結構お待たせ致してしまいました、例の双葉さんのえがいた太膨兎の物語です。あの絵を見た瞬間最新ネタを起用と思って書きましたが、実はオチがちょっと過去の話とかぶり気味になってしまいました——が、それはご愛敬ということで(爆
因みにかーなり肉塊度は高めです。でも原画の方も相当肉ってたので、問題はないでしょう。そしてこの話では、随所随所絵とリンクさせています。
けれどまだ校正が完全に終わってないため、今回は終わっている所だけを結局はいつもように分割して公開することにしました。
——————————————————————————————————————————————————
光 Chapter.1
雪の降るこの季節、外と比べてファミレスの店内はぬくぬくと暖かい。だがとあるテーブルの所だけは、夏のように熱が
籠 っていた。「んぐ、んぐ……ぷはぁ、うんめえ!」とその席に座り、両耳をピンと立てるのは太った兎の男。
「本当だな!」そう同感したのは、反対に両耳を折り曲げた、同じく肥満体の男兎である。
実はこの二人の兎、かれこれ数時間も食事をしぱなっしである。ファミレスの店員が定期的に食器類を下げるので、実際どれだけ腹に収めたのかは、満腹中枢の鈍った本人達にすら感度の低い話。周りも、ただ非常にデブな二人衆が沢山食ってるなーとしか思わない。しかしその真意をまざまざと見せつけられ、全貌を熟知した店員達は、もはや呆れる他なかった。
「あ、店員さん!」耳の曲がった兎が引き止めた。
「はい、なんでしょうか?」
「追加でステーキハンバーグ500gお願い」
「なら僕も同じのを頼むわ」
「ステーキハンバーグ500gを2つ……以上、ですね?」もうないだろうと、果たしてこの言葉を何回店員が繰り返した事か。だが二人の兎は、常に彼らの上を行く。
「いんや待てよ、またパフェも食いたくなって来たな。良し、それも追加だ。
チョコ お前は?」と耳の立った兎が、耳曲がりの友達に聞いた。「自分はじゃあ、クレープが欲しいな」
「か、畏まりました……」
もはやご注文など繰り返さない店員は、そのまま厨房へ慣れた感じで戻っていった。
「
クロガネ ってさ、随分食べるよね」耳の折れた兎が一言。「ははは、何を言ってる。お前こそ良く食うじゃないか」
そんなこんなで、二人はまだまだ食べる気満々、余裕綽々である。
それから少しして、熱気のオーラを帯びた兎達のもとに、店員が近付いて来た。
「あの、お客様、ちょっと宜しいでしょうか?」
「げふぅ! なんだい、もう閉店か?」とクロガネ。その躊躇無きゲップに店員は顔を
顰 めながらも、こう続けた。「実は只今、非常に店内が混み合っておりまして……それでもし良ければ、別のお客様とご合席願えないかと」
「ふーん、僕はどうでもいいけど、チョコは?」
「自分も相手がよけりゃ、別にいいよ」
「ありがとうございます」
店員は一旦引き返し、そして三人で三角形になる位置に椅子を置いて、そこに奇しくも同種の兎を招いた。
「あの、ありがとうございます。わざわざボクのために」
少し高めで、とても澄んだ声。小中学生のようにまだ若いのかなとデブ兎達が頭を持ち上げたその瞬間、彼らは目を疑った。
編んだおさげの子、前方にも片側の髪を長く垂らし、瞳は煌びやか。しまいには胸元にフサフサな獣毛が——お、女!?
『……か、かわいい……』
クロガネとチョコは、思わず同席者を凝視してしまった。
「すみません、それでは失礼します」
一旦椅子の横に腰を下ろしてからくるりと正面を向く。なんと淑女らしい仕草ではないか! こんな純粋無垢な兎を前にして、さすがの醜い二人も、そもそも女性関係とは疎遠なこともあり、食のペースが自然と落ち始めていた。
そんな中、この暑苦しい空間でも美味しそうに、平然と食事をする兎をちらちら見ていたクロガネ。それに疑問を抱いていた彼は、何度か心の中で深呼吸をし、遂に勇気を持って尋ねた。
「あ、あのー」
「はい、なんでしょうか?」
「僕達のこと、嫌じゃないのか?」
「えっ、どうしてですか?」
「僕達さ、こんなにデブだろ? そんな二人のあいだで、居心地悪くないのか?」
するとどうだろう、相手は笑顔でこう返してきた。
「今は冬ですし、とても暖かみがあって良いですよ。それにプニプニしていそうで、なんだか癒し系じゃないですか」
ドキュン! その言葉に二人の胸は一瞬にしてノックアウト。そして今、この若兎が彼らの希望の光となり始めていた。
「な、ならさ、自分たちはもっと太った方がいいのかな?」今度は耳曲がりの兎。
「うーん……ボクはその方がいいかなぁ」と、人差し指を口に当てて答えたその様子に、二人のデブ兎は内心『くぅ、可愛い過ぎる!』と思ったに違いない。そしてふと、クロガネとチョコの目線が必然的にあった。刹那、ライバル心が芽生えたのか、先ほどまでの食への
