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ついにラストとなりました。こっからは双葉さんの絵にある肉々しい姿と、そこから更に文章的にクロガネを肥大させます。

 

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(=ひかり) Chapter.3

挿絵:双葉氏

 

 

 

 挙式は、たった二人で執り行なわれた。スペースの問題など色々な事が起因しての事だったが、しかし二人はこれからずっと幸せな生活が続くと、思っていた。

 だがそれと同時に、クロガネの肥大も留まる所を知らなかった。調理を全般的に担うレオナの背後では、常に夫である彼の、昔のとは違った熱気を浴びる始末であった。

「ゼェゼェ……苦しい……ブフー……水を、くれないか」

 レオナはコップに水を汲み、渡し際に言った。

「ねぇ、ムリして太らなくていいよ? ボクもう充分だからさ……」

「大分前からヤセようとしてるんだけどね……日に日に太っていってるんだ、はは……」

(クスリに頼ったのは、まずかったかな……)

 

 

 クロガネは重々承知していた。レオナが自分の事を危懼(=きく)しているのを。それも当然だ、あまりに太り過ぎた肉体からは、汗が止めどなく出て来る。頬にも吃驚するぐらいの脂肪が溜め込まれ、口を閉ざすだけでも疲れる状態に開口は必至であり、常に空腹で湧いてくる涎は野放し状態だ。

 そんな肉体ではあるが、まだデブ専本能の興味を(=くすぐ)る所はあるのだろう、だからレオナは今も居てくれる。けれどこれ以上事態を悪化させない為にも、クロガネはそれなりに食事量を減らしていた――だが体は褐虫藻の影響で大きくなる一方。しかもそれは胃袋の方にまで影響を及ぼしており、完全にドツボに(=はま)っていた。日に日に太る度合いが増しているのが、犇々と感じられた。

 やがて、その体はとうとう家中に敷き詰まり始めた。誰もよもやこうなるとは思いもしなかっただろう。しかし現実にこうなってしまえば、レオナは彼の体を(=)じ登り介護するのが必須となった。

 今更ながら、クロガネは打開策を搾り出した。そもそも全ての元凶は、体内に宿らせた褐虫藻にあるのではないかと彼は結論付けた。即ち彼らのエネルギー源である光を遮断すれば……

 

 

「……レオナ。うぐぅ、家中を真っ暗にしてくれ」

「えっ……でも幾らあなたでも、少しぐらいは太陽に当たらないと。その体を見せたくないからって――」

「頼む」クロガネは最小限の言葉で言下(=げんか)に答えた。

 レオナは彼の頼みを聞き入れ、全室内を遮光した。しかし何も見えないと看病も出来ないわけで、豆電球ほどの明かりは所々に設置した。するとその結果、彼の肥大率は大幅に減少した。だが、その値が100%を下回る事は一度として無かった。気付かない内に彼は自分の体に見合った食事をしており、(=)してや薄明かりの、外界から隔離されたこの空間で、身動き一つ取れない彼に欲の節制など竿竹で星を打つに等しい。もはやこの禍根(=かこん)を断つ事は不可能なのである。

 

 

 クロガネは、ここまで来てしまった。家一杯にまで太ってしまったのだ。家の中にいられなくなったレオナは外へと追い出され、けれどそこからどうにかして、彼女は夫に食事を与え続けた。だが「肉上げ」という垂れ下がったお肉を持ち上げる動作はもうどこも不可能で、体を洗ってあげる事は出来なくなってしまった。

「おいしい?」レオナがスプーンを彼の口から出した。

「ぶぐ……あ、ああ……ぎゅう」

 どこの音だか分からない不可思議な音を出したクロガネ。今彼は、自身の遠い昔の行ないを悔いていた。何故あの時、自身に陶酔出来たのだろう。チョコはもう、とうの昔に彼の醜さに縁を切っており、あの楽しくも戦い甲斐のあった有意義な3人での時間が懐かしく、そしてそれは膨れゆく体に儚く消えていく。しかしそれでも肥大は、彼の気持ちなど露知らずであった。

 

 

 ある日の事。家にビキビキと、(=ひび)が入り始めた。状況を察したレオナは、軽やかな身のこなしでその災害を免れた。朦(=もうもう)と立ちこめる砂埃。それが薄まるに連れ、眩しい太陽の光がクロガネの体へと全面に差し込み、彼の目をも(=くら)ました。

「――! ひ、ひかり……う、うぐ。あ、ああ、やめろ、やめてくれ!」

 突然踠(=もが)き始めたクロガネ。その異変に気付いたレオナは、彼の体を駆け上った。

「ど、どうしたのクロガネ!?」

「……うう、逃げろ、レオナ」

 彼女は、その言葉を刹那には理解出来なかった。だがすぐに何かの違和感を覚えた。少しずつだが彼女の足下にある彼のお肉が、揺れていたのだ。ぶよぶよと、まるでそれぞれが意思を持ったかのような不自然な動き。そして僅かにだが、彼の顔から自身が遠ざけられているのを彼女は見て取った。

「な、何が起きてるの!? お願いクロガネ、どうなってるのか教えて――」

「逃げろぉぉぉお!」

 レオナは逃げるべきだととっさに悟り、夫の元を素早く去っていった。既に周りの住民達は事態に気付いていたのか、人っ子一人いなかった。

 逃げる妻の後ろ姿を見て、クロガネは涙を零した。だがそれは噴き出る汗と混じり、本人は自覚していなかった。ただ一つ身をもって体感しているのは、褐虫藻の暴走である。光を遮られ、しかしそれを求めていたそれらは今、彼の全身に注ぐ太陽光のエネルギーを一滴たりとも取りこぼさぬよう、飢えたケダモノの如く一心不乱に(=むさぼ)っていた。そしてそれらを満遍なく自動吸収する彼の体は無理矢理にでも脂肪の生成を図り、その未知なる膨張変化に彼は、痛みとも苦しみにも似付かない、未体験の感覚に喘ぐのだった。

 

 

 

 

 クロガネの体は、まるで昔彼が求めていたレオナへの思いのように、また新たに彼女の姿を追い求めていた。その勢力は拡大し続け、地球を覆っても尚、彼女の姿を捕えるまで膨らみ、太り続けている。

 だがそれは、誰か第三者によるただの当て付けに過ぎない。真実は、遙か永遠と先に存在するのだから――光がなくなるその日まで。

 

 

    完


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