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イアート Iaht

アサイリーマ Acirema

ネイパージ Napaj

雄鯨  コハト     俺

雌海豚 セリズン   私

雄犬  レトワール  自分

雌鷹  ルーパー   あたし

雄蜥蜴 フォッシル  僕


 フォッシルが、コハトの家にホームステイしてまもなく一ヶ月。フォッシルにとっては、思った以上に短い期間だった。セリズンの家事の手伝いをしながら、コハトとともに外へ出かけて飲み食いし、その度に大笑いし、レトワールが仲間に加われば、それはもう夕方まで楽しくて仕方がなかった。最初は辛かった食事の量も、半月ほどで、段々と慣れて来た。

「少し、太ったかなぁ……」とフォッシルは、自分のお腹を見た。ここにいると、男友達と遊ぶことが多いのだが、いかんせん全員肥満以上の肥満なので、どれほど太ってしまったのか分からなかった。ただ、昔は見えていた肋骨が見えないところを見ると、かなり脂肪を身に付けてしまったようだ。

「おぅい、フォッシル! 飯食いに行くぞ!」

 コハトの声がして、慌てて部屋から出て行く——今日は、どんなイアート料理が食べられるのだろうか。思わず口の中に涎が溢れ、彼はその生唾をごくりと呑み込んだ。

 こうして今日も、フォッシルは、コハトと共に外食を貪りに向かったのだ。

 次の日。フォッシルはとうとう、ホームステイ終了を二日後に控えることになった。さすがのコハトも、そろそろお別れムードとなり、セリズンもそれを認め、今日一日は、ずっと飲み食いしてて良いわよと言ってくれた。

 そんな時だった。突如、家に一本の電話がかかってきたのだ。それにいつもどおり、セリズンが受話器を取った。

「レトワールよ」と相手に呼びかけた彼女。すると少しして、彼女の目が皿のように見開いた。

「……そうですか……それは、ご愁傷様です。……ええ、そうですね。主人にも伝えておきます。はい」

 いつもと違う会話に、珍しくコハトが彼女に内容を尋ねた。

「どうしたんだ?」

「それがね……レトワールの奥さん、昨日亡くなったらしいのよ」

「な、なんだって!?」

 コハトは、普段見せない驚きを見せた。そしてそれ以降、言葉を出せなかった。

 そんな不穏の空気の中、どうにかセリズンが、口を開いた。

「それで、葬式は、明日、行なわれるそうよ」

「そ、そうか……あいつ、結構妻のこと、大事にしてたもんな」

「ええ……」

 それからその日は、一日中、どんよりとしていた。普段は笑いに満ちたコハトとの関係も、この日だけは、会話も弾まなかった。いつものように外食をして、レトワールを待つ時もあったのだが、やはりいつものカフェには彼は来ず、フォッシルはずっと、気まずい雰囲気の中、一日を終えた。これほど一日が長く感じたのは、彼が始めてここに来た時以上であったに違いない。

 そして翌日。明日に帰還を迎えるフォッシルに、少しは明るい環境を作ろうとしているのか、昨日よりもコハトとセリズンは、口を開いて雰囲気を作っていた。それに答えるように、フォッシルも、できる限り笑顔を見せるようにした。

「それじゃあフォッシル。葬式の準備をしましょ」とセリズン。

「あ、でも、その時の正装って、どういうのなんですか?」

「ここでは、見ての通り服を着る習慣ってのはあまりないから、あまり正装ってのはないわ。でもとりあえず、上に一枚何かを着ることが、葬式の時のマナーになってるわ」

 フォッシルはうなずき、自室に戻った。セリズンが仕事に出向く時のように、仕事をする人たちだけが服を着ていたので、彼もここに来てからずっと服は着ていなかったのだが(それにこのイアートがもともと気温が高いということもあったのだが)母国ではもちろん服を着用していたので、彼はひと月ぶりに、服を着ることになった。

 キャリーバッグから、久々のボタンシャツを取り出し、フォッシルはそれを羽織った。そして上から順に、ボタンを締めて言った。

「ん——あ、あれ?」

 フォッシルは、やや焦りだした。五つのボタンがあるボタンシャツなのだが、彼は四つ目にして、ボタンに窮屈さを感じたのだ。

 まさか、たったのひと月でここまで太ってしまったのか。と彼は慌てた。どうにか四つ目は、苦しいながらも服を来たが、五つ目は、どう腹を凹ましても、しまらなかった。

「ま、まずいなあ……さすがにボタンを外したまま、葬式には出れないようなぁ……」

 その時だった。向こうは準備を終えたのか、コハトが「フォッシル、準備はできたかー?」とたずねて来た。こんな大事な時に迷惑をかけられないと、フォッシルは静かに混乱し始めた。

