西館グループ: 主人公 _ 僕
川獺 雄 俺
鮫 雌 私
東館グループ: 兎 雌 自分
蛙 _ わたくし
鷹 雄 おいら
僕はどきどきしていた。いくらもう、目の前の賞金に突き進むしかないとはいえ、負ければ命さえ危ぶまれるかもしれない状況に、やはり心臓を高鳴らせない方法などなかった。
「ことん」と音がした。来た、いつもの朝八時に届く、ゲームの知らせだ。
僕はベッドの上から起き上がり、玄関に向かった。投函口からは、一枚の紙が落ちていた。
今回のゲームは、君達の体の丈夫さを問うものだ。全員大食堂に集まれ。
「か、体の丈夫さ?」
思わず身の毛がよだった自分。昨日は玄関ホールに行くまでのあいだに、通路がばっくりと寸断され、そこを渡れるかどうかという結束力を試すものだった。
今回は、恐らくチーム性を問うものではなさそうだが、体の丈夫さというと、何や通路から火が出てくるのではないかとおののいた。
しかし、負ければこの場から自分は消され、そしてどこへいくのかは分からない――あの猫が言うには元の世界に帰されたというが、何せ一兆円の賞金がかかったゲームだ、それだけで済めばよいが……
僕は玄関の扉をあけて、円形廊下に出た。同時に、左右からも扉があく音が聞こえてきた。
「おはよう」と、先に声をかけてきたのは雌鮫だった。珍しい、普段なら初めの挨拶は、あの友達の雄川獺がするはずなのに。
そんな本人はというと、少し抑鬱な表情で「おう、おはよ……」と返事をした。
「今日のゲームは、かなり気になるわね。前回みたいにならないよう、大食堂に行くまでも、注意を払った方がいいわね」
昨日のことをすっかりわすれたように、しかと発言した鮫。それに川獺は、やや彼女を凝視するように見つめた。
「なあ、お前、なんでそんな気持ちでいられるんだ?」
「仕方がないじゃない。過ぎたことは過ぎたことよ」
「な――! お前、あの犬がどうなっても良かったのかよ!?」
今日は喧嘩を仲裁できるものは僕だけ。しかしそんな勇気は、自分にはなかった。
「何よ、私はそんなこと一言も言ってないじゃない!」
「じゃあなんでそんな毅然としていられるんだ! 少しは犬のことを考えたらどうだ!」
「考えたわよ! それで枕を涙でぬらしたわよ! でも、でも……じゃあ、どうすればいいのよ?」
川獺は黙り込んだ。鮫も、少し気持ちを落ち着けようと、肩の力を抜いた。
「私たちが負けたら、彼女のようになるかも知れない。だったら、このゲームを真剣に勝ち抜きましょ」
「……そうだな。悪い、俺はどうかしてたわ」
「気にしないで。私だって、気持ちは同じだもの」
そして鮫は、僕の方に顔を向けた。
「それじゃあ、行きましょ。注意して、大食堂までね」
僕はうなずき、そして三人は、まず玄関ホールまでの通路を、ゆっくりと、慎重に歩いた。
特に、玄関ホールへと入る境界線の所は、三人とも心臓が飛び出そうなぐらい緊張していた。だがそれは単なる杞憂に過ぎなかった――そう、何も起きなかったのだ。
やがてそこから、大食堂へとつながる十字路へ向かうところで、別のグループを遭遇した。
「お、おはよう」と、向こうの雌兎が挨拶してきた。
「あ、ああ、おはよう」と川獺も、ぎこちなく返した。一応相手は敵グループ、そんな相手と挨拶を交わすことは、普通ではありえない。
しかしながら、お互い「本当」の命を懸ける者同士なら、試合前、予め相手を虐殺するようなピリピリとした感じか、それとも双方同情し合うかのように、大きくこの場の雰囲気が
二分 されるだろう。幸い、両グループとも、このような状況になるとは思わず、それぞれを哀れんでいるおかげで、後者の同情する雰囲気になった。二グループは、慎重に十字路を先へと進み、そして大食堂の扉を開け放った。テーブルは三台になっており、しかしお互いいつもどおりにと、入り口の左右にあるテーブルに、それぞれ西グループ東グループとついた。
「やあみなさん、おはようございます」
中央のステージの中から、あの紳士服をまとった猫が登場して来た。
「今回のゲームは、既に承知のとおり、体の丈夫さを問うものです?」
そういうと彼は、ぱちん、と指を鳴らした。すると、大食堂の両脇が、突如として大きく開いたのだ。
僕は気が付かなかった。何か模様みたいになっているのかなと思っていたが、どうやらそこは、大きな二枚扉だったらしい。部屋の扉より数倍大きい大食堂への扉。しかし今開いた扉は、更にその倍は幅広だった。
まさかモンスターと決闘するんじゃないだろうか、とおののく僕だったが、そこから現れたのは、台が異常に広いワゴン車だった。そしてその上には、
厖大 な量の食事が載せられていた。換算すると、数十人もの人たちが食べるようなパーティー仕様の量が、それぞれのテーブルの前に、食堂の人たちが運んだ。「な、何をするの?」と兎が、その量に圧倒されながら猫にたずねた。
