気が付けば、海に揺られていた僕たち。友人や知人が乗り込むフェリーの中は、少しぴりぴりしていた。
やがてフェリーは、霧の中に入った。視界はゼロ。しかしやがて、霧が晴れて小さな離島が現れた。その島の奥も、また左右も、濃霧で覆われている――やはり怪しい。
怪しいとは分かっていても、僕らがこのフェリーに乗っているのには、やはり汚らわしい欲求のせいだろうか。悲しいかな、僕もそうなってしまう。
「みなさん、お待たせいたしました。ここが『ゲーム島』です」と、ジェントルマンな格好をした猫の案内人が言った。
「あそこがゲーム島か……」と、隣に座る恰幅の良い雄川獺がもらした。僕の友達の一人だ。
「すでにあなた方以外に、他のグループも到着しています。わたくしたちが最後のグループですので、あの中央にそびえる『ゲーム館』に到着してからは、すぐに説明を行ないます」
波を掻き分ける音が止むと、乗員は全員島に降り立った。沈黙な孤島に、無言のグループ。なんとも不気味な雰囲気だ。みんな、ある「物」が目当てなのだ。僕もその一人なのだ。
ゲーム館に到着した僕たちは、大食堂に来ていた。丸テーブルが三台置かれ、一グループ五人がきっちり座れるようになっており、計三グループ分用意されていた。
すでに二テーブルは別のグループが座っており、彼らも僕のグループ同様、かなり緊迫したようすだ。そんな中僕たちも、あいたテーブルに腰を下ろした。するとそこには鍵が置かれていた。どうやら部屋の鍵のようだ。
「さあ、十五人の方々、こんばんは」
猫が大食堂の真ん中のステージに立って元気良く言う。しかし回りは、返答をしない。
「それより、早く例の『ゲーム』とやらを教えて」
「まあまあそう慌てないでください、お嬢さん」と、猫が若い雌鮫を落ち着かせた。
「まず、みなさんにはそれぞれ部屋が用意されています。鍵は、お気づきにはなったと思いますが、着席するみなさまの前に置かれているものがそうです。そしてそれらの部屋は、グループごとに分かれた分館にあります」
「つまり、一グループに一つの館が用意されてるわけか」と川獺が言った。
「そういうことです。グループごとの結束力は、ゲームに重要でありますゆえ」
猫が咳払いをすると、語を継いだ。
「それでは、ここについて簡単な説明を。まず、絶対にこのゲーム館からは出てはなりません――いかなることがあっても。そしてゲームは、一日に一回執り行なわれます。その内容は、朝八時に、各部屋の投函口に紙を入れてお知らせします。
そしてそのゲームを全て乗り切り、残った二名には、事前にお話した通り、一兆円の札束を贈呈します」
「その札束ってさ、本当なのかい? 事前の時は、一千万円を予め見せるとかいって見せてもらったけど……確かにそのお金もあたしには充分さ。けど、一兆円といったからには、偽りはないんだよね?」と、雌犬が、いぶかしみながら言った。
「あなたの言うとおりです。ここは一度、信用させなくてはなりませんね」
そういうと猫は、いきなり大食堂の奥を手で示した。他の十五人が、一斉にそこを見つめる。
そこは、また別のステージだった。しかし暗くて良く見えない――するととたんに、そこにスポットライトが当たった。
「……う、うそだろ……」川獺がもらした。
そこには、山のように、ステージを覆い尽くすような札束があった。あまりのことに、全員テーブルから立ち上がり、それに近づいた。
だが、ステージ前がガラス張りされており、中には入れない――だが間近で見れば、偽者でないと分かった。あくまで見える範囲でだけで。
「これを貰うに値する二名が決定した時、このガラスの壁は取り消され、すべてはその二名のものになります。話は以上です」
「あ、あの。僕たちは、ゲームの時以外は何をしていれば?」と僕は尋ねた。
「自由に構いません。食堂も開放しており、専属の調理師たちが二十四時間待機しておりますし、運動用の体育館もこのゲーム館には用意されています。映画館もありますし、不自由はしないでしょう。もちろん全て無料です。
ただ、先ほど教えましたとおり、館を出ることだけは禁じます」
「それで、今日はゲームはしないのか?」と川獺。
「はい。まずは一日、この環境になれていただくことが、ゲームの規則ですので」
そして猫が、ステージに設えられたエレベータで降りていった。何人かは、いまだガラス越しに札束を見つめているが、僕を含めた半数は、さきほどのテーブルで手にした鍵をもとに、分館にある部屋へと向かった。
僕は「西の館」と呼ばれる分館に来ていた。ほかの分館は、北の館と東の館があって、ちょうど三つ。南は出口なので何もない。
分館には、五つの部屋があり、面白いことに、分館の入り口からの距離を一定にしているのか、半円の廊下に沿うようにして部屋が配置されていた。
僕の部屋は――丁度真ん中だった。あんまり真ん中にいる存在じゃないので、少し不安になったが、とりあえず鍵をあけて、中へと入った。
入り口付近にはクローゼットとユニットバス。その奥にはテレビとやや幅広なベッドにテーブル――ビジネスホテルのような感じであった。
僕は荷物をまとめたかばんをベッドの上に置くと、食堂に向かった。とりあえず、あの案内人の猫が言っていたように、ここでの環境に少しでもなれておくためと、夕食時だったからだ。
食堂には、既に何人もの人が来ていた。大食堂とは別の、一般的な食堂で、食券も自分で購入するようだ。しかしその券売機の前に立つと驚いた――なんとお金の投入口がふさがれていた。ためしに適当なボタンを押すと、ことんと、下から食券が出てきた。どうやら本当に無料のようだ。
適当に押したものが、たまたまカレーだったので、僕はそれにした。もともと大食いでもないし、ちょうどいい夕食だった。
食券を、受渡口に渡す。するとすばやく調理され、あっという間にカレーが完成していた。ある程度は予め準備されているようで、そんなカレーを受け取った僕は、まだ誰もすわっていない席に座り。カレーを食べ始めた。
どうやらみんな、あの夢のような大金を見てから、だんまりしているようで、友達の川獺も、良くしゃべってくるのに、今日ばかしはみんなと距離を置き、一人で食べていた。
しかしそれは、僕を含め、参加者全員がそうだった。一グループ五人、しかもそれは最低限知人同士である。そんな中の二人ということは、つまり誰かを最終的に騙す、もしくは陥れることになる。なのでみんな「誰にしようか」と悩んでいるのかも知れない。
こうして今日、僕は誰とも話さず、食事を終えると、自室に戻った。テレビを点ければ、もともといたところと同じようなものをやっていたので、それを見ながら、ゆっくりと、最後の「普通」な一日を過ごすことにした。
やがて僕は、ベッドで眠りについた。