 どうしよう、このままだとまずいと、慌ててバッグの中をまさぐった彼。するとそこから、一枚のシャツが出て来た。普段は、このボタンシャツの下に着ていたシャツだが、棒人間のようなキャラクターが描かれており、Tシャツのようには見えない。

 よし、これを着よう。これならボタンのやつとは違って伸びるから、大丈夫だろう。そうフォッシルは、今来たボタンシャツを脱ぎ、それを着込んだ。

「お、お待たせしました!」

「ようやく来たか……ん、随分と、柄が伸びてるな」

 自室から現れたフォッシルを見て、コハトが言った。やはり着られるとは言え、太ってしまったからには、お腹の部分でシャツがぴっちりとしてしまい、その真ん丸なお腹が露になるとともに、そこに描かれた絵柄までもが膨張していたのだ。

「ぷっ——はははは! お前、いつの間にかそんなに太ってたんだな。まさかその服を、ぴちぴちのままずっと着ていたわけじゃないだろう?」

「あ、ははは、そ、そうですね」

 葬式前に、とんだ恥じらいを犯してしまった。しかし暗い雰囲気を払拭したのは、きっと良いことだと、フォッシルも笑いながら返した。

 そうして、コハトとセリズンとフォッシルは、葬式が執り行われるレトワールの家へと向かった。

 道中、会話などが、フォッシルの服で弾んで、いつもほど大声ではないにしろ、和んだ空気になっていた。だがいざレトワールの家に着くと、三人とも口を噤んだ。

「よ、よおレトワール。調子は、どうだ?」

「……まあ、悪くはない……ありがとう」

 普段は明るく大らかな犬のレトワール。しかし今は、その巨体が更に重くなったように、ずしんと気分が落ち込んでいた。

 そしてそんな中、葬式は執り行なわれた。フォッシルの国とは違い、かなり簡素な内容だった。三十分もしないで儀式が終わると、そのまま墓地へとみなが向かい、予め建てられた墓の前に掘られたところに、レトワールの妻を埋葬した。

 そこで再び、簡潔な言葉と、レトワールの喪主の言葉が述べられると、その場で解散となった。

 全員、ぞろぞろと自宅に帰る中、親友のコハトだけは、レトワールの所に歩み寄った。

「なあ、大丈夫か」

「あ、ああ……」

「……その、こんな時になんだがさ……一緒に、飯でも食いに行かないか? いつものようにしてれば、きっと少しは気分が晴れるって」

 するとレトワールは、彼の言葉にうなずいた。それから口は開かなかったが、コハトが歩くとそれについていき、セリズンは途中で自宅に帰って、三人で、いつものカフェに向かった。

 カフェに着くと、いつもとは違う雰囲気に、常連のウェイターも少し彼らのテーブルの前で立ち往生してしまった。

「ああ、気にしないでくれ。それじゃあ、いつものペッ・ヤーンを十人前で」

 ウェイターは、用意した水をテーブルに置くと、そのまま店の奥へと向かった。

 それから、料理が届くまでのあいだ、コハトもどう話せばよいのか分からず、結局は無言のままであった。そして料理が届いても、全員手を付けず、そのままになっていた。この状況にフォッシルは、気まずさを隠せなかった。