「体の丈夫さ――そう、ここではあなた方には、大食いにチャレンジしていただきます」
「お、大食いだって!?」と川獺が叫んだ。まさかこの場に及んで、そんなゲームが待ち受けているとは、思いもしなかったからだ。
そんな彼に、猫は冷静に答えた。
「その通りです。この量を、今日中に食べられるかいなかでゲームをします」
「じゃ、じゃあ……もし食べられなかったら?」と鮫。
「そのときは、勿論失格です。ゲームに負けたということで、元の世界に帰されます」
するとここで、今まで口を開かなかった東グループの蛙が、こんな疑問を投げつけた。
「あ、あの! その、もしお互いが、その今日という制限時間内に食べ終えたら、どうなるんですか?」
「ゲームは、決着が付かないと意味がありません。即ち互角の場合には、サドンデスとなります」
「さ、サドンデス? つまりこの量を食べたら、また明日には、この量を食べなくちゃならないんですかい?」と雄鷹が聞いた。
「少し違います。同じ量でしたら決着は付かないでしょう。もしサドンデスとなった場合は、一日一日、量を増やしていきます」
「で、でも! そんなに食べたら、その……体を、壊さないですか?」
僕は思わず立ち上がり、猫に言った。
「そこが今回のゲームの目的です。体の丈夫さですから」
すると猫は、ふと胸ポケットに手を入れた。そしてそこから、純金の、二十四金かも知れない高価な懐中時計を取り出すと、蓋をあけて中を見た。
「おっと、そろそろお時間のようですね。それではみなさん、頑張ってください」
そして猫は、ステージから降りて消えて言った。
するとその時、突如奥にある大舞台に、何かが投影された――時間だ。刻々と減っていくさまを見ると、どうやら制限時間のようだ。
僕は腕時計などを身に付けておらず、時間は食堂や部屋でしか分からないが、しかし残り時間か十五時間半と表示されているところを見れば、察しがついた。
「……どうやらこれは、チーム戦のようだな。うし、ここまで着たら、もうやるっきゃないな!」と川獺が、ぐっと拳に力をいれて意気込むと、早速、ワゴン車に脇に置かれた大皿とトングを持ち、山盛りの料理からその大皿に移した。
次に鮫が、そして僕もそれに続いた。それを見て、東グループの方も、ようやく動き出した。
勝負の行方は分からない。良く食べそうな鮫や、実際世間的に大食いな川獺が僕のチームにはいたものの、向こうにも、腹が大きく膨らむ蛙や、あと兎もいた。兎はちょっとふっくら気味だと、今更ながらようく観察して分かったのだ。
そして向こうには、大食いには適さないであろう鳥の鷹がいたものの、僕自身もそれほど大食いではなく、寧ろ並々程度だったので、これはいい勝負になりそうだと思った。
午後六時。思った以上に早く、あの料理皿から料理はなくなっていた。
僕のお腹は、ぱんぱんに膨れていた。しかし食べたのは、ずーっと朝から食べ続けて四人前。代わりに鮫が、その倍の九人分を食べ、模様が違うお腹がかなり際立っていた。
そして何より、残りの十二人分ほどの量を平らげた川獺の腹は、もともと太鼓腹があるような感じだったのが、今では完全に太鼓腹になっていた。それほど限界まで食べたことが分かるように、彼は大量の汗のせいで、全身の毛がかなり濡れそぼっていた。
一方相手のグループはというと、ほぼ同等の時間に終わり、そして目星をつけた相手が、やはり良い食いっぷりを見せていた。
鷹は、僕と同じくおよそ四人前程度だったに違いない。だが彼の勇ましい姿と毛並みは、その膨れたお腹で、少し品が下がっていた。
そして兎。彼女も大健闘で、大体七人前は平らげていた。そのお腹は、満月を食べてしまったかのような月兎を彷彿とさせるようにまん丸で、川獺のような
獣毛 を持つもの同士、彼女も辛さによる汗で、毛が湿っていた。だが僕の中で一番の筆頭者である蛙は、何よりすごかった。これまでの計算でいくと、蛙は川獺以上に、およそ十四人前を平らげていることになる。もともと蛙のお腹は、まあそれなりの丸さがあったのに、今では風船のように、大々と膨れ、破裂してしまうのではと恐怖も感じられた。
しかし別に空気が腹に入っているのではなく、蛙の体にはたっぷりと食べ物がはいっているので、そんなことはない。だがそれでも、そんな風に思えてしまうほど、蛙の体はすごかったのだ。
「げふ……くそう、相手の蛙も、なかなかやるなぁ」と川獺。
「え、ええ。これでサドンデスは決定ね。あなたも、もうちょっとがんばってよね」
鮫に言われて、僕は小さくうなずいた。これでも必死こいて頑張ったが、体格の違う二人は到底敵うわけもない。
しかし、これは昨日の猫が忠告していたように、遊びとは違う体を張ったゲームである。自分自身の体を強いれない限り、優勝はほど遠いだろう。
僕は、明日はもっと食べるようにしようと気合を入れ、そしてみなと同様、かなり長めの食休みを取ったあと、ゆっくりと重たい腰を持ち上げて、自室へと帰った。