時の流れは早く、あれからもう一年近くが経ちました。アニモニア高校を目指すブロームも、最後のスパートにとガバージュを受けます。
「母さん、もっと飯を入れてくれ」
「分かったわ」
雄蜥蜴のブロームの努力を買った母親は、更なる食べ物彼の口の中へ流し込みます。
ブロームは今、台に乗って手足を枷にかけられ、壁に貼り付けられた状態です。そこに母親が無理矢理食事を強制するところは、一見すると虐待や宗教的儀式のように思えますが、アニーモのガバージュとはこういうものなのです。
食べ物を流しこまれたブロームのお腹は、どんどんと膨らみます。元々少し小さめな4Lサイズの服も、今では彼のお腹を隠し切れません。
「……うっぷ……はぁ、もう少しだ」
ブロームは苦悶の表情を浮かべています。しかし彼が要求すれば、母親はなんの躊躇もなく、次なる糖分たっぷりの飲料水を二リットル流し込みます。
「くっ、もう限界か……」
「充分よブローム。よく頑張ったわ」と母親が言うと、彼女は彼を枷から解放します。
「昔の私に比べたら、あなたはよく食べてるわよ。お母さんも嬉しいわ」
「へへ、サンキュー」
「さてと、それじゃあ新しい服を用意しないとね」
そして母親は、ブロームではない、自身の部屋の棚をがさごそとやり出し、何かを取り出しました。
「今回もお下がりで御免ね」
「気にしなくて大丈夫さ、おふくろ。親父の服でも、あるだけましさ」
実はブローム家は、アニーモの中でも裕福であるとはいえ、標準的な家庭と比べるとそれほど裕福ではありません。特にガバージュを行なうのにはそれなりの費用が掛かるため、ブロームの衣服はいつも、父親譲りなのです。
しかしそれは彼にとって、誇りでもありました。同時にそれは、彼の今の境遇の原因でもあります。
ブロームの父親は、アニーモでも有名な小さな
工場 の社長でした。従業員は数人だけでしたが、有名な企業と契約を結んでおり、大変多くの業績と売り上げを誇っていました。そして何より、それに比例して父の体は、立派に膨れ上がっていったのです。6L、7L、8L、9L……服のサイズが変わるごとに、彼自身だけでなく、羨望の眼差しで見つめる息子ブロームも喜んでいました。
だが全てを変えたのは、ある日のテロ事件……
貧しい国では、当たり前のように内戦が起きます。このアニーモも、生活水準があがったとは言え例外ではありませんでした。
ブロームが小学校六年の時でした。有名なアニモニア中学にも受かり、父親に入学式の姿を見せようと心意気を露にしていた矢先、父が働いている工場の隣でテロが起きたのです。
その爆発はかなりの規模で、小さな父の工場も巻き込まれてしまいました。
ブロームが最後に見た父の姿は、三百キロの巨体を、大きく腕を振って歩く立派な出勤時の後姿だったのです。
話が長くなりますが、この経緯にはもう一つ、今の彼の作り上げた物があります。それはアクロの存在です。
悲しみが拭えないブロームが中学に入った時、近くにはアクロがいました。それはそれは、今からも想像出来るとおり立派に太っており、八〇キロという基準を軽く超え、一〇〇キロも超えていたいました。そんな彼を、ブロームは初め、少しだけライバル視しただけでした。
入学式のあと、そんなアクロが記念撮影を撮っているときのことでした。そこには彼の父母の姿がありました。その姿を見た瞬間、ブロームの中で何かが壊れたのです。
アクロの両親は、至って普通――アニーモでいう痩身な体型だったのです。
今まで頑張ってガバージュにも耐えて太ったブロームの父は、事件に巻き込まれて亡くなった不運にあった。しかしアクロの父は、何も努力してないように体型は痩せており、しかもなんと彼は、アニーモでもトップを争う有名なコンピュータ会社の社長だったのです。
同じ社長として考えても、ブロームは彼を憎まずにはいられませんでした。しかもアクロは入学以来、その巨体で周りからちやほや。生徒の両親達、加えてブロームの母親までもがその始末。
だからこそ、父を亡くしてからは、ブロームは少しでもお金を節約すべく、服は全て尊敬した父のお下がりを着込み、安い食べ物でガバージュを受けていました。安くてカロリーが低くても、たくさん食べて胃を膨らませば、それこそ太鼓腹のように腹が膨れ、のちにお金を稼げるようになったとき、簡単に太れるからです。
ブロームは、未来を見据えて今を生きています。友人の雄鷹フランジュが少し止めにかかっても顔を顰めるのはこのためなのです。
「うっしと」
母親から受け取った、父の5Lサイズの服を着たブロームは、ゆっくりとガバージュ用の台から降りました。その際、普段なら脂肪で垂れ下がったお腹がぷるんぷるんと揺れるのですが、必死に胃に食べ物を詰め込んで大きく張ったお腹は、全体的にゆっさゆっさと揺れました。それによって胃の中のものが混ざり、少しだけブロームは
噦 きました。