 そんな中、レトワールがようやく、口を開いた。

「……なあ、コハト」

「ん、なんだ?」

「その……ありがとうな」

「いや、当然のことさ。なんて言ったって、お前は大親友だからな」

「……ありがとう」

 その時だった。この静かな音の中、藪から棒に介入者が現れたのだ。

<ぐぅーーー>

 腹の虫だった。その音に、一斉にフォッシルに目が向けられた。なんとこの太った三人衆の中で、抜群に痩せていた彼が、この虫を鳴かせたのだ。

「——ぷっ、はははは! お、お前、今日は面白いやつだなぁ! まさかお前から、腹の虫が聞こえるなんて、なあレトワール?」

 勢いで場を明るくしようとしたのか、大きな声でコハトが、レトワールに尋ねた。レトワールは、まだ顔を俯いており、コハトは今も言葉を反省しようと思い始めた。

 だがレトワールは、顔を持ち上げると、笑顔でフォッシル、そしてコハトを見た。

「ありがとう、二人とも。こんな自分を、励ましてくれて」

 その言葉に、コハトはホッと一安心して言った。

「そりゃ、そうさ。俺達は相棒みたいなもんだからな」

 レトワールはうなずいた。そして彼は、フォッシルの顔を向いた。その顔には先ほどの暗さはなく、いつものような楽しさが浮かんでおり、フォッシルもそれに答えるように、笑顔で返した。

「うっし、それじゃあ飯を食おうぜ! 早くしないと、食い意地野郎が暴れ出しちまう」コハトが両手をバンと叩いて、陰鬱とした空気を一掃させた。

「それって僕のこと?」とフォッシルも、気分を入れ替えて言った。

「そりゃそうだろ。大体よ、あんな雰囲気の中、どうして腹の虫がなるんだ?」

「本当だ。いつからフォッシルは、そんな食に目がなくなったのやら」とレトワール。その言葉には、既にいつもの抑揚が付いており、垂れ下がっていた耳も立っていた。

 こうして三人は、ようやく料理に手を付け始めた。そしていつも通り、食事と笑いに口を動かし、楽しくカフェで時間を過ごし始めた。

「あれ、もう飯がなくなっちまったのか?」レトワールが言った。十人前のペッ・ヤーンがすっかり無くなっていたのだ。フォッシルも、いつの間にこんなに食べたんだろうと、改めて自分の食の増加に驚いた。しかしなぜだか、そのことが凄く、コハトやレトワールに近付けるような気がした。一ヶ月前までは、内気な自分だったが、そこからこうやって明るみに引き立ててくれた彼らは、フォッシルにとって一つの羨望となっており、それに近付けることが、とても光栄だった——いや、もしかしたら、両親がいない今、彼らが父親の代弁者なのかも知れない。そう思うと、ますます二人が、七光りに見え始めた。

「なあウェイター! ペッ・ヤーンをもう十人前頼む」

 コハトは大声でいった。そしてやって来た新たな料理を再び談笑しながら貪った。気分が吹っ切れたことで、今日のレトワールも、コハトを追い抜かんばかりに食べ物をほおばり続けた。

「うーん、そろそろ腹いっぱいかなぁ」と、フォッシルがもらした。しかし昔とは違い、その言葉にはまだ余裕があった。

「そうか、それじゃあそろそろ締めに行くか——」とコハトが、ウェイターを呼び寄せた。

「いつものデザートを、今日は十五人前で。それとココナッツジュースはいつもの三つな」

 やがて、あのバナナの砂糖煮が三本入った料理が十五皿、そしてピッチャーでやって来たジュース、計三リットルが到着した。

 豪快にそのデザートも食らう三人。コハトはいつものことだが、レトワールはいつも以上にがっつき、胸や突き出た大腹にも砂糖煮などの汁をこぼしてべっとりとしていた。だがその顔は、とても幸せそうだった。

 フォッシルもフォッシルで、この締めのデザートが、彼にとって一区切りとなっており、これがないと不安で仕方が無かった。そしてそれを大きな口で頬張ると、口周りを砂糖でべたべたさせながら、うまうまと、それともしゃもしゃして、そしてココナッツジュースで、一気に飲み下した。

 津波のように甘くとろけるような味が、彼の口に押しよせる。それに彼は、気分もとろけさせた。

「げふ! いやあ、今日の飯は、格段にうまかったなぁ」

「ああ。ありがとうな、コハト」

「礼なんていいさ。いつも通りが一番ってことよ」

「そうだな。それとフォッシル、君もありがとう」

「いえいえ、そんな……でも、僕もいつも通りが一番だと思います」

「その通りだな。うっし、じゃあ今日は、そろそろ夕暮れも近いし帰るか——おっと、そういえばフォッシルは、明日帰るんだったっけ?」

 その言葉に、ハッとしたコハト。しかし当の本人であるフォッシルも、すっかりそのことをわすれていたようで、あっけらかんとした表情をした。

「——ぶははは! お前自身のことなのに、なんで分かってないだよ」とコハトが、大きな縞腹を盛大に揺らした。そして少しのあいだ、そこにあった脂肪が波のようにぶよんぶよんと揺れ、それがおかしくて、残りの二人も笑い出した。

