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「あら、ブロームさんじゃない」

 雄蜥蜴のブロームは後ろを振り返りました。するとそこには、アニモニア小学校のある生徒の母親がいたのです。アニーモ特有、彼女もでっぷりと太っており、服からは腹肉のチラリズムがありました。

 勿論ブロームだって負けてはいません。とうとう彼の体重は五〇〇キロに到達せんばかりの勢い。しかしまだ動くことが出来、それでも着替えは五分十分と、自分の脂肪と格闘しないといけないので、今ではめっきり作業着だけを着用しています。

 そのおかげで今の彼も昔と同じくして、地面にまで垂れ下がる腹肉を持ち上げているので、お腹の先どころか、臍にすら腕が届かないほど、彼の腹部は大きく前に飛び出していているのです。

「どうも、こんにちは」

「数ヶ月ぶりだけど、カクェちゃんはどう?」

「ええ、立派に成長してますよ」とブロームは微笑みながら答えます。

「ガバージュが禁止されて、太らせるのは大変なのに、カクェちゃんは凄いのね」

「きっと両親譲りなのでしょう」

「そうねぇ〜。そういえばお二人は元気?」

「ええ。アクロはもう、カーシェのベッドまで盗っちゃいましたよ」

「あはは! もう、アクロさんには敵わないわね。カーシェさんはどう?」

「カーシェも、もう動けなくなっちゃいましたね」

「あらま、何キロ?」

「七〇〇キロはあったと聞きますが——あれかれもうかなり経ちましたからね、もっと行ってるかも知れません」

「羨ましいわぁ。私なんかたったの二〇〇キロ。彼女の足元にも及ばないわね」

「それを言ったら俺なんか、アクロから見たらミジンコみたいな存在ですよ」

 二人は大笑いして、この体育館内に盛大な笑い声を響かせました。

 しばらくして、開会の言葉が述べられました。どうやらアニモニア中学校の入学式が始まるようで、後ろの扉からは、生徒たちが入場してきます。

 ぞろぞろと入ってくる新中学一年生達。彼らは規定体重の八〇キロを満たしただけあり、鯨だろうと犀だろうと種族を問わず、みんなでっぷりと太っていました。

 そんな中、列の中で、体が倍以上食み出している生徒がいました。恐らく三列に並ばないと、彼の体が隠れないほど立派に太っています。

 やがて彼が一番前のアニーモパイプ椅子に辿り着くと、どすん! と腰を下ろしました。その音たるや、ここにいる生徒以外の人たちも含め、誰よりも豪快な音でした。

 全員、その姿に注目。良く見ると姿は、鯱のようでありながら、白い部分がある腹部には蛇腹がありました——ハイブリッドタイプのようです。そんな彼を、親たちも羨望のまなざしでみつめながら、この入学式は終わりました。

「いやあ、あいつすごかったな」

 新一年生の雄鯨が、クラスで旧友の雌鯨と談笑します。

「たったの数ヶ月で更に太ったよね。体重何キロあるんだろう?」

「噂じゃ三〇〇キロあるらしいぜ」

「さ、三〇〇!? 大学基準の倍近くあるじゃない」

「やっぱあの家族には勝てないな」

「ええ」

「でもおかげで、目標が出来ていいぜ」

 確かにこの雄鯨は、今いるこのクラスの一席をのぞいた全員より、倍近く大きかったのです。制服は高校生三年用のものを着込み、暑いのか胸元のボタンは大きく外されているのですが、そこからでろんと胸肉が垂れ下がっていたのです。

 勿論雌鯨も、彼に近いぐらい太っており、雌向けで胸元に近いボタンまでしかない制服でしたが、すべて外された制服からは、大きくのばされた下着がちらりと見えています。それに雄鯨は、思春期だからか目を向けています。

 彼女がそんな彼に、いつもの言葉を返そうと思ったとき、このクラスに最後の生徒が入ってきました。

 ふぅ、ふぅ、と、歩くたびに漏れる息。そして制服が動くたびにきちきち言う動き。

「おっ、カクェの登場だな」

 全員が入り口に目を向けます。既にそこにある二枚扉は昔のアクロ以来かえられ、完全な引き戸といて幅が倍になっています。しかしそこを、まるまるその生徒が体で埋めました——正真正銘、鯱と蜥蜴の混合種、カクェでした。

「カクェ、先生からの伝言だ。お前の席は入り口のところだってさ」先ほどの雄鯨が示すと、カクェは真っ先にそこへ向かい、大学生用の椅子を二つ並べた椅子にどかりと腰を下ろします。

「はぁー……あ、あれ。ここ机がないよ?」と、カクェが辺りを見ました。確かに椅子はあっても、机はありませんでした。

「もう、カクェったら。あなた小学生の時、太り過ぎで机に手がとどかなかったじゃない」

 雌鯨が彼に歩みより、椅子のすぐ横——廊下側の壁につけられた取っ手を下ろしました。すると机が降りてきて、彼の胸元で止まりました。正確には止まったというより、カクェの腹肉にのって、ぼよんとゆれたのです。