躊躇 いは何処へやら、今度は以前よりも格段に勢いを増して食物にがっつき始めた。
以来、クロガネとチョコは張り合うようにドカ食いを始めた。そして日に日に膨らむお腹や脇腹、胸肉、二の腕、あらゆる部位をあのおさげの子——のちに仲良くなり、連絡先などを交換した。名前はレオナというらしく、なんと帰国子女だそうだ。そしてどうやらデブ専だという、なるほどそういうことだったのか——に触らせたりした。勿論レオナは嫌らしく思わず、素の嬉しそうな表情に益々二人の熱意は
逓増 するのだった。けれどどれほど張り合っても、クロガネとチョコの体型には差がそれほどなく、決着が付きそうになかった。いつしか二人はかなりの肥満体になり果てていた。そんな一進一退の攻防に、二幅対の椅子から脇肉をはみ出させ、クロガネはフライドチキンを片手に思案に暮れていた。
(畜生、このままじゃキリがない。どうにかしないと……最悪、薬を使ってでもレオナを——)
だがそんな突拍子もない馬鹿げた考えはすぐに頭から振り払った。こんな愚考でも、女性との縁が無く、その体付きに因るものが大きかった彼にとって、それが逆にレオナという人の気を惹いていると分かれば、この好機は逃すまいと躍起になって思いつくもの。そんな自分の心境の変化に、彼自身が一番驚いていた。
ある日の夜。いつものように食事処を梯子し、苦しいながらもちょくちょく鯛焼きやら大判焼きやらを頬張り、胃袋の拡張と肥満を絶え間なく図っていた一日の終わりのさなか、クロガネはふと暗い路地が目に入った。そしてそこから、とても香ばしい香りがして来たのだ。
既に充分過ぎるほど満腹だったが、敢えて新境地に挑むのも自己肥育にとって必要大切なこと。こういう細道は最近入れないことが屡
々 だが、それも含めて彼は挑戦して見た。運良く、その道は体を横にして通ることが出来た。暫く進むと暗がりの中、電気の切れかけた小さなネオンの看板があった。
「『怪しい薬屋、何でも揃う』……ここから匂ってるのか?」少し不安になりながら、彼はその店へと足を踏み入れた。
「よおうこそお……」
怪しい声が聞こえて来た。中は狭くジメッとしていて、明かりは豆電球ただ一つ。戸棚には瓶が陳列されているが、中身が全く確認出来ない。声の主の姿すら、まともに窺えなかった。だがその時、奥からもう一つの明かりが揺れながら現れ、それはカウンターの上で止まった。どうやら店主がランプを持って来たらしいが、黒装束を深くかぶっているので結局姿が判明しなかった。
その時、クロガネは気付いた。あの例の匂いが、いつの間にか消えていたのだ。
(な、なんだこの店。飯屋じゃないし、危なさそうだから帰——)
「ちょおういと待ちなよ、おっきな兎さんよう。ここに用があるんじゃあ、ねえのかあい?」
「そ、その……あの……」
「言ってみなあ。なんでもここにはあるからなあ」
クロガネは、下手に反抗すると危ないかもと考え、とりあえず答えてみた。
「あの、もっと太れる薬なんてのは? って馬鹿な質問ですよね」
「面白い奴だなあ、もっと大きくなりてえのかあ。安心しなあ、ここにはなんでもあるからなあ」
「ほ、本当ですか?」
半ば疑いながらも、少しの希望を見いだした瞬間、クロガネの心は少しずつ動き始めた。店主はゆっくりと、奥の戸棚にある小瓶らの一つを選び、それをカウンターに置いた。ランプからの明かりで、中の液体が緑色を
呈 した。「これはなあ、褐虫藻(かっちゅうそう)薬だあ」
「かっちゅうそう、やく?」
「褐虫藻ってのはなあ、シャコ貝や一部の
海月 の中に飼われている奴だあ。光合成を行なってなあ、その栄養を宿主が吸収するってえわけだあ。それを体内に取り込みゃあ、光に当たるだけで太ることが出来るぞお」「——! う、嘘じゃないですよね?」
「飲めば分かるさあ」
今思えば、なんと馬鹿な話かも知れない。だが女に対しての執着心とやらが、クロガネの危機管理能力を狂わせていた。
差し出される小瓶。彼は
縋 る思いで、その瓶の中身を偏 にグビリと呷った。「プハァー、マスカット味で美味い」
「そりゃそうさあ、そのままじゃあ不味くて飲めないからなあ。それとそうそう、一つだけ忠告しておこおう」
「え、い、今!? もう飲んじゃったけど!」
「安心しろお、君には朗報だあ。太るとなあ、表面積が増えることは分かるとお思うがあ、その分褐虫藻も増えるわけだあ。つまりい、等比的に太ることになるぞお」
「そっ、それって最高じゃないですか! で、これは幾ら?」
「1万ってところだあ」
「い、1万!? うっ、かなり高い……」
クロガネは、泣く泣く明日の食費をはたいて料金を支払った。けれどこれでチョコよりも太れれば成果ありってものだと、クロガネは期待に胸を膨らませて店を去るのだった。
続