「は、ははは、すみません。すっかりイアート料理の虜になっちゃって」と笑いながらフォッシル。

「おっ、だから自分達が言ったとおりだろう? ここの料理を食えば、もうどこの料理を食っても、まずく感じるに違いないぞ」

 そういいながら、レトワールが巨体を持ち上げた。それについで、コハトとフォッシルも立ち上がった。

 そうして、三人はいつものように別れを告げた。そしてコハトの家に帰りついたフォッシルは、最後の晩餐にと、料理に腕を振るったセリズンの料理を、再び平らげた。この時ばかしはフォッシルも、帰るの服のことなど気にせず、ばくばくと食べた。

 こうして、とうとうお別れの日がやって来た。フォッシルがコハトとセリズンとともに、空港に向かうと、そこにはレトワールもおり、三人に見送られ、搭乗口へと向かった。

 そこにつくと、泣きながらなんてことはなかったが、全員と笑顔で抱き合うことで、別れの挨拶を交わした。正直その際、セリズンを除いて、かなり脂肪の厚い持て成しだった。どうしてもその二人とは、でっぱったお腹に触れること必須で、鯨のコハトの場合、一瞬ひやりとしたかなと思ったら、すぐに熱気がやって来て、レトワールの場合は、犬の毛皮も相俟って、かなり熱気溢れるものだったが、それはそれで、如何に彼らと親密になれたかが分かり、決して悪いものではなかった。

 そしてフォッシルは、大きく手を振りながら、搭乗口に入って行った。やがて飛行機が離陸すると、母国アサイリーマまで、彼はイアートをまた訪れたいなと、幾度となくそこでの短い思い出を反芻した。

 アサイリーマの空港に着くと、ここを離れる時に教えられた通り、それぞれのホームステイの人達が、高校の名前が書かれたプレートの方に集まっており、フォッシルも、そこに向かった。するとそのプレートを持つ先生が、彼を見て、一瞬「えっ?」ともらした。

「えっと……フォッシル、よね?」

 その言葉に、ホームステイ達が一斉に後ろを振り向いた。そしてかなり驚いた様子で、フォッシルの見つめた。そしてその中にいた、すらりとした雌鷹ルーパーが、彼にこう言ったのだ。

「フォッシル、あなた、その、結構太ったじゃない」

「そ、そう?」

 少し昔に戻り、やや控えめに返したフォッシル。そういえばここに戻ってから、随分と周りの人達が痩せているなと思っていたが、考えて見れば、イアートの男達——特に良く遊んだコハトやレトワールは太っていたので、自分自身の太り具合が良くわかっていなかった。つまり今、ようやく母国アサイリーマでの平均的な反応が見れたわけだ。

「一ヶ月で、そんなに丸くなるの? 顔なんか、真ん丸じゃない」

 彼女に言われて、右手で右頬をなぞったフォッシル。しかしやはり、今一実感が沸いてこない。

「あたしがいったネイパージってところは、こことは違って、かなり細身が多かったわよ。勿論太っていた人もいたけど、やっぱりアサイリーマの肥満問題が明白になったわね。それと比べてあんたは、真逆のところに行ったのかしら?」

 ホームステイと先生が「あはは」と笑った。しかしそれは事実だったので、うんとフォッシルは頷いた。肉ばかりの料理に加え、バナナの砂糖煮とココナッツジュースで締めを括るような場所は、どう考えてもそのネイパージと逆であろう。

 こうしてフォッシルは、ホームステイと先生達につれられ、高校へと戻って行った。すると、あまり目立たないフォッシルとは言え、その変貌ぶりに多くの生徒達が驚く中、そこにある食堂で、全員昼食を食べることになった。

 アサイリーマでは、学校内でのジャンクフード規制があるなか、フォッシルの高校ではまだ、食堂の中にハンバーガー店があった。他にもベジタリアン専用の店があったが、多くの人達が、やはりマックへと足を運ぶ。なので高校の生徒達は、半数以上が肥満、そしてそのまた半数以上が、かなりの肥満なのだ。