「こうやってやるんだってさ。もう、せっかく先生たちが配慮しても机にお腹が乗っちゃうなんて」

 彼女が笑うと、クラス中もつられて笑います。

「でもさぁ、これじゃあ教科書落ちちゃうよ」

 確かに彼の言うとおり、お腹に乗っているので、やや奥に傾いていたのです。

「そのために、これがあるんじゃない」

「あ、ああ。本当だ」

 机の先には、数センチほどの出っ張りがありました。どうやらこれで落ちるのを防ぐようです。

「それにしてもカクェ。あなた、もっと大きい制服なかったの?」と彼女は、カクェのはみ出た脇腹をぶにんと掴みます。もはやつまむにとどまらないほど出ており、それがベルトを完全に覆い尽くし、椅子からはみ出た太ももからも落ちていたのです。完全に、彼のサイズに合っていません。

「これ、高校生サイズの特注なんだけど、これ以上大きいのは作れないんだって」

「あはは、そりゃ凄いわね」

 雌鯨が笑っている時、二〇〇キロ以上もある、ここではカクェの次に太った人が入って来ました——どうやらここの担任のようです。

「おっ、君がカクェか。噂で聞いてるよ、あのアクロとカーシェの息子なんだって?」

「父さんと母さんを知ってるんですか?」とカクェ。

「勿論さ。二人ともわたしが担任だったからな——彼らはこのアニモニア中学校の記録を次々と塗り替えてたんだが、その二人が結婚したとなると、そりゃまた記録を塗り替えるわな」

 そこでふと、先生が体を右に倒して、彼の脇を見ます。

「ありゃ、随分とサイズが小さいな」

「これ以上のサイズが作れないそうなんです」と雌鯨が説明します。するとそれに、先生は大きな笑い声をあげました。

「ガバージュ禁止されていうのに、君の体にはどうやら意味がなかったようだな」

「す、すみません……」

「ははは、謝ることはない。しかしそれじゃあなぁ……仕方ない、明日から私服で着なさい」

「えっ!?」

「私服なら入るだろ?」

「え、ええまあ……」

 すると雄鯨が、羨ましそうにカクェを見つめました。

「いいなぁお前。俺もがんばってお前みたいに太ろうっと。そうすりゃ制服を着ないで済むからな」

「そうそう、その域だ。そうやって目標を立てることが、ガバージュなしに太るのに重要だからな、がんばれよ」

「はい!」

 先生の言葉に、元気良く答える雄鯨。

 どうやら、ガバージュが禁止されても、裕福になったことで肥満化は止まらないようです。しかしアニーモにとっては、それは静かなる朗報でした。

「……ぶふぅ。フランジュ、お代わりちょうだ〜い」

「私も、お願い」

「姉さんまで? 二人がいっせいにお代わり要求された自分の身にもなってよ」

 雄鷹のフランジュがため息を漏らします。しかし本心ではありませんでした。彼は快く、空の特大のワゴンを押して、お代わりを厨房から運びに行きました。

「ねえ、ふぅ、カーシェ?」

「なあに、アクロ?」

「狭くない?」

「うーん、そうねぇ……」

 カーシェは左右を見ました。右側には壁、そして左側には、アクロの広がった脇腹があり、自分の脇腹に乗っかっていたのです。

 アクロは既に、左側の壁まで脇腹が伸びていました。勿論お腹はもどんどん広がり、今では横だけでなく、縦にもベッドを配置している始末。それでも彼のお腹は、開脚した脚からまるで扇状地のように大きく広がって、再び地面に、滝のように垂れ下がっていたのです。おかげで料理を運ぶときは、そんな彼の扇状腹に食べ物を載せた台車をのっけって送る破目になっていました。

 そんな彼の体は、どんどんと端へと追いやられるカーシェの体にまで、領域を延ばしていったのです。カーシェ自身も、昔のアクロのようにベッド三台にまで贅肉を増やしていたので、これ以上移動は許されませんでした。

「でもまっ、いいかな?」

「いい——げっぷ——って?」

「あなたはちゃんと小説を書いて、今でもちゃんと稼いでる。だからどんどん太っていいと思うわ」

「けどさ、そろそろカーシェも辛いんじゃない?」

「大丈夫よ。それに……」

「それに?」

「あなたのような超超超〜肥満体でぶっくぶっくな鯱に、私は飲み込まれたいもの」

「……それって、はぁ、どっちの意味?」

 丁度その時、フランジュがピザ箱百箱とドーナツ十個入り箱百箱をきっちりと固定して持って戻って来ました。鷹とは言え、昔のブロームのように体重が二〇〇キロを軽々と突破してしまった彼には、その重さを利用してこれほどの量も運べるようになっていたのです。

 そんな食べ物の山を見て、アクロの胃袋に住む虫が大声で鳴きました。そんな虫に従うように、彼の意識は一瞬にして転換。先ほどのことなど眼中になく、すっかり忘れてしまいました。

「ありがとうフランジュ! 早く、早くよこして!」

 フランジュは笑いながら、彼に手際よく食べ物を渡しました。そしてカーシェにも。

 彼女は、横にいる夫を見ながら、妻として誇りに思っていました。だからこそ、今の状況を気にしなかったのです。例え彼の体が自分の体に乗っかって来ても、寧ろスキンシップがたっぷり取れるわとポジティブに考えていたのです。

 どんな状況でも、太ることに対してなんの恥じらいもない、夢のような世界の話でした。

    完


終わりがしっくり来てませんが、とりあえずこれで完結〜。

個人的には、こんなガバージュの世界があったら、絶対住みたいものです。

さてと、これでとりあえず一日一作は終了。これからはマイペース更新になるのか、はたまたまったり更新になるのか——それは気分次第ということで(爆


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