことなの?」
「そうだよ」
「なんだってあそこに行くのよ? あんた言ってたじゃない、イアートは仕事もしない男だらけの国だって」
すると、彼女は思いもかけず硬直してしまった。それは、今の彼女の言葉に、笑いながらフォッシルがこう言ったからだ。
「だから、イアートに住むんだよ——それじゃあまた、会えたらね」
ルーパーの横を素通りしていったフォッシル。彼女はその場に立ち尽くした。
そして、フォッシルは、空港から、再びイアートへと飛行機に乗り込んだ。その巨体ゆえ、二席分を彼は占有していた。
その後、長い時間をかけて、一年強ぶりのイアートの地に、彼は足を踏み入れた。キャリーバッグを取り、そのままイアート空港の出口に向かった。するとそこに、見慣れた組み合わせ——鯨と犬の男が話し合っていた。服を両者とも着ていたが、同じようなぶっくりとした体格をしていたので、フォッシルは一直線に二人の元へ向かった。
「コハト、レトワール!」
「ん? おお、フォッシルか! ひさしぶり——って、お前、随分と太ったじゃないか」
さすがのコハトも、一瞬びっくりしてしまった。何せ最後にあった時より、120キロも太り、前の3倍にまで体重が増えており、そもそもフォッシル本人だと気付くのも難しかった。
「フォッシル。お前、完全にイアートに染まってるな。今体重何キロあるんだ?」
レトワールが、にやにやと尋ねて来た。彼の顔を見たフォッシルは、明るく元気そうにしていたので、ホッと一安心した。
「最近測った時は、185キロになってました」
「おーおー、お前、どんだけピザやドーナッツを食って来たんだ?」とコハト。どうやらアサイリーマを訪れたから、そのイメージを用いたようだ。
「違いますよ、ハンバーガーとかクレープとかですよ。あ、あとホットドッグも」
「ははは、なるほどな。確かにそれらも美味かったよな。ここイアートじゃ味わえないものばかりだ——けどやっぱりさ、ここの料理が一番じゃないか?」
「はい。やっぱりあの脂の味と、甘ったるいココナッツジュースや、セリズンのサークー・ガティが忘れられません」
「だろだろう?」
「そういえば、なんだか二人も、少しふっくらとしましたよね」
「純粋に太ったって言っていいんだぞ? まあ自分は、まだ220キロ程度だが、こいつはすげえぞ」とレトワールが、コハトの縞腹をぽんぽんと叩いた。確かにレトワールは、服を着ているためか前と同じ感じに見えるが、コハトのお腹は、大太鼓腹がとうとう重力に負けて、レトワールのように垂れ下がり初めていたのだ。そのおかげで、その部分が服から食み出しており、綺麗なボール上に膨張した縞のラインが、はため途切れているように見えるようになっていた。
「まあな。つい最近測ったんだが、300キロになっちまってたよ」
「す、凄いですね。それにそのお腹、出ちゃってますよ」
「なあに、そんな
小事 、どうってことないだろ」そのコハトに、レトワールがこう教えた。
「でも歩くたび、そこが左右にゆれるから、気をつけないとフォッシル、コハトの肉エプロンに薙ぎ倒されるぞ?」
彼の冗談に、フォッシルは大きな笑い声をもらした。それに重ねるように、コハトも笑い、そしてレトワールも笑った。
また、あのイアートでの楽しい一日が始まるんだと、フォッシルはこの心の底からの笑いで、感じ始めた。
それから、三人は一緒に歩いて、コハトの家へと向かった。だがその道中、フォッシルは何かを思い出し、こう尋ねた。
「あれ、レトワール? ここ、左に曲がったところじゃなかったでしたっけ?」
「ん? あー、実はな、自分コハトの家に移ることにしたんだよ」
それにコハトが追加で説明した。
「やっぱりさ、ここイアートは男は何もしないだろ? だから一人身になると、レトワールは何も出来ないんだよ。まあ飯ぐらいは食えるだろうけどな。でもそれに、一人だと気分も荒むだろ?」
「ああ、なるほど。だから今回のように気晴らしも必要になっちゃいますしね」
「そういうことだ。それで、旅行前に家を売って、帰ったら俺の家で住もうってことにしたんだ。さすがにこんなデブ二人が家に来たら大変だってセリズンが言ってたが、今回はしっかりと、アサイリーマ流に稼いで来たからな」
ようは仕事をしたと言いたいのだろうが、賭け事で仕事と言えるのだろうか。でもそんな些細なことを、フォッシルは既に気にしなくなっていた。
そして、三人が家に着くと、セリズンが笑顔で大歓迎してくれた。彼女は初め、大きく変わり果てたフォッシルに誰か分からず、分かったあと一瞬目を円くしたが、さすが、その倍近い体を持つコハトの妻、すぐにその太り具合になれてしまっていた。
そんな彼女に、フォッシルは、前よりも表情に明るさがあるなと感じ取った。きっとコハトの大金のおかげで少しは仕事が楽になって来たんだろう。
こうして、コハトの家には、大金と共に、更なる二人の大巨漢が住まうことになった。それでも、コハトが手に入れたお金があれば、四人分の一生分悠々に賄えることができ、自然とセリズンにも余裕が滲み始め、いつしか彼女も、男三人衆の談笑に加わっていた。
毎日が楽しく、フォッシルはここに来て正解だと改めて思った。やがて永住権を手にした時、彼は本当に生涯平和に暮らせるんだと、ますますイアートに溶け込んでいった。