 そしてその肥満者として、フォッシルもついに仲間入りしており、不思議と彼は、この高校に一ヶ月前より馴染んでおり、そのままマックへと向かった。

「ご注文は?」

「えっと——」

 普段なら、ハンバーガーセットに目が向く彼。しかし、十人前ほどをひと月平らげ続けていた彼にとって、なんだかそれは、赤ん坊の食事に思えていた。一瞬その変化に驚きつつも、その上にあった新メニュー「ダブルバーガーセット」に目がいくと、じゅるりと涎を啜った。

「ダブルバーガーセット二つと……それからパンケーキをください」

 その言葉に、定員が驚いた。そういう注文をする人がいないことや、その体型からそれだけ食うのかとか、色々理由があるかも知れない——だがこれには何より、店員がフォッシルのことを知っていたからに他ならない。

「あ、あんた、そんなに食べてたっけ?」

「いやあ、一ヶ月前はどうだったか。でも今は、それぐらい食べたいんです」

「そ、そう」

 店員は驚きながらも、注文どおりにした。支払いは普段の三倍近くなっていて驚いた。これでも少なかったらどうしようかと思いつつ、なぜだかダブルバーガーという言葉に、高揚感を覚えずにはいられなかった。

 やがて、お盆に載せられたものには、ハンバーガー二つを乗せられたダブルバーガーと、通常の倍はあるポテト、そして飲み物も半リットルはあるセットが二つ、それに加え、蜂蜜とバターたっぷりのパンケーキがあった。それに周りの生徒達は、かなりの肥満者たちも含めて驚いていた。

 もし昔のフォッシルなら、この注目を浴びる状況に恥ずかしさを覚えていたかも知れない。だがなぜか、豪放磊落なコハトといたせいか、蚤の心臓でなくなっていたようだ。

 そんなフォッシルは、空いた席に着いた。するとその向かいに、ルーパーが、鷹らしく可憐な動作で、野菜料理を置いて着席した。

「うわ、なによその量。あんた、前はそうだった?」

「ううん。でもホームステイしてから、毎日これぐらい食べてたよ——あっ、でも少ないかも知れない」

 ルーパーは、嘴をあんぐりとさせた。あの痩身蜥蜴の彼がここまで変わったことに驚きが隠せないようすだ。

 ルーパーだけならず、他の生徒達が、フォッシルの食欲ぶりを見つめる中、彼は次々と、ハンバーガーを平らげた。一つ目のセットを終えてもそれはとどまらず、ハンバーガーをがぶりと頬張り、さらにそこに鷲掴みにしたポテトを頬張り、そこにジュースを流し込む。彼女が料理を終えるころには、セット二つは見事に完食し、パンケーキも、たったの数口で平らげてしまった。

「……うーん、もうちょっと食べられそうだな」

「え”っ——ちょ、ちょっとフォッシル! あんた、食べすぎよ」

「そう?」

「そう、って……」

 するとフォッシルは、お盆を片すと、再びハンバーガー店に向かった。もはや全員の視線は、フォッシルに釘付けだった。

「い、いらっしゃい。フォッシル、あんたまだ食べるの?」と店員が呆れ顔だ。

「はい。バニラシェイクのXLと、あのパンケーキをもう三つください。それと蜂蜜、もっとかけてもらっていいですか?」

「え、ええ、いいけど……どのくらいかける?」

「あの倍で——あ、あと砂糖も振り掛けてください。生地が覆うくらいにお願いします」

 その言葉に、並んでいた生徒達も思わず目を向けた。だがフォッシルは、平然とその注文を終えると、料理を受取、再びルーパーの向かいに座った。

 彼女は、もう彼にかける言葉が見つからなかった。そんな中、蜂蜜倍、砂糖はスプーン五杯以上はあろうパンケーキ三つを、ばぐばぐと早食いしながら、それをバニラシェイクでごぶごぶと飲み干した。

 元々が痩せ気味だったので、まだそれほど太り過ぎな体ではないフォッシル。しかしその体にそれ以上の食べ物を詰め込んだことで、もともとぱつんぱつんなシャツが更に引き伸ばされ、そこに描かれたキャラクターが哀れに見え始めた。そして彼は、口周りにべっとりとついた砂糖と蜂蜜を舐め取ると、満足そうな表情をした。

 再び、高校生活に戻ったフォッシル。実はもう数ヵ月後には、三年生となり、受験勉強など、生活環境ががらりと変わる時期だが、彼にはそれ以上の大きな変化が、これから起こるのであった。


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